番外編:川島信道の夏休み⑤
すみません! いよいよ書き溜めていた分が尽きてしまいました!
そのため今後しばらくは毎週「月」「金」更新とさせて下さい!
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信道は送信者の名前を確認する。それは脳裏に過ぎった通り、ハルさんからの連絡だった。
「…………」
改札口へと歩きかけていた信道の足が止まる。信道はそっとスマホを握り込み、
『いえ、今駅です』
『駅裏の公園で、少し話そ』
『分かりました』
自分でもどうすれば良いのか、信道は分からなかった。けれどもここで断ったら後悔する事も分かっていた。期待なんてひとつも無かった。しかしまた、信道もあの日のままでハルとの関わりを終わらせたくはなかった。
「はぁ……どうしたいんだろ……」
ハルの事を嫌いになれたら楽なのに、嫌いにはなれない。会って今更どうするのかとも思うのに足取りを止める事も出来ない。信道は顔を上げる。夏の夜空には点々と雲も見えた。
「お茶だけ買ってくか」
手ぶらで行くのもアレかと信道は、自販機でお茶を買う。公園はすぐそこである。公園のベンチを見渡しても、そんな人は見受けられない。
「さすがにまだ来てないか」
信道は誰もいない公園の中へと入り、ベンチに座った。
「お盆だもんな」
お盆ともあり、東京は人が少ない。駅前もいつもより人影がまばらだった。そんな事を思いながら、スマホをいじっていた所、
「信道くん」
「あ、お疲れ様っす」
みんなのプレゼントを入れた大きな紙袋を持って、ハルが現れた。おろした髪にアイロンで少しだけ巻いたセミロングヘア。肩口の開いた白いブラウスと薄紫色をした綾織のスカート。バイトの入りの時と同じ格好だった。
「隣いい?」
「うっす」
ハルは信道の隣に座る。信道は何となく目線を合わせられないまま、お茶を差し出して、
「これ、飲んでください」
「おっ、ありがとね」
ハルは信道からお茶を受け取り、早速口を付ける。公園にはハルと信道の他には誰もいない。
「来てくれてありがと」
「いえ、全然」
「来てくれないかと思った」
「いや、ハルさんに呼ばれればそりゃ……」
「そう思ってくれてるんだ」
「まぁ、ハルさんのこと嫌いじゃないですし……」
ハルは信道の言葉に何も返さず、夜空を見上げている。信道も相変わらず、ハルとは視線を合わせないまま、成り行きで前だけを見ていた。
「信道くん」
「はい」
「私、彼氏いるんだ」
「はい」
「でも、全然相手にされてなくってね」
「何となくは分かったす」
「なんか、都合の良い女みたいな扱いなんだよね」
「……」
ハルは自嘲気味に、
「多分浮気してるし」
「そうっすか」
「だから私も、やり返しちゃおって信道くんを誘った」
「……」
「信道くん、チョロそうだし。乱暴しなさそうだし」
「……」
「でも、断られた」
信道は喉の奥が熱くなり、自分の分のお茶を勢いよく飲む。
「私さー、やっぱりまだ彼氏の事好きなんだよねー」
「……」
「あっちは、完全に私に飽きてるのに。ふふ……」
「……」
何を話しているのだろうと信道は思う。ハルの彼氏についてなど、信道はあまり聞きたくもなかった。
「ハルさん……自分……モテ男の気持ちなんて分かんなーー」
「ねえ、私の事抱いてよ信道くん」
鼻をすする男が聞こえる。信道が不意に横を見ると、ハルは静かに涙を流していた。ずっと前を見ていた為、気が付かなかった。ハルは涙を堪えながら懸命に平静な声で、
「だって私、ダサ過ぎじゃんこれじゃ……」
「……」
「ねぇ抱いて? 信道くん……。私の事好きなんでしょ?」
「好きっす……」
「私のこと好きなら、私の言う事聞いてよ……」
ハルの鼻を啜る音が聞こえる。周りに人は誰もいない。信道はお茶を飲んで、少しだけ頭を抱える。
「……」
そして思う。あー俺って本当にモテねえ男なんだなぁと。ハルさんの中で俺はめっちゃ便利な男として思われてるんだなぁと。こんだけ無理ならば、もういっそ一晩の良い思い出だけ作らせてもらおうかと。
「ハルさん……」
ハルが信道の方向く。その真っ赤に充血した瞳で。
「自分……ハルさんの事好きっす」
「じゃあ……良いの……?」
その掠れた声を聞いて、信道は心底面倒くせぇなと思った。とんだお人好しで馬鹿みたいな正義感を持った、自分自身に。女心なんて殆ど分からないくせに、本当は抱いてしまいたいくせに、それなのに強烈に胸奥から湧いて出てくる自分のプライドに。ハルにとって自分はどうでも良い男だと分かっているはずなのに、そんなはずなのに俺はなんでこんな言葉を言ってしまうのだろう。
「嫌っす……」
「……」
「ハルさんも後悔すると思います……」
「なにそれ……」
ハルは冷たい瞳のまま、信道を見つめる。前は萎縮してしまったその瞳。しかし、信道は引かない。信道は懸命に微笑みながら、
「自分……いつまでも待つっす、ハルさんの事。2年でも3年でも5年でも……。何年でも待ってやるっす」
「……」
「何年でも待ってやります。なんか男を見限ってるハルさんがムカつくんで……。僕も何でこんなに本気なのか分からないっすけど、俺のプライドが許せないっつーか……」
「……」
「遊ばれたから……遊び返すとか、しょーもないんで、そんなのは俺じゃない他の人に頼んで下さい」
その言葉を静かに聞いたハルは袖口で涙を拭い、信道に微笑む。
「あのさ、信道くんレベルの男が私と付き合えるとか本気で思ってるの? 痛すぎ」
「うっす」
「なんかやっぱり信道くん、高校生だよね。なんか言ってる事が子供過ぎ」
「うっす」
「ヤりたいくせに、無駄にカッコつけててそういうの一番キモいから」
「はい」
普段なら到底受け入れられない台詞を浴びても、信道は何故だか冷静に聞いていられた。むしろハルが初めて本心を見せてくれたような気がして、信道はやっとハルの心と向き合えられたように思えた。
「付き合えるとは思っていません。ハルさんがこのまま、男に幻滅して終わる事が許せないんです」
「……」
「痛くて結構っす。ハルさんが都合の良い女にされてるんなら、自分はハルさんにとってそれ以上の都合の良い男になってやるっす」
その瞬間、何かが信道の顔に投げ捨てられた。




