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番外編:川島信道の夏休み⑥

その瞬間、何かが信道の顔に投げ捨てられた。




「まじうざい……」



怒りのこもったハルの声を他所に、信道は地面に落ちたそれを拾う。手の感触で分かった。それは自分が渡した入浴剤のプレゼントだった。



「何様なの……マジキモい……」

「…………」

「自信過剰で痛すぎ、まじガキ……しつこ過ぎだし、良い加減気づけよ」




ハルは怒りのまま、立ち上がり踵を返した。信道はその背中を冷静に見つめる。自分でもよく分からない程に冷静にその背中を見つめられた。そして、もう二度と会えないかもな、なんて思ったりした。しかしそれでも信道は、これだけは伝えておこうと、土の付いたプレゼントを握りしめて、




「僕の気持ちは伝えました。あとはハルさん、貴方にボールがあります」



ハルは無視をして、そのまま公園を去っていった。




★☆★☆★☆★☆★



「で、何だよ急に呼び出してよ」

「ん? いやべつに? 最近お前と飯行って無かったしな」




ハルとの件から二日が経った夜、信道は飯を食べようと恭二を誘い、とあるカレー屋にいる。




「ココンイチカレーかよ……」

「恭二も好きだろカレー」

「まぁ嫌いじゃねえけどさ」

「今日は奢ってやるから、好きに食えよ」

「あ? 良いよ別に。俺もバイト始めたし」

「あぁ言ってたなそういえば」



何気ない会話をしつつ、二人はメニューを注文する。テーブルに向かい合って座る二人は互いに水を一口仰いだ。




「んで、今日はなんだよ信道」

「いやぁ、まあ別に大した話でもないんだけどさ」

「なんかあるから呼んだんだろ?」

「まあ一応な」




恭二はその着ている白いポロシャツで少しだけ首筋の汗を拭う。信道もTシャツを何度も引っ張り腹に風を送り込んでいる。




「どうせまたフラれた話だろ」

「ははっ、やっぱりお前は全てお見通しか」




急に呼ばれた時点で、恭二には察しが付いていた。どうせ女にフラレた事の報告に決まっていると。急に飯を誘う時は大概こんな内容だろうと。そんな恭二の冷めた態度に信道は心の重りが取れたように笑い、




「まぁ単刀直入にいうと、フラれたんだけどさ」

「やっぱりそうかよ」

「なんつーか? 俺ってモテねぇなって心底思っちまったわけよ」

「ああ」

「なぁ恭二? 俺はお前が思ってるよりかなり変な所で真面目な男かもしれねぇぞ」

「いや、お前はハナっからそうだろ。夢見がちで繊細だし」



なんでもすかした素振りで返す恭二に信道は内心驚いていたが、俺もこいつの事ならなんでも分かるかと返って安心していく。そして、微笑みながら、



「アタックしてた子にさ、彼氏がいてさ」

「へぇ」

「まぁそういうのもあるよな」

「んでどうすんだよ」

「いや別にどうもしねぇよ」

「ヘコんでんのか」

「んーや。なんか自分を通せたし後悔はない」



信道の言葉に恭二は少し笑った。



「へぇ。珍しいな、そのパターン」

「なんか、かっこつけちまったけどこれで良かったと思ってる」

「いっつも、うじうじ悩んでたお前がねぇ……」

「まぁただ、しばらく恋愛は無しだな。もっと自分磨きをしねぇとよ」

「それは好きにしろよ」



恭二の飄々とした口ぶりに信道は嬉しくなる。こいつはいつも俺の言う事を受け入れて、黙って聞いて、そしていつもそばにいてくれるだから俺の親友なんだと、そう再認識する。すると、恭二はどこか抜けきらず遠くを見つめながら、



「でも、本当女ってのは分かんねぇよな……」

「なんだよいきなり、なんか会ったのかよお前。玉井ちゃんに告られでもしたのか?」

「ち……ちげぇよ……」

「ふーん」

「ただ女って本当に訳わかんねぇ生き物って思ってな」

「でもだからこそ、男ってのは堂々としてなきゃならねぇじゃん?」

「まぁ確かにな」

「フッても堂々、フラれても堂々。これが男の美学よ。まぁフッた事はねぇけど」

「ふっ……」


 


信道のセリフに恭二は笑ってしまう。そしてこんな奴だからこそ、俺はこいつの親友なんだと実感する。不器用だけども何かにつけ懸命にチャレンジする信道の姿に、恭二は何度も励まされているのだ。本当の信道はもっと繊細なのに、強くなろうとするその前向きな姿が恭二は大好きであった。




「つーわけで恭二、しばらく俺は面白い話を提供出来なくなるけど、悪く思わないでくれよな」

「いや、そもそもお前の失恋話を面白いと思った事は一度もねぇよ……」

「へへっ、そうかい」




二人の笑い声の中、頼んだカレーがやってくる。熱々のカレーを食べながら信道は思う。結局、俺の高二の夏は何にも無かった。だけど俺には恭二がいる、こうやって側にいてくれる友達がいるのだ。それ以上何を望む必要がある。結果は付いてこなかったけれど、それでもこれは俺の望んだ高二の最初で最後の最高の夏休みになったんだ。





★☆★☆★☆★☆★





8月下旬。バイトも終わり大輔と信道は夜、店から駅までの間を歩いている。




「な訳で結局、あの日以降ハルちゃんから既読無視されちゃってるんだよなあ。これじゃ送別会の段取り出来ねぇじゃん。なんか知らね? 信道」

「いやー、自分知らないっすよ」

「辛いよなー、そんな露骨に縁切らなくても良いじゃんかよー」

「大輔さんが嫌われてるんじゃないすか?」

「いやいや、俺もそう思ってミカさんから連絡してもらったんだけど、それも無視みたいなんだよ」

「まじすか」



大輔の話を聞いた信道は初め驚きはしたものの、やがてそうだろうなといった気持ちに変わっていく。バイト先のメンバーと絡む事は即ち信道と絡む事と同義だからだ。勿論あの日以降、信道もハルとは連絡を取っていない。そしてハルからも何も連絡はなかった。




「だから多分、このまま送別会も無しだな」

「まぁ、主賓が来ないなら仕方ないっすもんね」

「せっかく送別会用のシャンパン買ったのによ。お前シャンパン飲むか?」

「いやいや、高校生すから」

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