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異世界混浴物語  作者: 日々花長春
湾岸露天 古代海水の湯
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第74話 未知との遭遇

 コスモス達とのバーベキューを終えた俺達は、結局キャンプは行わずにネプトゥヌス・ポリスに戻る事にした。彼等はそのまま海辺でキャンプをして一泊するらしい。

 貝殻を早くロンダランに届けたいというのもあったが、何より俺達が疲れていたのだ。

 いつもなら『飛翔盤』に乗って空を飛んでいるリウムちゃんも、今は魔法を使う余裕もないのか俺におんぶされている。

 海で遊べなかったのは惜しいが、船が完成するには時間が掛かる。また日を改めて行けばいいだろう。今度は普通に遊ぶために。

 と言うか、貝の中身のロブスターモドキの方が余りまくっているのだ。

 どうしたものかと考えていると、ロニが塩漬け(ソミュール)液を作って漬け込んでくれた。

 燻製を作るための下ごしらえらしい。先日漁師達に聞き込みをした際に、しっかり燻製を作ってもらえる店を見付けていたそうだ。まったく頼もしい仲間達である。

 幸いモンスターに遭遇する事なく夕方頃にポリスに到着。

 貝殻をロンダランに届けた後、『無限バスルーム』に入ってすぐの所に置いていた荷車を出して件の店に持ち込むと、量が量だけに店の人達も眼を白黒させていた。

 しかし、そこは専門家。すぐに同業者に連絡をし、いくつかの店で手分けをして全て燻製にしてくれる事になった。

 この港町で三十年以上燻製屋を営んでいると言う店主のおじさんに聞いたところによると、ノーチラス貝というのは食材としても高級品で、これほどの数が一度に獲れたのは今まで聞いた事がないらしい。

 ロンダランが作った撒き餌のせいだと言うと、おじさんは妙に納得し、同情までされてしまった。マイナス方向の信頼感があるな、ロンダラン。

 それはともかく、ノーチラス貝の件はそれで良いとして、もう一つの問題がある。

「それで、今夜はどこに泊まりますか?」

 ルリトラが問い掛けて来た。そう、今夜の宿がまだ決まっていないのだ。

 昨日まで泊まっていた川辺の宿は、ノーチラス貝狩りに数日掛ける予定だったので、既に引き払っている。

 最悪『無限バスルーム』に泊まるという手もあるのだが、それだと夕食の準備などをしなければならない。どこか食事が出る宿を探したいところだ。

「それじゃあ、オークションハウスに行く?」

「えーっ、今から高台エリアに登るのか?」

 クレナの呟きに、マークが反対の意を示した。クレナには悪いが、俺も同感だ。

 パルドー達のいるオークションハウスへは、海辺エリアからだとポリスの半分を移動しなければならない。今からだと到着する前に日が暮れてしまうだろう。

「あの、トウヤさん。あちらの宿はどうですか?」

 ラクティの指差す先を見てみると、夕暮れに染まる空に、いくつもの明かりが灯った大きな建物が浮かび上がっていた。コスモス達が泊まっていたという『潮騒の乙女亭』だ。

「確かに近いですね……高そうですけど」

 最後にポツリと付け足すロニ。庶民感覚だとそうなるだろう。俺も同じだ。遠目に見ただけでも高級な宿だという事が分かって気後れしてしまう。

 しかし、激戦で疲れ切っているのだから、ちょっぴり贅沢しても罰は当たらないんじゃないだろうか。数日はゆっくりしたい。

「よし、あの宿に泊まるか。王女も泊まっていた宿だ、サービスは良いだろ」

「いいんですか?」

「大丈夫だ。こういう時ぐらい甲斐性あるところを見せさせてくれ」

 という訳で、今夜は『潮騒の乙女』亭に泊まる事になった。

 いつも食事の支度をしてくれるロニ、ラクティ、クリッサ。今夜は彼女達にもゆっくりと休んでもらうとしよう。


 近付いてみると、思いの外幻想的な光景が俺達を出迎えてくれた。

 『潮騒の乙女』亭は五階建ての豪華な建物で、元の世界でも海外に行けばあるんじゃないかと思えるようなデザインの宿だ。いや、ホテルと言った方が近いだろうか。

 既に日は暮れており、いくつもの窓から光を漏らす『潮騒の乙女』亭の姿は、まるで光の果実を実らせる巨木のようだ。

 中もオークションハウスほどの豪華さは無いが品の良い造りで、入ってすぐのロビーには他の客の姿も見える。主人と、その護衛であろうレイバー達。おそらく主人はこの国を訪れた貿易商だろう。

 部屋が空いているのか心配だったが、スイートルームを取ることが出来た。最上級のVIPルームという訳ではないが、それでもそれなり以上の快適さは見て取れる。実は十人部屋らしいが、大は小を兼ねるので問題はないだろう。

