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南つばさとタコパ①

「か……楓さん……」




楓さんだった。そうか確かに、楓さんはいつも昼休みをずらして取っているから、この時間に昼飯を食べに行っている。




「バレないよな……」




俺は不自然にならないように、歩く。前方から楓さんも歩いてくる。片手に財布を持っている。やはり昼飯だろう。俺が少し変な目で見ていたからか、楓さんも俺を見た。俺は視線が交錯しないようにすぐに目を逸らす。




「…………」




無事、通り過ぎて行った。無事というのもおかしいが、楓さんは俺に全く気付かず行ってしまった。




「まぁ……そうか……」




圭の姿をしていない為、当然と言えば当然だがやはり妙な緊張感は拭えない。当たり前だ、この姿だろうが圭の姿だろうが、俺は俺に違いないのだから。通り際、確かに楓さんと目は合った。けれども楓さんは全く気にしない素振りで通り過ぎた。まぁそれが答えなのだろう。




「別人……なんだろうな……」



別人……。別人といえば、この間うちに泊まりに来た時の真夏もそうだった。急に俺のベッドに潜り込んできたかと思ったら、そのまま俺のファーストキスは真夏に奪われてしまった。恭二は私の事が好きなんだよ、とあの夜真夏は言っていた。俺は真夏の事が好きなのだろうか。好きか嫌いかで言えばもちろん好きだ。ただ、これが恋愛感情なのかと問われると俺には分からない。今現在の、俺と真夏の間柄では恋人になっているイメージも湧かない。真夏は俺の事が好きなのだろうか、そして俺と付き合いたいのだろうか、それも分からない。ただ、こんな分からないだらけの中でも、一つだけはっきりとしている事がある。それは相手が真夏だからこそ、半端な気持ちで付き合ってはならないという事だ。半端な気持ちで付き合ったりすればそれは必ず真夏を傷つけてしまう事に繋がる。真夏の気持ちを傷つけてしまう事、これだけは絶対に避けなければならない。




「とは言ってもな……」




ここ数日、あえて考えないようにしていたが、どうしても定期的に真夏とのあのキスが蘇ってくる。いや当たり前だろう、俺だって男だ。よくあの場で理性が保てたものである。ただ一方で家族共に仲の良い幼馴染でもある。だとしたらなんで真夏は俺とキスなんてしたんだ……。これもあいつお得意の茶化しなのだろうか……。真夏にとってはこんな事は何の価値もない行為とでも言うのか……。




「いや……やめよう」




俺は真夏とのキスを強引に脳の奥へと押しやる。こんな事考え出したらキリがない……。そうキリがないのだ。玉井の告白の件だってそうだ……。看板作成のあの日、玉井は告白ではないと言っていた。だけど




「告白だったよな……」




あれはどう見ても告白に思えた。だけど玉井は告白ではないと言い張っていた。ならなんで異性の俺にあんな言葉を告げたのだろう。あのシュチュエーションの『好き』との言葉。確実に恋愛としてのそれだろう。それくらいは流石の俺にも分かる。玉井の言葉を聞いて、俺は嫌な気分ではなかった。むしろ嬉しかったくらいだ。あいつほど性格の良い女なんて、この先出会わないくらいに思える。そんな人間からの好きとの言葉、嬉しくない訳がない。ただ、玉井からしたら告白ではないのだ。じゃあ告白だったら……。俺はあの時どうしていたのだろう……。





「あーまじ女って……」




分かんねぇ存在……。ただ、それ以上にーー。




「俺も一緒……か」




真夏も玉井も良い奴らだ。晴れた夏空を進んで行くと、南つばさの家が見えてきた。




「はぁ……」




俺は……どうしたいのだろう。




★☆★☆★☆★





見知ったコンクリート打ちっぱなしのおしゃれな一軒家が俺の目の前に立ちはだかる。ガレージの黒塗りの高級車に睨み付けられながら俺はそっとインターホンを鳴らす。すると、玄関の扉が開いて南つばさが出迎える。




「ちゃんと具材は買ってきたようね」

「あぁ、約束したしな」

「ふふ、上がって良いわよ」



俺は少しうんざりしつつ、ガレージ横に備え付けられた階段を上がり、玄関の扉を潜った。




「おじゃまします」

「そっちがリビングよ」



南つばさは白いtシャツに色の抜けたデニムのショートパンツといつも見慣れていた格好よりも、かなりカジュアルな感じだった。まぁいつもの如く、tシャツの胸元から突き出た物は相変わらず立派ではあったが。そして、南つばさに案内され俺はリビングへと通される。



「はあ、涼しい……生き返る」

「ほら、あれがたこ焼き器」

「へぇ、カセットコンロみたいなやつなんだな」




リビングのテーブルの上にはもうたこ焼き器が置かれている。それに何枚かの小皿とひっくり返す針などの道具とサラダ油が置かれている。うちは電気式のたこ焼き器だが、南つばさの持っていたやつはガス火のタイプだ。




「ネギは切っておいたから、後はタコを切るだけ?」

「そうだな、紅生姜も切ってあるやつを買ってきたし」

「なら、私が切るわ」



俺はタコのパックだけ渡した。残りの材料はテーブルに置いておこう。



「じゃあ俺は生地を作るか」

「なんか使う?」

「はかりが欲しい」

「あるわよ、来なさい」



リビングの奥にあるキッチンに案内される。リビングはもう何回も見てるが、キッチンの方は何気に初めてだ。



「広いな」

「普通でしょ」




広くゆったりとしたスペースのシステムキッチン。ガスコンロも一切の汚れはなく、ママさんのキッチリとした性格が伺える。南つばさは戸棚から電子はかりと計量カップの大小を取り出して俺に渡してくれた。そして南つばさは俺が買ってきたタコをパックから取り出して、



「ねぇ、これって洗った方が良いの?」

「刺身用だし別にどっちでもいい」

「適当ねぇあんた」

「なぁ、卵も欲しい」

「あ、はいはい」



南つばさは冷蔵庫から卵を出す。俺はたこ焼き粉の袋を開ける。そしてはかりの上に乗せた計量カップにたこ焼き粉を入れていく。




「なんか、真剣ねあんた」

「ここが一番大事なんだよ」

「へぇ、なんかこだわりがあるの?」

「説明書よりも粉の量を3割ほど減らすんだ」

「なんで」 

「そうした方がトロトロになる」

「あ、私も中はトロトロの方が好き」

「だろ? だからここが一番大事なんだ」

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