第79話 女教師ラクティ?
書籍版『異世界混浴物語』2巻、夏頃発売予定です。
部屋に戻った俺は、クレナ達への説明はルリトラに任せて、早速魔法の練習を始めた。
夢で女神に指導してもらった方が覚えるのが早いような気もするが、昨夜もしっかり寝ているので全然眠くない。
という訳で、今はベッドに寝転がりながら光の神官魔法の教本を読んで勉強中だ。
難しい本を読むと眠くなるとかよく聞くが、残念ながら俺はそういうタイプではない。こういう時はちょっと損だなと思ってしまう。状況が限定的過ぎるけど。
「結構高度な魔法まで載ってるんだな、この教本」
それにしても、ユピテル・ポリスにいた頃に神殿長さんからもらったこの教本。
俺が最初に手に入れた魔法教本だが、かなり高度な内容まで網羅されているすごい本だという事が、最近になってようやく分かってきた。
いつかお礼をするために会いに行くべきだろうか。
でも、王女が気になる事を言っていたな。聖王家の王子は亜人排斥派だから気をつけろとかどうとか。
昔の排斥派の事は知っていたが、今も残っているのか。王女がそうでなかったのは幸いだったな。下手をすればコスモスと戦う事になっていたぞ。
ここは雪菜救出のためにも協力しあいたいものだ。彼の事を理解できるとは欠片も思わないが、きっと王女も理解できてないだろうから問題ないだろう、多分。
「話、聞かせてもらったわ」
不意に声をかけられて見上げてみると、クレナがベッドの側に立っていた。ルリトラの説明が終わったらしい。
「……この角度で見上げると、すごい迫力だな」
「そういうのは後にしなさい」
思ったままをつぶやくと、クレナの手でむぎゅっと顔を押さえられた。
それもそうだと身体を起こすと、クレナは俺の隣に腰掛け、俺の顔を覗き込むような体勢で問い掛けてくる。
「それで、信用できそうなの……王女様」
コスモスではなく王女を名指しするあたり、誰が問題になるかしっかり分かっている。
「とりあえずは、な」
クレナが言うのも分かるが、俺は今回の件についてはそれほど心配していなかった。コスモスと目的を同じくしている内は問題なさそうだからだ。
あの王女、なんだかんだと言ってコスモスには弱いぞ。コスモスがいなければ旅を続けられないとかの事情があるのかも知れないが。
「でも、あなたの妹さん、ホントにまた来るの? もう来ない可能性も……」
「あのバルサミナって魔族な、数日に一回ぐらいのペースで襲撃してきてたらしい」
「つまり、コスモスを見張ってれば……」
「バルサミナが、雪菜を連れて来る可能性が高い」
もし一人で来た場合は、コスモスと一緒に捕まえて、雪菜の居場所を聞き出せばいい。
確実ではないが、宛もなく探し回るよりかは随分とマシだろう。
「つまり、後の問題は……」
「俺が『清浄なる光』を覚えられるかどうかだな」
雪菜を救うカギとなる魔法。これを覚えられない事には話にならない。
「練習手伝おうか? 次にバルサミナが来るまでに覚えないといけないし」
「それは正確じゃないな」
「えっ?」
クレナがきょとんとした顔でこちらを見た。
いや、間違った事は言ってないぞ。そのためには練習以外の協力が必要となるが。
「という訳で、クレナに頼みがある」
「え、ええ、それはいいんだけど、何をすればいいの?」
「食料買ってきてくれ」
「…………はい?」
「だから、食料」
要するにだ、『無能な斥候』の魔法を掛けられている雪菜を救うため、『無限バスルーム』に入って、それを遮断した上で解除するというのが今回の作戦である。
そのために『清浄なる光』が必要なのだが、身もフタもない事を言ってしまえば、『無限バスルーム』から出るまでに魔法を解除できればいいのであって、最悪その場ですぐに解除できなくてもいいのだ。
