真夏がお泊り②
危ねぇ……。マジ勘弁してくれよ……。菜月の急な態度の切り替えに、真夏は不思議そうに俺の方を見てくる。
「ねぇ恭二、今夜のなっちゃんは不思議ちゃんモード?」
「ある意味いつも通りだろ」
「そっか」
「ほらもう良いから二人とも、ルーを溶かせばもう出来るぞ。皿とかご飯よそって準備しとけ」
俺の強引な命令が功を奏したのか、真夏は疑う様子もなく、皿を取って準備をする。
「ねえ私もちょっと食べていい? 恭二」
「ああ、つかそのつもりだったしな」
「やったー」
カレールーを溶かし終えた俺は最後、カレーを一煮立ちさせて、火を切る。
「完成だ、ほら冷めないうちに食うぞー菜月」
「待ってましたー! 腹減って死にそう」
そう言って菜月は勢い良くソファから立ち上がる。そして真夏がご飯をよそいテーブルの上であらかじめ準備していた皿を真っ先に取って、バタバタとコンロの方へ向かい、鍋のカレーを自らの皿にくべる。
「あっちー! マジで出来立てだー」
「熱々の方が美味いだろ」
「まぁそれはそうだけどさー」
「ふふ、恭二は熱々信者だからねー」
などと話しながら俺は冷蔵庫の中から福神漬けを取り出し、テーブルの上に置く。そして俺もカレーを取りに行こうとしたところ、
「はい、恭二の分」
「おお……わりぃ」
「ルー多めにしておいたよ」
「あぁ」
テーブルの上に三人分のカレーが並び、揃って湯気が立ち上がる。菜月は先に椅子に座り、待ちきれないのか、
「お兄も真夏も早くー」
「あぁ」
「はーい」
そして、三人ともテーブルの席につき、
「いただきまーす!」
スプーンでカレーをすくい、口に含む。まあいつも通りの味だ。
「ん〜!! 美味しい! お兄ちゃんのカレー!」
「恭二はカレー上手だよねー」
二人とも気に入ってくれたようで良かった。喜んでもらう為に作った訳でもないが、やはり美味しいと言われる心地は悪くない。
「そういや恭二のところはお盆、お父さん帰ってくるの?」
「いや、仕事だって」
「ふーん、相変わらず大変そうだね。お姉ちゃんは?」
「姉貴? 知らん。あいつこそ帰って来ないだろ」
「久しぶりに会いたいなー」
「連絡すれば良いだろ。姉貴も真夏の事好きみたいだし」
「まぁそうなんだけどさ、わざわざ京都から来てもらうのもねー」
と、話していると菜月が、
「やだよお姉ちゃん。帰ってくると昼からお酒飲んでて、だる絡みしてくるもん。チューしようとしてきたり」
「あはは! 確かに昔からお姉ちゃん、なっちゃんにチューばっかだよね」
「お兄ちゃんの方が良い。優しいし」
そう言って、菜月は勢いよくむぎ茶を仰ぐ。真夏はその綺麗に結ったポニーテールを楽しげに揺らしながら、
「恭二も昔はよくお姉ちゃんにプロレス技とか掛けられてたよね」
「あぁ、あったなそんな事も」
「懐かしいなー。年取ったよねーうちらも」
「まぁ確かに」
酔った姉貴はいまだにプロレス技を掛けてこようとするが、それは真夏には内緒だな。菜月の言うように、むしろ酒をおぼえてから余計にタチが悪くなったかも知れない。けどまあ、たまの連休にしか会わないから姉貴も羽を伸ばしてるのかもしれないし、俺もそこまで気にしていないのだが。
「なっちゃんはいつまでこっちにいるの?」
「お姉ちゃんが帰って来るんだったら、早く帰ろうと思ってたけど、お姉ちゃん帰って来ないみたいだし、しばらく居ようかな」
「はは、徹底してるね」
「いや、マジでだるいから! 真夏は知らないだろうけど!」
「えー気になるなーそこまで言われると」
「仲良いからな、姉貴と菜月は」
「よくないから!」
菜月が勢いよく反発してきたが、俺は無視をした。何故か昔から菜月は姉貴相手にはツンデレ的な所があるのだ。同性だからか知らないが、その辺りはよく分からない。
「カレー美味しい、おかわりしよー」
「よく食べるね、なっちゃん。喫茶店で間食してたのに」
「カレーは飲み物だから」
「太る奴のセリフだな」
「細いもん」
菜月が全く気にしていない様子で席を立ち、おかわりをしようとキッチンの方へ行く。
「恭二は勉強したりしてんの?」
「いや別に、背伸びした大学に行くつもりもねーし」
「じゃあ、遊んでるの?」
「遊んでもねーよ、バイト」
「ふーん」
「そういう真夏は勉強してんのかよ」
「ほどほどにって感じかなー、恭二と違って私優等生だし」
「抜かりねぇな、ほんと」
呆れた感じでそう俺が呟くと真夏は笑う。
「あはは、でもこうやって友達の家で遊ぶ事もちゃんとしてるよ?」
「まぁ確かに」
菜月が山盛りにしたカレーと共にテーブルに戻ってくると、
「勉強も遊びも良いけど、高二の夏は恋愛だよ真夏!」
「恋愛ねー」
「そうそう! この際全部8月のせいにしちゃってさ! 人生一度の高二の夏を男子とイチャイチャして過ごそうよ!」
また言ってるよ菜月のやつ……。本当好きだなそのワード。つか男子とイチャイチャって……。
「確かにそれも悪くないかもねー」
「でしょでしょ!? ほらほらキープしてる男子とかいないの真夏?」
「キープ君はいないかな……さすがに」
なんつー問いかけしてんだよ菜月……。
「誰かさんみたいに、キープするとか出来ないから私」
「…………」
「可愛い女の子を連れ込んでキープするなんて、私そんなに器用じゃないし……」
「…………」
口角を上げ、試すような視線で真夏が俺の方を見てくる。その長いまつ毛が揺れ動く。くそ……またあの話かよ……。
「なんで俺の方見るんだよ……」
「べつにー」
「えっ! ちょなに!? 連れ込んだ!? お兄キープしてる女の子がいるの!?」
「キープなんてしてねぇよ……」
面倒くせぇ……。俺の言葉に真夏は含みのある表情で、
「そうそう何もないよ、なっちゃん」
「えまって!? なにその感じ! 絶対なんかあるじゃんそれ! ねぇ教えてよ真夏! やっぱお兄ちゃん結構モテるの!?」
「んー、恭二はガサツだからねー」
カレーを食べながら女二人が盛り上がっている。
「てか連れ込んだって何っ!? 私その話知らないんだけどっ!?」
「あーごめんごめん。連れ込んだってのはウソ。私がノリで言っただけ」
「はっ!? うそ? わかりづらっ! 真夏のボケ方」
「あははごめんね。てか、うちらの知ってる恭二が女の子を家に連れ込むわけないじゃん。なっちゃんもそんなの分かってるでしょ?」
…………。
これ絶対当て付けだよな……。




