第88話 ギフト、その真の意味
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それから雪菜をなだめ、膝の上に乗せながらゆっくりとお湯につかった。
あまりギルマン達を待たせてもいけないので、ほどほどのところで上がり、着替えて砂浜に出る。防具は外しているが、念のため腰にはマグロ包丁を佩いている。
雪菜は例の水着のような服しか持っていなかったので、湯冷めするといけないとマントを貸すと、喜んで包まっていた。
見ると既に宴の準備は終わっていて、コスモス達も戻ってきているようだ。
しかし、その中にバルサミナの姿は無い。
「いや~、バルサミナったら照れ屋で困ったよ」
どうやら説得に失敗したようだが、コスモスの様子を見た感じ完全に決裂した訳でもなさそうだ。彼ならばめげずに、この先も説得を続けるだろう。
そんな彼からは実務的な話は聞けそうにないので、フランチェリス王女と親衛隊長のリコットと話す事となる。
こちらは俺とクレナと雪菜の三人だ。『不死鳥』のアジトにいた雪菜からも情報を得たいのだろう。
「アジト、何も無かったでしょ? 元々少なかったモンスターも、ほとんど向こうの海岸に集まっていたはずだし」
「ええ、数体しか残っていませんでしたが。もう他にはいないのですか?」
「バルサミナ以外残ってないんじゃないかなぁ? ああ、あとは『不死鳥』。もうしばらくしたら生き返るはずだから」
「本当に不死身なのですね……」
王女が扇で口元を隠しつつため息をついた。
気持ちは分かる。俺としては妹はもう救う事ができたので、後はバルサミナと一緒にコスモスに任せたいところだ。
それはともかく、これで『不死鳥』のアジトは完全に壊滅。この島のギルマン達にも平和が訪れるだろう。
ちなみに、雪菜は何も残ってないと思っていたようだが、王女達は『不死鳥』の部屋らしき場所で隠されていた小さな宝箱を回収したそうだ。
「あの、これってやっぱり……」
「『不死鳥』のヤツ、へそくりなんか隠してたの!?」
「……やっぱり、そうなのでしょうか?」
中には宝石などの財宝が入っていたらしい。
王女は半分を俺達にと提案してきたが、今回は雪菜を優先して海岸のモンスター達やアジトの掃討を任せた形になっているので丁重にお断りしておいた。
「見て、グラン・ノーチラス号よ」
そんな話をしていると、グラン・ノーチラス号が入り江に入ってきた。
皆を迎えに行っていたルリトラ達が戻ってきたようだ。全員揃ったところで宴が始まりそうなので話を切り上げる事にする。
そして始まった宴は、魚介類多めのバーベキューだった。イルカのような姿をしたギルマンも、焼き魚が好きらしい。
というか普段は生魚ばかりなので、焼き魚はたまの贅沢なのだそうだ。
今までは島の大半を押さえられていたため、焼くための薪が手に入りにくかったのだとか。もしかして『不死鳥』による一番の被害ってそれなのだろうか。
せっかくなので炎の女神キッチンでも魚を料理して提供させてもらった。焼き魚、丸揚げ、ムニエル、バリエーションは結構あったと思う。
しかし、一番好評だったのはうどんだしを使った煮魚だろう。
神官の白イルカにいたっては、「これぞ女神の祝福……!」とか言って感動の涙すら流していた。すごいな、うどんだし。
パルドーとシャコバはギルマン達とお酒を飲み、コスモス達も一緒になって大騒ぎだ。いつもならクリッサが止めるところだが、彼女も今日ぐらいは解放されてもいいだろう。
親衛隊の少女達が「かわいい~♪」とパルドーとシャコバに抱きついていた。どうもケトルトを見たのは初めてらしい。
そいつら中身は中年のおじさんだぞ、しかも片方は頑固親父系の。
「それにしてもすごいな、コスモスは」
「どうしたのよ、いきなり」
「だってあれ、酒入ってないんだぞ?」
「……えっ?」
ずっと見ていた訳ではないが、コスモスはお酒を飲んでいなかったはずだ。にも拘らずギルマン達と肩を組んで大声で歌っている。
「あれも、一種の才能……」
リウムちゃんがポツリと呟いた。あんまり嬉しくない才能だな、それ。
