俺とつばさとお買い物④
「あんた今私の事を可愛いって思ったでしょ!」
「お……思ってねぇよ」
南つばさは眉間にシワを寄せて、俺を詰める。
「いーや絶対思ってたわよ、あの表情は」
「ちげえって」
「もう本当勘弁してよ、言っとくけど告白なんてしてきたらマジでぶっ飛ばすからね」
「それはねぇから安心しろ……」
南つばさは前髪を手櫛で整えつつ少しだけ気怠そうにして、
「頼むわよ、本当……。この気楽な関係はあんたの理性にかかってるんだから」
「いや今後も継続してくつもりなのかよ、これ……」
「当たり前じゃない。男子といた方が行きやすい所が結構あるし」
「他の男と行けよ」
「嫌よ、面倒くさい」
俺とは面倒くさくないのか……。まぁ学校のこいつを見てる連中となるとこいつも学校モードにならざるを得ないから仕方ないのかも知れないが。俺はコーヒーを飲みながら、ひとつ思い出した事をぶつけてみた。
「つかいっそ、彼氏でも作った方が良いんじゃねぇのか? 一生に一度の高二の夏だし」
「はぁ? なにそれだっさ……」
南つばさが軽蔑するような視線で俺を見る。なんだか俺と同じようなリアクションしてんな。おい……やっぱりダサいって言われてるぞ信道……。
「なんかあんたが勘違いしてるみたいだから言っとくけど、別に私だって彼氏がいらないとは思ってないし、良い人が居ればそりゃ付き合いたいわよ」
「へぇ」
意外だな、そうは思っていたのか。南つばさは呆れたような表情で続けて、
「けれど、どいつもこいつも下心が垣間見れて気持ち悪いのよ。結局私の事抱きたいだけじゃないみんな」
「なんか必死だなお前も……」
「事実よ事実。男なんてみんな、身体目的でしょ? 川島くんなんてまさにそうじゃない」
「あいつはそんな奴じゃねぇよ。お前が思ってるよりもずっと繊細だし、相手を尊重する奴だ」
「そうかしら」
「……」
信道の何を知ってると言うんだお前は。さすがにそんな安易な事を目の前で言われると腹が立つ。俺が言葉を探していると、
「なによ、怒ってるわけ」
「連れの悪口を言われて何も思わない奴なんていないだろ」
「…………」
南つばさがバツの悪そうに視線を外し、後ろ髪を片手で持ち上げている。空白の時間が流れる中、
「悪かったわよ……」
「良いよ別に。お前も色々と嫌な経験してるんだろうなってのは想像ついてるし、責める気はねぇ」
「ふーん」
「なんだよ」
「あんたって本当に義理堅いわね。圭ちゃんの話しをした時もそうだったけど」
「お前と違って友達はひとりひとり大事にするタイプだからな」
「ただ社交的になれないだけのくせによく言うわね」
「な……」
図星を突いてきやがった……。焦る俺のリアクションなんて大して気に留める様子もなくこいつは続けて、
「じゃあさ、そんだけ義理堅いならあんた、仮に私と付き合ったとして最後まで大切にしてくれるわけ」
「最後ってなんだよ」
「結婚」
「はぁ?」
「私、もてあそばれるのとか絶対に許せないから」
怖ぇ……なんだよいきなり。唐突な言葉に俺はうろたえてしまう。何よりも軽い感じで言ってる所が余計に恐ろしく思えた。でも察するにただただ自分の本心を表しただけなのだろう。やっぱりマジでプライド高いんだなこいつ。つか結婚て……。
「そんなの彼女いた事ねぇから分かんねぇよ……」
「なに恥ずかしがってんのよ、あとそういう時は嘘でも大切にするって言いなさい」
「少なくともお前相手にはその言葉は言わない」
「は、私の事可愛いって思ってたくせに」
「お前より圭の方が可愛い」
コーヒーを飲みながら、そう言葉を返すとこいつは感慨深い様子で、
「そりゃ圭ちゃんには負けるわよ、圭ちゃん性格も良いし」
「……」
「なるほど。あんたもやっぱり、圭ちゃんの事可愛いって思ってんのね」
流れに乗って目には目をで返したつもりの台詞が、空振りになってしまった。てっきり負けじと私の方が可愛いとか言い返してくると思ってたんだが……。
「でも可愛いって思ってるのに付き合わないなんて、てっきりあんたの事だから何も感じてないと思ってたのに」
「お前はどうしても俺と圭を付き合う方向に持っていきたいみたいだな」
「違うわよ。そうじゃなくて、ただほんとに変わった男だなって考えてただけ」
「何度も言うがあいつはただの友達だ」
「ふーん」
こいつは歯切れの悪そうに、視線を落とし再び自分の買った指輪を眺めている。よく分かんねえ奴だなこいつも。つかやべぇな……こいつがプレゼントを用意してる以上、俺も何かしらプレゼント買わないと。どうしよう……とりあえず帰ったら菜月に相談でもするか……。
「あんたお盆はどうすんの?」
指輪をじっと見たままに南つばさは、何気なくそんな事を聞いてきた。
「別に、もうこの歳じゃ爺ちゃん家に行くとかもしねぇし、バイトもないだろうから寝て終わりだろ」
「分かる、私も一緒」
「圭と遊べば良いじゃねぇか」
「さすがにお盆は誘えないでしょ」
「ふーん」
「あんたさ、タコパとかやった事ある?」
「は? まぁ何度か、パーティって程でもないけど」
菜月が一時期ハマってて、家でよくやってたんだよな……。俺の返答にこいつは少し嬉しそうにして、
「えっ、じゃあたこ焼き作れるわけ?」
「あんなもん誰でも作れるだろ」
「え無理無理」
「嘘つけ」
「やろうよたこ焼き。楽しそうじゃない。私エンスタにも上げたいし」
南つばさは楽しそうな表情で俺を誘ってくる。なんでわざわざ俺とタコパしたいんだよ……。相手してくれる奴なんていくらでもいるだろうに……。つかどうしよう、予定ないって言った後で断るのもあれだし……。それにこいつ普通に楽しみにしてそうだよな……。
「ねぇ? 聞いてんの?」
「…………」
「ちょっと」
「……仕方ねぇな」
「やった! 場所はどうする?」
「おれんちは無理」
俺の家はこいつの中では圭の家だろうし、絶対無理だな……。はぁめんどくせぇ……。俺の返事に南つばさはうなづいて。
「なら私の家ね。良いわよ、たこ焼き器はあるから」
「親御さんとか良いのかよ」
「あぁ、うちのママなら大丈夫よ」
「じゃあ当日、恵比寿駅のスーパーで材料でも揃えるか」
「うん……って、なんであんた私の最寄り駅を知ってるわけ?」
「……」
やべ……またやっちまった……。




