48.年の功(ルートヴィヒSide)
「で? 自暴自棄になったからここで飲んでいると。ここのカウンター、レーンクヴィスト家御用達じゃねえぞ」
あれから、少し頭を冷やしてくると外へ出たものの、ふらりと足が向かったのは『星霜の酒亭』だった。
お気に入りの店もないし、ひとりで飲みに行ったこともない。ソフィアと尾行をして知ったアロルドお気に入りのこの店なら、カウンターで静かに飲めるような気がしたが、常連なのだから彼がいる確率も高いわけで。
俺の隣ではアロルドが片肘をついて頭を乗せ、俺に呆れた視線を投げかける。小指で耳の穴をほじほじしながら、「しょうがねえな。エリザベートとの約束の時間まで聞いてやるよ」と口にした。
普段なら失礼だと怒るところだが、今日はその軽い態度がとてもありがたく感じる。なんとなく、誰かに話を聞いてもらいたかったのかもしれない。
「自分への憎悪と嫌悪感でどうにかなりそうで……」
「ああ。傍から見ていてもポンコツ極まりなかったな」
アロルドは俺を慰める気がなく、辛辣なダメ出しをこれでもかと並べていく。
次々と浴びせられる罵詈雑言。行動を、人格を否定され、俺の心はすでに立ち上がる気力を失った。
あまりの悔しさと情けなさで、何年かぶりに泣いた。……最悪だ。
「再三、おまえに言ったじゃねえか。若造が忠告を聞かないで年の功を馬鹿にしたから痛い目にあったんだな」
「……」
ああ、アロルドは確かに言っていたな。俺の危機管理能力の低さに呆れるって。……第二魔獣騎士団も俺が団長になったことで本当に気の毒だ。
「……さあ。説教はここまでだ。今からは前向きな言葉をおまえにくれてやる。ルートヴィヒ。完璧な人間はいないさ。みんな失敗を繰り返し教訓を作って生きている。おまえの父も俺も。誰にだって失敗のひとつやふたつはある」
「……」
「ルートヴィヒ。いつまでも下を向くな。顔を上げろ。俺の言葉が理解できるか?」
「……失敗を糧に次につなげるってやつですよね。だけどクラリスに関しては、もう難しいと思います。あのおとなしい彼女にはっきり離縁したいと告げられたんです。……それも、九か月後に」
白い結婚による離縁が成立する三年の節目。彼女は俺との結婚をなかったことにしたいらしい。そりゃ当然だろう。レーンクヴィスト家での不遇の日々、クズな夫に世間からの悪評。何一ついいことはなかったのだから。
「素晴らしいクラリスに俺なんかふさわしくありません……願って望んでようやく結婚までこぎつけたのに、ただ傷つけるだけしかこの二年していなかっただなんて……彼女が望むなら離縁に応じてあげることが、彼女にできる最大の贈り物なのかもしれません……」
俺の言葉を聞いていたアロルドは苦虫を嚙み潰したような顔をした。
「若い! 若いな、ルートヴィヒ。まだ二十二だったか。おまえはまだ何も失ってないのにかっこつけやがって。十三年想い続けただと? たったそれっぽっち! 残りの人生全てをかけて想いを遂げろ! 二年も嫌な思いをさせた? 二十年かけて幸せにしてやればいいじゃねえか!」
「だけど、クラリスは……」
……こんな俺をまた受け入れてくれるだろうか。
「ルートヴィヒ、よく聞け。妻の話を聞いて向き合え。自分のことも話せ、思いを言葉にしろ、行動に移せ。悩むな、まず動け。やりきってそれでも振り向いてもらえなかったら、俺がとっておきの女を紹介してやる。……一晩だけだけどな!」
「……いえ、紹介は結構です」
「ははっ、つまらない男だな! ルートヴィヒ。とにかく後悔はするなよ。……おまえの妻はまだ生きていて、近くにいるんだからなんだってできるさ」
「っ……」
そうだ。アロルドはもうどんなに願っても……。
俺はカウンターの下でぎゅっと拳を握りしめた。
「……お願いがあります。俺のこと、一発殴ってもらえませんか?」
「喜んで」
――ボゴッ!
間髪を容れずに飛んできた拳は遠慮がなく、俺の左頬で鈍い音を立てた。
口の中が切れ、血の味が広がる。
「いろいろありがとうございました……。最後まであがいてみようと思います」
そう言った俺に、アロルドは目を細め楽しそうに笑っていた。




