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異世界混浴物語  作者: 日々花長春
湾岸露天 古代海水の湯
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第70話 只今人力充電中

「寝る時に膝枕したら、私が寝られないじゃない」

「ですよねー」

 と言う訳でクレナの膝枕は、ロニ達が夕食の準備をしている間にしてもらう事にした。手を伸ばしてむにっとふとももをつまんでみると、すぐさまぺしっと窘められる。

 寝ながら話を聞いたところ、水の女神の神殿の調査は、芳しくなかったらしい。

 確かに漁師や船乗りの中に水の女神の信徒はいたのだが、このポリスには神殿も神官もなく、礼拝堂しか残っていなかったそうだ。

「そう言えば、ギルマン達なら何か知ってるかもって言ってたわ」

「ギルマンって、確か半魚人みたいな……」

 ユピテルで聞いた覚えがあるな。風呂に入らない亜人の例として。そうか、この辺りに住んでいるのか。

「でも、沖合の島に住んでるって話だから、まずはその『センスイカン』って言う船を手に入れる必要があるわね」

「水の女神の祝福はお預けか」

「て言うか、あのまま海に浮かべれば船として使えたんじゃないの?」

「あの形だと安定感がなさそうでな……あとまぁ、行動範囲が広がると言うのもある」

 MPを回復させたら魔水晶を起動させに行って、ノーチラス貝の生息地を聞き出そう。

 ひとまず今は休ませてもらうとしよう。少しでもMPを回復させないと。

 今日はロニ達も宿のキッチンを使って料理しているし、マークにも炎の祭壇を使うのは遠慮してもらっていた。ここぞとばかりにクリッサを手伝いに行っている。

 そんなロニ達は、久々に使うかまどに四苦八苦している。当然のことではあるが、文明の利器のシステムキッチンとは使い勝手が比較になるまい。

 そのまま目を瞑ると、クレナがそっと頭を撫でてくれた。こう言うのも悪くないな。

 しばらく安らいでいると、不意に腕を引っ張られる。

 その腕に掛かる重み。何事かと片目を開けてみると、そこにはリウムちゃんのココア色の後頭部と、その向こう側に本が覗いている。

 どうやら俺の腕を枕にして、寝ながら本を読んでいるようだ。

 空いている腕を彼女の腰に回して抱き寄せてみると、彼女は自分の方から俺に身を寄せてきた。せっかくだから、抱き枕にさせてもらうとしよう。

 ちなみに晩は、リウムちゃんとクレナを羨ましがったラクティとロニに挟まれて眠る事になったのだが、その時ラクティにギルマンについて聞いてみた。

「ええ、ギルマンに限らず、海には水のお姉様の信徒が多いんですよ!」

「ギルマンに……限らず?」

「はい! イルカさんとか、クジラさんとか!」

 水の女神信仰と言うのは思っていた以上に幅広く、ギルマンはもちろんのこと、イルカやクジラの中にも水の女神の信徒がいるらしい。

 特にイルカはこの近海でも見掛けられ『聖なるイルカ』と呼ばれているとか。

 真っ白な身体を持つ彼等は普通のイルカよりも頭も良く、水の神官魔法を使いこなすので、同じ水の女神信徒である漁師や船乗り達からは海の守り神と敬われているそうだ。

 沖合で釣り船が転覆してしまった漁師が聖なるイルカに助けられ、イルカ達の背に乗って港まで戻って来たなんて話もあるらしい。

 その話はちょっと気になると言うか、見てみたい。

 だが、それも潜水艦を完成させてからだ。まずはそちらに集中するとしよう。


 翌日、昼までゆっくり休んでMPを回復させた俺は、再びロンダランの研究所へと赴いた。船を見てみたいと言うので、今回は全員でだ。

 今度は吸い寄せられない範囲から光の精霊召喚を撃ち込んでMPを注ぎ込んでいく。

 本当に魔法を吸い寄せているようで、見当違いの方向に撃った魔法も、急カーブを描いて魔水晶に吸い込まれてしまった。魔法なら何でも吸い寄せてしまうらしい。

「これ、魔法の防御に使えません?」

「やるなら使い捨てになるが……高いぞ?」

 これならどんな魔法でも防げるのではと思ったが、そんな甘い話は無いようだ。

