第78話 イモートコントロールダンディ
「なんで水着……?」と考えると、炎の女神が胸を張りながらいつものフリップボードに書きだして「海だから」と答えてくれた。夢の中なのに関係あるのか、それ。
何にせよ、スポーティな水着に身を包む炎の女神の姿は、その健康的な小麦色の肌と、スタイルの良さも相まって眼福である。
隣の光の女神は、Vストリングの大胆な水着で、染み一つない白磁のようなきれいな肌を惜しげもなく晒していた。こちらも眼福だが、見るのがちょっと恥ずかしい。
そして闇の女神ラクティはというと、やはりスクール水着だった。知ってた。うん、よく似合ってるぞラクティ。手が動けば頭を撫でていたところだ。
しかし、一番すごいのは大地の女神だろう。
水着は一番大人しいのに、胸のボリュームが圧倒的というか暴力的だ。主に視覚の。
彼女も背が高く、よく俺の顔を覗き込むように前屈みの体勢になるため、俺の視線はついつい深い谷間に吸い込まれてしまう。
もうしばらく眺めていたいが、今はそれどころではない。
頭で考えている事は伝わるので、ひとまず大地の谷の事は頭の隅に追いやって、雪菜の件について尋ねてみた。
すると光の女神は「間違いなくあなたの妹」とフリップで返事をしてくる。やはりそうなのか。あれは、生まれ変わった妹なのか。
そうなると問題なのは、どうして雪菜が何も言わずに飛び去ったのかだ。そう考えると光の女神は「『無能な斥候』の魔法が掛けられている」と新しいフリップを出す。
続けてその魔法について説明してくれた。『無能な斥候』という奇妙な名前の魔法は、魔法を掛けられた対象が見聞きしたものを、遠く離れた術者に届ける魔法だそうだ。
情報を上手く伝えられない無能に掛けるからそんな名前が付いたと言われているとか。本当かどうかは分からないが、悪趣味な名前である。
いや、斥候が無事に戻ってこなくても情報を得られる魔法だと考えると、悪趣味なのは名前だけではないな。
術者が今どこにいるかまでは分からないが、雪菜がその魔法を掛けられていた事は確実との事。その情報だけでも十分だ。感謝の気持ちが伝わったのか、光の女神も優しげな笑みを浮かべてくれた。
次にラクティがフリップで顔を隠しながら俺の前に出てきた。そのフリップには「闇の神官魔法です。ごめんなさい」と震える字で書かれている。
そこはラクティの責任じゃないから、気にしなくていい。そう言葉で伝えられないのがもどかしい。後で慰めてやらねば。
それにしても、闇の神官魔法という事はおそらく雪菜を勇者召喚した者が術者なのだろう。監視のために『無能な斥候』の魔法を利用しているに違いない。
これはなんとしても雪菜を助けなければならない。勇者召喚とか転生とかは関係ない。魔族になろうと雪菜は雪菜。二度も妹を助けられないなんて御免だ。
一つ手がある。それは『無限バスルーム』に雪菜を入れてしまう事だ。
あれは外部からの干渉を一切受け付けないので、扉を閉めてしまえば『無能な斥候』も届かなくなるはずだ。
そこまで考えたところで炎の女神が俺の頭にポンと手を乗せ、力ない笑みを浮かべてふるふると首を横に振った。何かまずいのか、この作戦。
すると今度は大地の女神がフリップを出した。胸に乗るんだ、それ。
視線が下に向かいそうになるのを堪えながら読んでみると、一時的に遮断できても掛けられた魔法が無くなる訳ではないらしい。外に出たら元の木阿弥という事か。
すると光の女神が眼鏡を掛け、「『清浄なる光』という魔法がある」と書いたフリップを片手にフフンと得意気な笑みを浮かべた。この人って女神姉妹の長女で、見た目は「デキる大人の女性」って感じだけど、意外と子供っぽいとこあるよな。
それはともかく、『清浄なる光』という魔法は、光の神官魔法以外の魔法を浄化して消してしまう魔法らしい。
なるほど、これで『無能な斥候』の魔法を解除できるのか。
彼女が眼鏡を掛ける時は、先生モードに入った時だ。雪菜を助けるために、この魔法をなんとしてでも覚えてみせるぞ。
だから、Vストリングはどうにかしてください。目のやり場に困るから。
というか、心読んでますよね。わざとか、わざとなのか。こうなったら絶対に負けてやらないぞ。真面目に魔法の練習をしてやるからな。
翌朝目を覚ました俺は、テーブルに皆を集めて女神の夢で知った情報を皆に伝えた。
無論、ラクティを膝の上に乗せて頭を撫でまくりながらである。
