いざ別荘へ!③
「圭ちゃんさん……楽しんでますか……?」
楓さんからの攻撃がようやく落ち着いて、南つばさと共にバーベキューに舌鼓を打っていた所、恵理子さんに話しかけられた。
「はい。お肉美味しいし、皆さんと話も出来て楽しいです」
「そうですか……。圭ちゃんさん……仕事覚えるの早くて、気も利くので……いつも助かってます」
ほんのりとお酒で頬が赤くなった恵理子さんが、上機嫌な様子でチラチラと俺を見ながらそんな事を言った。避暑地とはいえ案外暑いのに、恵理子さんは薄手のカーディガンを羽織っている。日焼けが嫌なタイプなのだろうか。
「恵理子さんと、つばさの教え方が上手なんだと思います……。私はそんな全然です……」
俺は恵理子さんに微笑んでみせる。すると恵理子さんは少しだけ俺に近づいてきて、
「私……実は……つぶやき君で圭ちゃんさんの事フォローしてます……」
「え、そうなんですか……?」
「はい……」
「あ……ありがとうございます……」
「こないだの生配信も……見ました」
マジかよ、意外だな……。あの配信なんてほぼフォロワーのJKしか見てないかと思ってたわ……。
「あぁ……あれ、緊張してあんまり上手く話せなかったです……」
「私のスパチャのコメント……拾って貰えませんでした……」
「えっ、スパチャもしてくれたんですか……?」
俺の驚いた反応に恵理子さんは微笑み、少し早口になりながら、
「はい……ファンなので……」
「あ……ありがとうございます……。ちなみに、なんてコメントしたんですか?」
「占いとか信じますか、と」
いや……なんでそんな事わざわざスパチャして聞くんだよ……。普通にバイト中に俺に聞けば良いだろ、隣に居るんだから……。
「占いは……あんまり……おみくじとかはしますけど……」
「そうですか……。私、圭ちゃんさんを占ってみたんです……。勝手にですが……」
「えっ、そうなんですか?」
なんか、酔ってるのか饒舌だな……この人。そして、恵理子さんは淡々とした口調で言った。
「待人が来ます……おそらく……春に……」
待人……。恋人とか大切な人って事だよな確か……。
「え、本当ですか……。じゃあ私……彼氏とか出来ちゃうのかな……?」
俺の言った彼氏とのワードに、近くにいた南つばさが即座に振り向き、
「え? 圭ちゃん彼氏出来たの?」
「ううん……違うよつばさ。占いで私に待人が来るかもって話」
俺の言葉に、南つばさはその大きな瞳を辛そうに細めて、
「えー! やだやだ! 待人来てほしくない。遊べなくなっちゃうじゃん」
「大丈夫だよ……。あくまでも占いだから……」
「待人来ないで。圭ちゃん?」
「あはは……私じゃ決められないよ……」
俺と南つばさのやり取りを傍目に恵理子さんは少し勿体ぶった様子で、
「ちなみに……私の占いでは待人は女性です……」
いやまじかよ……。その台詞に南つばさは更に驚いた。
「えぇっ! ねぇ待って! 尚更いや!」
「私もびっくり……女の子なんだ……」
「圭ちゃんが私より大切な女の子に出会うなんて許せないし、耐えられない……」
横から沸々とした怒りを感じた。面倒くさく思いつつも俺は一応フォローしておく。
「つばさより、大切な子は居ないから安心して……」
「蒼井よりも私の方が大切……?」
いや……なんで俺の名前が出てくんだよそこで……。今、女の子でって流れだっただろ完全に……。俺はぎこちなく笑いながら、
「うん……。蒼井君よりもつばさの方が大切」
「もー、そうやって嘘つくんだもんなー圭ちゃん」
じゃあどうすりゃいいんだよ……。とは言いつつも、南つばさは笑って、
「蒼井と同じくらい私の事も大切だもんね」
「うん」
「でもなんで、待人が女の人なんだろ……。珍しいね」
「さ……さぁ……?」
勿論、俺が男だからだろうか、なんて事は言えるはずない。つか、恵理子さんの占いも妙な所で鋭いな……。勘弁してくれよ……。
★☆★☆★☆★☆★
現在、夜中の2時。俺は風呂に入る為、そっと別荘の寝室を抜け出す。バーベキューが終わった後は、みんなでゲームをやり大盛り上がりだった。23時くらいには各自寝室へ入って行った為、もう全員寝てる頃合いだろう。明かりのないリビングをコソコソと抜けて、俺は脱衣所へと入る。
「髪の毛が煙臭え……」
こりゃウィッグも一緒に洗わないとダメだな……。専用の洗剤で洗いたい所だが、勿論ここには無い為、頭を洗う時に一緒にシャンプーで洗ってしまおう。俺はウィッグを外さずに、今日一日中着ていた服を脱いでいき、裸になる。そして、両目のカラコンも外した。
「おっ。入浴剤入り……。さすがママさん」
風呂場には乳白色の濁ったお湯が浴槽に張られていた。俺は、風呂場へと入り扉を閉める。そして、蛇口を捻りシャワーを出した。段々とシャワーの水から湯気が立ち上がりお湯になっていく。避暑地なだけあって、9月なのに夜中は割と冷え込む。そして身体にシャワーのお湯を当てて行くと、一気に血流が良くなって行く感覚が全身に駆け巡り心地良い。日中にかいた汗も落ちていく。なんかそういえば、こんだけ長時間女装したのなんて初めてだよな。長かった、やっと顔の化粧も落とせる。俺は鏡横にあるメイク落としに手を伸ばす。
「誰か、入ってます?」
瞬間、声が聞こえた。一気に鼓膜が張り詰める。俺は伸ばした手を止め、咄嗟に曇りガラスに背を向ける。
「圭ちゃん?」
「…………」
声の主は南つばさだ。併せて脱衣所の扉が開く音も聞こえる。しまった……。いつもの癖で脱衣所の鍵を閉めるの忘れてた……。やばい……。




