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異世界混浴物語  作者: 日々花長春
湾岸露天 古代海水の湯
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第77話 俺の妹が……

「もしかして、お兄……ちゃん?」

 銀色の髪の少女が、ふるえる声でそう言った。

 俺を知っている。やはり雪菜なのだろうか。

 彼女も俺の顔をじっと見つめたまま、攻撃もしてこない。

 クレナ達もただならぬ雰囲気を察したのか、戸惑った表情をして動かなかった。

 少女の背中には一対の羽。よく見ると背後から伸びた長い尾が片足に巻き付いている。

 明らかに人間ではないが、その顔は、髪型は、明らかに妹・雪菜のものだ。

「まさか、闇の……!」

 そうだ。光の女神が生者を召喚するのに対し、闇の女神は死者を魔族に転生させる。

 少女が雪菜の転生した姿だとすれば納得がいく。

 湯をかき分けて彼女に近付く。彼女は何か言いたげな顔でこちらを見るばかりだ。

 ああ、雪菜だ。何かして欲しい事があるけど、言い出せない時の顔だ。

「何やってんの、ユキナ! 反撃しなさい!!」

「トウヤさま!」

 あと一歩というところで空気を読まない馬鹿が横から攻撃を仕掛けて来た。

 バルサミナと呼ばれた魔族の放った光球に、ロニが咄嗟に投げたナイフが命中。その場で炸裂し、俺は慌てて両手で顔を庇ったが、腹や脚に余波を受けてしまった。

「大丈夫か!?」

 だが、それはどうでもいい。問題は俺とほぼ同じ距離にいた雪菜だ。

 雪菜の方は宙に浮いたまま身体を丸め、自分の羽を使って身を守っていた。幸い、向こうには余波も行かなかったらしく、羽も無事なようだ。

 それを見てほっと胸を撫で下ろしたが、同時に羽の隙間から覗く目が、縋るように俺を見つめている事に気付いた。

 俺の心に怒りの火が灯る。雪菜にあんな目をさせるとは、バルサミナとやら許さんぞ。

「……ッ! 退くわよ、ユキナ!」

 するとブルッと肩を震わせたバルサミナは、身を翻して海の方へと飛んで逃げ始めた。何故か雪菜もそれに続こうとする。

「雪菜!」

 その背中に声を掛けると、雪菜は振り返り、何か言いたげな目が俺を見詰める。

 しかし何も言わず、すぐにバルサミナを追って飛んで行ってしまった。

 あの目、やはり何か言いたい事があるのか。それを言い出せない理由も。

 先程の二人を見た感じ、あのバルサミナが関係しているのかも知れない。

「ちょっとトウヤ、大丈夫!?」

「トウヤさん、お腹真っ赤になってますよ!?」

 そんな事を考えていると、クレナ達が近付いて来た。ラクティは真っ赤になった俺の腹を見て泣きそうな顔になっている。

 こら、そこは違うぞ。心配してくれるのは嬉しいが、あんまりぺたぺた触るな。

 今になって腹と足が痛くなってきた。ラクティが泣き出す前に魔法で治してしまおう。


 その後は、お風呂に入り直す気にはなれずそのまま部屋に戻った。

「それで、説明してくれるんでしょうね?」

 開口一番にクレナが尋ねてくる。

 俺が止めて戦わせなかったからな。事情の説明は当然だろう。

 と言うか、バルサミナをクレナ達に任せておけば良かったかも知れない。

 何にせよ、雪菜の目は俺に助けを求めていた。あの子を助けるためにもクレナ達の協力は必要だろう。まずは事情をしっかり説明せねばなるまい。

 皆テーブルを囲んで席に着き、俺の話を聞く態勢に入った。

 クリッサが用意してくれた冷たい飲み物で喉を潤すと、俺は真剣な顔で話し始めた。

「二人いた魔族の内、後から来た魔族が、俺の妹の雪菜にそっくりだったんだ」

「確か、亡くなられたんですよね?」

 ロニの問い掛けに、俺はコクリと頷いた。

 三年前の話だ。雪菜が中学に進学する少し前の事だった。

「その、原因を聞いてもいいですか?」

「病気だよ。元々身体が弱くて、ずっと俺が世話をしていた」

 両親は治療費を稼ぐために共働きで、俺しか妹の面倒をみられなかったんだ。

「向こうも俺を見て『お兄ちゃん』って言ってたから、他人の空似じゃないと思う」

 最後の数年は自分で歩く事もできなくなっていたので、ああして元気な姿を見せてくれたのは素直に嬉しい。たとえ魔族に転生していたとしてもだ。

「他の種族なら偶然を疑うけど……」

「魔族ですからな……」

 リウムちゃんとルリトラがチラリとラクティを見る。

 その一方でマークとクリッサは不思議そうに顔を見合わせていた。そう言えば詳しくは説明していなかったな、闇の女神の勇者について。

 闇の女神の勇者召喚は死者の魂を魔族に転生させるもので、魔王や五大魔将も元は俺と同じ世界の人だった事を説明すると、二人もすぐに理解してくれた。あの「ユキナ」は、妹の「雪菜」が闇の勇者召喚によって魔族に転生した姿の可能性が高いと。

「ねぇ、ラクティ。あなた、そういうの分からないの?」

 クレナが声を潜めて問い掛ける。

 今のラクティは、表向きは「ハデス・ポリスの遺跡で発見した、ガラスの棺に眠っていた正体不明の少女で、その正体は闇の女神の神官」という事になっている。マーク達ケトルト四人も、この表向きの話しか知らない。

 元の世界のゲームやら何やらの色々なネタを混ぜて盛り込みすぎた気もするが、ここまで荒唐無稽だと「正体は闇の女神本人」なんて裏があるとは誰も思わないらしい。更に言えば、女神の力が察知されても、闇の女神の祝福だと言い張る事ができる。

