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女心と秋の空④

「だっー! くそっー!」

「勝てなかったな」




雲ひとつない健やかな秋晴れの中、俺は学校のグラウンドにいた。そう、今日は学校全体での秋の球技大会である。クラス女子達からの応援も虚しく、1組とのサッカー対決は負けてしまった。




「つか運動部勢多すぎだろ1組の奴ら! なぁ恭二」

「まぁ、確かにな」




体操着の袖口で汗を拭いながら、信道は案外悔しそうにしている。なんだこいつ……実は勝ちたかったのか。まぁ思いの外、善戦はしたと思うがやはり後半、俺と信道という帰宅部勢の体力の無さが露呈したのが敗因の一つだろう。とはいえまぁそんなの、普段運動してないんだから走れる訳がないよな。




「あと恭二! お前後半、手抜きすぎだろよ! あからさまだったぞ」

「いやだって、ケガしたくねぇし」

「はぁ? なに女子みたいな事言ってんだお前」




女子みたいな、か。まぁある意味正解だな。女装する都合上、擦り傷とかは御法度であるからな。てか偉そうに言うお前だって、運動部の奴らに比べれば全然走れてねぇだろ……。なんて言葉が喉まで出かかったもののなんとか堪えて、




「まぁ実際の所、昨日のバイト疲れもあったしな」

「おいおい、球技大会の前にバイト入れんなよなー、基本だろそれ」

「なんの基本だよ……」

「しゃあねぇ切り替えてくか。つか、ソフトボールの方はどうなってんだ?」



と、そう言って信道はグラウンドの対角でやっているそっちの試合の方へと急いで駆けて行った。何かやたら勝ちたがってるなあいつ……。俺はそんな信道の背中を視線で追いつつ、他のクラスメイトと共にグラウンドから出て行く。



「ねぇ君、靴ひもほどけてるよ」

「ん?」




急な背後からの呼び掛けに俺は振り向く。




「あぁ、わりぃ」




直毛の短髪にくっきりとした瞳、体操着から垣間見える健康的に焼けた肌。声を掛けてきたのは、あのイケメンモテ野郎の向井だった。予想外過ぎて、俺はやや面食らってしまう。




「君、3組の……」




向井の方も、俺の顔を見て少し驚いている様子だった。それにしても、その顔にはやはり少し影があり、まだ南つばさにフラれた事を引きずっているように思えた。つか意外だな、なんでこいつ俺の事知ってんだよ。




