第64話 堪能ネプトゥヌスの味
活動報告の方でも報告しましたが、『異世界混浴物語』のイラストは、はぎやまさかげ先生に担当していただく事になりました。
翌日、俺達一行は神殿を出る事にした。別に光の神殿と仲違いした訳ではない。
単に飽きたのだ。変わり映えしない神殿の客室に。
どうせなら異国情緒溢れる宿をと言う事で、神殿には調べ物があると言って出る事にした。水の女神の神殿についても調べたいので嘘は言っていない。
このポリスは、高台エリアと海辺エリアの二層構造になっている。
海から攻めて来るモンスターや海賊に備え、光の神殿を始めとする富裕層の屋敷などは全て高台の上にあるそうだ。やっぱりいるのか、海賊とか。
陸からの攻撃は街をぐるっと弧を囲む外壁で、海からの攻撃は高台の地形で守る。なるほど、これほど安全な場所はそうそうあるまい。
昨日毛皮などを売りに行ったクレナ達も、外壁近くにある陸路交易のための交易所を利用したらしく、オークションハウスは正反対だったので噂を集めるだけに留めたそうだ。
交易所で聞いた話によると、このポリスでは陸より海の交易の方が重要視されているらしく、商人などは多少の危険は承知の上で海辺エリアに大きな商館を構えているらしい。
オークションハウスは、高台エリアの富裕層に加えて、そう言う海辺エリアの有力商人も大事なお客様なため、二つのエリアの境目付近に建てられているそうだ。
建っているのは高台側である。これは富裕層の中に海辺エリアに降りるのを嫌がる人がいるからだとか。商人の方は、儲けるためなら高台に登るぐらい厭わないと言う事か。
「ん? なんだ?」
神殿を出ようとしたところで、正門の方から何やら声が聞こえてきた。
「だーかーらー! 我々はもう、あなたには協力できません!!」
正門の方で誰かがモメているらしい。何事かと近付いてみると、ぼさぼさの長い髭を生やした枯木のように細い老人が、神殿騎士達に食って掛かっていた。
「なんだと!? それが神官の態度か!?」
「神殿騎士ですッ!」
「だったら神官を出さんかい! 金は払うと言っとるだろうが!!」
今にも折れてしまいそうな外見とは裏腹に、やけに威勢が良い。
その老人は、やけに煤けたローブを着ていた。その雰囲気はアレだ。「マッドサイエンティスト」だ。髪型も爆発している辺り、いかにもそれっぽい。
近くにいた神官に尋ねてみると、その人は老人を見て「あ~、また来たのか……」と露骨に嫌そうな顔をした。
詳しく話を聞いてみると、老人は、このポリスに住むロンダランと言う水晶術師らしい。
先月、発明品の実験をしたいので神官の力を借りたいと依頼してきたので三人の神官を派遣したところ、三人とも昏睡状態で神殿に担ぎ込まれたそうだ。
しかも、その内の一人はいまだに回復していないとか。
ロンダランは神官達の実力不足だと文句を言い、神殿も負けじとロンダランの発明品が危険だったと反論。それ以来両者の関係はご覧の有様らしい。
「ああなると長いですからねぇ。こちらへどうぞ。裏口に御案内します」
「今日が初めてじゃないのか……」
しょっちゅうやっているのか、あれ。
正門は通れなくもなさそうだが、ロンダランの勢いを考えると、近付くだけで巻き込まれてしまいそうなので、俺達は神官に案内されて裏口から出させてもらう事にした。
そしてそのまま神殿の前を通らないよう、川沿いにオークションハウスへと向かう。
荷物は必要な物はルリトラに背負ってもらい、残りは『無限バスルーム』の中だ。
細い道が多いこのポリスでは、馬車で移動できる道が限られてしまうので、馬車は陸路交易所の方で預かってもらっている。
ケレスから砂漠と荒野のハデス、火山帯のヘパイストスと、過酷な環境を旅させてきたので、ここらでゆっくりと休んでもらうとしよう。
川辺の道に軒を連ねる青い壁の高級住宅街。せせらぎの音を聞きながら抜けていく。本当に、目にも耳にも涼しげな街である。
それにしても、川岸に手摺りが無いのが驚きだ。住宅、道、川と遮る物が何もない。
道行く人達は先頭を歩くルリトラの巨体を見て、ぎょっとした表情をしていたが、すぐさま興味を失った様子だった。
