真夏の家!②
「あ、美味しそう」
Tシャツに短パンとラフな部屋着に着替えてきた真夏は、そんな事を言いながら、テーブルに座る。
「ほら、恭ちゃんも座って。先食べましょ」
「あ、すみません」
先に簡単な食器洗いだけ済まそうと思ったら、真夏の母親に止められた為、俺も席に座る。目の前には、出来立てのカツカレーがあり、自然とテンションが上がる。そして俺と真夏は自然と言葉を合わせて、
「いただきます」
「いただきます」
俺は先に揚げたてのカツから手をつける。
「美味いです。お母さん」
「カツは昔から上手に作れるのよ私」
真夏の母親そう言って、微笑んだ。
「カレーも美味しい。これ恭二が味付けしたでしょ」
「ああ、よく分かったな」
「恭二の作ったカレー、前にも食べたからね」
「あら、そうなの真夏?」
「うん。ほら夏休み、なっちゃんとお泊まり会した時」
「あーあの時もカレーだったのね」
真夏があのお泊りの日の話をしている。意識しないように俺はカレーを黙々と口に入れる。
「あの日もカレーだったよね。恭二」
「え、あぁそうだな……」
「ちゃんと私も手伝ったんだよ、お母さん」
「へー偉いわね」
「なっちゃんはソファでダラダラしてた」
「菜月ちゃんらしくて、可愛いじゃない」
真夏と母親は和やかに笑い合っている。
「なっちゃん、あの日いびきもうるさくてさー」
「ほら、そういう事は言わないの」
「いびきがうるさいのはいつもだぞ」
俺のツッコミに二人が笑う。俺はやや呆れつつ、
「注意しても、ギャップ萌えで可愛いじゃんとか訳わかんねぇ事言ってくるし……」
「あはは、なっちゃん言いそう」
「本当うるさいんだよ、あいつ」
「ふふ……だからあの日も夜更かししてたの?」
「いや……別に……」
は……? いや……なに言ってんだよこいつ……。母親もいる前なのに、真夏が堂々とふっかけてくる。それも、いつもと変わらない楽しそうな笑顔で。
「あら、夏休みだからって夜更かしは駄目よ恭ちゃん」
「いや、あの日はたまたま寝付けなくて……」
「恭ちゃん、一人で家に居るんだから尚更ちゃんとしないとね」
「は……はい」
「あんまり自堕落になったらだめよ」
俺が諭されてる姿を見て、真夏がクスクスと笑っており、そのポニテが揺れて部屋の明かりに反射する。
☆★☆★☆★☆
「洗い物、手伝います」
「ううん、良いわよ。お料理も手伝って貰ったし」
「いや、でも」
「ねぇ、恭二」
ご飯を食べ終えた俺は、立ち上がると突然真夏に呼ばれた。
「ほら、うちの娘が呼んでるわよ」
「すみません……じゃあお言葉に甘えて」
「ふふ」
真夏が手招きをしてくる。俺は真夏の背中を追ってリビングを抜けると2階へと上がる。2階は確か真夏の部屋があったはずだ。
「お腹いっぱいだね恭二」
「あぁ」
「入って良いよ」
何の用だろうか。俺は真夏の部屋へと入る。真夏の部屋も俺の部屋とあまり謙遜なく、ベッドに机とシンプルな部屋だ。机の上には女の子らしさを感じる可愛いキャラクターの小物などがあるが、それ以外はあまり物もない。あと、良い匂いがする。
「なっちゃんに借りてた、CDとか漫画とか返したくて」
「あぁ、そういう事か」
真夏は部屋の扉を閉める。
「あと、恭二とちょっと話したかったし」
「……」
真夏は自分のベッドの上に座った。短パンの丈が短く、真夏の白く張りのある太ももが露わになる。なんか意識しちまうよな……やっぱり。二人きりだと尚更……。
「エアコン付けるね」
「あぁ」
「そのクッション使って良いよ」
俺は床にある、可愛い鳥のクッションを座布団代わりにして腰を下ろす。俺が何となく、横目で真夏の方をチラッと見ると真夏も俺を見ていた。
「あっ、目逸らした」
「逸らしてねぇよ……」
「ふふ……逸らしてるじゃん」
真夏は笑いながら、スマホを鏡代わりに髪を整えている。南つばさ程ではないもののTシャツの、胸の部分がやや窮屈そうである。
「最近、恭二冷たいもんねー」
「冷たくねぇよ」
「そんなに、私とのキスが嫌だった?」
「…………」
真夏は髪を整えつつ、まるで何も気にしていないかのような素振りで、どえらい事を聞いてきた。いきなり過ぎて俺は考えがまとまらない。
「ねぇ、そんなに嫌じゃなかったでしょ」
「嫌では……なかったけど……」
「私も。全然嫌じゃなかった」
「でも……キスはさすがにやり過ぎだろ……」
「幼馴染でも?」
「あぁ。真夏もそう思うだろ」
「まぁ、幼馴染ってだけならね」
真夏は俺を見て優しく微笑む。その切れ長で涼しげな瞳に俺は不思議と和まされた。
「ごめんね。恭二」
「いや、別に良いよ」
「強引にしちゃったじゃん」
「いや……あれは真夏だけのせいじゃねぇし……」
「恭二もしたかった?」
「あぁ……」
「あはは」
真夏はベッドから足を伸ばして、スマホを触りながら、
「恭二、凄いドキドキしてたよね」
「そりゃするだろ。初めてだったし……」
「私だってそうだよ。でも恭二の方が緊張してた」
「うるせ……」
「ふふ……私、圭ちゃんに怒られちゃうね」
俺をからかうように、真夏はそんな事を言う。いや俺の反応でも見ているのか。
「別に、何も思わねぇよあいつは」
「えー、絶対思うよ。恭二の事好きじゃん」
「なんだそれ。お前も南つばさと同じ事言ってんな」
「そりゃあの夜、あんなの見せられたらね」
「俺と圭はそんなんじゃねぇつの」
「女の子同士だと色々分かるからね」
「なんだそれ……」
真夏は俺をいじって楽しそうにしている。痛みのないポニテの毛先が揺れている。
「でも良かった。恭二、元気取り戻してくれて」
「……」
もしかしたら、真夏は俺の態度に不安でも感じていたのだろうか。だとしたら、俺は俺の事だけ考えて、変に真夏を意識して、大人気なかったのかもしれない。そう、俺はまだ俺自身の真夏に対するこの気持ちの整理がついていない。けれどもーー
「いや、俺も……なんか悪かったな」
「ふふ……なんで謝るの?」
「いや……真夏のこと傷付けたかもって思ったし……」
「優しいね、恭二」
「……」
「恭二はみんなに優しいもんね」
真夏はそっと微笑んでみせた。




