第76話 とらぶる露天風呂
海水風呂は、砂浜レストランから宿を挟んで反対側にあるそうなので、宿の人に場所を教えてもらって行ってみる事にする。
腰には護身用のショートソード。こういうのが必要なのは、この世界ならではだな。
宿内では水着でも問題はないらしく、この時間帯になると水着で廊下を歩いている姿がちらほらと見られた。
とは言え、それは一部の話。ほとんどは水着の上にバスローブを羽織っている。俺も上半身裸で宿の中を歩く気にはなれず、バスローブ代わりの湯浴み着を羽織った。
コスモスあたりは水着で歩き回っていたんじゃないだろうか。フランチェリス王女は、そこまでコスモスに付き合えるかどうかだな。正直五分五分な気がする。
それにしても流石は『無限バスルーム』、宿のバスローブよりもはるかに高品質だ。しかし、見た目で分かりにくいようでちょっと変わったデザインで済んでいた。
と言うか、宿を出たところで物凄く派手なデザインのバスローブを着た人とすれ違ったぞ。あの派手な刺繍、もしかして金糸だろうか。
「……もしかしてこれ、地味なバスローブって思われてるのか?」
「いや、普通でしょ。ああいうのは成金趣味って言うのよ」
クレナ曰く、ポッと出の商人にありがちらしい。
急に大金を手に入れたという意味では、俺も似たようなものだな。気を付けよう。
そんな事を考えている内に海水風呂に到着。海岸沿いに並ぶ五つの小屋。一つ一つが浴場で中にお風呂がある。
聞いた話によると、元々海岸に五つの温泉が湧くポイントがあったのだが、この辺りは岩肌ばかりのあまり人が近付かない場所で、温泉はそのまま海に流れ出ていたらしい。
それに目を付け、道などを整備して浴場として使えるようにした先見性のある商人が、『潮騒の乙女』亭の初代主人なのだそうだ。
中に入ってみると、一面の海が目の前に広がる。
夜闇の中で星空を映してきらめく海面。絶え間なく繰り返される波の音が、まるで眠りに誘う歌のように心地良い。
「すごい! 海ですよ、海!」
ロニが興奮気味にしっぽをブンブンと振っている。
俺も驚いた。なるほど、この小屋は三面にしか壁が無いのか。こうしないと湯気が籠もるというのもあるだろうが、何よりこの景色を楽しませるためなのだろう。
「そう言えば、石鹸は?」
「持ってきてますよー」
クレナが問い掛けると、ラクティが石鹸の入った袋を元気良く掲げた。
袋は石鹸類を持ち運ぶために用意した物だ。『無限バスルーム』製の石鹸類は、元がMP製のせいか、使用すると後に残らず消えてしまう。お湯を汚す心配が無いので、こういう場所でも安心して使えるのだ。
掛け湯をしてみると、普通のお湯より心持ちとろんとしている気がする。海水風呂だから、きっとミネラルたっぷりでお肌スベスベになれるだろう。
「後で確かめさせてくれ」
「何を?」
「それは温泉から上がってからな」
それはともかく、一通り汚れを落としたところで温泉に入ってみよう。
少しぬるめだが、ゆったりとつかるには丁度良い温度である。
「水着で入るのって初めてだから変な感じだな」
「普段の湯浴み着も大して変わらないじゃない」
「いや、水着と湯浴み着は……」
もしかして大して変わらないのか、この世界の人達にとっては。
俺としてはどちらもそれぞれ違った趣が感じられるので、この世界の人達の倍は楽しめてると考えれば、かえって得かも知れない。
「あれ? これ、底は岩じゃないんだな」
「……これは砂。下からお湯が湧き出てる」
浴槽の底は砂が敷き詰められていて、そこから温泉が湧き出ているようだ。よく見るとお湯が噴き出る穴がいくつもあって、小さく砂が舞い上がっている。
側面は岩肌なので少しごつごつしている。もたれ掛からず真ん中の方でつかろう。
「ん、どうしたリウムちゃん」
「……くすぐったい」
リウムちゃんが膝の上に乗ってきた。足下のくすぐったさに耐えられなかったらしい。
「仕方ないな。ほら、もうちょいこっち来い」
それでせっかくの温泉が楽しめないのは可哀想だ。ここはリウムちゃんの小さなお尻を膝に乗せ、支えてあげるとしよう。
表情は変わらないが嬉しそうな雰囲気のリウムちゃん。その姿に和んでいると、ふと視線を感じた。何かとそちらを見てみると、そこには何か言いたげなラクティの姿が。
「むぅ~……」
「……片方空いてるけど、乗る?」
どうやらリウムちゃんが羨ましいようだ。これを捨て置いては男が廃る。彼女も呼び寄せて空いた膝に座らせる。
流石に狭く、バランスも悪い。そこで二人の背に腕を回して倒れないように抱き寄せると、二人は嬉しそうに顔を近付けてきて頬をすり寄せてきた。
「隣、座らせてもらうわよ」
「じゃあ、私はこっちで」
するとクレナとロニも動いた。近付いてきて俺の両隣に座り、肩に頭を預けてもたれ掛かってきた。
「結構広い湯船なのに、暑くないか?」
「みんな仲良しがいいじゃないですか~」
「い、いいじゃない、今日はこういう気分なのよ」
ロニの方は温泉が気持ちいいのか頬を火照らせ表情を緩めている。しかし、クレナの頬の紅さは火照りではない気がする。
さては自分で言ってて恥ずかしがってるな、クレナ。可愛いヤツめ。
頭を撫でたいところだが、生憎と両手が塞がってしまっている。仕方がないので、それは部屋に戻ってからにしよう。
