第69話 ロンダランの貝
あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いいたします。
「……落ち着きました?」
「……すまんな、若造」
結局、ロンダランを落ち着かせるのに十分程掛かった。
今も銀の串を手で弄ぶリウムちゃんの方をチラチラと見ながら怯えているようだが、おかげで普通に話せているので結果オーライである。
それにしてもどんな人だったんだろう、若い頃のナーサさんって。
「リウムちゃん、おいで~」
「んっ……」
せっかくなので、リウムちゃんを手招きして膝の上に座らせる。リウムちゃんは嬉しそうだし、ロンダランはおとなしくなるしで一挙両得と言うヤツだ。
そんな羨ましそうな目で見るな、ラクティ。帰ってからしてあげるから。
「先程勇者コスモスが運ばれて行きましたが、一体何があったんですか?」
「なんじゃ、おぬしもアレの仲間かい」
「……まぁ、知り合いです」
敵対してはいないけど、仲間かと問われれば否定したくなる。それが自称コスモス。
「こいつの魔水晶の起動を頼んだんだが……神官共と言い、どいつもこいつも情けない」
中央に占拠するオウム貝型の船体を叩きながら不機嫌そうに愚痴るロンダラン。
『魔水晶』と言うのは、水晶術師が作る道具の動力となるパーツだ。
リウムちゃんがいつも使っている『飛翔盤』にも拳大の魔水晶が付いている。船のサイズになると、どれぐらいの物が必要になるのか想像も付かない。
「起動させるにはMPが足りないって事ですか?」
「まだ三分の一も溜まっとらん」
「あ、一回でなくても良いんだ」
思っていたのと違うな。倒れるまでMPを吸い取るような物をイメージしていたが。
これは期待しても良いかも知れない。俺はステータスカードを見せて『女神の勇者』である事を説明し、ここに来た目的を彼に告げる。
「俺達は、海に出るために船を探しに来ました。それだけのMPを必要とする船……性能は期待しても良いんですか?」
「おっ? お、おう! もちろんじゃ!」
どこか上の空で答えるロンダラン。性能に自信がなくて焦っている感じではない。おそらく俺のステータスカードから飛び出しているMPの項目を見たからだろう。
「これは本当に船なのか? 貝のように見えるが」
「失礼なリザードマンじゃな。このデザインの良さが分からんとは」
「こんな形で……耐波性能は?」
「だ……大丈夫じゃ、多分」
ルリトラに対しては減らず口で返せるのに、リウムちゃんに対しては怯えが見える。
彼女の言う耐波性能の方に問題があるのかも知れないが、そんなに彼女が持つ銀の串と言うか、その背後に見えているであろう『銀の処刑人』が怖いのだろうか。
実際に上に登って見せてもらうと、上向きの貝の口は海に浮かべたらそこから波が入って浸水してしまいそうに見えた。二人が心配になるのも無理はない。
中はオウム貝の丸い部分が船室になっていて、なかなか面白い船だと思うのだが、やはり浸水してしまうと言うのがネックだ。海に出られない船では話にならない。
結局俺達の出した結論は、「起動してもこのままでは船として使えない」だった。
「これは期待外れ……」
「ダメなんですか? それじゃ別の船を探さないと」
「ま、待てい!」
リウムちゃんがシビアに判断、あまり理解してなさそうなラクティがそれに応じて踝を返すと、ロンダランが慌てて二人の前に回り込んだ。
年寄りとは思えない機敏な動きだ。俺程のMPの持ち主は逃せないのだろう。
その一方で俺は、巨大なオウム貝を見上げながら別の事を考えていた。
船を見詰める俺を見て頼みの綱だと思ったのか、ロンダランが助けを求めてくる。
「お主からも何か言ってくれ! 魔水晶を起動してくれるだけで良いんじゃ!」
「いや、それだけだと俺にメリットは無いですし」
振り返ってそう言うと、ロンダランは何やら考え始める。元々神殿などに仕事を依頼していた人だ。いくらぐらいの報酬を払うか考えているのだろう。
だが、俺が欲しいのは金じゃない。使える船が欲しいんだ。
「一つ聞きたいんですけど」
「なんじゃ?」
「この船、こんな形してるけど、上の口以外は浸水しないんですよね?」
「当たり前じゃ。こいつはノーチラス貝を集めて成形した代物じゃぞ。そこらの木造船なんぞ目じゃないわい。軽くて丈夫、造船の革命よ!」
ちなみに、ノーチラス貝と言うのは、この船をそのまま小さくしたような姿をしたモンスターらしい。ネプトゥヌス・ポリス周辺の海に棲息しており、海辺に現れるそうだ。
「水圧にも耐えられます?」
「もちろんじゃ!」
「でも、上から浸水して沈んじゃうんですよね?」
「うぐっ……!」
自信満々に胸を反らしていたロンダランに、ラクティの言葉が突き刺さった。
どうせならば同じ材質で普通の船を造れば良かったのにと思うが、そう言う事は考えなかったんだろうな、この人は。
それはともかく、それだけの材質ならばできるかも知れないアイデアが俺にはあった。
「これ、いっその事……潜水艦にできませんか?」
「…………」
その言葉にピタリと動きを止めるロンダラン。彼だけでなくリウムちゃん、ラクティ、ルリトラの三人も呆然とした表情でこちらを見ている。
そんなに変な事を言っただろうか。元々これに近い姿をしたオウム貝は海の中で生きているものだし、この船体も上の口から波が入るなら塞いでしまえば良いのだ。
「若造……」
「できませんか?」
「……『センスイカン』ってなんじゃい」
