終業式②
「悪い恭二! 俺今からバイトでさ先帰るわ!」
「え?」
「じゃあな!」
「おう」
終業式も終わり、最後に担任から各々に通知表が手渡されクラスが解散となる中、信道は颯爽と教室を後にする。昼からバイトか……つか通知表確認しないのかよ……あいつ。受け取った通知表を見て、クラスメイトは皆様々なリアクションを浮かべている。俺はというと、予想した通りの内容で落ち込みも喜びもしなかった。テストも平均だから成績も平均ときたもんだ。父親に見せたらまた普通だなとかチャカされるのだろうか。とはいえ、一応そこそこの進学校に類されるうちでこんだけの成績を取っていればまぁ十分だろう。腹も減ったし俺も帰るか。
「あっ、蒼井君」
「ん?」
帰ろうとした所呼び止められた。きっちりとした制服の着こなし。セミロングな髪を低い位置で緩く結った三つ編みが特徴的な小さく小柄な少女。玉井だった。
「文化祭の件なんだけど、よろしくね」
「あぁ、まぁ引き受けちまったしな。安心しろよ、ドタキャンとかはしないからよ」
「蒼井君はドタキャンなんてしないよ。優しいもん」
「……」
玉井は嬉しそうに笑みを浮かべる。少しだけはみ出た愛嬌のある八重歯が見える。こいつよくそんなセリフ恥ずかしげもなく言えるよな……。
「じゃあまた色々決まったらメールするね」
「おう」
玉井は控えめに手を振って、背を向ける。そして我らが学級委員は馴染みの女子との会話に戻った。文化祭ねぇ……。去年何やったっけな全く覚えてねえ……。俺は昨年の記憶を何とか思い出しながら教室を出る。てかよく考えたらまだクラスの出し物もなにも決まってないよな。玉井の奴一体何をやらすつもりなんだ、全く想像がつかない。しかし今日はみんな下校の時間が同じだからか人が多いな。俺は人の群れを避けつつ廊下を抜けていく。
「あっ! 蒼井君だ!」
最近しきりに聞くはっきりとした耳通りの良い声。瞬時に分かった。あいつだ。俺は歩く速度を早め2組の前を抜けようとする。
「ちょっと! 3組の蒼井恭二くーん!」
周りの生徒が不思議そうに俺の事を見てる。こんなに周りの視線を操れる奴など一人しかいない。俺は足を止め、諦めて振り返る。
「おっ! 止まってくれた」
ゆるふわなボブカットに、その澄んだ勝気な瞳。俺と二人きりの時とは違う、よそ向きな表情をしたこいつ、南つばさ。はぁ面倒くせぇ……。早速、周りがざわついている。南つばさに呼び止められるこの男は誰なんだって感じだろうか……。するとその瞬間、スマホが震えた。ポケットから少しだけ出して、画面の通知を確認すると、南つばさからのメールだった。
『昨日、私のメール無視した罰。今日中に絶対返事しなさい。以上』
いやあれは無視したつもりじゃねぇよ……くそ。しかもこの計ったかのような通知……こいつずっと俺が通り過ぎるのを狙ってたのか……? 南つばさから昨晩いきなり送られて来たメール。買い物に付き合って欲しいとの内容であり日時が丁度来週だった為、バイトのシフトが確定してから返事をしようと考えてただけだったのだが……。圭の方のバイトと被ったらどのみちお前も俺との予定なんてドタキャンしてくるつもりだろうに……。通知の内容を確認した後、俺は面前の南つばさを見る。すると南つばさは嘘くさいほど天真爛漫な笑みを浮かべて、
「蒼井君! あれ? 仲良しの川島君は?」
「……あいつはもう帰ったよ」
周りの生徒が俺を見ている。特にこいつのファンと思わしき男子の何人かがどぎつい視線で。俺の冷めた視線と返しに絶対気付いてるくせに、こいつは白々しいほどの笑顔で、
「そうなんだ! 蒼井君、一学期お疲れ様!」
「あぁ……」
「蒼井君は夏休みは何するの?」
「バイトとか」
「そうなんだ! いっぱい思い出作れると良いね! また夏休み明けからも宜しくね!」
「あぁ……」
「じゃあね!」
「…………」
周りの注目だけをしこたま集めて、南つばさは颯爽と2組の中へと戻っていく。あの野郎……はめやがって。マジ性格悪ぃ……。廊下に残された俺は、あいつの抱えるファンからのヘイトと、野次馬どもからの絶え間ない茶化しを浴びてしまう。つか相変わらずすげぇなこのカリスマ性。あいつが大声で呼び掛けるだけでこんなに人だかりが出来るとは……。その性根は少しメールの返事しないだけでこんな嫌がらせしてくる女だってのによ……。ってそんな事を呑気に考えてる場合じゃないか。あいつの器量の小ささに俺は呆れつつ、これ以上、野次馬共に取り囲まれる前に急いで下駄箱へと向かった。
★☆★☆★☆★
7月下旬、夏休みが始まり3日が経った。今日は初のバイト出勤日だ。平日昼時の恵比寿駅には夏休みを絶賛謳歌しているJK達がちらほらと見受けられる。そして俺もはたから見れば、その中の一人として紛れているのだろう。ちなみに今日の格好は前回の面接時と同じく、薄手のブラウスに茶色のショートワンピースを重ね着し、足元は黒の短靴とした。手持ちの服だとこれが一番大人しめに見えるのだ。いつもの耳の下で結んだツインテールも職場ではあざとく見えてしまうとも考えたが、結局このままにした。圭はこの髪型が一番可愛いからだ。
「圭ちゃん! おはよ!」
「おはよ、ゆちゃん」
南つばさが改札越しに迎えに来てくれていた。真っ白な夏用のニットブラウスとピンクショートスカートの組み合わせはシンプルながらオシャレだ。わざわざ迎えに来なくても良いと断ったものの、昼は圭ちゃん目立つからナンパされたらどうとかって結局、厚意を断り切れず足を運んでもらう運びとなってしまった。まじで日に日に過保護になってってるよなこいつ……。あとナンパされた所で正直そういう女的な意味での危険性みたいなのは皆無なんだけどまぁ、それは勿論言えるはずがない。俺は改札を抜け楽しそうな顔をした南つばさの元へ駆け寄る。
「初出勤だね!」
「うん、緊張する……」
「大丈夫、私がいるし。それより住民票持って来た?」
「うん」
俺は微笑みながら南つばさに自分のバックを見せつける。