「面識なんてあったか」




俺は視線を戻し、かがんで靴ひもを結び直しつつそう言った。すると、背後から淡々とした声色で、




「俺が一方的に知っているだけだよ。馴れ馴れしかったかな。不愉快にさせて悪かったね」

「いや、別に怒ってはねぇよ」




そう言うと、向井はしゃがんでいる俺の横で立ち止まり、




「ねぇ、たまには1組にも遊びにおいでよ蒼井君」

「昨日行ったけどな」

「あ、そうなんだ。誰と仲良いんだい」

「タケ」

「へぇ」

「意外か?」

「ううん」




向井はその元気のなさそうな表情の中でも、俺に微笑みかけてくる。




「先に言っとくが俺は、陽キャじゃねぇぞお前と違って」

「そんな振り分けどうでも良いよ。それよりも、のっちは元気なのかい?」

「のっち?」

「ああ、ほら信道だよ」




瞬間、俺は不覚にも少し笑ってしまった。




「なんだそれ。あいつのあだ名か?」

「俺と彼は同じ中学でね。中学時代はずっとのっちって言われてたんだ」

「へぇ」



なんだ信道の奴。その割に向井の話なんて全然しねぇな。すると俺の表情から察したのか、




「まぁ、君なら知ってると思うけど、のっちはああ見えて繊細で人の好き嫌いが激しいから、俺は生憎、仲良くなれなかったんだけどね」

「いや……あいつの場合、ただ単純に自分より下だと思った奴とつるみたいだけだろ……」




俺のツッコミに向井は笑った。




「ふふ……。だとしたら、蒼井君も下だと思われてるのか?」

「どう考えてもそうだろ……」

「修学旅行で女子風呂を覗こうとしてた君たちは、息が合って対等に見えたけどな」

「いや見てたのかよ……。つかあれは信道の単独プレイだっつの」




俺の言葉に向井は朗らかに笑う。これは空元気なのだろうか。まだ精神的に立ち直ってないのだろうに、やけに俺に気を使っている。




「へぇ、蒼井君って結構面白いね」

「ただ卑屈なだけだ」

「俺が思ってたイメージと少し違った」

「そうかよ」




俺が立ち上がると、向井は再度歩き出して、




「じゃあ俺はこっちだから」

「ああ」

「またね蒼井君」




向井はグラウンド脇に集まっている1組の方へと歩いて行った。




「…………」




いや絶対、南つばさのせいだよなこれ……。あの向井が俺なんかに話しかけてくるはずねぇから……。つか何でだよ……学校内では極力、あいつとは絡んでないはずだろ。南つばさが関わるとこんな俺如きでも変な噂が流れてしまうのだろうか。




★☆★☆★☆★☆★




「あ蒼井君! こっちこっち!」

「おう」




少し休んだ後、俺は体育館でやっている女子達のバスケ試合の応援に来た。玉井の呼び掛けに導かれて、俺は体育館の中心に小さく用意された観覧席に向かう。




「お疲れ様、蒼井君」

「悪いな負けちまって」

「ううん全然! 蒼井君頑張ってたよ」



いつもの三つ編みヘアに体操ジャージ姿、それに学級委員の証でもある額の鉢巻を巻いた玉井は優しく微笑んでくる。



「でどうだよ、勝ってんのか?」

「んーさっきまでは、良い感じだったんだけど……」



点数板の値を見ると、うちのクラスが4組に15点差を付けられている。そして、コートにも目を向けると丁度、真夏がドリブルで相手を抜いてレイアップを決めていた。




「真夏ちゃんが出てから、やられっぱなしなの……ははは……」

「へぇ、やっぱりまだ結構やれるんだなあいつ」

「どういう事?」

「真夏の奴、小学生の時ミニバスやってたんだよ」

「あ、そうなんだ。どうりで上手いと思った、ほら友梨奈とかバスケ部なのに真夏ちゃんに抜かれてるから」




颯爽とパスを回したりドリブルする真夏を見るのは何だか新鮮だった。その見慣れたポニーテールが今日は激しく揺れ動いている。そういや昔はよく公園で真夏と菜月と3人でバスケしてたよな。真夏も菜月も運動神経が良いから、ヘタクソとか言われまくってた記憶しか無いけど……。




「あぁ、また真夏ちゃんだよ」

「容赦ねぇなあいつも」

「まぁ運動部の子はそうだよね」




点数差がどんどん開いていく。これはあまり期待出来ないか……。やられっぱなしの試合を観るのもあれだし、俺は振り返って背面でやっている1組対2組の試合も見てみた。




「こっちは接戦か……」




3点差でやや2組がリードしているが、接戦である。




「やっぱ出てんのか……」




すっかりと見慣れたボブカットに、体操着からでも分かる突き出た膨らみ。そう、コートには楽しそうにドリブルをする南つばさがいた。口角を上げて、顔は澄ましている様子だが、抜け目のないドライブでディフェンスを引き剥がし、そのままゴール下へと切り込んで、容易くレイアップを決める。




「マジで文武両道なんだなあいつ……」




つか南つばさがちゃんと運動している所なんて、なにげに初めて見た気がする。クラスメイトと楽しそうにハイタッチする姿は確かに、学校のアイドルに思えた。上級生や下級生のこいつのファンと思わしき男子も終始視線を追って、鼻の下伸ばしっぱなしである。




「あー。蒼井君つばさちゃんの事を変な目で見てる」

「見るわけねぇだろ」



気が付くと、隣で玉井もこっちの方の試合を観戦していた。




「つかさ、南つばさって本当に運動神経良いんだな」

「なにそれ、文武両道なのなんてみんな知ってるじゃん」

「いやまぁ、そうだけど。運動してるとこ見た事なかったからさ」

「もー。やっぱりいやらしい目で見てた」

「だから見てねぇっつーー」

「危ない!!」





瞬間、体育館に響く玉井の声。そしてすぐに聞こえた鈍い音。すると、隣にいた玉井がすぐに、




「ちょっと私、保健室の先生呼んでくるっ」




玉井はすぐに校舎の方へと駆けていく。視線の先には、コート上に倒れ込んだ2人の女子生徒の姿があった。状況から察すると、おそらくプレイ中に強烈なコンタクトがあったのだろう。




「大丈夫つばさ!?」




そして、周囲の女子の声で俺はようやく気が付いた。倒れている女子の片割れが南つばさだったという事を。

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