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異世界混浴物語  作者: 日々花長春
湾岸露天 古代海水の湯
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第81話 若奥様出航す

 王女達との打ち合わせを終えた俺達は、早速ロンダランの工房に向かった。

 うん、王女達とだな。コスモスは話にならなかったし。

 以前コスモスがいきなり王女を仲間にしたと聞いた時は色々思う所もあった。

 しかし、今ではこう思う。王女様、コスモスの保護者役ありがとうと。

 いや、ホントに。王女がいなければ、あの能天気男は一体どうなっていたのか分かったものじゃない。

 同郷の人間がそこらで行き倒れというのも寝覚めが悪い。王女が保護者になってくれているのは、俺にとってもありがたい話だった。


 工房に到着して三日後に出港したいと告げたところ、ロンダランは明日の朝にでも動かせると返してきた。

 先日合流したパルドーとシャコバが思っていた以上に戦力になり、予定より早い完成となったようだ。

 オークションハウスでの収穫も気になったが、そちらを後回しにして頑張ってもらった甲斐があったというものである。

「あそこらへん、もうちょっとレリーフを入れたかったにゃー」

「やめるにゃ」

「いやいや、もう少し派手にだな……」

「それ、耐久度が落ちるにゃ」

 水面下では、もっと装飾を派手にしたいロンダラン・シャコバと、それを止めようとするパルドー・マークの争いがあったらしい。

 結果として波をモチーフにした装飾が、派手過ぎず、地味過ぎず、かつ実用性を損なわない絶妙な塩梅に仕上がっているので結果オーライだ。

 見上げたオウム貝型船体は、上を向いた口部分がデッキになっており、透明のカバーが被せられている。

 そのカバーは分厚いガラスのように見えるが、水圧にも耐えられる職人魔法で成形した特殊な鉱物らしい。アクリルみたいな物だろうか。

 きれいな純白の装甲を見ていると「白亜の城」と言いたくなるが、残念ながら船としてはかなり小さい部類なので、「城」は言い過ぎかも知れない。

「こんなきれいな物をロンダランが作った!? ウソだろ!?」

 これは工房の前を通り掛かった漁師のセリフ。この世界の人達には変な形の船だと思われているようだが、それはそれとしてきれいな物だとも思われているらしい。

 周囲の評判を聞いた感じ、ロンダランだけではこうはならなかっただろう。センスの良いシャコバが頑張ったおかげである。

「ほめたらダメにゃ。調子に乗るから」

「むしろマークは、もっと勉強するにゃ。職人はお客様あっての事にゃんだから、自己満足だけじゃダメにゃ」

「むむむ……」

「にゃにがむむむにゃ」

 そして始まる親子のディスカッション。今回は出来のいい船を前にしているせいか、父シャコバの方が優勢のようだ。

「見た目だけの装飾品を作ってもしょうがにゃい。実用品を作ってるって事を忘れちゃいけにゃいにゃ」

 そこにパルドーが助け舟を出す。実用性第一のパルドーと、華麗な装飾のシャコバ。どちらも腕は良いだけに難しい問題である。

 とはいえ、答えが出るまで待っている訳にはいかない。俺は手を叩いて彼等の話を止めると、ロンダランに問い掛けた。

「じゃあ、後は食料とかの準備をするだけか? ほとんど終わってるけど」

「無論!」

「いや、その前に試験航行にゃ。今はまだ動かせるだけだから」

 パルドーの言う通りなので、それから二日かけてテストしてみたが、結果は操縦しやすくするための微調整以外は必要無しという結果になった。

 本当に技術力はすごいな、ロンダラン。


 そしていよいよ出航当日。コスモス達は港から町の人達に見送られながら盛大に出航する予定なので、俺達はこちらの漁師用の港からこっそり出航である。

 見送りをしてくれるのは、近所の漁師達ぐらいだ。ロンダランの発明が珍しく成功しそうなので見物しに来たらしい。

 そういえばケトルトの職人が関わっていると聞くと、皆一様に納得していたな。どれだけ信用ないんだ、ロンダラン。

 積み込んだ食料の中には、彼等が提供してくれた干物も入っている。テスト中も彼等にはお世話になった。魚の差し入れごちそうさまでした。

 コスモス達のような華やかさは無いが、親しんだ人達が見送ってくれる。俺はこういう方が性に合っている気がするのだ。

 深夜の内にこっそり乾ドックに移動させた純白の船体。テスト航行で何度か乗っているが、今からこれで出航すると考えると、胸が高鳴ってくる。