 案内されてみると、中央にソファとテーブルがあってくつろぎの空間になっている大きな部屋だった。花をモチーフにした装飾も凝っていて、華やかな雰囲気の部屋だ。

 奥の壁は大きな飾り窓になっていて、開くと海とポリスの夜景を一望できる。この景色を見られるだけでも、この部屋に泊まった価値があったんじゃないだろうか。

「うわ~、良い部屋じゃない! 貴族の屋敷にだって負けてないわ!」

 さらっと言うクレナ。

「そういえば貴族令嬢だったな。さっき燻製屋のおじさんと値切り合戦してたけど」

「わ、悪い?」

「なにが? 頼もしいし、俺的には好感度高いんだが」

「…………そう」

 何も言えなくなり、頬を真っ赤にしてそっぽを向く横顔が可愛い。

 もちろん彼女をからかったりなんかしていない。本気で言っているぞ、俺は。

 こういう時、ラクティなら自分から抱きついて甘えてくる。ロニはにこにこ顔になり、いつもより更に甲斐甲斐しくなる。そしてリウムちゃんは表情こそ変えないが、ぴたっとくっついて離れなくなるだろう。

 しかし、クレナは強がって素直になれなくなるタイプだ。そのくせ妙に世話焼きになったりする。甘えるのが恥ずかしいので、反対の事をしているんじゃないだろうか。

「トウヤ、早く着替えちゃいなさい! こういう所のレストランはドレスコードがあるんだから、あんまりラフな格好しちゃダメよ! ほら、選んであげるから!」

 そう、こんな感じになるのだ。隠しているつもりなのだろうが、頬を染めたまま。ロニによると、昔からこうだったらしい。

 とにかく、まだ服装関係のTPOはよく分からないので、そこは素直にお世話になる事にしよう。

 そう思って『無限バスルーム』の扉を開いて中に入ると、一歩足を踏み入れたところで違和感を覚えた。

「あの、トウヤさま。広くなってませんか?」

 俺の後ろから覗き込んでいたロニが呟く。

 そう、『無限バスルーム』の中が少し広くなっている。違和感の正体は、伸びた扉から中の建物までの距離か。左右も見てみると、『無限バスルーム』内の空間が全体的に大きくなっているようだ。

