朝食と、料理と、彼女からの逆襲
幼馴染の譲羽紗雪は、なぜか俺の飼い犬に張り合おうとしてくる。そして、現在は俺の家にお泊まり会中である。
隣の部屋同士とはいえ、同じ家で一晩過ごし……朝食を準備する時間。
「あっ、犬飼君……火! 火ぃ強いですよ!!」
「わっ、あっ、ごめん!」
俺達は二人、肩を並べてキッチンにいた。
隣から鋭い指摘が飛んでとっさに謝る。
「もう、慣れてないんですから強火にはしちゃダメです。スクランブルエッグですから、ちょちょいっとやればいいんですよ」
火傷なんて縁がなさそうな綺麗な手が隣から伸びてくる。
彼女が指導のためにフライパンを持つため、俺はそっと手を離す。手際良く料理していくエプロン姿の紗雪は、なんだかいつもより大人っぽく見えた。
エプロンに、肩までの髪を後ろで一本に結んで、赤縁メガネの向こう側の瞳は優しく手元を見つめている。その姿は……なんというか、世に言う『主婦』っぽいというか……いや、違うな。
イメージの問題だが、『お嫁さん』……みたいなんだ。
口に出すと笑われそうだから絶対に言わないけれど、どこか憧れめいたものを感じる。
そうか、こいつと一緒になったら、こういう姿を見ることが増えるのか。漠然とそう思った。もちろん、紗雪だけに任せきりにするつもりもないから、俺も練習しなくちゃいけないとは思っている。
「もう、聞いてるんですか?」
「あっ、えーっと、ごめん。どの辺が弱火でどの辺が中火?」
「聞いてなかったんですね? もう……おこです。今回はちゃちゃっと作っちゃいますから、次からはちゃんと聞いてくださいね?」
「もちろん」
「確か、フルーツポンチがはじめてだったんでしたっけ……」
あとは全部任せろとばかりに俺は端っこに追いやられ、料理の盛り付けをする皿や箸を用意する役目になった。彼女ができたてのスクランブルエッグにベーコンを皿に乗せ、俺がサラダを盛り付ける。
コーンスープは市販のものなので、朝食ができる直前にお湯を入れて混ぜればオーケー。
バターを塗ったトーストが人数分出来上がり、四人分の食事をテーブルに運ぶ。その間紗雪は使い終わったものをいくらか片付けていて、分担がしっかりできているようにも思える。
でも、これを毎日はやっぱり辛いだろうし……俺も、母さんに料理習おうかなと、わりと真剣に悩みはじめた。こっそり練習して、いつか紗雪にご馳走して驚いてもらいたいなって。
「なに笑ってるんですか」
「なんでもないよ。今度紗雪が泊まりに来るときまでには、俺も多少は練習しておく」
「………………また泊めてくれる前提なんですね」
「そうだよ。嫌ではないだろ?」
「……うん」
顔を真っ赤にして、いつもの敬語も出てこない彼女を見たら朝からぽかぽかと心があったかくなった。
「……ところで、犬飼君。家庭科の授業どうしてるんですか?」
「ああ、班はいつも別だっけ。お前は手ぇ出すなって言われて皿洗いしてる」
「授業の意味ないじゃないですか……」
照れ隠しか、紗雪が話題を変えてきたので乗っておくと、呆れたように笑われた。
「今度からは真剣にやるって!」
「そうしてください。手料理を喜ぶのは男の子だけじゃないですよ」
「……っちょ、紗雪。反則」
「ふふん、今日は私の勝ちですね」
「なんの勝負だよ……」
可愛いことを言う紗雪に、今度はこちらが真っ赤になる番だった。
「犬飼くーん、くるみちゃんのご飯はどれですかー?」
「あ、それならそこの缶詰とそっちの袋のドライフードを混ぜて……」
互いに照れながら、足元にやってきたくるみのご飯を用意する。
我が家のことで、紗雪が知らないことはもうほとんどないかもしれない。
そうやって二人でやりとりをしているとき、リビングで俺達が席につくのを待っている両親は、揃いも揃って笑い合っていた。




