お誕生日を祝い合おう!②
「ほら上がって上がってー」
「おじゃまします……」
南つばさに案内され、俺は家の中へと入る。大理石の玄関にはやはり自然と身構えてしまう。靴を脱いで、南つばさに続きリビングへと入ると、
「うわぁ……」
自然と声が漏れてしまった。広々としたリビング全体が、様々なパーティグッズで装飾されていたのだ。風船で作られたhappy birthdayの文字に、可愛くハートでデコレーションされた二人の自撮りポスター。はたから見たらやり過ぎに思えたが、二人きりだしこれも良いだろう。
「えへへ……圭ちゃん喜ばせたくて、今朝から頑張ったんだ」
「嬉しい、ありがとうゆちゃん……」
「ちょっとやりすぎ?」
「ううん、でも自撮りのポスターは恥ずかしいかも……」
「あはは、確かにね」
和やかに笑いながら俺はソファに座る。クーラーで冷えた室内に癒される。
「圭ちゃんは待ってて、私ご飯の準備するから」
「え、手伝うよゆちゃん……」
「大丈夫。準備っていっても後はパイを焼くだけで、冷菜系はもう作ってあるから!」
「良いの……?」
「うん!」
南つばさの楽しそうな表情に押し負けて、俺は大人しくソファの上で待ってる事にした。南つばさは奥のダイニングキッチンの方へと向かっていく。デカデカとした二人の自撮りポスターが視界に入りなんだか居心地が悪い。ソファの前にあるテーブルには高級感のある食器がもう用意されており、なんていうか用意周到も行き過ぎてると感じてしまう。別にここまでもてなさなくても良いんだけどな……。
「じゃじゃーん!」
南つばさが料理皿を二つ持ってキッチンから出てきた。そして、目の前のテーブルに料理が置かれる。
「前菜は、サーモンとアボカドのカルパッチョに、ローストビーフでーす!」
「えっ! 凄っ!」
想像を超えたお店で出てくるような盛り付けに、思わず男の声が出そうになった。名前も知らない香草が飾りで盛り付けてあったり、付け合わせの野菜も可愛く全体を彩ってあり、男の俺では作り得ない出来栄えだ。
「本当にゆちゃんが作ったのこれ?」
「あったりまえじゃん! せっかくのお誕生日会なんだし!」
「凄い……ゆちゃん料理上手……」
「えへへ」
俺の素直な褒め言葉が少し照れ臭いのか南つばさは両手で自身の髪を触る。
「シャンパンもあるから持ってくるね」
「え? シャンパン?」
「シャンパンジュースだから大丈夫!」
「えー面白い……初めて飲むなーあれ」
「ちゃんと圭ちゃんの為に甘くなさそうなやつ選んだから」
南つばさはそう微笑みながら、キッチンの奥に一度消え、ボトルとグラスを携えて戻ってきた。
「凄いゆちゃん、なんだが大人みたい」
「えーまだ大人になりたくないー、はは」
俺は南つばさからグラスを受け取る。ジュースではあるものの、見た目は完全にシャンパンのボトルその物だった。南つばさは慣れた手付きでボトルを開けてみせると、
「圭ちゃん、グラス」
「あ……うん……」
南つばさがにっこりと笑いながら、隣に座って俺にシャンパンを注いでくれる。金色の輝きに無数の泡が湧いて美しい。俺もこうしてるだけではいけない。
「ゆちゃん貸して。次は私」
「うん!」
俺は南つばさからボトルを譲り受け、構えてくれていたそのグラスに注ぎ込んだ。
「えへへ、圭ちゃんに注いで貰っちゃった」
「嬉しい?」
「うん……」
南つばさが恥ずかしそうにうなづくのを見てるとこっちまで恥ずかしくなってくる。
「か……乾杯しよ! ゆちゃん」
「圭ちゃんなんか恥ずかしがってる」
「ゆちゃんのせいだもん……」
「あはは、可愛い」
俺はグラスを南つばさの方へと近づける。南つばさも俺のグラスの方へとグラスを合わせて、
「乾杯っ!」
グラスの重なる涼しげな音の後、俺はシャンパンジュースを口に含んだ。強い炭酸が口内を巡る。
「あ美味しいこれ、甘くなくて」
「でしょー! 絶対これ圭ちゃん好きだと思ったんだー!」
南つばさは俺の反応にその大きな目を存分に細めて喜んでいる。確かに、泡立ちも強くて甘味もかなり抑えてあり、俺好みだった。尚且つこれなら、前菜の食べ物とも合いそうだ。腹の減った俺はテーブルの上にあるナイフとフォークを握って、もう見た目からして絶対美味いカルパッチョを皿に取った。
「シャンパンで写真撮ろ、圭ちゃん」
「あ、うん」
あぁそうだよな……まずは飯より映えだよな……こういう時は……。南つばさに言われて俺はグラスを再度顔の近くで持った。南つばさも顔のそばにグラスを構えて俺に頬をくっ付けてくる。俺は懸命に動じない。そして二人で上目遣いをするとスマホのシャッターが切られる。
「圭ちゃん可愛いなぁ相変わらず。マジ静止画強い」
「えー、ゆちゃんの方が可愛い。あと静止画強いとか悪口入ってるー」
「静止画も強いって事、あはは」
俺の返しがツボにハマったのか、南つばさは笑っている。写真もとりあえずはもう良さそうなので、俺はこの美味そうなカルパッチョを早速頂こう。サーモンの赤身がオリーブオイルで淡く輝いている。口に含む瞬間に南つばさの視線を感じた。
「どう……?」
「凄い美味しい……」
「本当!? 嬉しい」
「うん、味付けも丁度良いし」
「良かったぁ」
自然な塩気と酸味がサーモンとアボカドの素材の旨味を引き出しており、最後に抜けるオリーブオイルの香りも合わさってかなり上品な味わいだった。これは箸が進む。
「圭ちゃんローストビーフも食べて、良い感じに出来たから」
「うん」
俺は隣のローストビーフも皿にとった。外側の焼き色と中の赤身のコントラストが綺麗だ。ソースは既にかかっているようなので、俺はそのまま口に入れる。
「これも美味しい……」
「やったー!」
火の通りもジャストで牛肉自体の旨味も申し分ない。しかしそれよりもソースだ。かなり大人な味付けになっている。おそらく赤ワインをベースに作ったソースだろうが、これがかなり美味い。ほんのりとした苦味が肉の甘味と調和しており最高の仕上がりになっている。
「こんだけ美味しいと将来ゆちゃんと結婚出来た人は幸せだね」
「彼氏すら居ないんだけどねー」
「あはは」
俺は箸を進める。これだけ美味ければいくらでも食べれてしまいそうだった。俺の食べっぷりに安心したのか、南つばさも箸を伸ばす。
「圭ちゃんは料理とかするの?」
「うん、パパが単身赴任だしなるべく自分で作るようにしてる」
「へー、圭ちゃんの手料理食べてみたいかも」
「私……ゆちゃんと違ってガサツだから……見せられないよ……」
「えー、そんなの全然気にしないよ」
「どっちかっていうと多分、男の子の料理みたいになっちゃってるし……ゆちゃんびっくりするから……」
「えそうなの? 余計に気になる」
「恥ずかしいからだめ……」
俺の反応に南つばさがニヤニヤとした笑みを浮かべている。手料理を振る舞う事自体は造作もないが、いかんせん男の色を隠しきれないのがなぁ……。菜月にも男の味付けって言われてるし……。
「ちょっとパイの様子見てくる」
「うん」