 大地の精霊召喚による土礫や、炎の精霊召喚による火球などでは、魔水晶が物理的に傷付いてしまうため、安全に吸収できる魔法が限定されているとのこと。

 魔水晶自体がかなり高価で希少な物らしく、気軽に使えるような物ではなさそうだ。

 回数を減らすために一回の精霊召喚にMPを注ぎ込み、魔水晶と同サイズの光球まで膨れ上がらせてから叩き込むこと数十回。

 ノズルの奥の魔水晶が一瞬強い光を放ち、そこでロンダランからストップが掛かった。ようやく魔水晶が起動したらしい。

「起動すれば吸い寄せる力も安定する。もう近付いても大丈夫じゃぞ」

「それじゃあ、ちょっと……」

 ずっと後ろで見守ってくれていたルリトラと、ロンダランと一緒に駆け寄って来たマークを連れてノズルの中に足を踏み入れる。

 ちなみにクレナ達はここにはいない。延々と魔法を撃ち込むのを見ているのは暇だったのか、買い物に出掛けてしまったのだ。

 パーティの役割分担である。寂しくなんかないぞ。

 それはともかく、ルリトラは不安だったのかすぐに俺を助けられるように身構えていたが、ノズルに入ってみても身体を引っ張るような力はもう感じなかった。

 試しに小さく光の精霊を召喚してみると、すぐに魔水晶に吸い込まれてしまったので、魔法を吸い寄せる力自体が無くなった訳ではないようだ。

 近付いて見ると、魔水晶は先程までよりも色が明るくなっている。

 いや、これは中に淡い光が灯っているのでそう見えるのか。顔を近付けてみると、中で光がゆらめいているのが見えた。こうして見ると、結構きれいな物だな。

 しばらく光のダンスを堪能してからノズルの外に出ると、ロンダランが訝しげな表情で問い掛けてきた。

「ところで、おぬしは平気なのか? 数時間、力任せに魔法を使いっぱなしだったが」

「これぐらいなら平気ですよ。吸い寄せられないならまだ行けます」

 MPは、まだ半分ぐらいは残っている。むしろ、数十回詠唱する方が面倒だった。

「昨日は相当MPを無駄に散らしたようだな……あれは事故のようなものだったから仕方ないとは言え、勿体ない……」

 それについては言われても困る。まぁ、ロンダランの方も身体が吸い寄せられる程の大量のMPと言うのは想定外だったらしいので仕方がない事なのだが。

「それより、まだ余裕があるなら他の魔水晶も起動してくれ」

「他にも使うんですか?」

「うむ、海に潜るのならば、他にも防御手段を講じねばならん」

「魔水晶って高価で希少なんじゃ……?」

「フン! 魔水晶起動の礼金は払わんが、こいつの代金も貰わん。差額で言えば、貴様らの方が相当得する事になるだろう……。

 その代わり! わしの全身全霊、全力全開に付き合ってもらうぞ!!」

 サッカーボール大の魔水晶を両脇に抱えて、フハハと笑うロンダラン。これはあれか、職人魂に火が着いたと言うヤツか。

 その後ろには魔水晶が山積みになった大きなカゴを抱えるマークの姿があった。お前、なに助手みたいな事やってるんだ。

 思わずルリトラと顔を見合わせたが、彼の方も目を丸くして、呆れた表情をしていた。

 しかし、本気で潜水艦を造ってくれると言うなら大歓迎だ。安全性を高めるためならば実験にだって付き合おう。

 魔水晶の起動には大量のMPを使うが、俺にとってはあまり痛手ではない。つまり、こちらのデメリットは少なく、上手く行けば得られるメリットは莫大だと言う事だ。

 問題は潜水艦が本当に完成するかどうかぐらいなので、彼が本気になると言うのは、こちらにとってのメリットだ。ローリスク、ハイリターン。これを断る術はあるまい。

「オーケー、やってやろうじゃないか」

 不敵な笑みを浮かべながら、ロンダランの抱えていた魔水晶を一つ受け取り――そこで俺の動きはピタリと止まった。

「トウヤ様、どうされました?」

「……いや、MPが吸い取られないんだが」

 手を触れたら勝手に吸い取ってくれるんじゃないのか、これは。

 首を傾げていると、ロンダランが説明してくれた。

「ああ、吸い取る力は魔水晶の大きさに比例するからの。そのサイズでは自分から吸い取る事はできまいて」

「……それじゃどうやって?」

「直接MPを注ぎ込むか――」