しばらく湯船の中で寄り添いながら海を眺めていると、ロニの耳がピクリと動いて俺の首筋をくすぐった。
「どうした、ロニ」
「何か声が……」
「まさか、覗きか?」
「いえ……海からです」
そう言って海を見つめるロニ。釣られて見てみるが、真っ暗で何も見えない。
流石に夜の海から覗く根性のある奴はいないと思うが、リュカオンであるロニの耳は確かである。クレナ達も何か起きていると察したのか、ザバッと音を立てて立ち上がる。
座った状態で見上げると絶景だが、そうも言っていられない。俺も立ち上がって目を凝らしてみると、一瞬だが暗闇の向こうで何かが光った。
「! 『精霊召喚』ッ!!」
何か分からないがまずい。漠然とそう感じた俺は、咄嗟に大地の精霊を召喚。湯船から少し離れた海底の砂を精霊の力で固め黒い壁を生やす。
直後に起きる爆音。おそらく魔法による攻撃が壁に炸裂した。やはりあの光、攻撃だったか。直感を信じて正解だった。
「クレナ達は下がれ!」
「わ、分かった。武器を持ってくるわ」
俺は声を張り上げてクレナ達を下がらせる。彼女達の武器は。バスローブと一緒にお風呂場の外だ。
クレナ達がお風呂場から出て行くまでに更に二度の爆音。それが限界だったのか、壁にヒビが入り、大きな音を立てて崩れる。
そして壁の向こうから姿を現す人影。
「浮いてる……?」
そこには細く長いツインテールをなびかせた少女が宙に浮いていた。髪は銀色。テールの先端に大きな槍の穂先のような物を付けている。あれが武器なのだろうか。
一見黒いビキニ水着のようなものを身に纏っているが、妙に刺々しいデザインなので、それが水着なのかどうかは分からない。
そして背中にはコウモリのような羽。それを見て思い浮かぶ言葉は「悪魔」。まさか、魔族なのか、この少女は。となると、攻撃をしてきたのは俺が『女神の勇者』だからか。
両手に『大地の精霊召喚』で黒いガントレットを形成しながら、頭をフル回転させて状況を把握しようとする。
しかし、少女はこちらの都合などおかまいなしだ。勝ち気そうな赤い眼に怒りの炎を燃やしながら俺に向かって叫んできた。
「今日こそ決着を付けるわよ、コスモス!!」
「あいつと一緒にするなあぁぁぁ!!」
確かに今は水着姿だが、流石にブーメランパンツは穿いてないぞ。
それどころか顔を見れば分かるだろう。
「ったく、湯気が邪魔ねぇ……」
まさか、湯気のせいでこちらの顔がハッキリと見えていないのか。
いや、こちらの話を聞いていない感じからして、相当そそっかしいタイプのようだ。それで襲撃される側はたまったものじゃない。
とにかくこの女魔族、コスモスと因縁があるらしい。
そう言えばこの宿、昨日までコスモスが泊まっていた宿だ。そして俺は年の頃はコスモスとあまり変わらない。おそらく、それで間違えられたのだろう。
「行くわよ、コスモス!」
「『精霊召喚』!」
女魔族が放った雷光を炎の精霊で相殺、爆炎が辺りを包み込む。これで更に顔が見えなくなるな。向こうの間違いを訂正している暇は無さそうだ。
武器が無いからって舐めるなよ。確かに『三日月』も『魔力喰い』も強力だが、俺の本領は莫大なMPとMENで放つ神官魔法だ。
「無駄よ!」
煙を斬り裂いて襲い掛かって来る刃。テールの先端についていた槍の穂先だ。操られているのか、明確にこちらを狙って来ている。
こちらも負けじと手を覆う土ガントレットを叩き付けてその攻撃を弾くと、女は警戒したのか一旦距離を取った。
「やるわね……でもっ!」
「させるか!」
勢いを付けて飛び掛かろうとしてきた女魔族。対する俺は、湯船の砂から柱を乱立させて迎撃する。黒くなるほどの強度は無いが、飛行を邪魔するには十分だ。
「クッ……! いつの間に魔法を……!」
案の定、女魔族は真っ直ぐ飛ぶ事ができなくなり後方へと逃れた。
「トウヤ、大丈夫!?」
ここでクレナ達も武器を持って戻って来た。分かっていたけど水着に武器なのか。
いける。何者かは知らないが、この魔族は『仮面の神官』ほどじゃない。
「えっ、誰……?」
ここに来て女魔族も人違いに気付いたようだ。だが、もう遅い。クレナ達が来た事で、こちらの勝利はほぼ確定だ。
さて、このまま倒していいものか、それともコスモスと因縁があるようだし生け捕りにするべきか。
そんな事を考えていると、風切り音と共に何かがこちらに近付いて来た。
「大丈夫、バルサミナ!?」
飛んで来たのはもう一人の魔族。こちらも黒いビキニ水着のような装いでコウモリの羽を持った少女だ。バルサミナと呼ばれた女魔族より、少し幼く見える。
「援軍!?」
「待て、クレナ!」
クレナがすかさず剣を向けて魔法を放とうとするが、俺は慌ててそれを止めた。
怪訝そうなクレナ。ロニも何事かと驚いている。
だが俺は、その少女を攻撃させる訳にはいかなかった。
そして改めて新手の少女を見る。彼女も俺を見て、驚きに目を見開いていた。
小柄な身体に、銀色の長い髪をリボンでツーサイドアップにした髪型。幼さを残した顔立ちは、どこか子猫を彷彿とさせる。
なにより、俺はその顔に見覚えがあった。
「雪菜……」
そう、その魔族の少女の顔は、死んだはずの俺の妹、北條雪菜とうり二つだったのだ。
(岩が)ポロリもあるよ! とかサブタイトルに入れようかと考えましたが、流石に自重しましたw




