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女心と秋の空③

「あれーっ! 圭ちゃん久しぶりじゃない!」

「あ……楓さん、お疲れ様です」




時刻は19時を少し過ぎたくらいか。放課後、俺は久しぶりにバイトに入っていた。外出から事務所へと戻ってきた楓さんがきっちりとしたスーツ姿で俺に近寄ってくる。




「もーっ、相変わらず可愛い圭ちゃん! 疲れが吹っ飛ぶー!」

「あはは……楓さんもいつも可愛いです」




痛みのないボブヘアの髪を振るいつつ、楓さんが喜んでいる。毎度そうだが、もう夜だというのに全くメイクも崩れておらず、この美意識の高さは見習わなければならない。ちなみに今日の俺は、白のドット柄ハイウエストスカートにゆったりとしたピンクニットである。髪は結ばずに、ロングヘアのウィッグをコテで軽くまとめる落ち着いたスタイリングだ。




「あれ、楓さん今日直帰じゃなかったんです?」




隣の席にいる制服姿の南つばさが、楓さんにそう問いかける。




「そうだったんだけどさー、急遽海外の会社と打ち合わせ入っちゃったのよ、20時から」

「えー可哀想」

「本当酷くない? あっちはお昼だから良いけど、日本は夜だっつの。今日、マツエクの予約入れてたのにさー!」




うわ大変そうだなまじで……。海外と仕事してるから仕方ないのかも知れないけど気の毒だ……。そして楓さんは自分の机にPCを準備しつつ、




「まぁ直帰してリモート参加でも良いかなって思ったんだけど、社長も出るし私だけお家でリモートなのはねー」

「そんなの、別に気を使わなくて良かったのに」




すると、コーヒーを片手にママさんが給湯室から出てきた。いつもの高そうなスーツに、高級そうな香水の匂いを漂わせながら。その姿に、楓さんは少し気まずそうにして、




「あ、社長……」

「楓さんは大丈夫よって言ったんだけど、本当申し訳ないわね」

「あ、いやいや! 先方は私が一番大事にしてる取引先だし、今後の関係もあるので当たり前です! あと圭ちゃんにも会えたし!」

「ふふ、それなら良かったわ」




楓さんのハキハキとした返事にママさんは優しく笑った。ママさんの艶光りしたロングヘアに見惚れていると目が合って、




「圭ちゃん、悪いけどキリの良いところで会議室の準備をしてくれると助かるわ」

「あっはい、分かりました」




俺がうなづくと横にいる南つばさが、




「じゃあこの書類を入力した後にしよっか!」

「うんーー」

「あれっ!? なにこれ!」



俺の言葉を掻き消す、楓さんの声。




「何この、八ツ橋。誰のお土産?」




楓さんが周りを見渡しているため、俺は控えめに手を上げて、




「あ、一応私です……」

「え圭ちゃん!? ありがとう……小腹空いてたから超嬉しい」

「あはは……良かったです」

「京都行ってきたの?」

「はい……」

「本当、優しいなぁ圭ちゃんはいつも。ねぇもう今日、泊まってくうちに? 楓お姉さんの買ったシャンパン開けちゃう?」

「ねぇ楓さん、私たち未成年です」




楓さんの笑顔に冷たくツッコミを入れる南つばさ。やっぱり怒ってたか……まぁだろうなとは思ったけど……。つーか、楓さんも明らかに冗談で言ってんだから嫉妬すんなよなこいつも……。毎度思うが、どんだけやきもち焼きなんだよ……。




「でもさぁつばさ。圭ちゃん案外、私の家に来たがってるかもよ?」

「そんな事ないです。圭ちゃんは私の物なんで」




いや、返事になってないだろそれ……。つかお前のものでもねぇし。すると楓さんはその綺麗な笑顔で俺に視線を合わせ、




「圭ちゃんは私の家に来たいよねー!?」

「いや……えと……」




まぁ……楓さんぶっちゃけ相当可愛いし本音を言えば……っていかん……。つか男だしそんなのアウトだろ明らかに……。なんて事を考えて、俺が戸惑っているとママさんが間に入って、




「楓さん。圭ちゃんの事、そんな甘く見てると食べられちゃうわよ本当」

「そんなぁ社長、だってこんなに可愛いんですよ圭ちゃん」

「二人きりになった瞬間に豹変して襲われるわよそれじゃ」

「またまた社長ー、そんな盛った男子じゃあるまいしー」

「まぁそれもそうね、ふふ……」

「…………」




やべ、なんかもう恥ずかしくて死にそう……。明らかにママさん楽しんでるし……。この遠回しなイジり……いわゆる貴族の楽しみってやつだよな……。すると、隣にいる南つばさが頭を掻きつつ不機嫌そうに、




