第65話 激闘!なんでも鑑定団の罠!!
オークションについて、もう少し詳しく説明しておこう。
ここで行われるオークションは、おおまかに分けて二つに分かれるらしい。
定期的に行われている劇場型のステージを使った大型オークションと、毎日商品がある限り別の広間で行われている小型オークションだ。
事前にスタッフが商品を確認し、一定額以上になると判断された場合のみ、大型オークションに参加する事ができるそうだ。
このオークションハウスは、大型用の劇場が一つ、小型用の広間が五つあるらしい。
そのため玄関ロビーにはどこでどのオークションが行われているかを表示している巨大な掲示板があった。スタッフがせわしなく情報をリアルタイムで更新している。
見たところ大オークションは行われていないが、小オークションの方は盛況らしい。
「色々あるなぁ……」
「こう言うのって戦闘レイバーが持ち込んだりするからね。品の善し悪しは色々よ」
「掘ってきた宝石とか鉱石とか……原石のまま出品するのもいるらしい。師匠がアテナのオークションに時々参加してた」
リウムちゃんの故郷、アテナにもオークションはあるらしい。原石などは大した値は付かないらしいが、それでも普通に売るよりは良い値が付くそうだ。
俺もオークションの方が高く売れると言われてここに来たのだ。それと同じである。
「ほほぅ、宝石の原石は気ににゃるにゃ」
「鉱石か……良いヤツだったら買いたいにゃ」
順番にシャコバとパルドーである。
掲示板を見てみたが、今のところ宝石や鉱石の出品予定は無さそうだ。
「俺の出した剣はどこだ?」
「あちらですな。第五ホールのようです」
ルリトラが指差す先を見てみると、俺の出品した黄金の剣は、第五ホールでオークションに掛けられるようだ。順番は、あと三つほど後だな。
「外に遊びに行くには中途半端な時間ね……どうする?」
「せっかくだし、オークションを見学してみませんか?」
「そうだな。オークションってどう言うのか分からないし、先に見てみるか」
俺達は会場に向かう事にした。第五ホールはオークションハウスの二階だ。
大オークションのためのステージは一階、小オークションのための広間は二階にある。三階以降はホテルになっている。
こんな所だとサービスも良さそうだ。その分、宿泊費はお高くなりそうだが。
ちなみにハウス内は、武器の持ち歩きはできない。これは入り口で言われたので、ルリトラ達の武器は、既に路地裏でこっそり『無限バスルーム』の中に仕舞ってある。
第五ホールの扉を開けると、途端に中から熱気が噴き出してきた。怒声のような声が飛び交っている。中では白熱した競り合いが繰り広げられているらしい。
中に入ってみると、ホールの中央に人が集まっており、更にその中心には円形の柵と一段高いステージがあった。そこでオークションが行われているらしい。
そのステージから向かいの壁にある扉に向かって通路が伸びている。なるほど、出品された商品は、あの通路を通ってステージに運ばれるのだろう。
壁際には丸いテーブルと椅子が並んでいる。目当ての品が出てくるまでは、そこでくつろいで待つ事ができるようだ。スタッフがドリンクや軽食を運んでいる。
俺達も買う側で参加する気は無いので、順番が来るまで座って待つとしよう。席に着くとすぐにスタッフが寄って来たので、冷たいジュースとジェラートを注文する。
現在ステージ上にあるのは小さな丸テーブルの上に飾られたグリーンの宝石が散りばめられたネックレスだ。エメラルドだろうか。
よく見ると、完全武装の兵士四人がステージの周りを守っている。おそらくステージが低いのは商品がよく見えるようにするためで、兵士は商品を守るためなのだろう。
ステージ上では商品の隣に一人の男が立ち、オークションを進行している。
「なぁ、クレナ。あの二人はなんでケンカしてるんだ?」
気になるのは、ステージ間近で言い争っている二人の男。どちらも身なりは立派だ。
進行役はそれを止める素振りも見せなかったので、トラブルが起きたと言う訳ではなさそうだ。何事かとそちらを見ていると、隣のクレナが小声で話し掛けてきた。
「右は多分貴族、左が商人ね」
「どうして分かるんだ?」
「右の護衛を見てみなさい。装備が豪華でしょ?」
「……ああ、なるほど」
彼等はそれぞれ二人の護衛を連れており、クレナの言う通り右の護衛は豪華な装飾が施された騎士のような身なりをしていた。一方左の護衛は頑丈そうだが地味な装備だ。
「商人の方が、護衛については安く済ませようとして質実剛健に走る傾向があるのよ。成金趣味とかもいるから一概にそうだとは言い切れないんだけど」
「貴族で、ああ言う質実剛健な人ってあんまりいませんね」
「張らなきゃいけない見栄があるからね」
流石は元貴族令嬢とその従者。その辺りの知識はお手の物である。
「でも、あの右の装備。見た目だけで大して良い物じゃにゃいにゃ~」
「左の方も質実剛健じゃにゃいにゃ。ただケチにゃだけにゃ」
