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異世界混浴物語  作者: 日々花長春
湾岸露天 古代海水の湯
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第62話 目にも鮮やかなブルー

 緩やかな山道をガタゴトと音を立てながら馬車が進む。

 『火山と鍛冶の国』ヘパイストスを旅立った俺達は、半月程の旅を経て大陸の南東部に位置する半島の入り口まで辿り着いていた。

 周りを見てみると、南国風の木々が青い空を背景に涼しげに揺れている。

 季節は夏真っ盛りだが、日本のような肌がねばつくようなじっとりした感じではない。こうして山道を進んでいると、木陰のおかげか蒸し暑さは感じない。

 こうして森林浴を楽しみながら山道を歩いていると、この世界に来て良かったとすら思えてしまう。俺は熱いお風呂は好きなのだが、暑いのは苦手なのだ。

「ふんふん……潮の匂いが濃くなってきましたね」

 俺の隣を歩いていたリュカオンの少女ロニが鼻をぴくぴくとさせる。

「言われてみれば微かに……よく分かるな」

 濃い緑の匂いに混じって、微かに潮風の匂いが感じられる。これは言われなければ気付けなかっただろう。流石は狼型の亜人リュカオン、鼻が良い。

「偉いぞ、ロニ」

「えへへ……」

 頭を撫でてやると、蕩けそうな表情になって髪と同じカスタードクリーム色の毛並みの尻尾をブンブンと振りまくる。こう言うところは狼と言うより子犬のようだ。


 この大陸の南側には東西にそれぞれ一つずつ半島がある。東側の小さな半島と、西側の大陸南側に蓋をするように東側まで弧を描いて伸びる大きな半島だ。

 聞けば東側半島の南端から西側半島が見えるらしい。その大きさは相当なものである。

 その地形から東側は「鉤爪半島」、西側は「竜尾半島」と呼ばれ、二つの半島に囲まれる形の内海は比較的に穏やかな海で、南側の街々に豊かな恵みをもたらしていた。

 この山を越えれば東側の鉤爪半島。『海と商人の国』ネプトゥヌスである。

「ほんの少しだけ、水のお姉様の力を感じますねぇ」

 馬車の御者台からラクティの声が聞こえてきた。一見小柄なメイドに見える彼女は、実は六柱の女神姉妹の末妹、闇の女神だ。そのため他の女神の力を感じ取る事ができる。

 たとえばその地でどの女神が、どの程度信仰されているかも、すぐに分かるらしい。

「少ししか感じないのは、この地で主に信仰されているのが光の女神だからでしょうね」

「この先のネプトゥヌス・ポリスにも、大きな光の神殿がある」

 馬車の向こうからクレナとリウムちゃんが顔を覗かせて説明してくれた。

 ポリスは内海側にあるそうだが、今は水の女神信仰が廃れてしまっているようだ。

 そう言えばかつての風の女神信仰の総本山であるアテナでは、風の神殿は形骸化した抜け殻しか残っておらず、本物はとうの昔に国を追われていたとか。

 ネプトゥヌスを訪れた主な目的は光、大地、闇、火に続いて水の女神の祝福を授かる事なのだが、この様子では一筋縄ではいかなさそうだ。

「にゃにを感じるにゃ?」

「にゃにも感じにゃいけどにゃー」

 馬車の中で休んでいたはずのパルドー、シャコバ、それにつられてクリッサ、猫の顔をしたケトルト三人が鈴なりになって御者台の脇から顔を覗かせる。

「にゃにやってるんだ……ラクティの邪魔ににゃるだろ」

 馬車の後方を歩いていたシャコバの息子マークが、見かねて声を掛ける。

「ごめんにゃさい、マー君……」

「あ、いや、クリッサじゃにゃくて……」

 しかし彼に謝ったのは、父シャコバではなくパルドーの娘クリッサだった。彼女はケトルトの中ではとびきりの美少女らしいので、しゅんとしている姿はさぞや効く事だろう。

 俺からは見えないが、マークがしどろもどろになっている様子が目に見えるようだ。

 マークに言われて中に引っ込んだ父親二人も、きっとニヤニヤと笑っているだろう。

 幼馴染みで姉弟のような関係の二人なのだが、恋する少年は大変である。


「あ、トウヤ。見えてきたわよ、ネプトゥヌス・ポリス」

 クレナの声に釣られて前方を見ると、森と平原の緑、海の青のはざま、もう一つの鮮やかな青が眼下一杯に広がっている光景が目に飛び込んで来た。

 思わず足を止め、その雄大な光景にしばし見入る。

 森とは鮮烈な対照を描く鮮やかなブルー。それがこの街を見た第一印象だった。

 淡い青色をした街並みは大海原。貝殻を思わせるパールホワイトが随処を飾り、砂浜のような淡い色の地面がアクセントとして引き締める。

 海と調和し、海に生きる。そんな印象の街、あれがネプトゥヌス・ポリスか。

 街は巨人が砂遊びで削りとったかのような弧を描く海岸線沿いに作られており、街の青と相まってまるで海の中にあるように見える。本当にそうなら竜宮城だ。

 そんな俺の考えを察したのか、クレナが悪戯っぽい笑みを浮かべて近付いてくる。

「海に沈んでるとか思ってるでしょ? 実は私も思ったわ」

「ああ……なんであんな色なんだ?」

「深い意味は無い……あれは、この辺りで採れる『ハイドラン石』を建材に使っている」

 俺の疑問には、クレナの腰にしがみ付いたリウムちゃんが答えてくれた。ハイドラン石は水のような淡い青色をした石で、この辺りではポピュラーな建材なのだそうだ。

「あの街は貿易が盛んでね、船がぐるっと大陸を回って北方とも貿易してるの。

 その分お金持ちも多いし、オークションも盛んだって話だから、ハデス・ポリスで手に入れた財宝を売るならここが一番のはずよ」

 なるほど。財宝だけ持っていても仕方がない。一部は手元に残すつもりだが、それ以外は売って、まとまった金に換えてしまおう。


「で、そろそろ出発しようかと思うんだが……大丈夫か?」

「……なんとか。潮の香りと言うのがキツいですな。すぐに慣れるとは思いますが……」

 ずっと無言だった前方のルリトラに声を掛けると、彼は気怠そうな声で答えた。

 サンド・リザードマンも鼻は良いのだが、どうやら潮風の香りが苦手なようだ。ずっと黙っていたのは、そう言う理由だったのか。

 こればかりは仕方がない。早く慣れてもらうしかないだろう。ルリトラを励ましつつ、俺は麓に向けて足を進めた。

 潮風の香る青い港、ネプトゥヌス・ポリス。

 大陸中から商人達が集うこの街が、俺達の新しい冒険の舞台である。

今回は新章プロローグなので短めです。

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