「ねぇママ! 圭ちゃんで変な妄想しないで! 不愉快! 圭ちゃん可哀想じゃん!」

「ふふ……確かにそうね。ごめんなさい圭ちゃん。冗談よ」




ママさんが、微笑みながらも試すように俺の顔を見ている。冗談よって言われてもなんて返せば良いんだよ。ある意味、真実だし……。




「あの……全然大丈夫です。ねぇつばさも、そんなに怒らないで……」

「だって、ママも楓さんも嫌な事言うんだもん」

「あはは……ほらつばさ、入力終わったから会議室準備しよ?」




俺はやや不機嫌そうな南つばさを強引に連れて、事務所の端にある会議室へと向かう。会議準備はもう何度がやっている仕事だ。室内に入りドアを閉めると、




「もお、ああいう時は怒って良いんだよ圭ちゃん!」

「まぁまぁ……私そんなに気になんなかったから……」

「優しすぎ! あと楓さんとか、本当に圭ちゃん狙ってるかも知れないから!」

「それはないと思うけど……」




南つばさの反応に俺は苦笑いを浮かべつつ、プロジェクターの電源を入れて、壁のスクリーンを下げていく。南つばさも棚からスピーカーを出しつつ、




「あと圭ちゃん前から思ってたけど、楓さんにデレデレし過ぎ。あれじゃ楓さんも勘違いしちゃうから」

「うぅ……」




やべ、バレてた。南つばさは少し頬を膨らませつつ、




「楓さんが帰ってきた瞬間、圭ちゃんも嬉しそうにしてさー。まぁ楓さんが可愛いのは分かるけど」

「えと……ほら……久しぶりに会ったし……」

「毎回嬉しそうにしてるもん。楓さんと話してる圭ちゃん」




よく見てんな本当……。俺は窓のブラインドを下げつつ、




「でも……楓さん……可愛いよね。大人のお姉さんみたいな感じで……」

「それは分かるけど、デレデレするのはやめて」

「う……うん」

「圭ちゃんインフルエンサーなんだから、ちゃんと一般人とは一線引かないと」

「……」




なんか段々と、圭専属マネージャーみたいになってきたなこいつ……。




「そうじゃないとカリスマ性を維持できないよ」

「で……でも、親しみやすさも大事じゃない?」

「まぁ大事だけど、スキャンダルとか起きちゃったら怖いじゃん。炎上とかさ」

「心配し過ぎじゃないかな……」




もし本当に起きた場合、それは一体どんな内容のスキャンダルになるんだろうか。正直、炎上なんて男バレした時の事しか考えられない。つかこいつ、修学旅行の時の告白で、少なからず精神的にキてんのかと心配してたんだけど、この様子だと全然大丈夫そうだよな……。まぁこいつにとって告白されるのなんてザラにある事のようだし、慣れもあるのかも知れないが。




「それとあと、人気エンスタグラマーの男とかも気を付けてね」

「あ、でもこないだコラボしませんかってDM来たよ」




俺の言葉を聞いた瞬間、南つばさはその気の強そうな大きな瞳をこちらに向けて、



「えどんな人」

「なんか……人気イケメン美容外科医の先生から」

「え絶対だめっ!」

「うん。断ったけど」




南つばさは慌てたように、両手でその綺麗なボブヘアを押さえて、



「え待って、まじチャラ過ぎて無理! 絶対その医者圭ちゃんの身体目的だし無理! 本当無理……!」

「だから断ったってゆちゃん……」




全然聞いてねぇなこいつ……。




「絶対、撮影終わった後その医者ご飯誘って来るから。それで酔った勢いでお金にもの言わせて一晩いくらならとか聞いてくるよそいつ」

「ねぇゆちゃん聞いてってば……」




いや美容外科医に対して失礼すぎるだろこいつ……。つか仮に、俺と一晩過ごしたら違う意味でびっくりさせちゃうっつのマジで。




「ねぇそのチャラ医者に取られるんだったら、せめて蒼井とかにしてよ圭ちゃん。蒼井の方が絶対優しいし、まぁ何考えてるか分かんない奴だけど、そのチャラ医者よりは確実にマシだから!」

「ねぇゆちゃん……なんの話……」




なんで勝手に付き合う流れになってんだよ……。あとさりげなく、なんかディスられたよな今……。俺って何考えてるかわからないって思われてんのこいつに。




「私の圭ちゃんがついに怖い人達に目を付けられてつらい〜!」

「断ったって言ってるのに……」




南つばさが左右に頭を振りながら悶えている。だめだ……完全に被害妄想モードに入っちまった。まぁとはいえ、これはこれでいつも通りの元気なこいつの姿ではあるか……。

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