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始業式!②

「あっ! 蒼井君だっ!」




よく通る勝気な耳通りのいい声が聞こえてしまった。




「ちっ……」




俺は気付かないフリをして早足で抜ける。




「ねぇ3組の蒼井くーん! 待ってよー!」




廊下に響く声。すれ違う知らない奴らから俺に向けられる視線。さすがに俺も仕方なく、




「なんだよ……」

「もお、呼んでるんだから止まってよー!」




外向きの表情で、にっこりと天真爛漫な笑顔で近づいてくる女。ゆるふわなボブカットに大きくやや強気な目元、スッとした鼻筋に陶器の様な白い肌。着崩した制服のシャツの窮屈そうな胸元。そう学校のマドンナこと南つばさだ。




「声がデカいんだよ毎回」

「聞こえないふりするからじゃんー!」




南つばさに絡んでしまったからか、案の定周りの男子が羨ましそうな表情をして見せる。それに何人かの女子も、南つばさに茶々を入れている。次は3組の男子ー? とかなんとかって。



「蒼井君は夏休みどうだった?」

「別に……普通だろ」

「なんか遊んだの?」

「大して仲の良くない女とタコパした」




俺は皮肉のつもりで、この注目されてる最中に、タコパの話を切り出してやった。




「えー! 良いじゃん! ちなみに相手は誰?」

「……」




くそ……。やぶへびだったか……。もちろん俺には相手が南つばさだったなんて言う勇気はない。もし言ったとしてもこいつもはぐらかすだろうし。仮にそんな本当の事を言ったとしても、周りからは俺がイタい奴扱いされるのがオチだろう。畜生……。この勝ち誇ったような笑みが腹立つ。




「地元の奴だよ……」

「へー、でもタコパに誘われるって事は、蒼井君結構気に入られてるんじゃない?」

「さぁな」

「蒼井君やっぱりモテるんだ」




南つばさから出たモテる、とのワードで周りから一気に歓声が入ってくる。おぉー!? とか、落胆したような声だったり。俺は南つばさの方を見る。すると一瞬だけニヤッと笑った。しかしそれも束の間、俺はこいつの囲い男子共のヘイトを浴びる。




「モテねぇよ……。うるせぇな……」

「ちゃんと、大切にしてあげなよその子の事!」

「俺の勝手だろ……」




俺がこいつをあしらってるのが、癪に障るのか囲い男子どもが、罵倒してくる。スカしてんじゃねぇぞ蒼井とか、つばさちゃんに生意気言ってんじゃねぇとかって。なんかもう疲れてきたな、つか長ぇし。すると、ふとスマホが震えた。俺は内容を見る。




『来る気になった?』




メッセージを確認後、顔を上げると、南つばさが卑しい笑みを浮かべながら、こっちを見ていた。




「分かったよ……」

「あはは! 蒼井くん本当面白いなぁ」

「はぁ……」

「じゃあ、またね! 蒼井君!」




周りの注目を散々集めておいて、南つばさは颯爽と自分のクラスに戻っていく。



「…………」




残された俺に、囲い男子どもがどぎつい視線を送ってくる。俺はため息と共に足早に、この場を後にした。




★☆★☆★☆★☆★




「面倒くせぇ……」




最近何故か、定期的に来ているこの高級住宅街の豪邸。つか、南つばさの家。俺はインターホンを鳴らす。本屋である程度時間も潰したし、あいつももう帰ってきているだろう。




「はい。南です」

「え、えと……」




インターホン越しに聞こえてきたのは南つばさの母親の声だった。俺は焦って、




「あの……つばささんに呼ばれて……」

「あら、そうなの? 珍しい待ってて」



まじかよ……。てっきり前のタコパの時と同じでママさん居ないもんだと思ってた……。つか、会社はやってるよな……。今日、平日だし……。




「……」



逃げる訳にも行かず、気まずい時間が幾分か過ぎた後、開錠する音と共に、玄関の扉が開いた。




「あら? つばさの彼氏?」

「いえ、その……」

「ああ、良いの良いの! とりあえず入っちゃって。コーヒー入れるわ」

「いや、その……」



ママさんは嬉しそうに、玄関から飛び出して俺の手を引き強引に家の中へと招き入れる。仕事の合間なのか、帰ってきたのか、いつも見るスーツ姿であった。




「リビングはあっちよ」

「はい……」




いつも目を奪われてしまう大理石の玄関。俺は圭ちゃんですと、言わなければならないのに、何故だか妙に緊張してなかなか言葉が出てこない。そして言われるがまま、リビングに通されてしまう。