そしてこちらは鍛冶のプロであるシャコバとパルドーの意見。右の貴族は見栄を張っているだけで、左の商人はケチなだけ。どちらも実は無いらしい。
装飾品や細工物に強いシャコバに、ついでにもう一つ尋ねてみる。
「それじゃ、ステージ上のネックレスは?」
「古いけど細工は良い感じかにゃ? もっと近くで見にゃいとハッキリしにゃいけど」
悪くはないらしいが、距離があるため断言はできないようだ。
それなりに価値があるのだとすれば、貴族が伝来の品を売りに来たと言ったところだろうか。今は落ち目でお金が無いのかも知れない。
それにしても壁際までハッキリと二人の刺々しい罵り合いが聞こえてくる。
ジュースを飲みながら耳を傾けてみると、商人側の目的がおぼろげに見えて来た。
「なぁ、もしかしてあの商人って」
「多分、参加者の不安を煽って値切ろうとしてるんでしょうね」
「……悪い人なんですか?」
ラクティがピンクのジェラートをスプーンですくいながら呟く。彼女の隣では、リウムちゃんが黙々とミルク色のジェラートを食べていた。
「う~ん……悪いって訳じゃないわね、一応」
対するクレナは、ちょっと困ったような表情で答えた。一応オークションのテクニックの一つではあるらしい。もっと小さなオークションハウスだと頻繁に行われているとか。
ただ、ここのオークションは、金持ちの道楽としての側面があるため、ああ言うがめつい態度は周りから白い目で見られる事必至なのだそうだ。
あのケチ臭そうな商人がそれを知らないのか、白い目で見られても構わないから安く買い叩こうとしているのかは――おそらく後者だ。
周りの参加者達は既に白い目で彼を見ているが、それを気にも留めていない様子だ。その面の皮の厚さは相当なものであろう。もしかしたら常習なのかも知れない。
「……俺のオークションの時も、あいつが出てくるのか?」
「……多分」
見たところ、彼等のやり取りは商人の方が優勢だった。勢いがあり、口も達者だ。
あれに対抗できるとは思えない。正直遠慮したい。これ、スタッフに任せてここに来ていなかったら、不安を煽られまくって安く買い叩かれていただろうな。
この場にいても防げるかどうか微妙なところだ。胃が痛くなってきた。
「クレナとシャコバで対抗できるか?」
「……知識ならそれなりに?」
「あの勢いに対抗できるかにゃ~?」
クレナもシャコバも、商人の口の上手さに対抗する自信は無いようだ。参ったな。一旦取り下げて別の日に出品し直すべきだろうか。
そんな事を考えていると、二人連れの男が俺達に近付いて来た。
「おや、トウヤ殿。お久しぶりですなぁ」
「ん? あ、コパンさん!」
そこに立っていたのは、商人のコパンと彼に雇われたヒゲ面の戦闘レイバーだった。以前会ったのはヘパイストス・ポリスに入る前だっただろうか。
「あれ? 二人だけですか?」
「ああ、残りの三人はお休みです。ここでは護衛の必要性は薄いですからね」
そう言ってコパンは、太鼓腹を揺らしながら笑う。
隣のヒゲ面がそっぽを向きながら「だったら俺も休ませてくれりゃ良いのに……」と呟いていたが、誰も連れていないと言う訳にはいかないのだろう。
他の三人は別の宿で豪遊しているが、それでもここに泊まらせるより安上がりだとか。そして一人仕事中のヒゲの人も、ここに泊まれる分、三人より贅沢しているらしい。
仕事と言っても後ろを付いて歩くだけなので、半分休んでいるようなものとの事だ。
コパン達は隣のテーブルから椅子を持って来て、俺達のテーブルに入って来た。
「トウヤ殿は、参加者としてこちらに?」
「いや、一品売りに来たんだが……引っ込めようかと思っていたところだ」
俺がそう言うと、コパンさんも例の二人の方を見て、ああと納得顔で相槌を打った。
「ところでコパンさんは、あのネックレスどう見ます?
実際、あそこまで言われる程悪い物だと思いますか?」
「まさか! あの家、ポレ家って言うんですけどね。今は落ち目ですけど、その歴史は古くて、この港街ができた頃からあったって言われているんですよ。
その家が持ち出してきた先祖伝来の品とくれば、それ相応の物だと思いますよ、私は。
ただあの男、常習なんですよね。海辺エリアに店を構えてるんですけどね。安く買い叩いて、自分の店で高く売る。そう言う商売をやっている男なんです、はい。
そう言う事をやっていると巡り巡って自分の首を絞めると思うんですけど、そこまで考えられないと言うか、目先の小金が大事と言うタイプなんですよ。
口が上手い人なんで、このままだと値が下がってしまいそうですねぇ。
安くなった分買おうとする人は増えるでしょうし、私の経験上一割から三割ダウン程度で落札されるんじゃないかな~と」
「な、なるほど……」
勢いよくまくし立ててくるコパンさん。相変わらずおしゃべりな人だな。
身を乗り出してきたコパンさんに少し引き気味でいると、彼はそれを意に介する事なく更に一歩踏み込んできた。
「よろしければ、トウヤ殿の品が出た時は私がフォローしましょうか?