朝起きたら泣きそうな顔になっていたからな。念入りに愛でてやらねばなるまい。
「……ひとついいかしら?」
「なんだ?」
「闇の神官魔法って、全部そんな悪趣味な名前なの?」
「…………割と」
呆れたような顔をしたクレナの問い掛けに、ラクティは視線を逸らしながら答えた。
彼女を擁護するならば、神官魔法のほとんどは昔の神官達が編み出したものらしいので、ネーミングセンスの悪さについては、ラクティは無罪である。
「そ、それはともかく、次に魔族達が攻めて来た時は『無限バスルーム』の中に入れて、監視の魔法を解けばいいのですな」
「ああ、そのための魔法を練習中だ」
「ユキニャさんの方はそれでいいとして、バルサミニャさんの方はどうするんですか?」
「コスモスに任せたらいいんじゃないか?」
重要なのは雪菜であって彼女ではない。俺としては倒しても倒さなくてもどうでもいいというのが正直なところだった。
という訳で、俺の結論は「コスモスに丸投げ」だ。
元より向こうと因縁があるのだ。どこにいるか分からないならともかく、すぐ側にいるのだから、俺が勝手にどうこうするより話をして任せた方がいいだろう。というか、そちらまで責任が持てない。
朝食が済んだら、早速会いに行ってみるとしよう。
その後昨日の海岸に向かうと、その途中でコスモス一行と鉢合わせになった。
「やぁ! 清々しい朝だね!」
相変わらず無駄に爽やかな挨拶をしてくるコスモス。その隣にはフランチェリス王女が寄り添うように立っていた。
聖王家の王女に話していい内容か判断がつかなかったので、俺はコスモスの腕を引き、少し離れたところでバルサミナの件を伝える。
「なんだ! バルサミナが間違えてそっちに行っちゃったのかい? ハハハ、それはすまなかったねぇ!」
しかし、直後の大声で俺の気遣いは無駄に終わってしまった。
王女を見てみると、ハァと大きくため息をついている。苦労してるな。
とにかく彼等もポリスに戻るところだったので、それに同行して『潮騒の乙女』亭の彼等の部屋に案内してもらった。
流石というか、最上階のVIPルームをフロア丸ごと貸し切りにしている。親衛隊だけでも十人以上いるとは言え、豪気なものだ。
ネプトゥヌスに来てから、結構お大尽しているつもりだったけど、まだまだ甘いというか、上には上がいるものである。真似したいとは思わないけど。
それはともかく、バルサミナと雪菜の件について話し合おう。
ラクティを連れて行くのは不味いかも知れないので、俺とルリトラだけで行く事にし、残るメンバーの事はクレナに任せた。
この宿で一番高いという王女の部屋に通された俺達は、大きなテーブルを囲んで信じられないくらいふかふかのソファに座った。家具からして格が違うな、これは。
コスモスと王女の後ろには親衛隊長のリコットさんが。俺の後ろにはルリトラがそれぞれ控えている。
「二人目の魔族? それは知らないなぁ……新人さん?」
コスモスによると、バルサミナはこれまでにも幾度となくコスモスを襲撃していたが、全て単独行動だったらしい。雪菜の事はまったく知らないそうだ。
先日もバルサミナ一人に襲撃されたそうなので、雪菜が召喚されたのはごく最近の事だと考えていいだろう。
「でもさ、あの子も悪い子じゃないんだ。きっと何か訳があるんだよ。
大丈夫、君も妹さんと、いつか分かり合えるさっ!」
無意味にキラキラした笑顔で親指を立てるコスモス。
いや、俺と雪菜は分かり合えていない訳じゃないぞ。分かってるから、今雪菜を助けるために動いているんだ。
再び王女の方を見ると、彼女も再び大きくため息をついていた。本当に苦労してるな。
とはいえ、ここはハッキリさせておかないと不味いので、しっかり確認しておこう。
「それじゃ、次に二人が攻めてきた時はバルサミナはそっちで。雪菜はこっちで対処する事になるが……それでいいんだな?」
そう問い掛けると、コスモスはきょとんとした表情で動きを止めた。
そしてしばらく黙って考え込んでいたかと思うと、突如勢いよく腕をクロスに交差させてこう叫んだ。
「NTRダメ! 絶対!!」
「同意するが、そうじゃねえよ」
こいつ、さては何を聞かれているか理解していないな。
仕方なく王女の方に向き直ると、彼女はにっこりと微笑んだ。本命は彼女の方だ。
だが、その目を見て確信する。彼女は「天然」ではなく「養殖物」だと。
