花火大会!④
『来なさい絶対。中央口ね』
相手は決まってる。もちろん南つばさだった。色々と気疲れしてしまって正直もう気力も残っていないのだが、こいつに来いと言われてしまうと従う他ない。俺は部屋着で着ていた、Tシャツと短パンのまま仕方なく外へと出たのだ。
「あっ! 蒼井!」
駅の入口に差し掛かったところに、浴衣姿の南つばさがいた。本日二回目である。薄桃色の花柄デザインの浴衣と突き出た胸元。その手には小さなカバンと金魚入の袋が吊り下げられている。俺は頭をかきながら、
「とんだ扱いだな……」
「ねぇ近くコンビニない? あと座れるところとか」
「へ? あぁ……こっち」
俺は、南つばさを引き連れて歩いていく。
「どう? 私の浴衣姿。男子でこの姿の私を見れるのあんただけよ」
「ふーん。良いんじゃないか?」
「はっ、つまんな。何その反応」
「お前は俺に何を求めてるんだ」
カツカツと南つばさの下駄の音が聞こえる。
「ていうか、あんたも大井町だったのね。何口なの?」
「西口」
「ふーん」
本当は中央口の方だけど、俺の家はこいつの中では圭の家だからな……。
「ねぇあんた、お金持ってる?」
「財布はあるけど」
「私今、手持ちないのよ」
「そうなのか?」
「えぇ。今度返すから、お茶とからあげ買ってよ」
「まあそのくらいなら」
あぁ……そりゃそうだよな……。タクシーの中で渡された金を見たら二万も渡してくるんだもんなこいつ……。実際1万も行かないくらいで帰れたし、今ここで金を返したい気もするが、この姿じゃ勿論だめだろう……。駅から少し離れた三叉路の脇にあるコンビニに俺は入る。
「私、あそこのベンチで座ってるから」
「あぁ」
俺はすぐに、コンビニでお茶と唐揚げを買い、ベンチに座る南つばさにそれを渡す。南つばさはありがとと受け取り、すぐにお茶に口をつけた。
「あぁ冷たい、生き返るわね」
「おっさんか」
周囲を白い無機質な街灯が照らしている。まばらな人並みがこの三叉路を通り過ぎていく。南つばさはお茶を飲んで一息ついたのか、俺とは視線を合わせずに、どこかたそがれながら、
「あんた、今日何してたの?」
「別に」
「ふーん」
南つばさは唐揚げの入った紙の容器を開き、爪楊枝を使い唐揚げを口に入れる。
「圭ちゃんと花火大会に行ってたの」
「お台場か。人多かっただろ」
「多かった。鬱陶しいくらい」
「圭も楽しんでたか?」
「うん。多分」
そしてどこかを見つめたまま、唐揚げの容器を俺の方へと向け、
「あんたも食べる?」
「いや、いい」
南つばさはもう一度、お茶を口につける。
「圭ちゃんってさ……やっぱり有名人なんだよ。あんた知ってた?」
「そりゃあ……まぁ……」
「今日、会場でファンに囲まれちゃってね」
「あぁ」
「なんか、ちょっと遠く感じちゃった」
「……」
ベンチで足を伸ばすと南つばさは、空中でばた足させる。
「私だけの圭ちゃんだったのに」
「……」
「知ってたはずなのに……。なんでこう思っちゃうんだろ」
「……」
「いや、それも勘違いか。元々圭ちゃんは遠かったのかも」
視線の先で、浴衣姿のカップルが通り過ぎていく中、俺は言った。
「お前はそれを話して俺に何を求めてるんだ?」
「え……」
「圭は圭だろ。それ以上でも以下でもねぇ」
「……」
「辛くなるなら切ればいい。お前がいつもやってるように」
「……」
「お前はそれをしたいのか?」
「……したくない」
「じゃあ、お前が受け入れろ」
「……」
「お前ほんと自己中なやつだな。圭が自分の思ってたのと違ったからって途端に」
「……」
「お前は圭じゃなくて自分しか見てないのか」
「……」
「圭はずっとお前の事を見てる」
南つばさは俺の言葉を黙って聞いている。
「私……」
「おい、先に言っておくがこんな私に、とかしょーもない事言うなよ」
「え……」
「これ以上、俺の前で圭の事を馬鹿にするな」
「なんで……」
「俺はお前が性格の悪いそういう奴ってのは知ってる、だからそこは責めてねぇよ。俺が言ってんのは、お前も圭の事をしっかり見てやれって事だけだ」
南つばさが少し驚いた表情で俺の方へと振り向く。俺は少し恥ずかしくなり視線を外して、
「俺の知らないお前の良さを、きっと圭はいっぱい知ってんだろ? だから圭はお前のそばにいる」
「……」
「俺が大切にしている圭の……大切にしているお前をこれ以上馬鹿にするな」
「……」
「圭は性格の悪いお前が好きなんだ。それで良いだろ」
「……」
「俺の前で、圭が好きなお前をバカにすんな」
横目でちらっとこいつの様子を伺うと、変わらずに俺を見てる。すると、分かりやすくため息をついて見せ、
「……わかりづら」
「は?」
「超分かりづらい、あんたの説教」
「わ……分かり……」
「筋通ってるようで通ってないし」
「な……」
「ただ、まぁ分かったわよ……。確かに自分の事ばっかり考えてたのは事実だし」
「お……おう」
どこか不服そうではあったが南つばさは立ち上がり、
「はい、これあげる」
俺は差し出されたそれを見る。すると目の前で、金魚が泳いでいる。
「取れたのか」
「うん。生き物とか持って帰るとママに怒られそうでね」
「圭の奴にやれば良かったのに」
「相談しようと思ってたんだけどね。騒ぎになっちゃったから」
「仕方ねぇな」
この金魚が路頭に迷ってもアレだしな。俺は仕方なく金魚の入った袋を受け取った。
「じゃあ帰ろうかな、私」
「なんだよ、本当にそれだけかよ」
「なに、私と遊びたいの?」
「な訳ねえだろ」
「……あんた、案外優しいわよね」
「は?」
「たまには褒めようと思って」
そう言って、南つばさは俺に微笑みかける。その浴衣姿が淡い街灯に照らされる。
「うわ……何だお前……いきなり気色悪いーー」
と、言ったその瞬間だった。
「あれ? 待って、お兄ちゃん!?」
反射的に声の方へ振り返ると、そこには浴衣姿の菜月と真夏の二人がいた。