「いや、そこまで器用じゃないんで」

「――なら、先程のように光の精霊召喚を撃ち込めばいい」

 マークが抱えているカゴの中の魔水晶の数は十ではきかない。この全てに何度も魔法を撃ち込むのか。流石に面倒だな。

「……あ」

 ここでふと、ある事を思い付いた。

「はい、先生! 質問があります!」

「なんじゃい?」

 ロンダランが面倒臭そうな顔で振り返る。

「MPを使うギフトって、魔法扱いなんでしょうか?」

 しかしこちらの質問を聞くと、ピタリと動きを止めて視線をきょろきょろとし始めた。

「…………ギフト……初代聖王が持っとったとか言うアレか?」

「五百年前まで遡るの!?」

「初代聖王以外も持ってたら、トウヤ達召喚されてねーんじゃねぇの?」

 思わずツっこんだ俺に、更にマークがツっこんできた。

 言われてみれば確かにそうだ。こちらの世界にギフトを使える人間がいれば、わざわざ俺達を召喚する理由はない。

 この世界の人達にとって、俺達以前のサンプルになるのは初代聖王しかいないのだ。

「こればかりは試してみんことには分からんの。魔水晶が傷付くようなものでなく、MPによって発生している物ならば問題ないと思うが」

「傷付く……」

 それなら行けるかも知れない。

 俺は目の前に『無限バスルーム』の扉を開く事にした。潜水艦の積載量に関わってくるので、ロンダランに見せるのも問題はないだろう。

 しかし次の瞬間、俺の前に扉は現れず、代わりに背後から何やら音が聞こえた。

「あれ……?」

「にゃんの音?」

「後ろから聞こえました!」

 何事かと皆で顔を見合わせて揃って振り返ると、そこにはノズルの奥の魔水晶の表面に張り付いた扉があった。魔水晶の形に合わせているのか、真ん丸の扉だ。

 俺には分かる。形こそ違うが、あれは『無限バスルーム』の扉だ。

「……な、なんだあれは?」

 ロンダランも呆然としている。それはそうだろう。

「もしかして、魔水晶に吸い寄せられたのでは……?」

 そしてルリトラが自信なさげに呟いた言葉を聞き、俺は弾かれたように動き出した。

「中はどうなっている!?」

 慌てて扉を開き中に駆け込むが、幸い中の空間はいつも通りだった。玄関脇に飾ってあるソトバの剣も健在だ。

 外に出て閉めると扉は消え、再び出現させるとまた魔水晶に張り付く。

 魔水晶からある程度離れると、普通にその場に扉を出現させる事ができた。

「やはり『無限バスルーム』が吸い寄せられたのですな」

「中で閉じて確認してみる」

 今度は中で扉を閉じてみるが、こちらも問題は無かった。

 ただし、外側はいつもと違っていたらしい。

 普段は内側から閉めると扉が消えて、外部からは干渉できなくなるのだが、魔水晶に張り付いている状態だと扉がそのまま残ってしまうようだ。

「あの、閉じても扉が消えていませんでしたが」

 実際に外から扉を開けて、ルリトラが腰を屈めて入って来た。

「こいつが、お主のギフトか……」

 続いてロンダランがマークと共に入って来て、きょろきょろと中を見回している。その表情は驚きを隠せないようだ。ちょっと得意気になってしまう。

「扉が張り付いたのは、魔水晶のせいですか?」

「おそらくそうだろう。張り付いているだけで問題はなさそうだが」

「一つ聞きたいんですが……あの扉、本来は出現させた場所から動かせないんです」

「……フム」

「扉が張り付いた状態で()()()()()()()()()()()どうなると思います?」

 そう問い掛けると、ロンダランはニッと笑みを浮かべてこう答えた。

「動かんだろうな。()()()()()()()()。これはそう言う物だ」

 その答えに、俺は満足気に頷く。

 実は、船旅で『無限バスルーム』を利用するには一つ問題があった。

 開いた扉は動かせず、中から閉じた扉を再び開く時は閉じた場所と同じ場所で開くと言う『無限バスルーム』の性質そのものだ。

 そう、扉は船と一緒に動いてくれないのだ。

 そのため『無限バスルーム』を利用するには、どこかに船を停泊させる必要があったのだ。何故なら海上の船は、停まっていても潮の流れで動いてしまうからだ。