この世界の人間には「潜水艦」と言う言葉自体が通じなかった。
そうか。確かに無いよな、潜水艦。素潜り以外の潜水手段という発想が存在するかどうかも怪しい。
これは期待薄かと思いつつ知っている範囲で説明すると、ロンダランだけでなくリウムちゃんも目を輝かせ始めた。
「開閉可能なフタ……ウム、ウム、いけるぞ」
「中の空気の問題が……」
「むぅ……魔水晶がもう一ついるな」
さっきの怯えようはどこへやら、二人で船の改造について話し合っている。好奇心が恐怖を乗り越えたらしい。
ひとまず二人は放っておこう。その間に俺は、ルリトラとラクティを連れてもう少し詳しく船体を見てみる事にした。
特に気になるのは、この船の推進力だ。この船には帆らしき物がない。
何かあるのかと船体の後ろに回り込んで見ると案の定、そこにはロケットのノズルのような穴が開いていた。ここから何かを噴き出して船の推進力にするのだろう。
隣のルリトラがノズルの奥を見詰めて目を凝らす。
「奥にあるのが魔水晶でしょうか?」
中は薄暗いが、確かにノズルの奥を水晶らしき物が埋めているのが見える。
「だと思います。弱々しいですけど、力を感じますし」
「弱い?」
「大きさの割には、ですね」
「三分の一しか溜まってないからかな?」
もう少し近ければ何か感じ取れるかも知れない。そう考えた俺は、ノズルの端に足を掛けて中を覗き込んだ。
「うおっ!?」
次の瞬間、俺はノズルの中に引きずり込まれていた。
何かに引っ張られているのではない。これは吸い込まれている。
「トウヤさん!?」
ラクティが慌てて俺の方に手を伸ばすが、届かない。俺の身体は宙に浮き、勢い良く魔水晶に張り付いた。
「こ、こいつ……勝手にMPを……!」
自分の身体からMPが吸い上げられているのが分かる。
物凄い勢いだ。元々二割ほどをコスモスに譲渡して八割程度になっていたが、五割、四割、三割とみるみる内にMPが減っていっている。
「ルリトラ!」
「はい!」
腰を屈めてノズルの中に入って来たルリトラは、太い腕で俺を抱き上げ、力尽くで俺の身体を引き剥がし、そのままノズルの外へと運び出してくれた。
出た直後、騒ぎに気付いたロンダラン達と鉢合わせになる。
「何事じゃ!」
「それはこっちのセリフだ!」
叫ぶ俺のMPは、残り一割程度。頭がくらくらする。
水晶に張り付いていたのは時間にして数十秒だが、その間に半分以上のMPを吸い取られた。ルリトラの救出がもう少し遅かったら、コスモスの二の舞だっただろう。
何があったのかを説明すると、ロンダランは不思議そうな表情で首を傾げ始めた。
「確かに魔水晶にMPを供給すると一緒に身体も吸い寄せられるが、実際に身体を動かすとか聞いた事ないぞ? 手が少し張り付く程度だ」
「ホントか? MP足りないから罠を仕掛けたんじゃ……」
「トウヤ、ロンダランは嘘を言ってない。魔水晶はそう言う物……特に起動前は」
訝しげな顔をする俺に、リウムちゃんもフォローしてきた。
「あの……もしかして、トウヤさんのMPが大き過ぎたからじゃ?」
そこでラクティが一言。確かに、ルリトラは引っ張られている様子は無かった。
「原因はそれじゃろうな。見ておれ、わしは中に入っても引っ張られんぞ」
そう言ってロンダランは、自らノズルの中に入って行った。リウムちゃんもその後に続くが、こちらも身体を引っ張られている様子はない。
本当に、俺の大量のMPが問題だったようだ。まさか、こんな落とし穴があったとは。
「お主、すごいのう。まさか一人で八割近くまでMPを注ぎ込むとは」
「……まぁ、これでも魔法特化の勇者なんで」
普段はフルプレートな魔法の鎧で斧を振るっているが、一番得意なのは魔法である。
それにしても、俺にはコスモスに神官五人分のMPを合わせ、更に倍にした――いや、コスモスにMPを譲渡した事を考えると、それ以上のMPがあるのか。
「ものは相談なんじゃが、MPが回復したら、また来てこいつを起動させてくれんかの? 他にも魔水晶が必要になるかも知れんが、そいつも頼む。
その代わり、完成した暁には、こいつをお主にやろう」
「できるんですか? 潜水艦」
「わしを誰だと思っておる」
神殿前で神殿騎士にケンカを売っていたマッドサイエンティストです。
でも、こちらにリウムちゃんがいる限り、暴走はしないだろう。
ちなみに魔水晶へのMP供給は、光の精霊を撃ち込めば近付かずに済む。と言うか、魔水晶が魔法を吸い寄せるそうだ。
それならば魔水晶を起動させるぐらいは何の問題もない。
本当に潜水艦が造れるかどうかの問題があるが、賭としては十分だ。
「フタを作る分のノーチラス貝は足りますか?」
「船体の強化も考えねばならんから、もう少し欲しいところじゃな」
「生息地、教えて下さい。モンスターと戦うのは、修行にもなりますから」
「では地図を用意しておこう」
こうなったら良い船を造ってもらうために全面的に協力しよう。
「分かりました。そう言う事なら明日――いえ、明後日また来ます」
しかし、流石に疲れた。明日は一日休ませてもらう事にする。
「トウヤ様、大丈夫ですか?」
ルリトラが心配そうに声を掛けてきた。確かにちょっとフラついてきたな。
帰ったらラクティを愛でて、買った魚をロニに料理してもらい、リウムちゃんを膝に乗せて一緒に読書するのだ。
そして夜になったら、クレナのむちむちフトモモを枕にして寝るのである。
うん、疲れてるな、俺。