「三百匹のモンスターを倒しましたからなぁ……」

 俺の頭越しに中を覗き込み、しみじみと言うルリトラ。そうか、ノーチラス貝の大群との戦いで成長できたのか。

 確かに、三百匹以上と戦えばレベルも上がるだろう。全部一人で倒した訳ではないが、『火焔舞踏』だけでも百匹近くは倒したはずだ。

「……皆、疲れてるところ悪いが、中を一通りチェックするぞ」

「オレ、祭壇見てくる」

「私も行くわ、マー君」

「私は、建物の周りを一通り見てきます」

 マークとクリッサ、それにルリトラが、左右に分かれて調べに行った。建物周りは彼等に任せよう。

 残された俺達は、建物の中を確認するためにガラガラと音の鳴る引き戸を開けて中の様子をうかがう。

 建物そのものも大きくなっているようだ。部屋が大きくなっても、荷物の位置が変わっていないのですぐに分かる。魔法の本棚と壁の間にも隙間が空いていた。

 リウムちゃんがまず右手の洗面台に駆け寄り、蛇口をひねって水が出る事を確認した。

「お湯も……出る」

「私もセンタッキー見てみます」

「お台所は何も変わってなさそうですね」

 次にロニも洗濯機のチェックに行き、炎の女神キッチンを覗き込んだラクティが報告しにとてとて戻ってきた。

 よし、俺は畳の寝室と檜風呂のチェックをしよう。

「って、あれ?」

 その時、目の前に奇妙な「モノ」がある事に気付いた。

「ねぇ、トウヤ。あの扉……何?」

 なんと二つの扉の間に、もう一つの新しい扉が生まれていたのだ。ごく普通のドアノブが付いた扉だ。

 右の襖は畳の寝室に、左の磨りガラスの扉は檜風呂の脱衣所につながっている。

 では、真ん中の扉はどこにつながっているのだろうか。

「あの扉から、光のお姉様の力を感じます」

「光の女神か……」

 扉を開くと、そこにはある意味懐かしい光景が広がっていた。

「……なにこれ?」

「トイレ……だな」

「えっ、これが?」

 そう、扉の向こうにあったのはトイレ。しかも、現代的なデザインのタンクトイレだ。

 狭くもなく、広過ぎでもない適度な大きさの空間に、それは鎮座していた。

 この世界には、一応水洗トイレも存在している。しかし、便器は大きく異なっていた。

 一般的には石のベンチに穴を開けたようなものが多く、陶製であってもデザインは似たり寄ったりだ。

 それだけにこのシンプルかつ機能的なデザインは、クレナ達には物珍しく映るだろう。

「いや、これがトイレだとして、どうしてここから光の女神の力が?」

「え? おかしいですか?」

 クレナが納得のいかない表情で疑問を口にすると、ラクティはきょとんとした表情で首を傾げた。いや、俺もどちらかというとクレナと同意見なんだが。

 しかし、そんな俺達の疑問は、次のラクティの一言で吹き飛ぶ事になる。

「でも、『清浄』と『浄化』ですよ? お姉さまの本質は。

 今までだって、そういうきれいきれいする力だったじゃないですか」

「なに?」

 言われて周りを見回してみる。

 きれいにするもの。お風呂、洗面台、洗濯機、そしてトイレ。

 あ、ホントだ。

「洗い流すものだから『浄化』なのか……?」

 どうして光の女神の祝福なのにお風呂なのか。確かにその疑問を抱いた事はある。

 そうか、お湯よりも汚れを洗い流す事こそが本質だったのか。

 そう考えると成長と共に新たに生まれたものは、全て光の女神の本質に沿ったものだった事が理解できる。

 衛生に関わるものと言い換えると分かりやすいかも知れない。

「そ、それでいいの? 光の女神は」

 しかし、クレナはまだ納得がいっていないようだ。

 この世界のトイレ事情しか知らないからかも知れない。

 中に入って調べて見ると、案の定便器の横にはいくつかのボタンがついた操作パネルがあった。温水洗浄便座の操作ボタンと、他にも色々と機能があるようだ。

「クレナ、ラクティ、これを見てみろ」

「どれですか?」

「何? ボタン?」

 二人にはそれが何であるかは分からないだろうが、お風呂場の操作パネルなどを知っているので、何かのボタンである事は理解できたようだ。

「これも俺の世界の物だから、使い方を教えるよ」

「……それならロニ達も呼びましょうか」

 という訳で、クレナ、ラクティ、ロニ、リウムちゃんの四人を集めて温水洗浄便座の使い方を説明する。流石に実際に使って見せる訳にはいかないので、口頭で。

「――という訳なんだが、分かったか?」

「え~っと……」

「よく分からないけど……なんとか?」

 しかし、説明を終えても彼女達の反応は芳しくなかった。リウムちゃんが目を輝かせているだけだ。

 こればかりは言葉で説明しても分かりにくいかも知れない。

「……試してみるしかなさそうね。温水洗浄便座ってヤツを」

「だ、大丈夫ですか? クレナさま」

「心配しないで、ロニ。私、トウヤを信じてるから」

「それは、私も信じてますけど……」

「いや、そこまで大層なものでもないだろ」

 俺のぼやきを他所に、クレナとロニはやけに悲壮な雰囲気を漂わせている。

「それなら、私が……」

「ダメよ、リウム。何があるか分からないんだから。ここは、私が」

 そんな怖いものではないと思うのだが、それは俺達異世界人の常識だ。

 チラリとラクティの方を見てみると、彼女も困ったような笑みを浮かべている。

 闇の女神である彼女はこれが危険なものではないと分かっているが、大丈夫ですと断言できるほど理解している訳ではないのだろう。

 仕方がない。ここは黙って彼女達に任せる事にしよう。


 結局クレナが試してみる事になり、彼女一人でトイレに入った。

「ひゃぅん!?」

 扉が閉じられ、それから一分もしない内に聞こえてきたクレナのひっくり返った声。

 その直後、扉は勢いよく開け放たれ、中からパンツが半分ずり落ち掛けた状態のクレナが飛び出してきた。いや、上げ損ねているのか。

「ト、トトトトト、トウヤ! 何なの!? アレ、何なのよ!? ビックリしたじゃない!!」

「何なのと言われてもだな……『浄化』?」

「そーかも知れないけどッ!!」

「お、落ちついてください、クレナさま! ズレてます! 見えちゃいます!」

「とりあえず、落ち着いてパンツ穿け」

 ロニと俺で指摘すると、クレナは真っ赤な顔でトイレの中に戻り、身嗜みを整えてから再び出てきた。

「ま、まぁ、『浄化』の力だっていうのはよく分かったわ!」

 上ずった声でそう言う彼女の顔は、耳まで真っ赤だった。

「……使っていいの? ダメなの?」

「…………まぁ、いいんじゃない?」

 リウムちゃんがじっと見詰めながら問い掛けると、クレナは恥ずかしそうに視線を逸らしながら答えた。

 『無限バスルーム』の新しい力は、彼女達に受け容れられたようだ。

 色々と言いたい事はあるが、あまりツっこまず、『無限バスルーム』はより便利になったという事で、深くは考えないようにしよう。


 その後、ルリトラからの報告で、外側の奥の方にも公衆トイレのようなものが生まれている事が分かった。

 そちらは大小のサイズがあって、サンド・リザードマンでもケトルトでも問題なく使えるらしい。もしかして、仲間の事を考えてくれた、光の女神の気遣いなのだろうか。

 今夜夢で会った時は、感謝の気持ちを伝えねばなるまい。

『異世界混浴物語』特設サイトができました!

詳しくは活動報告をご覧ください。


http://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/332170/blogkey/1107481/

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