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始業式!①

夏休みが明けた初日。まだまだ残暑は続いており、朝から強烈な日差しが降り注いでいる。俺は下駄箱で上履きに履き替え、クラスへと向かう。つか、この制服もなんだか久しぶりに袖を通した気がする。汗をタオルで拭きながら階段を上がって行くと、同学年の奴らが久しぶりーとか言ってどこもかしこも、久方ぶりの対面に満更でもないような様子で楽しそうにしている。



「まぁ、言っても久しぶりだもんな」




友達が多いわけでも無い俺だが、ひと月ぶりにクラスメイトと会うのは悪い気分では無かった。まぁ休みじゃないため、早起きするのは面倒だが。ちなみに菜月の奴も花火大会が終わった次の日に寮へと戻って行った。お兄のご飯がまたしばらく食べられなくなるなーとか言いながら。とはいえ、あいつの事であるから、またすぐにちょくちょく家に帰って来るのだろう。あいつ結構こっちの友達も大切にしてるしな。




「おはよう。蒼井君」

「あ、あぁ……おはよう」




教室に入ると早速、我らが三組の学級委員である玉井が挨拶をしてきた。正義感の滲み出た大きな瞳。そして普段通りのきっちりとした制服の着こなし。ヘアピンでサイドに留めた前髪や、セミロングヘアの両サイドを太く、ゆるく結った三つ編は相変わらず似合っている。意識しないように努めたがやはり少し気まずい……。そう理由なんて決まっている。夏休みのあの件だ。




「看板制作、ありがとね蒼井君」

「あぁ、別に」

「大助かりだったよ。恵美と穂花も褒めてたよ、蒼井君色塗り上手いって」

「そんな上手くねえよ別に」

「あは、また何かあったら相談するね」

「内容による」

「もお」




俺がはぐらかして席へと向かうと、玉井は機嫌良さそうに見送った。



「…………」




俺は窓際の自席に座る。あんな告白まがいの事を言っても、玉井はいつも通りの様子で俺に接してくる。意識しないように予め心に決めてきてはいたものの、そんなの、




「意識……するよなぁ……」

「なに辛気くせえ顔してんだよ恭二!」




目の前には、いつものあいつがいた。俺にとって一番容易い人物である信道が。




「おはよう恭二!」

「おっす」




信道はいつも通り、ワックスで髪をツンツンに立たせて、ワイシャツの袖を捲っている。いつも通り、席に着くとすぐに真後ろにいる俺の方へと振り返り、



「俺、彼女出来たんだよ恭二」

「へー、お前がな」




いきなり事で正直内心少し驚きはした。俺の気持ちを察したのか信道はいつも通り、機嫌良さそうな様子で、




「まあ、俺もびっくりはしてる」

「大切にしてやれよ。まぁお前の事だからあんま心配してねぇけど」

「もちろん!」

「へー、信道くん彼女出来たんだ」




不意の声に俺と信道が合わせて振り向くと、そこには真夏がいた。輪郭を囲む様に下ろしたサイドの髪と艶やかな黒のポニテ。女の子らしいピンク色の可愛いヘアピンでサイドを止め、シュシュは落ち着いた茶色のものを付けている。そして涼しげで凛とした瞳に真っ直ぐとした鼻筋。他の女子と同じく少し崩したワイシャツの襟元にやや短くした制服のスカート。いつもの真夏だ。




「ちょちょ! 真夏ちゃん、盗み聞きはなしっすよ!」

「ふふ、ごめんね。聞くつもりはなかったんだけど」

「まぁ、全然良いっす! 真夏ちゃんなら」

「で、何だよ真夏」

「なっちゃんがMライブ録画しておいてって」

「なんかいつぞやに聞いた奴だな……」




俺のツッコミに真夏は笑った。つーか真夏とも実際に会うのが少し気まずいんだよなぁ……。花火大会の日にも会いはしたものの、あの時はそれどころじゃなかったし。




「お兄、返事しないから伝えてって」

「分かったよ……」

「ふふ……」

「相変わらず幼馴染してんなー! 二人とも」




幼馴染……。改めて信道から発せられたその言葉に俺は小っ恥ずかしくなってしまう。何故ならそう、俺はあの夜、幼馴染である真夏とキスをしてしまったのだから。




「おっ、どうした恭二。顔赤くして」

「し……してねぇよ」

「いやや、してんじゃん。俺には分かるぞ」

「ほっとけ」

「どうしたの? 恭二」



真夏も何も知らないフリで俺の顔を覗き込んでくる。無意識に俺はその薄紅色の唇を見てしまう。そして、あの日のあの感触が脳裏に過ぎる。



「なんもねぇって……」

「ねぇ信道くん、今日の恭二は不思議ちゃんかも」

「そうっすね、完全に夏休みボケっす」

「…………」




好き勝手言いやがってこいつら……。つか真夏だって絶対意識してるはずだろ……。何だよこいつ……スカしやがって……。




「ふふ……Mライブ忘れないでね恭二。私教室戻るから」

「ああ」




そう言って真夏は颯爽に背中を向けて去って行く。まるで夏休み前と何も変わらないかのように。なにも覚えていないかのように。俺の中に、じゃあ何であんな事をしたのかと自然に疑問が浮かんでくる。真夏に実際に聞けたら楽ではある。だが勿論、聞く勇気も湧いてはこない。




「どうしたよ恭二、いきなり」

「いや、何もねぇよ……」

「なぁ兄弟。恋人がいる人生の先輩としてひとつ教えてやる」

「……」

「お前のそれは、恋だ」

「はいはい」

「流すな!」




信道のツッコミと共に、ホームルームのチャイムが鳴った。




★☆★☆★☆★☆★☆




「じゃあな恭二! 俺宿題やんねぇといけねぇから先帰るわ!」

「おう」




始業式が終わり、担任が提出物を集め終わると、今日はもう終わりとなった。案の定信道は、家に宿題を忘れたと言って、今日の所は生きながらえたようだ。俺は忙しなく教室を出て行く信道の背中を見送りつつ、自分の身支度をする。




「ん?」




スマホが震える。通知を確認するとそれは南つばさからだった。




『大ピンチよ蒼井。部屋にゴキブリが出たの。帰り家来て』




俺はバックを背負い、




「さーて、帰るか」




教室を出て、二組の前を抜ける。



「あっ! 蒼井君だっ!」




よく通る勝気な耳通りのいい声が聞こえてしまった。

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