今の俺の格好は、クレナが選んだそれなりに上品な余所行きの服装で、腰にはシャコバ製の剣を佩いている。高級住宅街を歩いても不審がられない程度の出で立ちだ。
ルリトラとパルドーを除く他の面々も同じような格好をしており、ラクティにいたってはメイド服姿。武装したままの二人は、護衛の戦闘レイバーだと思われたのだろう。
ちなみにマークは、クリッサの護衛をして彼女に格好良い所を見せようとしていたようだが、クリッサに押し切られる形で良い所のおぼっちゃん風になっていた。
そのまま特に見咎められる事なくしばらく進んで行くと、高台の端に辿り着いた。
「街の中に滝があるのか……」
高台は結構な高さがあり、川は滝になって海辺エリアに落ちている。
下の方は流石に住宅街ではなく広場になっているようだ。二層の街をつなぐ滝の白糸。こんな光景、元の世界ではそうそうお目に掛かれないだろうな。
それから高台の縁に沿って進んでいくと、大きな広場に辿り着いた。
高台の縁以外の三方を建物に囲まれた憩いの広場であり、その内の一辺を丸ごと占めているのがオークションハウスだ。
食事の屋台などが軒を連ね、大道芸人の姿もちらほら見える。大勢の人が集まり広場はお祭のような賑わいを見せていた。
今日が特別な日と言う訳ではなく、ここはいつもこんな感じらしい。
この光景を見るだけでも、ネプトゥヌス・ポリスの繁栄振りが伝わってくる。
どこからともなく軽快な音楽が聞こえてきた。大道芸人がいるのかと辺りを見回してみたが、見付かったのはカラフルな装飾に彩られた屋台だった。
どうやらそれは屋台サイズの移動式オルゴールらしい。大道芸の一種のようだ。周りに小さな子供達が集まって楽しそうに踊っている。
それを見たラクティは、目を輝かせてうずうずし始めた。
「あ、あの、私達も行ってきて良いですか?」
「ん、ああ、行ってこい行ってこい」
俺がそう返事するやいなや、ラクティはクリッサとロニの手を取って一緒に駆け足でオルゴールに近付き、子供達に混じって踊り出した。
マークは、クリッサの事が気になってか二人の後を付いて行ったものの、ダンスには参加せずに近くで見守っている。
子供達は初めて見るであろうケトルトとリュカオンに一瞬驚いた様子だったが、すぐに可愛らしい白猫少女を受け容れたらしく、皆で輪になって踊り出す。
と言うか、上手いなクリッサ。ダンスには詳しくはないが、尻尾でリズムを取りながらエプロンドレス姿でステップを踏む姿が、すごく様になっている気がする。
あ、マークがクリッサに手を取られて輪の中に引きずり込まれた。
そのまま済し崩しに踊りに参加させられたようだ。面白くなさそうな表情だが、満更ではなさそうだ。クリッサと手をつないで踊っているからな。気持ちは分かるぞ、マーク。
そんな二人をパルドーとシャコバはニヤニヤと笑みを浮かべて見守っていた。そっちの気持ちも分からないでもないが、そこはもう少し温かく見守ってやれ。
ルリトラを見ろ。黙って立っているが、よく見ると目が優しげだぞ。
それにしても、ラクティもロニも楽しそうだ。見ているだけで楽しくなってくる。
周りの人達も子供達のダンスに気付き、オルゴールはにわかに注目を集め出した。
他の子供達もダンスの輪に加わり、観客の少なかった大道芸人のダンスグループも、ここぞとばかりに飛び入り参加する。
「リウムちゃんも行ってみるか?」
「……いい」
リウムちゃんを誘ってみると、彼女は小さな声で断って俺の腰にしがみ付いてきた。これだけ注目されてる中で踊るのは恥ずかしいようだ。
「見てるだけでも楽しいよね~」
するとクレナがリウムちゃんの隣に来て、彼女の頭を軽くなでる。そんな彼女もロニ達のダンスを楽しそうに見守っていた。
そんな楽しい時間もオルゴールの終了と共に終わる。
戻って来たラクティ達を「上手だったぞ!」と思いっ切り褒めてやりつつ、大道芸人達にはチップを弾む。特にオルゴールの主は、降って湧いた臨時収入にほくほく顔だった。
そして俺達はオークションハウスに入る前に、少し遅めの昼食を済ませる事にする。
屋台で様々な具を乗せた大きなバゲット――と思いきや、それは大きなマッシュルームをスライスして、パン粉をまぶして揚げた物だった。
