息抜き!①
「おじゃましまーす」
「わー久しぶり。ゆちゃん」
平日の夜。本来であるのならばみんな来週のテストに向けて、勉強を勤しんでいる時期であるにも関わらず、俺は圭の格好をして自宅に南つばさを招き入れていた。
「ごめんね圭ちゃん、急に連絡しちゃって」
「ううん、全然。でもちょっとびっくりしちゃった」
そう、自室で勉強していた時、『今から圭ちゃんち行ってもいい?』と急に南つばさから連絡が入ったのだ。俺も勉強していた手前、断っても良かったのだが文化祭以降、圭としては少しこいつの事を蔑ろにしてしまった為、その謝罪も込めて受け入れる事にしたのだ。まぁ勉強の息抜きってのもあるが。
「ふふ、圭ちゃん家の匂い久しぶり」
「え怖いゆちゃん」
俺は南つばさをリビングへと案内する。南つばさの方は喫茶店で勉強していると言っていた為、制服姿だ。こいつはいつも家ではなくて喫茶店で勉強をするタイプらしい。ちなみに俺の格好はピンク色のロンTに黒の短パンである。このロンTの丈が可愛いく、ギリギリ短パンが隠れるように見える所がポイントだ。家の中なのでいつものようにウィッグの髪も結ばず、少しコテで毛先をまとめる程度にした。
「適当に座ってて良いよ」
「うん」
「今、コーヒー淹れるから」
「わーい、ありがとう」
リビングに入ると、南つばさはソファのいつもの場所に座った。俺は簡単にカップにインスタントコーヒーの粉を入れ、ポットのお湯でコーヒーを作る。そして、砂糖とミルクも添えて南つばさへと差し出した。
「あ……もしかしてゆちゃん、ツタバでさっきもコーヒー飲んでた?」
「ううん。さっきはミルクティーだから大丈夫だよ」
「良かったー」
「ふふ」
一瞬焦った俺を笑いながら、南つばさは出されたコーヒーにひとつ口を付け、バッグから取り出した鏡でゆるふわなボブカットを整えている。そして俺も南つばさの隣に座った。
「てか圭ちゃん、ちゃんと元気そうで安心した」
「あっ、ごめんね。こないだ連絡返せなくて……」
「もう体調は万全?」
「うん。いっぱい寝たから治ったよ」
「蒼井とも仲直りした?」
「えと……喧嘩は……してないから……」
「そっか、ふふ……」
こないだアカウントを放置してしまった件については、対外的には体調を崩していた事にしている。勿論、南つばさにも同じ説明をしたのだがこの反応を見るに、こいつの中ではもう完全に男としての俺と圭が喧嘩した事になってんな……。俺の言葉に南つばさは安心した様子で、
「本当……返事来ない時、マジで絶望だったんだから」
「あはは……ごめんね? ゆちゃん」
「んーじゃあ、ぎゅーさせて」
「えー」
「良いじゃんたまには」
「じゃあ一回だけなら……」
「やった」
すると、南つばさは横にいる俺を早速抱き締めてくる。薄荷のような南つばさの匂いが鼻を抜けると同時に、二の腕に南つばさの胸の感触が伝わる。相変わらずすげぇよな本当……。俺はあまり触れない様に腕を逸らし避けようとするも更に、南つばさからガッチリと抱き寄せられてしまう。
「安心する……圭ちゃんぎゅーすると」
「……」
目の前にはにっこりと嬉しそうな南つばさの顔がある。近くで見てもその顔にはシミ一つ見当たらない。いくら慣れたとはいえ、さすがにこの距離は恥ずかしくなってくる。
「圭ちゃん良い匂い……」
「うぅ……」
「あ、嫌がってきた」
「はい終わり。ゆちゃん」
「えー」
南つばさは俺の肩口に顔を埋めて、抵抗してくる。身体も密着し、南つばさの体温も伝わってマジで恥ずい……。
「ゆちゃん終わり……。暑いから」
「もうちょっとだけ」
「もう、終わり」
「はーい」
名残惜しそうに南つばさは俺から離れた。身体が熱い。すると俺の顔を見て南つばさは、
「圭ちゃん可愛い。恥ずかしがってて」
「だって恥ずかしんだもん……」
「女の子同士なんだから良いじゃん」
「恥ずかしいよ……」
女の子同士じゃねぇっつの……。ほてる身体を冷ましつつ俺は話を逸らす為に、
「でもゆちゃん今日って、テスト勉強してたんでしょ?」
「まぁほら、息抜きも必要じゃん。結構はかどったし、ママも今日遅くなるみたいだし」
「勉強って疲れるもんね」
「あれ?」
不意に南つばさは不思議そうな顔を浮かべる。
「ねぇゆちゃんあれ……」
「え」
南つばさの指し示す方を見ると、部屋の端にある水槽が視界に入った。
「あの金魚って……」
あぁそうか、そりゃ驚くか。こいつからしたら。
「あ、そうそう花火大会の時にゆちゃんが取ったやつだよ」
「蒼井に上げたあれ?」
「うん。あの日ゆちゃんと別れた後、蒼井君にわがまま言って貰ったの」
「へぇそうだったんだ。ふふ……なんか嬉しい」
南つばさは、立ち上がり嬉しそうにして、水槽の方へと向かう。ちなみに、水槽などのセットは小学生の頃メダカを飼っていた為、元々押入れに眠っていたものだ。
「可愛いね」
「なんか、癒されるよね。自由そうで」
「自由そう? え圭ちゃんそれ面白い」
「あれ、変だったかな……?」
俺の言葉に南つばさは笑う。そして、ゆったりと泳ぐ金魚をその大きな瞳で楽しそうに追っている。
「そうだ圭ちゃん。京都のお土産何欲しい?」
「あ、修学旅行だっけ?」
「そうそう」
「んー、八ツ橋?」
「圭ちゃんそれしか知らないんでしょ? ふふ」
「京都……あんまり知らないんだよね」
俺は困った顔を浮かべつつ、更に続ける。
「そういえば、京都は蒼井君のお姉ちゃんが住んでるんだよ」
「へぇあいつ、妹ちゃんだけじゃなくてお姉ちゃんもいるんだ」
「うん」
「圭ちゃん蒼井のお姉ちゃんに会った事あるの?」
「こないだ、たまたま会う機会があったの」
「あ、圭ちゃんまたしれっと蒼井の家に行ったんでしょ?」
「えっと……その……秘密……」
「もぉー! 本当仲良いなぁ蒼井と」
しまった……。何となく、話した言葉がかえってやぶ蛇になってしまった。南つばさは瞬く間に悔しがり、
「圭ちゃん最初よりも絶対、蒼井と仲良くなってるもん!」
「そんな前と変わらないよ……」
「いや絶対仲良くなってーー」
と、その瞬間。控えめだが腹の鳴る音が室内に響いた。もちろん俺ではない事は確かだ。
「あはは……。聞こえた圭ちゃん?」
「うん。ゆちゃんお腹空いてるの?」
俺の言葉に南つばさは苦笑いを浮かべつつ、お腹をさする。
「今日、お昼抜いたから……」
「そうなんだ。じゃあせっかくだし一緒に夜ご飯食べる?」
俺の言葉に南つばさは、すぐに目を見開いて、
「え良いの圭ちゃん!?」




