お散歩と、タグと、苗字
幼馴染の譲羽紗雪は、なぜか俺の飼い犬に張り合おうとしてくる。
毎日放課後に俺の家に来ては、なぜか飼い犬のくるみに張り合うようなことをして帰るのだ。
「犬飼君、私くるみちゃんのお散歩一緒に行ってみたいです!」
「いいよ」
紗雪が突然なにかを言い出すのはわりといつものことなので、こちらも即答する。
「くん?」
「くるみ、散歩だって。さ、ん、ぽ」
「わふぅ!」
紗雪の腕の中でくつろいでいたくるみは『散歩』という言葉に反応して目を輝かせた。犬ってだいたい『散歩』とか『ご飯』って言葉を覚えてこういう反応するよね。
くるみの大きな尻尾が、回転しているように見えるほどぶんぶん振られて紗雪がくすぐったそうだ。制服のままうちに来ているから、スカートの下に毛が当たってしまうのである。俺としてはいい眺めなので別にいいけど。
「首輪とリードつけるからくるみ捕まえといてね」
「は、はい!」
ビニール袋や臭い消し用の霧吹き、水の入ったペットボトルなど、散歩用の道具が各種入った小さいバッグを持ち、首輪とリードを用意する。
くるみは散歩にテンションがあがっているのか、嬉しそうに尻尾を振りながらも素直に待機しているようだ。しつけがしっかりと成功していてなによりである。
さて、まずは首輪からだ。
「あら? 首輪にタグなんてついてるんですね」
「そりゃあね。家の中なら別に構わないけど、身元ははっきりさせておかないと。万が一リードが外れたりして迷子になったとき、見つけられるようにしておかないと俺が死んじゃう」
「そうですよね、見つからなかったらと思うと私も、もう死んじゃいそうです」
まさかの言葉に俺のほうがきょとんとしてしまう。そんなことを言うほど、紗雪もくるみを気に入ってくれたということか。いつもなにかとくるみと張り合っているが……大事には思ってくれてるんだと、嬉しく思う。
先に首輪をつけてから、少し離れてリードとお散歩セットの入ったバッグを取りに戻り……。
「このタグ……犬飼くるみ……それと住所。苗字がついてる……」
「そりゃ、うちの子なんだから苗字もついてるよ」
おや、もしかしてまた始まったかな? 紗雪の『張り合い』が。
さて、今度はなにを言いだすのか。ちょっと楽しみに思っている自分がいる。
「わ、私も……早く犬飼紗雪になりたいな……なんちゃって……えへへ」
ぎゅうっとくるみを抱きしめながら紗雪が言う。
本人は小さい声でこっそり呟いているつもりだろうが、普通に聞こえているため俺は準備をしていたリードを持ったまま固まった。
あの、それ、プロポーズみたいなものだって分かってます?
「どうしました?」
「……なんでもないよ」
どうやら幼馴染のデレは、一撃の威力が高いようだ。




