23.まさか、ね
「んっ! この魚介のごった煮、おいしぃ……!」
まさかまさか、アロルド団長が第二魔獣騎士団でルートヴィヒ様とソフィア王女にぴしゃりとお説教を喰らわせているとはつゆ知らず。私はのんきに第一魔獣騎士団の騎士塔で昼食に食いついていた。
トマトベースのスープに海鮮の旨味がしみだし、ごろごろの魚介と野菜がお腹を満たしてくれる。ハードパンとの相性も抜群!
「お~、いい食べっぷりじゃないか、クララ」
「あっ、アロルド団長おかえりなさい」
私の向かいにすっと腰かけた団長。すぐに周囲が立ち上がり、彼の目の前にささっと昼食を広げる。ほぅ……何も指示していないのにも関わらず、本当にできた部下たちだこと。
これって人徳がなせる業なんだろうなぁと、私はその光景を眺めながらゆっくり頷いた。
「なんだか……クララは時々悟りを開いたような時があるな」
「え? そ、そうですか? そんなことないですよ。今も心の中はドロドロで」
「うん、生々しいな」
軽口を叩きながらもおいしい食事で満たされると、心もなんだか落ち着いていく。うん、なんかいろいろと受け入れてきたぞ。
「んふふ。おいしいものが食べられて、かわいいドラちゃんと一緒に過ごせて、私って幸せだな~」
「ははっ! そう思えるのはいいことだな。ああ、そうだ。クララ、午後の予定は決めてあるのか?」
「午後、ですか?」
――午後の二つの鐘が鳴る頃にここで待っている
……ルートヴィヒ様との約束がある。だけど、正直に言って今は会いたくない。
っていうか、どんな顔して会えと? 確かに今はクララだけど、平気な顔をしてルートヴィヒ様と会話をする自信がない。
「えっと……、どうかしたんですか?」
「いや、天気が崩れそうだからな。ドラゴンたちも午後は訓練をせず魔獣舎で休ませることにしたんだ」
「それならドラちゃんはママたちといた方がいいですよね」
「ああ。だからクララには書類仕事を手伝ってもらおうかと」
こんなにお天気がいいのに午後は雷雨の予想らしい。アロルド団長の「ドラゴンたちを雷雨の中で訓練させるのは気が引ける」という言葉に私はこくこくと頷いた。
そっか、雷雨。それじゃあドラちゃんとお散歩できないし、あの人もルクラをつれて散歩をしには来ないわよね。この気まずいタイミングでちょうどよく雨が降ってくれることに、私は恵の雨だなぁなんて。ちょっぴり感謝したのだ。
*
というわけで、午後は第一魔獣騎士団の団長室で数名の団員たちとともに書類仕事を行うことに。騎士団の活動における経費報告書や月次予算案、遠征や訓練中に発生した経費の明細書のほか、年間の遠征計画書、騎士団員の勤務予定管理などなど、団長の机の上はあらゆる書類が山積みだ。
「クララ。計算はできるか?」
「はい、人並みには」
「それじゃあ経費関連を手伝ってもらえるか? まったく、書類が多すぎる」
あ~、経理ってどの世界でも大変よね。事務官を補佐するつもりで説明を聞いてみるも、見せられた書類の見づらいことったら! ……ああ、定型がないからこんなにバラバラなのか。見る方もしんどくない? そのうえ字が乱雑だから、もはや呪文が書かれていると言われても信じてしまいそうなほど、経費申請書とは思えないものばかりだ。
「えっと……ユアン補佐官? この書類なんですが、見づらくありません? これからはこういう書式に統一してみたらいかがでしょうか」
「……! あなたは天才ですか」
いえ、前世日本人なら誰でも思いつくし、知っています。
「で、では! この書類は今後どのようにしたら……」
「う~ん。皆さんが申請しやすいように、先に枠を作った紙を用意しておくといいんじゃないでしょうか」
「枠……」
こうして、なぜかフォーマットづくりをすることになった私。げっそりしていたユアン補佐官にみるみるうちに生気が戻っていくから、ついつい頑張ってしまった。ご苦労されていたんですねぇ。
その様子に目を細めたアロルド団長は、なぜかうれしそうだ。
「クララ、すごいじゃないか。おまえにかかれば領地運営も安泰なんだろうな。屋敷の管理なんかもうまそうだ」
えっと、残念ながら、役立たずの奥様は何も仕事が与えられていないんです。
「あはは……習ったこともなければ、家政には触ったこともありません」
「へぇ……宝の持ち腐れだな。こんなに優秀なのに」
ちょ、ちょっと団長! 小声でも「ルートヴィヒはアホだな」なんてやめて。他の人に聞こえちゃうじゃない! ……私はクララですよ?
そんなこんなで、思いのほか和気あいあいと書類をさばいたり、書式を作ったりしていたら、あっという間に時間が過ぎていた。ふと窓の外を眺めると本降りの雨。
普段なら陽の光が燦燦と差し込む騎士塔も薄暗く、ザーザーという雨の音がやけに耳に張り付く。
「……けっこう降ってきましたね」
「ああ。気温も下がったようだ。こんな中で訓練したら、屈強な団員でも風邪を引いたやつがいたかもしれないな。休みにしてよかった」
確かに、足元から冷えてきたような気がする。午後の鐘は四つ目が鳴ったところ。外を眺めて、ふと思った。
「……」
……まさか、ね。だって、もふもふなルクラは雷雨の中のお散歩なんて絶対嫌がるもの。グリフォン魔獣騎士団の団長なんだから、ルクラのことを最優先に考えるでしょう? 間違っても外には出ていないわよね?
それに、クララとドラちゃんがお散歩に来ないことはわかっているはず。だから彼があそこに来ているはずないわ。