「そういえば、マークは?」
「ああ、マー君ならあちらに」
クリッサが指差した先は宴の喧騒から離れた場所で、ルリトラと隻眼イルカが静かに酒を酌み交わしシブい世界を作っていた。何故かそこにマークとリコットも加わっている。
「……なんであの二人まで?」
「お二人を見て、思うところがあったらしくて」
あの二人の共通点というと、優れた戦士という事だろうか。リコットはともかくマークはそれでいいのか、職人の息子よ。
そんな風に周りを見ている俺達はというと、こちらはこちらでギルマン達に囲まれて魚料理に舌鼓を打っていた。いや、ホントに美味しいんだよ、ここの魚。
どうもコスモスと一緒になって騒いでいるのは戦士達、こちらにいるのは主婦や子供達のようだ。
どうも俺達が出した料理が気になるらしく、先程からロニとクリッサだけでなく、お手伝いしていたラクティまでもが質問攻めにあっている。
「この煮魚、ホントに美味しいわねぇ」
「こっちのお肉の方が美味しいもん!」
そんな皆に好評な料理だが、転生してからずっとここの魚を食べてきた雪菜にとっては新鮮味に欠けるらしい。ロニに頼んで肉料理も作ってもらっていて良かった。
ちなみに一番好評なのはオレンジジュースである。これは生前から好きだったものだ。
MPが続く限り出せるから、好きなだけ飲みなさい。お腹を壊さない程度に。
でも、「お兄ちゃんの一番搾り」とか言わないように。変な感じだから。
何故かコスモスが若いギルマンの戦士と殴り合いのケンカを始め、そして友情を育んだ以外は特に問題もなく宴は終わった。
コスモス達は今夜の内に船に戻り、明日の朝一番でネプトゥヌスに戻るそうだ。すぐにでも準備をして、バルサミナを追い掛けるらしい。
本当にいいヤツではあるんだよな、コスモス。大きく手を振りながら去っていく彼の姿を見ながら、無事にバルサミナを説得できる事を祈る。
そしてこちらに泊まらせてもらう事になった俺達は、白イルカに頼まれて新たなギフトである水の女神蛇口を見せる事になっていた。
彼は蛇口から流れる琥珀色のうどんだしを見て目を輝かせている。
「……お兄ちゃん、すごいね」
「ここで褒められると、複雑な気持ちになるなぁ……」
自分でも便利だとは思うが、どうしてこんなギフトばかりという思いもある。
コスモスもなんだかんだと言いながら海岸の戦闘では活躍したらしい。
無いものねだりというのは分かっているが、自分にも戦闘向けのギフトがひとつでもあればと思わずにはいられない。
「最初に授かったのが『無限バスルーム』だったのが悪かったのか……?」
「可能性としては無くもないですが、ここまでくるとあまり期待はしない方が……」
ため息と共にこぼれた呟きに答えたのは、白イルカだった。
彼は水の神官だ、ギフトについても詳しいのかも知れない。せっかくなので前から疑問に思っていた事を尋ねてみよう。
「やっぱり成長するにしても元が『無限バスルーム』だし、戦闘向けのギフトは期待できませんか?」
「えっ?」
すると白イルカは大きく首を傾げた。イルカの表情は分からないが、もしかして今不思議そうな顔をしているのだろうか。
説明が足りなかったのかも知れない。とにかく、もう少し詳しく話してみよう。
「最初は奥のお風呂だけだったんですよ。それから順番に洗面台、洗濯機、和室、キッチン、トイレ、そして蛇口ができたんです」
「……ああ、なるほど。それで『成長』と」
どうやら理解してくれたらしい。白イルカは何度もしきりに頷いている。
だが様子がおかしい。何か間違っていたのだろうか。
「えっとですね、あなたは『無限バスルーム』というギフトが成長していると思っているようですが、それは誤解ですよ」
「つまり?」
「どうやらあなたは、この空間全体をまとめて『無限バスルーム』だと考えているようですが、それは違います。この蛇口などは別のギフトですよ」
「別、の……? でも、こうしてひとつの空間に……!」
「ええ、私も驚いていますが、ギフトは祝福を授かったものの資質に合わせて目覚めると言われています」
なるほど、炎の女神キッチンも、水の女神蛇口も別のギフトなのか。