コスモスと付き合っているので彼女も同類だと思いがちだが、そうではない。そもそも王女も天然ならば、彼の言動にため息をついたりしないはず。
そう、普段の彼女はコスモスに合わせているだけなのだ。
「俺は妹を助ける。召喚されて転生してようが関係ない」
「……それが魔族でも、ですか?」
「当然だ」
「…………」
「…………」
周りの空気が凍った。皆、気付いたのだろう。俺が魔族を助ける事について、「聖王家の王女」はどう判断を下すのかと確認している事に。
場合によってはこの場で戦いになると考えたのか、リコットは元々色白の顔を青白くして顔を引きつらせている。俺はともかくとして、ルリトラを相手にするのは怖いよな。
「あれ? みんなどうしたの? ちょっと暗いよ~。ほら、スマイルスマイル」
ただ一人、まったく空気を読めていないコスモスを除いて。
チラリとそちらを見た王女は、今度は小さくため息をつくと同時に笑みを浮かべる。同時に緊張していた空気が一気に緩んだ。
「……いいんじゃないでしょうか。悪さをしていたのなら、それについては償ってもらう必要がありますが、そうでもなさそうですし」
「……それが魔族でも、か?」
「そういうあなたは、光の女神の神殿の勇者では?」
同じように問い掛けると、王女もくすくすと笑いながら負けじと言い返してきた。
これは王女も知っているな。過去に聖王家と光の神殿が亜人と他の女神信仰を弾圧していた事を。そして、俺がそれを知っている事にも気付いたに違いない。
「それとも、わたくしがフォーリィさんをいじめるように見えまして?」
「……いや、昨日は仲良さそうに見えたよ」
そう言って俺が笑うと、リコットがあからさまにホッとした様子で表情を緩ませた。そんなに怖いか、ルリトラは。
チラリとそれを見上げた王女は、扇を開いて顔半分を隠しながら「もう少し、あちらの方を見習いなさいな」と眉をひそめている。
王女は、ルリトラがポーカーフェイスだと思っているのだろうが、サンド・リザードマンは慣れないと表情が分かりにくいだけだと思うぞ。
「まぁ、わたくしも思うところがない訳ではありませんが、そもそも魔族だからと否定するのであれば、まずコスモス様を止めてますわ。思うところがない訳ではありませんが」
大事な事なので二回言ったのですね、分かります。
コスモスは明らかにバルサミナを仲間にしたがっているからな。
今はキラキラした目で俺を見ているが、きっと雪菜を助けたがっている俺を「魔族でも構わない」同士か何かだと思っているのだろう。
この件については、俺もあえて否定はしない。だが、ちゃんと王女の方もフォローしておけ。俺はこの後、朝ラクティを愛でた分、他の皆をフォローするぞ。
とにかく、フランチェリス王女は、魔族だからと言って排除しようとは考えていないようだ。俺としては、これで一安心である。
後は『清浄なる光』の魔法を早く覚えて、雪菜を救うだけだ。
「ああ、そうそう。トウヤさんに一つ、いえ二つほどご忠告を。気が早いと言われるかも知れませんが、妹さんを助けられたら、ユピテルに戻る時はお気をつけあそばせ」
「どういう事だ?」
「お兄様は、伝統ある聖王家を体現しているような方ですから」
「……中花律が仲間にしようとナンパしたっていう、あの?」
「あれはヒヤヒヤものでしたわ……」
そう言って扇をパタパタさせながら視線を逸らす王女。
なるほど、聖王家の王子は亜人排斥派か。ユピテルに戻る事があるかは分からないが、覚えておく事にしよう。
「もう一つは?」
「彼女はこれまで、数日に一度のペースで襲撃してきてますから、準備をするなら急いだ方がよろしくてよ」
「……忠告、感謝する」
どうもバルサミナが来る度に、コスモスは他の人に手を出させずに一人で説得に当たっていたらしい。
しばらく攻撃し続けてもめげずに笑顔で近付いて来る彼に、バルサミナが怯えて逃げていくのがいつものパターンだったそうだ。
これは急いだ方が良さそうだな。一日も早く魔法を覚えるために今日から徹夜――ではなく、昼寝もした方が良いだろう。
手短に挨拶を済ませた俺とルリトラは、コスモスの爽やかな笑顔に見送られながら部屋へと戻るのだった。
今回のタイトルの元ネタは、プレイステーション用ソフトの『リモートコントロールダンディ』です。
調べてみたら発売したのが1999年、前世紀だった事にビックリw