「何故なら、閉じこもっている間は魔法を遮断できるからな!」
「……そんな事考えてる暇があったら、魔法の練習しなさいよ」
「もちろんするさ。でも、妹を救うためなんだから保険を掛けるのは当然だろ?」
「それは、まぁ……」
雪菜を助けられるかどうかがそれで決まるのだ。そこで一発勝負に懸けるほど、俺は無鉄砲ではない。
「でも、それって中で妹さんがおとなしくしてくれる事が前提よね?」
「俺の事覚えてたから、それはないと思うぞ」
その点については、あまり心配していない。
たとえば記憶を失ったとか、人が変わったとかでない限り、雪菜は好き好んで敵対はしないと思う。
「……分かった。保険は掛けておくけど、魔法の練習もちゃんとしなさいよ?」
「俺が、妹を助けるのに手を抜くとでも?」
「はいはい、油断はしないでね」
クレナはどこか釈然としない様子であったが、一応納得してくれたようでルリトラ達を連れて買い出しに行ってくれた。
「それじゃあトウヤさん、がんばりましょう!」
そしてラクティだけが部屋に残る。
メイド服姿からは想像もできないが、これでもれっきとした女神。光の神官魔法は専門外だが、それでもコツを教えるぐらいはできるらしい。
「神官魔法って、元々は私達が作ったものなんですよ」
「あ、そうなんだ?」
「ただ、人にはちょっと難しかったみたいで、今はほとんど伝わってないんですよね。
今の神官魔法は、人が簡単にしたり、新しく作ったもののはずです」
「この教本には、そんな事書いてないぞ?」
「新しい教本みたいですし、載ってないと思います。今は秘伝扱いでしょうし」
ちなみに女神達が生み出した魔法は、「古代魔法」と言うそうだ。
古代か。そうだよな。俺より年下に見えるけど、年齢的には「女の子」じゃなくて「女の古」なんだよな。女神には関係ないかも知れないけど。口に出しては言えないけど。
「ふにゃ?」
思わずラクティの頭をなでると、彼女は不思議そうな顔をした。
うん、可愛いからいいんじゃないかな。
「え、えっと、古代魔法とそうでない魔法の説明ですね。たとえば『勇者召喚』とかは新しい魔法です」
「あれか……」
初代聖王の時代よりもはるか昔、各女神の信者達が争っていた時代があったらしい。
追い詰められた勢力が一発逆転を狙って生み出したのが『勇者召喚』で、それに対する対抗策としてもう一方の『勇者召喚』も出てきたそうだ。
その時代は、ある理由から女神姉妹が地上に関われなくなった時代だったため、どちらが先に召喚したのかはラクティ達にも分からないらしい。
どちらにせよ、召喚される側からしてみれば迷惑な話である。
「『無能な斥候』もそうです。あれは闇の祝福を利用したものなんです」
「あの悪趣味な効果で祝福?」
「……だから呪いって言われてるんですよ、私の祝福」
「……スマン」
気にしているらしいラクティは顔を伏せてシュンとなってしまう。そういえばキンギョも言ってたな。俺に闇の祝福を掛ける時に「呪いあれ」って。
失言だった。ここはなんとか話題を変えよう。
「え~っと、他にも古代魔法ってあるのか?」
「え? そうですね、『精霊召喚』は例外ですけど古代魔法です」
「ああ、あれは基本だよなぁ」
魔法の簡略化ってそれだけでも難しそうに思えるけど、もしかしたら基本となる『精霊召喚』があるからできたのかも知れない。
「あと……そうそう『火焔舞踏』も古代魔法ですよ」
「え、マジで?」
目を丸くして聞き返すと、ラクティはコクコクとうなずいた。
そういえばあれは炎の女神直伝だし、覚えるのにめっちゃくちゃ苦労したな。
ラクティによると、人間の生み出した魔法は、簡単な割に特殊なものが多いそうだ。