そして洗面台、洗濯機、トイレは全てお風呂と同じく「浄化」に関わるもの。この辺りは『無限バスルーム』の一部という事なのだろう。
洗面所に洗濯機があり、そのままお風呂場につながっているのは珍しくもないし、ホテルなどではお風呂場とトイレが一体化しているのもあると考えれば納得である。
「……ん? という事は……」
「貴方の資質が、こちら方面に振り切れているという事では……。この様子ですと、他の女神の祝福でギフトを授かっても、同じタイプのギフトが目覚めるのではないかと……」
それを聞いた俺は、その場に突っ伏してしまった。白イルカはそのまま申し訳なさそうに退室していく。
どんどん便利になっていくと思っていたが、なんて事はない。俺自身の資質が、そういうギフトしか目覚めないようなものだったのだ。
ショックではあるが、ものすごくしっくりきた。
そういえば俺、最初は魔王と戦うのは人に任せて、とりあえずこの世界でも生きていけるようになろうとか考えていたな。水商人みたいな事もしながら。
実際、このまま『無限バスルーム』の中だけで自給自足できそうな勢いで充実してきているじゃないか。俺の資質は正しく発揮されていると言えるだろう。
「……トウヤ」
凄まじく納得していると、リウムちゃんが服の裾を引っ張ってきた。
何事かと思って見てみると、彼女は和室の扉を指差している。
「あれもギフト?」
「ああ、確かに」
『浄化』とは関係無さそうだ。闇の祝福によって目覚めたギフトだろう。
「うぅ、何の力もないギフトですいませ~ん……」
しゅんとなっているラクティ。おそらく長年封印されていた彼女が、女神として弱った状態なのが影響しているのだろう。こればかりは仕方がない。
俺はおもむろに近付いてラクティの頭を撫でる。
「……えっ?」
そして腰を屈め、視線の高さを合わせて優しく語りかけた。
「気にするな、ラクティ。お前のおかげで転生した雪菜と会えたんだ。一番大切なものを俺にプレゼントしてくれたんだよ」
「あっ……は、はい!」
雪菜を抱き寄せながらそう言うと、ラクティはようやく笑顔を見せてくれた。
そう、雪菜が転生できたのもラクティのおかげなのである。
それにキッチンと蛇口は別のギフトだったが、『無限バスルーム』自体も成長しているのだ。和室だってこの先成長するかも知れない。
今晩も女神の夢を見たら、その辺について他の女神達に聞いてみるのもいいかも知れない。皆親身になって相談に乗ってくれるだろう。
だがしかし、その日の晩に見た女神の夢は、いつもと様子が違っていた。
俺と女神達の輪の中に一人の女性がいる。
その女性は、床に届くぐらいの長い髪をしていた。白に近い薄い青色の髪だ。
薄手の布でできたマーメイドラインがきれいなドレスも、スカートが床についており、袖の方も長い。胸元から腹にかけてはおへそが見えるぐらいに開いており、両肩も露出している際どいデザインだ。
彼女が水の女神なのだろう。細面で切れ長な目をした美女である。
問題は、周りの女神達の表情だ。光と炎の女神はどこか戸惑った顔をしており、大地の女神は少し困ったような顔をしている。ラクティは俺にしがみつき、しきりに何か訴えようとしていた。
水の女神は俺に何かを伝えようとしているが、残念ながら言葉は通じない。どうやら彼女はその事を知らないようだ。
見かねた大地の女神が近付き、何やら話し掛けてフリップとペンを渡す。
すると水の女神は面倒くさそうにペンを走らせ、俺にフリップを突きつけた。
そこには日本語に慣れていないのか、歪なカタカナでこう書かれていた。
「ハルノハ アズカッテイル タスケタクバ ミズノミヤコマデ クルガイイ」
え、誘拐? 水の女神が春乃さんを拐った?
俺にしがみつくラクティが首をぷるぷる横に振っている。何やら事情がありそうだ。
とにかく、春乃さん達に何かあったのだとすれば助けに行かなくてはならないだろう。
たとえ水の女神の神殿が海底にあったとしても、グラン・ノーチラス号ならば問題は無い。そこに春乃さんがいるならば、助けに行くのみである。




