影の理解者①
「このプリ圭ちゃんめっちゃ可愛い〜良いなぁ」
「え〜ゆちゃんの方が可愛いよ〜」
真夏との気まずい帰路から数日経った休日。俺は南つばさもとい、ゆちゃんと二人で渋谷へと遊びに来ていた。勿論、圭ちゃんとしての格好で。今日は襟付きの白いブラウスとピンクのスカートとシンプルに決めた。髪はいつも通り結び目の低いツインテールだ、というかこれが一番可愛いし。
「ねぇ、ゆちゃん……後でそのプリ画像送ってくれる……?」
「後でっていうか、今送る」
初めて会った時に立ち寄った喫茶店で休憩しつつ、ゆちゃんはさっき撮ったプリをつぶやき君で俺に送ってくれる。確認すると、前回撮った写真よりも盛れて撮れていた。プリクラ用の表情の作り方もなんとなく分かってきた。というよりこっちの方が自撮りより簡単だろう。
「ありがとうゆちゃん。またゆちゃんとの思い出が増えて嬉しいな」
俺が、南つばさに向けて微笑みを送ると、南つばさは胸を押さえて、
「ぐはっ! 圭ちゃん可愛い過ぎ! まじで私だけの物にしたい」
「あはは……も〜物騒な事言ってる〜」
「だって本当に圭ちゃんって可愛いんだもん」
そう言って南つばさは笑う。南つばさの服装もピンクのブラウスに黒いレースのミニスカートと相変わらずおしゃれな格好だった。互いに好きな服の系統が似ているのは女の子同士だと特に大事な事なんだろう。なんとなく、分かってきた。
「相変わらず、ブラックコーヒーだねぇ圭ちゃんは」
「慣れれば美味しいよ、飲んでみる?」
俺がグラスを差し出すと南つばさは、躊躇なく飲みかけのストローに口を付ける。迷いねぇなまじで。
「うっ……やっぱりだめだ……苦い……」
「あはは、ゆちゃん面白い」
南つばさとの間接キスか。信道やこいつの事が好きな男にはたまらないだろうなーこれは。つーかまた信道に言えない事がひとつ増えちまった。南つばさの方も相変わらず、この格好の俺が男だなんて1ミリも疑ってない様子だし、それがなんだか嬉しいやら心苦しいやら……。
「そういえば、圭ちゃんは夏休みどうするのー?」
南つばさは、にっこりとほおづえをつきながら俺に問いかけてくる。
「んー、特に予定はないかな……。短期でバイトしようと思ってるくらい」
「って事はじゃあ結構空いてるんだね!? いっぱい遊ぼうよ! お台場の花火大会とかも行きたいし!」
「花火大会良いね、楽しそう」
俺はにっこりと微笑み返す。浴衣かぁ……。もちろん俺は浴衣なんて持ってない。でも確かに一回着てみたい気もする。菜月が確か持ってたと思ったが、サイズ的に厳しそうだな。あちゃー……また金が飛ぶ……。
「あと、バイトだったらさ、うちのママの所で働かない?」
「え?」
「ママの会社、最近パートさんが産休に入っちゃったみたいで、新しいバイトの人探してるんだ、全然短期でも大丈夫だと思うよ」
「あはは……嬉しいけど……どうしようかな……」
誘いは嬉しいけど、この格好で働かなきゃいけないのは勘弁だな……。
「そうだ! 圭ちゃんが入ってる時は私も一緒に入ってあげるよ! うちは変な人もいないしさ。仕事も私が教えてあげるからそれなら安心でしょ?」
「うん……確かに……」
俺は苦笑いをせざるを得ない。悪いけどそこじゃないんだよなぁ……。
「あっ、分かった。圭ちゃん時給が気になってるんでしょ! ママに確認しないとだけど確か1600円って言ってた気が……」
「えっ……?」
「おっ……反応した? 圭ちゃん反応したね今?」
マジかよ……。予想外……。さすがに1600円は魅力的だ……。悪くはない条件……。
「うぅ……一回お父さんに相談する」
「うん! 圭ちゃんがうちで働いてくれたら嬉しいな。私もママに話してみるね」
「うん。でもこれで、ゆちゃんの所で働けたら今よりももっとゆちゃんと一緒にいられるね」
俺が微笑みを送ると、南つばさは満面の笑みを返して、
「うん!」
と、そううなづいた。俺はコーヒーを一口飲み、次どうするかと聞こうとした時、
「待って圭ちゃん……しー」
「えっ……」
「うちのクラスの子が入ってきた……」
「えっ……」
「ばれたくないから、静かにして」
マジかよ……けどまぁそうか……。みんなテスト明けて一斉に遊びに出る頃だし、こんな渋谷のど真ん中の喫茶店なら、会う事もあるよな……。南つばさは目線を外へと向け、バレないように装う。
「…………」
俺たちの座っているテーブルの横を同世代の女子達が抜けていく。こいつらなのだろうか。クラスメイトの顔すら危うい俺だ、悪いがマジで2組の女子なんて南つばさ以外一人も知らん。南つばさがやや緊張した面持ちからか、何故か俺も緊張してくる。すると背後から、女の声が聞こえた。
「あれ? つばさ?」
じっと、南つばさを見ていたからか、バレた瞬間の一瞬の呆れ顔を覗く事が出来た。しかしそれも束の間、すぐにこいつはいつもの表情を作り、女の方へと振り返る。
「え! 真奈美達どうしたのー!?」
「え!? うそガチでつばさじゃん、やばくない、この偶然!」
「ねー! びっくりした本当に!」
南つばさと会話をしながら、俺の知らない2組の女二人は甘そうな飲み物を片手に俺の方をチラッと見る。
「真奈美は今日は何? 買い物?」
「ううん、テスト明けだしみんなで遊んでたんだ」
2組の知らない女と南つばさが話してるその瞬間。
「つばさちゃんじゃないっすかっー!」
聞き覚えのある声色。俺は恐る恐る声の方へと振り返る。
…………。
案の定、信道がいた。最悪だ……。こいつだけはこの姿で会う事はないと思っていたのに……。信道はコーヒー片手に満面の笑みで南つばさへと近づき、
「今日はどうしたんっすかっー?」
「おっ川島君! 偶然だね! 友達とお買い物してたんだ」
「ちょい! つばさちゃん! 俺の事は信道と呼んでくださいってこの前頼んだばっかりじゃないっすかー!」
「あーごめんごめん。ついクセでね……あは」
信道の脈絡のない会話に、南つばさは若干辟易気味な表情を浮かべる。つーか信道の奴2組の連中とも繋がりあったのかよ。てっきりプラベでは俺しか友達いないものだと思ってたが。そう思いつつ、信道の方を見ていると自然と視線が重なった。
「え? こ……この子がつばさちゃんのお友達っすか?」
「うんそうだよ」
信道は何故だか急に緊張した面持ちへと変わる。そして、声色もやけに固くなりつつ、
「か……川島信道っす……。つばさちゃんの友達の……」
なんだよこいつ……。急に態度変えやがって気持ち悪いな。俺は無難に会釈しつつ言葉を返した。
「ゆちゃ……じゃなかった。つばさの友達の圭です……」
「か……可愛い……」
「え……?」
信道が半にやけの気持ち悪い視線で俺をじっと見つめている。