いえいえ、お礼なんて。売値の一割で結構ですよ!」
面の皮の厚さって、商人の必須スキルなんだろうか。
だが、冷静に考えてみれば彼の申し出も悪くはない。
元々売値の一割は手数料としてオークションハウスに支払うのだ。更に一割コパンさんに渡したところで八割は手元に残る。値切られなければ十分に元は取れるだろう。
何より、あのケチ臭そうな商人に好き勝手させておくのは気に入らなかった。
「コパンさん……あれ、今から逆転できます?」
「できなくもないですが、契約している訳ではありませんからなぁ」
「俺の出品したヤツが出てくる前に、あいつとコパンさん、どちらの言葉に説得力があるかを皆に見せて下準備しておく……って言うのはどうです?」
「ふむ? まぁ、楽にはなるでしょうな」
「実は俺達、他にも三十個程用意しているんですけど、これが上手く行ったら全てコパンさんにお任せしますよ。お礼は全ての売値の一割で」
「では、いってまいります!」
そう言うやいなや、コパンさんは太った体型とは裏腹に軽い足取りでポレ卿と言うらしい貴族に近付き、親しげに声を掛けた。
「お久しぶりですなぁ、ポレ卿」と言う言葉に始まり、戸惑うポレ卿を他所にポレ家の歴史について語り始める。
ケチな商人も口を挟もうとしたが、コパンさんの勢いがそれを許さない。
そのまま出品されているネックレスを「とうとう手放す気になりましたか! これは見逃せませんなぁ!」と持ち上げ始めた。
コパンさんの話は当然ホールにいる他の参加者達の耳にも届き、皆がざわざわと騒めき始める。こうなるともう、ケチな商人にはどうしようもなかった。
「では、オークションを開始いたします!」
ここぞとばかりに開始を宣言する進行役。さてはタイミングを見計らっていたな。
売値の一割が手数料としてオークションハウスに入るので、彼等としても高く売れるに越した事はないのだろう。
皆がこぞってネックレスを求めて値を吊り上げていく様を、ケチな商人は悔しそうに見ていた。帰る様子はないので、次のオークションにも参加するつもりだろう。
「いやぁ、上手く行きましたなぁ」
そんな熱気を背にコパンがテーブルに戻って来た。先程ポレ卿と握手をしていたが、おそらくお礼を言われていたのだろう。礼金を要求したなんて事は流石に無いと思いたい。
「随分と親しげだったけど、ポレ卿とは知り合いだったのか?」
「いえ、初対面ですよ?」
何事もなかったかのような表情でしれっと言うコパンさん。
商人と言う人達は、俺が思っている以上に怖い存在なのかも知れない。
その後もケチな商人は、次の品も値切ろうとしてきたが、コパンさんがそれを撃退。
俺の出品した黄金の剣は「『女神の勇者』がハデス・ポリスの魔王城から持ち帰った財宝」と進行役が発表し、参加者達は今まで以上に騒めきだした。
「ま、魔王城なんて! そんなどこにあるかも分からない物はでたらめだ!」
「『空白地帯』にあるそうですよ? 実際に行ってきた勇者様がこちらにおわします」
「そ、その勇者と言うのが本当かどうか……!」
「こちらのトウヤ様は、ヘパイストス王家から『火の山の勇士勲章』、『ドラゴン・スレイヤー勲章』、『黄金のネコミミ勲章』を授かっておりますが?」
「だからと言ってハデス・ポリスとやらの話が本当とは……!」
「こちらにおわすトウヤ様は、同じく魔王城から持ち帰った財宝をヘパイストス王家に献上したそうです。あなたはヘパイストス王家が騙されたとでも言うのですか?」
「ぐっ……ぬぅ……!」
正に快刀乱麻を断つが如しである。
実を言うとこのオークションへの出品は、歴史から抹消されたハデス・ポリスに関する情報を広める意味もあったりする。
そう言う意味ではこの妨害も、良い方向に作用してくれていると言えるだろう。
正直、出品したオークション全てでこんな胃の痛くなるようなやり取りを繰り返す事になるのかと辟易していたが、コパンさんならば上手くやってくれそうだ。
残りの品のオークションは、全て彼に任せる事にしよう。




