40.不本意
ほっとする温かさに包まれ、微睡がきもちいい。
小刻みに揺れる体、薄い布越しに触れている場所から伝わる熱。
……誰かに抱きかかえられている?
はっとして目を開けると、ちょうどベッドにふんわりと降ろされるところだった。
え、ルートヴィヒ様!? あ、そっか。魔獣車のなかで睡魔に勝てなくて……。
うわあぁぁぁ、やっちゃった! 起こしてくれればよかったのにぃぃっ!
「す、すみません……重たかったでしょう?」
「起きたか。いや、全然。砂袋より持ちやすかったし大丈夫だ」
……わかりづらい例えを出してきたな。訓練で使う砂袋か。そこは曲がりなりにも貴族男子で騎士なんだから、女性は羽根よりも軽いって言うべきでしょうよ!?
っていうか、ここどこ? 別邸でもないし、本邸で以前使っていた正妻の部屋でもない。
夕暮れ時、窓から差し込むオレンジ色の光が部屋の中を染める。花の香りが充満する豪奢な部屋。精微な彫刻が施された大きな天蓋付きのベッド、座り心地のよさそうなおしゃれなソファや重厚なテーブルに、豪華な鏡台――。
置かれている調度品やリネン類を見ても五つ星ホテルのスイートに泊まったような雰囲気。いや、別に前世でも泊ったことないけどさ。
キョロキョロとあたりを見回していると、ルートヴィヒ様も私の疑問に気づいたよう。
「ああ。ここは本邸にある夫婦の部屋だ。君が以前に使っていた部屋と俺の部屋の間の……」
「あ……」
思い出した。初夜であなたを待っていた部屋か!
あの時は夜だったし、緊張していたし、部屋の中をじっくり見る心の余裕はなかったものね。それにあの日以降足を踏み入れる機会もなかったから、すっかり忘れてたわ。ここだったか~。へぇ~。
……で、なんでここにいるの? まさか今さら「跡継ぎを産んでくれ」なんて言わないでしょうし。
もしかして別邸が焼けた? それとも水漏れ? 特に大切なものもなかったから構わないけど。隣の私の部屋は片付けちゃって空っぽで使えないからこの部屋に連れて来たのかしら。私は客室でいいのに……なんて、思いつく限りの可能性を考えてみる。
ルートヴィヒ様はなぜか目を彷徨わせていたけど、ふぅっとひとつ息を吐いてから、緊張した面持ちで私へ顔を向けた。
「アロルド団長からの情報で、不穏な密猟団が王都に潜入してきた可能性があることがわかった」
「そう、ですか」
……で?
話の筋が全く読めず首を傾げる私に、ルートヴィヒ様はごほんと咳ばらいをした。
「……事情があって、君にも危害が及ぶかもしれない。しっかり警備はしているが、被護衛者にとって一番危険性が高いのは就寝中なんだ」
「はあ」
「だから、念のため、できれば今日から一緒に…………ぅ」
「? あ、あの、最後が聞き取れなかったんですが」
「だから、警備のためにも、今日から一緒にこの部屋を使おうって言ったんだ……!」
「……………………は?」
な、なんで?
初夜も済ませてない、同じベッドを使ったこともない。結婚して二年もよ? 来年は白い結婚を理由に離縁しようとしているこのタイミングで、今さら一緒に寝ようだなんて……。
口ごもる私にルートヴィヒ様が眉をひそめた。
「その……、君がベッドを使ってくれればいい。俺はソファで寝るから。本邸で暮らすのは不本意だろうが、これも君の安全を守るためなんだ」
安全、ですか。魔獣騎士団と敵対する密猟団の逆恨みで家族に危害が及ぶかも、ってことなんでしょうけど……本邸で暮らし始める方が、くるみや水風呂で私は死ぬ確率が高そう。
……そう思ったら、なんだか無性に笑いがこみあげてしまい、ぐっと呑み込む。こらっ、クラリス。今は笑っちゃダメ。真剣に話している最中よ。
いや、そうなんだけど、笑っちゃいけない時に限って笑い上戸にならない? 頭が現実逃避してるのかしら。
絶対笑うなよ?と自分に言い聞かせ、ぎゅっと唇を引き結んだ私。その姿を見て、ルートヴィヒ様は何か勘違いをしたのかもしれない。
「クラリス……君がひとりでいるのが好きなことは知っている。使用人を遠ざけたことも、ひとりで別邸に住み着いたことも、何でも自由にしてもらってかまわない。だけど、……この件に関しては従ってもらえないだろうか」
その言葉に、私の中の何かがぷつりと切れた音がした。
……なにそれ。まるで今まで私がわがままを言ってたみたいじゃない。




