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花火大会!②

「持つ?」

「ううん、大丈夫。ねぇ写真撮ろ」




持った金魚入りの袋を吊り下げて、出店から離れると、南つばさは俺に顔を寄せてくる。もうすっかり慣れた女子同士のこの流れ。南つばさがスマホをかざすと俺も画角に収まるポージングが自然と出来るようになった。そしてシャッター音が聞こえると、




「圭ちゃん相変わらず可愛いなぁ。私、圭ちゃんみたいな顔に生まれたかった」

「え……私はゆちゃんみたいな顔に生まれたかったよ……」




なんて、やや小っ恥ずかしいやり取りをしていると背後から、




「あれ、圭ちゃんに似てない?」

「うそ?」



女子の声が聞こえる。やべ、気付かれたか? 




「あのぉ、すみません……」




背後からの呼びかけに俺は振り返る。見ると浴衣を着た同世代の女子二人組みだった。




「圭ちゃんですよね?」

「え、あ……はい」

「えやばっ! 本物!」



俺の返事に女子二人は目の前で、きゃあきゃあとはしゃいでいる。南つばさは顔には出していないものの二人きりの時間を邪魔されてか、かなりうざそうにしている。ただ、フォロワーを無下にすることも出来ないしな……。




「あのっ……こないだのライブ配信見ました!」

「あ……ありがとうございます……楽しんでくれたのかな……?」

「はいっ! めっちゃ楽しかったです! あの良かったら写真良いですか?」

「えと……はい良いですよ」





俺が了承すると、女子二人組はすぐに顔を近づけてくる。その瞬間視界の端で南つばさの顔が見えた。うわ……不愉快そう。しきりに髪を触りイライラを隠しきれない様子だ。




「じゃあいきますね、はいチーズ」

「あはは……」

「ありがとうございますっ! 学校で友達に自慢します!」

「こちらこそ……応援ありがとうございます……」




そう言って、女子二人は離れていった。幸い周りに他のフォロワーがいなかったのか、とりあえずはパニックにならなかったようだ。俺は急いで南つばさをフォローする。



「ごっ……ごめんねゆちゃん……」

「ううん! 全然大丈夫だよ」

「急にびっくりしちゃった……」

「あはは……さすが、インフルエンサーだね」




前までは気付かれる事はあっても、実際に話しかけられる事なんて無かったんだけどな。渋谷の時は全然普通に買い物もできたし。



「こないだのライブ配信で、話しかけても良いって言ったからみんな圭ちゃんに安心したんだよ」

「あぁ……それかも……」

「圭ちゃんカリスマだから、みんな見つけてもどう接すれば良いか迷ってたんだよ」

「そうだったんだ……」

「まぁ人も密集してるし、仕方ないね!」

「ごめんねゆちゃん……」

「ううん、なんか圭ちゃんと二人で遊べてるのが逆に誇らしくなった」

「びっくりしたよ……本当に……」




南つばさは俺の言葉に笑う。スマホを見るともうそろそろ、花火が始まる時間だ。会場の方へと戻ろう。




☆★☆★☆★☆★☆★




予定の時間になり、自然と砂浜が静まり返る。隣りにいる南つばさも、どこかソワソワした様子だ。



「始まるね圭ちゃん」

「うん、楽しみ」



スピーカーからノイズのような音が聞こえる。



『只今より、第40回お台場花火大会を始めます』




運営からの言葉の後、大砲の音が聞こえる。そして、





「わあ……」

「凄い……」




体に伝わる、花火の振動。七色の輝く光の発散。最初の大きな一発を皮切りに、怒涛の勢いで次から次へと花火が打ち上がっていく。打ち上げ花火だけではなく、地上から吹き出す花火も無数にある。8月の終わりの空に、七色の光が無数に拡散していく。



「綺麗だね圭ちゃん……」

「うん……」




頭上を見上げる南つばさの横顔を俺はそっと見つめる。端正な横顔にセットされたボブカット。その大きな瞳には花火の残像が映っている。俺が今日、この姿をして、こんな風に花火を見れるのも全てこいつのおかげなのだ。これも大切な夏の思い出に違いない。信道は人生一度切りの高二の夏だと言ってはいた。けれどもこれも、変ではあるが立派な思い出ではないだろうか。甘酸っぱくはないにしても、不器用な俺の大切な青春の一ページだ。この架空の存在である、圭ちゃんを大切に扱ってくれて一緒に過ごしたいと望んでくれる友達と共に見る花火。うん、十分に引けを取らない。俺は改めて、夏の夜空を見上げる。花火の音に心臓の音が重なる。三尺玉の大きな光が夜空を裂く。あぁ、これで良い。こんな感じで良いのだ。俺の高二の夏は素晴らしいものになった。





★☆★☆★☆★☆★☆





「楽しかったね! 圭ちゃん!」

「うん、超きれいだった……」

「私、ちょっと泣きそうになっちゃったよ」

「うん、それくらいきれいだったよね」




閉幕したばかりの会場は、まだふわふわとした妙な熱気に満ちている。眼の前の家族連れも、俺たちと同様の感想を呟いている。また来年も夏まで花火大会は持ちきりだ。




「圭ちゃん私、お手洗い行きたい」

「あっうん……分かった」



南つばさが会場のトイレへと歩いていくため、俺もついていく。




「圭ちゃんは?」

「私は……大丈夫」

「じゃあ、ちょっと待ってて」

「うん、大丈夫だよ」




俺も正直、小便をしたい心境ではあるが、さすがに女子トイレに入るのは少し気が引ける。まぁ家まで我慢できるだろう。そして南つばさは女子トイレの行列に並ぶ。うわ……本当に凄いよな女子トイレの列ってのは……。仕方ないんだろうけど。俺は時間を潰すために、スマホを取り出す。




「あれっ……」




つぶやき君のアプリを開くと、タイムラインに俺の浴衣姿の写真が流れている。これ……さっきの子と撮った写真だよな……。あの子つぶやき君にあげたのかよ……。こんなの俺が今この場所にいるってのを公言してるようなもんだろ……。




「あっ! ほらっいた! 圭ちゃんだよ! みんな!」





…………。

若い女の声。その言葉じりだけで集団である事が分かった。俺はさり気なくこの場から離れようとしたがーー




「あのーすいません、圭ちゃんですよね?」

「あっ……はい」

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