「祝福を授かっているところまでは分かりますが、勇者なのか神官なのかまでは……」

「そこまでしか分からない、か」

 おかげでこうして闇の女神、魔族関連の事を聞いても問題無い立場を確保できていた。あまり大きな声で話す内容ではないので、それでも声を潜めた会話になってしまうが。

「で、もう一人の方は?」

「知らん」

 コスモスと因縁があるらしいが、詳しい事は分からない。

 俺としては、雪菜とどういう関係なのかが気になるところだ。


「ていうか、ちょっといいか?」

 ここでマークが手を挙げて問い掛けて来た。

「トウヤ達、魔王城で魔将を倒したんだよにゃ? 『仮面の神官』とかいう闇の神官を」

「ああ、そいつを倒したのは間違いないぞ」

「そいつ、最後の闇の神官だったんじゃねえの? ユキニャってのが妹だとすれば、いつ召喚されたんだよ?」

「それは……いつなんだろう?」

 確かに疑問だ。三年前まで雪菜は生きていたのだから、それ以降なのは確かだろうが。

 そして闇の神官はというと、五百年前に初代聖王が間違えてラクティを封印してからは祝福を授かる事ができずに生まれていないはずだ。

「俺達に会う前にキンギョが召喚したとか?」

「それだったら、その子にハデス・ポリスまで自分を運ばせてたんじゃない?」

「だよなぁ……じゃあ、キンギョが闇の神官を生み出して、そいつが召喚したとか」

「それが勇者召喚できる程の神官なら、やっぱり洗脳して手駒にしてたんじゃない?」

「それもそうだな……」

 状況証拠的には、この線は無しか。

「……五百年以上生きてる神官がいる」

「魔族だったら有り得ますけど、勇者召喚できるほどの闇の神官は、『仮面の神官』しか残っていなかったはずです」

 リウムちゃんが得意気に仮説を立てたが、あっさり否定されてがっくりとうなだれた。

 そうなると、新たに生まれた闇の神官がいると考えるべきか。

「自然に闇の神官が生まれる事はあるのか?」

「魔族の子であれば、闇の女神の祝福を持って生まれる事はあります。闇の神官魔法を学ぶ事ができれば、神殿に関わらずに神官になる事もできますが……」

「勇者召喚できるまでになるかどうかは微妙?」

 俺が問い掛けると、ラクティは小さくコクリと頷いた。

「ああ、たまにいるらしいわ。天然の天才神官って」

「そうなのか?」

「初代聖王の仲間だった、(サン)ピラカがそうだったらしいわよ」

 前例があるという事か。言われてみれば、俺も神官魔法を使えるけど、神殿に属している訳じゃないな。

 五百年前の戦いを生き延びた魔族の子孫の中に、強い祝福を持った子供が生まれて、神官魔法を学ぶ。有り得ない話ではない。

 この仮説を話すと、皆は神妙な面持ちになって考え込んだ。

 だが問題はそれだけではない。この事実からは別の懸念すべき仮説も導きだされる。

「トウヤ様……それは、つまり……生き延びた五大魔将以外にも、魔将に匹敵する者が現れ始めているという事ですか?」

「そういう事だろうな」

 今驚くべきは、それが「素質のある者をみいだして、ちゃんと訓練できる」レベルの組織であることだ。

 封印された魔王に代わって魔王軍を指揮する者。確証があるわけではないが、やはり五大魔将の誰かと考えるのが自然だろう。

「……『闇の王子(ダークプリンス)』が怪しいって思ってる?」

 複雑そうな顔をしているクレナには悪いけど、クレナの父親ではないかと思われる『闇の王子』が一番正統性ありそうなんだよな。魔王アマン・ナーガの息子らしいし。

「いや、『炎の魔神』の方が可能性高い気がする」