本当にキノコなのかと思って実物を見せてもらったが、店員が調理台の下から抱え上げたそれは大人の頭よりも一回り大きな塊。
巨大キノコを肩に担いだ店員は、笑いながら「旅人さんかい?」と尋ねてきた。
このキノコ、鉤爪半島の特産品なのだとか。そのため他所から来た旅人が、キノコだと信じられずに尋ねてくるのはよくある話らしい。
海に囲まれた港街と言う印象があるが、考えてみれば海と海の間に半島があり、山もあるのだから、山の幸があっても不思議ではない。
聞けば山の手の方に行くと牧畜が盛んで、生ハムやチーズなども美味しいそうだ。見ればマッシュルームフライの上にもそれらが乗っている。
かぶり付いてみると、本当に肉厚で、意外とジューシーで、キノコとは思えない程食べ応えがあった。ルリトラなどは二つ頼んでペロリと平らげている。
目を引いたのは「花のフライ」だろうか。花にチーズと塩漬けの魚を詰めて揚げた物なのだが、サクッとしていて意外と美味しく、口の中にふわっと花の香りが広がった。
それ以外にも大きな巻き貝の壺焼きや、酸味が爽やかな果物のジュースなどを買った。貝は高台エリアの方が高く売れると、わざわざ港から運んで来ているらしい。
やっぱり魚介類も美味しいな。夜はシーフードが美味しい店を探してみよう。
バラエティ豊かな昼食を終えた俺達は、改めてオークションハウスに足を向けた。
その外観は豪華な歌劇場を彷彿とさせる佇まい。傍から見れば熱気溢れるオークションはショーのようなものなのかも知れない。
中は更に豪勢で、玄関ロビーの壁は上方にフレスコ画が描かれている。
この国の歴史を表しているらしいが、このオークションハウスが建てられたのは二百五十年前の話だそうなので、光の女神信仰が強くなった後の歴史だろう。
そんな玄関ロビーはオークション参加者であろう人達がたむろしていた。
「人が多いな……」
「商品が途切れない限り一日中やってるものだからね、オークションって」
「……ここが特別でなく?」
「ユノでもそうだったわ。伯父様に連れられて一週間泊まり込んだ事あるし」
「……どこに?」
「オークションハウスよ。ここもホテルになってるんじゃないかしら?」
「向こうにレストランがあるにゃ」
ここはオークションハウスであると同時に、この国有数の高級ホテルでもあるらしい。
シャコバが指差した先にあった玄関ロビー脇のレストランは、いかにも高級店でマナーなどにもうるさそうな店だった。うん、外の屋台で済ませて良かったな、昼食。
やはりここの利用者は上流階級が主なようで、最初に応対してくれた職員も俺が売る方で参加したいと言うと、露骨に不審そうな顔をした。
ヘパイストスで授与された勲章を見せたら、これまた露骨に態度が変わったが。
「なんなんですか、あの人は!」
そんな職員が去った後、彼の態度にぷんぷんしたのはラクティ。俺は普段上流階級を相手にしている人らしいから、あれぐらいで目くじらを立てる事はないと思ったが。
「それなりに良い格好してたから小金持ちのお坊ちゃんかと思ったけど、違ったから態度を変えた。そしたら思いの外大物だったから、更に態度を変えたってところね」
クレナによると、戦闘レイバーが遺跡探索などで手に入れた財宝を持ち込む事があるらしい。おそらく俺達もそう言う類だと思われたのだろう。
「手の平返しまくりですな」
「くるくる回転……」
ルリトラ達も最初は憤慨していたようだが、その後の態度変化に溜飲を下げたようだ。
「まぁ、あんにゃ小者に怒っても仕方にゃいにゃ」
俺と同じ反応だったのはシャコバ。髭をいじりつつ余裕の態度を崩していなかった。
それはともかく、様子見に一品出品してみよう。
ハデスで手に入れた財宝の全てを売るつもりはない。宝石類などどこでも換金できそうで、かつかさばらない物は『無限バスルーム』に仕舞っておくつもりだ。
売るのは装飾品である武具とか、手入れの難しい芸術品などである。
あらかじめルリトラに背負ってもらっている荷物に、黄金造りの剣を入れておいた。
さて、これがどれぐらいの値で売れるのか。ちょっとわくわくしてきたな。
こうして俺の最初のオークションが幕を開けた。もっとも、それがあんな厄介事を呼ぶとは流石に想像していなかったが。