 そのため船旅では、船の貨物室と『無限バスルーム』を併用する事を考えていた。

 だが、災い転じてなんとやら。この魔法を吸い寄せる魔水晶の性質を利用すれば、船を動かしながら『無限バスルーム』を利用する事ができる。

 昨日はMPを吸い取られて酷い目に遭ったが、それも許せるぐらいの大きなメリットがこのオウム貝型の船にはあるのだ。俺にとっては。

 俺がこの船に出会えたのは幸運だったと言えるだろう。


「トウヤ様、魔水晶の方は?」

「変化無しだな。まぁ、中に入れるだけでMPを注ぎ込めるとは思ってない」

 ここは説明よりも行動だ。

 早速風呂場に移動した俺は、持っていた魔水晶を檜風呂に沈める。

「うわ、すげぇ!」

「えっ……にゃにこれ!?」

 風呂嫌いケトルトなので風呂場の入り口で足を止めて入って来なかったマークも、好奇心を刺激されたのか入って来た。そして浴槽を覗き込んで驚きの声を上げる。

 無理もあるまい。なにせお風呂の中の魔水晶がお湯を吸い込んでいき、少しずつ水かさが減っていっているのだから。

 ロンダランも、後ろから覗き込んで目を丸くしている。

「こ、これは一体……? ハッ! そうか! これがギフトか!」

 流石は水晶術師と言うべきか、ロンダランがすぐに何が起きているのかを理解した。

 そう、これが本命。俺のMPから生み出されるお湯だ。

 魔水晶は魔法を吸い込むように、お湯に込められたMPを吸い込んでいるのである。

 うん、まさかお湯ごと吸い込むとは思わなかった。いつか性悪キンギョを閉じ込めた時のように、込められたMPが無くなるだけだと思っていたのだが。

 お湯が無くなりそうになったので、慌てて蛇口を捻ってお湯を追加する。これを続けていれば、何度も魔法を唱えなくても魔水晶を起動する事ができるだろう。

 カゴに入っていた十個以上の魔水晶も全てお風呂に入れた。

 透明のお湯の中に沈む、いくつものサッカーボール大の球体。入浴するのに邪魔になるだろうが、その時は一旦どかせば良いだろう。

「ひとまずこいつらは預からせてもらいます。起動すれば大きい魔水晶と同じように中に光が灯るんですよね?」

「う、うむ、見れば分かるだろう。と言うか、こんな方法があったとは……」

「いや、これムリでしょ。ギフトが使えるトウヤじゃにゃいと」

 お湯の中を覗き込むマークの言う通り、これは俺にしかできない方法だろう。

 そう言えば、田舎ではこんな感じでスイカを冷やすと聞いた事があるな。

 とは言え、こちらではお湯を使っているので湯気がすごい。

 考えてみればお湯である必要はないのだ。蛇口から出る湯の温度を水まで下げてから俺はロンダラン達を連れて『無限バスルーム』から出た。

 このまま一旦持ち帰り、起動したら再び持って来れば良いだろう。


 それからロンダランと潜水艦に必要な機能はどんなものか、そしてそれらが実現できるかどうかについて話し合った。

 とりあえず水圧や深海のモンスター達の攻撃に耐えられなければならないだろうと言う事を伝えると、ロンダランは追加の魔水晶があれば何とかなると胸を張っていた。

 しばらく話していると、クレナ達が戻って来た。

「お待たせ~」

 皆、大荷物を抱えている。たくさん買い物をしてきたようだ。

「また大量だな。中に放り込むか?」

「そうね、お願い」

 俺、ルリトラ、マークの三人で荷物を引き受け『無限バスルーム』に運び込んでいる。

 一部の魚などはそのままロニとクリッサがキッチンの方に運んでいた。昨日のように港で買って来たそうだ。

 そしてクレナは一つの包みを大事そうに抱えている。

「何を買って来たんだ?」

「ノーチラス貝を獲りに行くんでしょ? その準備よ」

「準備って……何を?」

「これよ、これ。トウヤが魔水晶に魔法を撃ち込んでいる間に、ノーチラス貝の生息場所を聞いておいたの」

 そう言ってクレナは包みの中から取り出したのは――

「海辺でも必要になるでしょ。可愛いの買って来たから、期待してなさい♪」

――彼女の言葉通り、なんとも可愛らしい水着だった。

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