 目を輝かせながら船を見上げていると、見物に来ていた漁師の男が声を掛けてきた。

「ところで若旦那」

 俺は、彼等から「若旦那」と呼ばれている。

 船を造る費用を出している、只者ではない。でも、こんな道楽に金を出すなんて責任のある立場ではなさそうだ。

 という訳で俺は「良い家の御曹司に違いない」と思われているようだ。そういえば大っぴらに勇者とは名乗っていなかったな。

 逆に言えば、勇者という肩書がなくても、それなりの立場の人間に見えるようになったという事だ。悪くない話である。

「ん、なんだ?」

 意識して鷹揚な態度をしてみる。御曹司って、こんな感じでいいんだろうか。

「船名は決まっているのですか?」

「ああ、昨日決まった。『グラン・ノーチラス号』だ」

「おお、良い名ですな!」

 船体が巨大なノーチラス貝の形をしているから、この名前になった。安直だが、悪くない名前だと思う。

 ついでに今日の海の様子についてなど話を聞いていると、クレナが船体の向こう側から俺の名を呼んできた。

「トウヤー!」

「あっ、奥方様が呼んでおられますよ」

 なお、クレナは「奥方様」と呼ばれている。

 どうも俺が若旦那で、クレナがその嫁。ロニとラクティが従者で、ルリトラが護衛だと思われているらしい。

 最近の奥様達の話題は、リウムちゃんはどういう立場なのからしい。本命は俺の妹、大穴で俺とクレナの娘らしい。いくつの時の子供だというのか。

 ここぞとばかりに直接尋ねられたので「旅の仲間です」と答えておいた。

 というかクレナの立ち居振る舞いから、どこかのご令嬢なのではないかと推測され、合わせて俺も御曹司なのだろうと思われている節もある。

 クレナは「別に困らないし、放っておけばいいわよ」と、否定はしなかった。

 そう言いつつ頬を染める姿が可愛かったので、頭を撫でておいた。


 それはともかく、あまり待たせる訳にはいかないので船体を回りこんで移動する。

 するとクレナはロニと共に漁師の奥様達に囲まれていた。クレナの足元にはトロ箱が一つ。なるほど、また差し入れを持ってきてくれたのか。

 近付いてみると干物ではなく新鮮そうな魚が入っていた。丸々としており、うろこが輝いている。おそらく朝に港に入ってきたものだろう。

 そのままクレナ達に近付こうとすると、漁師の奥様達に行く手を遮られてしまった。

「聞いたわよ~、さらわれた妹さんを助けに行くんだって?」

「こんな可愛い奥さん振り回してロクでもない旦那さんだと思ってたけど、ちゃんとした理由があったんだねぇ……」

 誰がロクでもない旦那だ。クレナの方に視線を向けてみると彼女は慌ててブンブンと手を振って否定する。更にロニの方も見てみると、彼女もすごい勢いで首を横に振った。

 どうやら奥様達が勝手に勘違いしただけのようだ。こちらの反応を待たずに口々に喋るこの勢い。主婦ってすごい。これではクレナも太刀打ちできなかったのだろう。

 でも、このままロクでなしの旦那扱いは面白くない。そこはきっちり訂正しておこう。

「大丈夫ですよ。妻とはしっかり話し合っていますから。理解のある妻をもらって、俺は幸せものです」

 すっとクレナに近付き、肩をぐいっと抱き寄せてそう言ってやったのだ。

 妻の部分でクレナは勢いよくこちらに顔を向けてきたが、俺はニコニコ顔を奥様達に見せていたので、残念ながらその表情を見る事はできなかった。きっと驚きと恥ずかしさが入り混じった真っ赤な顔をしているだろうな。

 きゃあきゃあと囃し立てる奥様達。クレナはこっそり脇腹にパンチしてきたが、それぐらいではびくともしないぞ。

 俺は小突いてくる彼女の手を取り、更にその身体を抱き寄せて、二人の仲睦まじさをアピール。奥様達からはからかわれるが、これぐらいはむしろ心地良いぐらいだ。

「……なに見てるのよ、ロニ」

「えっ? なんでもありませんよ~?」

 そんな俺達を、ロニは温かい目で見守っていた。


 一通り冷やかされたところで話を切り上げ、トロ箱はすぐに『無限バスルーム』内に運び込んで冷水で冷やす事にする。

 温度調整のできる『無限バスルーム』だが、氷を作る事はできない。炎の女神のキッチンも、調理器具は揃っているが冷蔵庫は無かった。

 こうなってくると欲しくなるな。贅沢な話だと思うが。

 とはいえ、無いものねだりしても仕方がない。ロニに早めに料理してもらうとしよう。今夜は魚介尽くしだな。

 ずっとクレナの肩を抱いていたため、中に入って奥様達から見えなくなったところで思い切り手をつねられてしまったが、頬をぷうっと膨らませて真っ赤な顔でそっぽを向く姿を見ていると、これぐらい可愛いものだと思えてくる。