なるほど、『無能な斥候』に『勇者召喚』か。確かに特殊だ。
他の魔法については知らないが、この二つに関しては生み出した人間の性格の悪さがにじみ出ているように思えるのは気のせいだろうか。
「『清浄なる光』は、今の魔法だから簡単ですよ! バッチリ教えちゃいます!」
「光の魔法だけど、大丈夫なのか?」
「私達の魔法は全ての魔法の祖です! お姉さまの魔法でもちゃ~んと教えられます!」
拳を握り、鼻息をフンスとさせながら力説するラクティ。
つまり、この世界の魔法は女神姉妹の古代魔法が元になっているという事か。
更に詳しく聞いてみると、リウムちゃんの使う水晶術や、パルドー達の使う職人魔法なども、元々は古代魔法から派生したものらしい。
そういえば俺も、水晶術で作られた通信具を、神官魔法で使っている。あれも元が同じだから可能なのだろうか。
「あれ? じゃあ、女神に魔法を習っている俺は、水晶術とかも覚えられるって事か?」
「……それはどうでしょう?」
思いつきで呟いてみたが、ラクティは首を傾げる。
「私達が教えているのは、神官魔法の基礎理論のようなものです。
水晶術とかは神官魔法とは別物になっちゃったから別の名前で呼ばれている訳ですし、一から覚えるよりかは楽……くらいじゃないでしょうか?」
残念ながら、そこまで甘くはないようだ。
まぁ、思い付きだ。どうしても使いたいという訳ではない。
それよりも今は、『清浄なる光』を覚えよう。
そう言うと、ラクティはエプロンのポケットから眼鏡を取り出し掛けた。
夢で見る魔法を教える時の光の女神を真似ているのだろう。
昔から光と闇の信徒達は争ってきたらしいが、女神姉妹同士は結構仲が良いんだよな。光の女神は怒ると怖いので苦手意識があるみたいだが。
「似合いますか?」
ただ、そう言って気取った仕草をとって見せる姿は可愛らしいのだが、どうがんばっても光の女神みたいな女教師には見えないな。
「ああ、可愛いぞラクティ」
「むぅ……」
再び頭をなでてやると、ラクティは口いっぱいに食べ物を詰め込んだリスみたいに頬をふくらませた。そういうところが可愛いんだ。
これで学生服とか着ていたら、後輩に勉強を教えてもらっているような気分になっていたかも知れない。
よし、今度フィークスブランドに注文しよう。
クレナって委員長タイプだよな。春乃さんは学校中で人気の美人生徒会長タイプで。
ロニは慕ってくれる元気がいい後輩タイプで、セーラさんは優しい部活の先輩タイプだろうか。うん、どちらも似合いそうだ。
ロニの耳としっぽが目立つかも知れないが、それはそれで味があるというもの。
「……リウムちゃんって、ランドセル背負ってる方が似合いそうなんだよな」
かくいう彼女は13歳、年齢的には中学生のはずなのだが。
「ランドセルってなんですか?」
ふと隣を見ると、同じくランドセルが似合う女神が俺の顔を覗きこんでいた。
その目を見て、俺は生前の雪菜の姿を思い出した。みるみるうちににやけていた表情が素に戻っていくのを感じる。
そういえば、雪菜は結局入学式までもたなくて着れなかったんだよな、中学校の制服。あんなに楽しみにしてたのに。
うん、やっぱフィークスブランドに頼もう、制服。
デザインは覚えている。可愛らしいデザインのセーラー服だった。
「ラクティ、練習を始めよう。多少の無茶は構わない。早く覚えられる方法で頼む」
「あ、はい。いえ、無茶はしませんけど。
私が何かを祝福しますから、それを解けるようにがんばりましょう」
「分かった。どんどんやってくれ」
実践あるのみか。分かりやすくていい。
生前の雪菜と、魔族になった雪菜。二つの顔が交互に思い浮かぶ。
待ってろよ、雪菜。今度こそ楽しみにしていた制服を着せてやるからな。




