47.王族侍女の矜持(ルートヴィヒSide)
その言葉にはっとした。
そうだ。オパールはソフィアの紹介で……。
――ルートヴィヒ、伯爵夫妻が使用人を連れて領地に行ってしまうのなら、新しく使用人をたくさん雇うんでしょう? メイド長にぴったりの人がいるから紹介してあげる。私の侍女だった人よ。
――初めまして、レーンクヴィスト小伯爵様。邸の管理はお任せください。奥様にはゆっくり過ごしていただきますね。
俺がクラリスには何もさせたくないんだと切々と訴えた時、「わかります」と何度も頷いていたオパール。
ソフィアも「オパールは何でもできる人だから、すごく役に立つはず」なんて太鼓判を押してくれたし、実際彼女は仕事もできたのだと思う。……クラリスへの態度と窃盗などを省けば、屋敷はうまく回っていた。
だけど、なぜ? なぜ、オパールはクラリスを追い込んだ?
重篤なアレルギーを知りながらくるみ入りの食事を出し続けたことは、もはや殺人と同罪じゃないか。
地下牢へ降りていくと使用人たちが一斉にわめき出した。
「ああっ! ルートヴィヒ様! お許しください!」
「申し訳ございませんでした! ルートヴィヒ様! 奥様が無実だなんて知らなかったんです!」
鉄格子の向こうから助けてくれ、奥様に謝りたいと口々にする彼ら。
……傍から見れば俺が怒りのあまりに使用人たちを地下牢へ入れたのだと思われそうだが、彼らを地下牢に入れたのはマルセロだ。ちらりと俺の後ろにいるマルセロに視線を送る。
「……彼らの身を守るためです」
マルセロいわく、俺が手を出して怪我をさせないためなのだと言う。
……まあいい。先にあいつだ。
彼らの懇願を無視し、最奥の独房エリアにいるオパールの元へと向かう。
ひとり独房に入れられていたオパールは、俺の姿が視界に入るやいなや、鉄格子へ駆け寄り怒鳴り始めた。
「ルートヴィヒ様! こんなことをして、ただではすみませんよ! 私はソフィア王女の元侍女なんですから! 王家に反旗を翻すつもりですかっ!」
王族の、それも人気の高いソフィア王女の侍女だったオパール。その地位に上り詰めるまで、相当な努力を重ねたに違いない。王女付きとなった矜持は俺たちには計り知れないほどの高さだったということなんだろうか?
伯爵家の後継者ごとき、王族と比べたら下位貴族の部類に入るのだろう。
第二魔獣騎士団の団長である俺に対してもこの態度だ。おとなしくて逆らえないクラリスに対し、どんな態度をとるのかなんて見なくてもわかる。
それでも、直接その口から聞かなくては気が済まない。
「……オパール。なぜ、クラリスを追い込んだ? 一介のメイド長であるおまえが小伯爵夫人であるクラリスよりも位が高いとでも?」
「……」
「王族の侍女として働いていたかったのに伯爵家のメイド長をやらされることになり、逆恨みでクラリスにあたったのか? それなら断ればよかったじゃないか。ソフィアはおまえが嫌だと言えば無理強いするような性格では――」
「……たと、……から」
「は? 今、なんて?」
「あなたと王女様に結婚して欲しかったから! だからクラリス奥様が邪魔だったのよ! ソフィア王女はあなたと一緒にならないとダメなの!」
「何を言ってるんだ……俺もソフィアもそれぞれ長年想い続けている相手がいる。俺たちはただの同僚で友人でしかない」
「違うわっ! そんなはず、ないもの……! だって、私、何度も劇を見に行って小説も買って、何度も何度も見て! ソニア王女とルルド団長が結ばれるために、私は……私が邪魔者を排除しないと!」
「何……? 全然理解できないんだが……」
ぶつぶつと何を言ってるんだ、この女。
すると俺の後ろからマルセロが耳打ちしてきた。
「熱狂的ファンってやつですよ。小説の世界の話を現実の世界で叶えたかったのでしょう」
「な……、そんな訳の分からないもののせいで、クラリスは追い詰められていたのか? ……いや、これは俺のせいだな」
きちんとクラリスに向き合って初夜を迎え、お互いを慈しむような夫婦になれていればこんなことは起きなかった。
少なくともクラリスの身に起こっていたことに気づけただろうし、クラリスがクララとして外に働きに出るような事態も起こらなかったんだ。
「俺は何をやってたんだ……。あんなに長い間想い続けた彼女と結婚できたのに……」
……情けない。