 ロニの方を見てみると、彼女も同じような事を考えていたようで、ほくほく顔でクレナを見ていた。

「甘い!」

「きゃぁ!?」

 自分は無関係だと思っていたようなので、不意打ちで抱き寄せてかいぐりかいぐりと頭を撫でまわしてやった。油断大敵だぞ、ロニ。

 しばらく撫でているとロニはしっぽをパタパタと振って喜んでくれたが、今度は俺がクレナからジト目で見られてしまった。ヤキモチを焼いてくれているのか。

 クレナは自分からこういう事をしてくる事はほとんどない。時折暴走する事もあるが、基本的に恥ずかしがり屋なのだ。

 そのため、アプローチするならおのずとこちらからとなる。ロニに耳打ちし、二人でクレナに左右から抱きついた。いつかロニにしたサンドイッチ状態だ。

「ちょっ!? いきなり何すんのよ!?」

 と言いつつ、その表情はどこか楽しげなクレナ。それにしてもホントにもち肌だな。頬ずりするとすっごい気持ちいいぞ、これ。クセになる。

 結局のところ恥ずかしがり屋で寂しがり屋なのだ、この子は。貴族の家で父親不明の子として腫れ物扱いされてきた生い立ちとかを考えると仕方がないのかも知れないが。

 そういう部分が感じ取れるからこそ、俺も構ってやらねばと思うのだ。

 もっとクレナの方から甘えてくれてもいいのにとも思うが、それはまあ、まだまだこれからの話である。

 

「トウヤ様! コスモス一行の船が出航しました!」

 ルリトラ達の声が聞こえてきたので、俺とロニは『無限バスルーム』を出る。クレナはコホンと小さく咳払いをして、身だしなみを整えながら後に続いた。

 外に顔を出すと、集まった人達から頭二つ三つ分ぐらい飛び出した巨体が見える。

 こちらでは力仕事は残っていないためルリトラに様子を見に行ってもらっていたが、苦手な潮風のせいかしかめっ面になっている。

 顔が怖いぞ。周りの人は怯えていたんじゃないだろうか。

「あ~、どうだった?」

「心配していた、出航時の襲撃もありませんでした。直にここの前を通過するでしょう」

「ご苦労さん。船に乗り込んでゆっくり休んでくれ」

 さて、あまり出遅れるとコスモス達の船に追いつけなくなるな。すぐに海に出て、海中で待ち構えるとしよう。

「よし、俺達も出航するぞ!」

 皆に声を掛けて乗船してもらい、ロンダラン達に見送られながらの出航だ。

 デッキ上に立っていると透明なカバー越しに皆が手を振る姿が見える。

 勘違いしているとは言え、俺達の事を応援し、心配してくれている人達だ。無事に雪菜を救出できたら、あの人達にもちゃんと紹介したい。魔族である事は隠さないといけないかも知れないけど。

「潜行開始!」

 操舵するのはパルドー。普通の船とは操舵方法が異なるが、その辺りもしっかり把握してくれているので、彼等に任せれば安心だ。

 いよいよ雪菜を助けに行ける。そう思うと自然と握りしめる拳に力が入る。

「……トウヤ」

 ふと手に何かが触れたので見てみると、クレナがそっと俺の拳に手を添えていた。

 視線を上げて彼女の目を見てみると、銀の瞳が俺の顔をじっと見つめていた。

 ありがとうとお礼を言う代わりにその手をぎゅっと握ると、彼女は視線をそらして前を向き、俺の手を握り返してきた。

 その頬を紅潮させた横顔を見て、思わず笑みがこぼれてしまう。

 変にからかってこの雰囲気を壊す事はない。俺もそのまま前を向き、海に潜っていくカバー越しの光景を眺め続けた。

「……クレナだけズルい」

「ズルいですよ~」

 が、その直後にリウムちゃんとラクティが俺に抱きついてきたので、それどころではなくなってしまった。

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