「ソファ、使って良いわよ」

「はい……」

「コーヒー入れるから」




ママさんが、キッチンの方へと入って行く。困ったな……。俺はただ、ゴキブリ退治を手伝いに来ただけなのによ……。




「砂糖とミルクは使う?」

「いえ、大丈夫です」

「あら、ブラック。さすが男の子ね」




キッチンから、コーヒーの良い匂いが漂ってきたと思ったら、ママさんがコーヒーを持ってきてくれた。




「はい、どうぞ」

「ありがとうございます」



テーブルにコーヒーを置くとママさんは、俺の斜向かいにあるソファに腰を下ろした。俺はなんとなく気まずくて、コーヒーを口に含む。




「美味しいです」

「そう、良かったわ」

「……」




住民票はママさんも確認しているから、俺の本名は知ってるはずだよな……。ママさんに圭の男の姿ですと伝えるだけなのに何故こんなにも緊張してしまうのだろう……。




「つばさとは仲良くしてるの?」

「ほどほどに……」

「初めてなの。あの子が男の子を家に招いたのなんて」




だろうな……。考えなくても分かるレベルだ。




「保護者だからってあんまり口を出す事はしないけど、そういう物だけはちゃんと使って頂戴ね」

「え……」



いや、どういう意味だ……? 俺が言葉の意味を考え込んでいると、ママさんは苦笑しながら、



「ほら、妊娠とかしたらお互い大変になっちゃうじゃない」

「……」

「それ以外は何も言うつもりはないけど、そこだけはね」




思わず、コーヒーを吹き出しそうになった。俺は自分で顔が赤くなるのを感じつつ、



「いやいや! そんなんじゃないんで安心してください」

「え、そうなの?」

「はい。ただの友達です」

「ただの友達なら、あの子は家に招かないわよ」



まぁそれは確かに……。あいつの事だ。ましてや男なんて絶対に家に入れたりなんてしないだろうな……。



「そういう事は考えてないので……心配しないで下さい」

「貴方はそうでも、つばさが企んでるかも知れないじゃない」

「いや……ないと思いますけど……」

「でも安心したわ。あの子もやっぱり人並みに身体を持て余してたのが分かってね」

「…………」



ママさん……。ちょっと娘に対してデリカシーない気がするぞ……。溺愛してる感じは伝わるが親ってのはやっぱり子供の事となると途端に視野が狭くなるのか? 仕事中はあんなに完璧なのに……。つかあいつが俺にそんな気を抱いている? いやいや天地がひっくり返っても有り得ないだろ。絶対、暇つぶしに便利なパシリくらいにしか思ってねぇよ……。つか、万が一そういう雰囲気になっても、また試してんじゃねぇかと疑っちまうわ……。




「私は色々な経験が、人を成長させると考えてるの」

「は、はい」

「あの子、男嫌いな節があったからそういう意味で変に拗らせた人間になっちゃうんじゃないかって心配してたのよ」

「そうですか……」

「けれどこうやって、私にバレないよう家に男の子を呼んでるって知れて良かったわ」

「いや、変なつもりは……」

「良いのよ、気を使わなくても」




やべぇな……。絶対ママさんなんか勘違いしてる。つか俺が聞いちゃいけない話な気もするし……。これはさすがに圭だと、カミングアウトしなければならない。俺はコーヒーを飲み干し、声にしようとしたその瞬間。玄関の扉が開く音が聞こえたーー




「あれ!? ママいるの? 蒼井も!?」

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