 だが、俺が一番怪しんでいるのは『炎の魔神』だ。

 奴なら封印されたままの魔王を裏切っても不思議ではないんじゃないだろうか。ヘパイストスで一杯食わされた事もあって、どうにも性格が悪そうなイメージがあった。偏見かも知れないけど。

「それはともかく、温泉で襲ってきたのは、その魔王軍の魔族って事ですか?」

「そうじゃないかと俺は考えてる」

「まぁ、個人でわざわざ勇者を付け狙うってのも考えにくいわね。魔族に限らず」

 しかも狙われているのはコスモスだ。聖王家の王女と親衛隊を連れた彼を、バルサミナという魔族が彼を付け狙っていた。

 そして何故か知らないが、雪菜はバルサミナと行動を共にしている。

「問題は……コスモスを狙う理由?」

「危険を承知で……ちょっと思い浮かばにゃいにゃ」

「やはり、魔王軍の命令でと考えるのが自然でしょうか」

 リウムちゃんの疑問に皆揃って首を捻る。

 コスモスの場合、どんな理由が飛び出て来ても不思議じゃないだけに予想がつかない。

「コスモス一行が戻ってきたら、直接聞いた方が良さそうね」

「……そうですな。襲撃があった事は報せておいた方がいいでしょう」

「明日帰って来なかったら、こっちから海岸に行ってみるって事で」

「異議(にゃ)し」

 個人的には今からでもコスモスに会いに行って情報を得たいところだが、今から出発しても海岸に到着するのは深夜だ。止めておいた方がいいだろう。

 雪菜の事は心配だが、仲間の事を忘れる訳にはいかない。

 再度の襲撃に備え、今夜は全員『無限バスルーム』の中に入って休むとしよう。



 その後、寝る前にラクティが、こっそりある事を教えてくれた。

「お姉様達なら、もう少し詳しい事が分かるかも知れません」

 現在の六姉妹では、光の女神が最も強い力を持っているそうだ。

 だからと言って世界の隅々まで細々と把握している訳ではないが、調べてもらう事はできるらしい。

「私達の事はずっと見てるらしいですけど」

「それはそれで恥ずかしいんだが」

 きっと末の妹を心配しているのだ。新しくできたトイレの中までは見られてないと信じたいところである。

 とにかく、雪菜の件を夢の中でお願いしてみるとしよう。

「そう言えば昼間の戦い、コスモスの登場で使えなかったんだよな、光の神官魔法。光の女神、怒ってないかな?」

「ど、どうでしょう? それくらいで怒らないと思いますけど」

 怒らなくても不機嫌になる気がするんだよな、光の女神。

 その分炎の女神が上機嫌になってそうだけど、彼女の性格的にフォローみたいな気遣いは期待できない。

「いざという時は頼むぞ、ラクティ」

「あ、あんまり期待しないでくださいね……」

 夢でも会えるラクティにお願いしてみたが、自信無さ気だ。ここは大地の女神に望みを託すしかなさそうだな。

 その晩、ラクティを抱き枕にして眠りにつくと、夢の中で上機嫌の炎の女神にいきなり抱き着かれた。

 光の女神はやはり機嫌が悪そうだったが、大地の女神が既に宥め始めてくれていた。流石です、大地の女神様。

 それでも完全には収まらないらしく、光の女神が頬をつついてきたりする。機嫌が悪い時は、いつもこうしていじってくるのでされるがままだ。

 しかし、問題はそこではない。

 口を開いて「……で、何でそうなってんの?」とツっこもうとしたが、やはり声にはならなかった。

 俺の周りにはいつもよりも遥かに露出度が高い女神達。

 そう、出迎えてくれた女神達は、何故か皆水着姿だったのである。

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