第60話 魔将の隠れ家
この度、第1回オーバーラップ文庫WEB小説大賞 読者賞を受賞いたしました。
投票してくださった読者の皆様のおかげです。本当にありがとうございました!
担当編集の方と初めての打ち合わせをしましたが、ハッキリした事はまだ何も決まっていない状態です。
何か報告出来る事があれば、ここか活動報告でお知らせいたします。
パルドーさん達がドラゴンから得た素材の処理を終え、俺自身もゆっくり休んだ後、更に一日半程進んで俺達はようやく目的地に辿り着く事が出来た。
岩棚は切り立った崖のようになっており、とてもじゃないが徒歩では登れそうにない。
そこで俺は、『大地の精霊召喚』で足場を作り、皆で乗ったそれを上へと移動させると言う方法を使った。
そして辿り着いた岩棚の上に広がっていたのは、文字通り枯れ果てた光景だった。
ガスの影響かどうかは分からないが、岩棚の縁をぐるっと囲むように生えた木々が全て枯れてしまっている。
そして枯木の輪を抜けると、砂と大小様々な石の向こうに魔将の隠れ家だと思われる建物が姿を現した。
遠くから見た時は大きさがよく分からなかったが、思っていたより小さい。岩棚の上に建つそれを見た時の俺の第一印象である。
岩棚自体はそれなりの大きさがあるので余計にそう感じる。
やけにこじんまりした小屋と、その向こうの少し大きな建物。これなら二つ合わせてもパルドーさんの屋敷の方が大きいんじゃないだろうか。
そして枯木の輪と建物の間にある砂と石。もしかしてこれは庭ではないだろうか。
「枯れ果てた『枯山水』……」
「……カレサンスイ?」
「なにそれ?」
俺の腰にしがみ付いていたリウムちゃんと、隣に立っていたクレナが尋ねてくる。こちらの人間には通じないか、「枯山水」は。
「水の無い庭の事で、砂を水面に見立てたりして風景を再現しているんだよ」
俺も詳しい訳ではないので、簡潔に説明しておいた。
するとルリトラが、枯れた庭園を見回しながら訝しげな表情をする。
「……これは庭なのですか? 自分には荒野にしか見えないのですが」
うん、『空白地帯』出身のルリトラなら、そう見えるのも仕方がない。俺も似た風景を挙げろと言われればトラノオ族の集落周辺の風景を挙げている。
日本人の俺だから枯山水だと気付けたが、この世界の人達から見れば、適当に石が並べてあるだけの殺風景な庭――いや、庭である事が分かるかどうかも微妙である。
「あの、トウヤさま。その『カレサンスイ』って、もしかしてトウヤさまの……」
「ああ、故郷のだ。日本庭園だな」
おずおずと尋ねてくるロニに俺は肯定の返事をする。
そう、これは一種の日本庭園だ。五百年前の日本から召喚された魔王や『五大魔将』であれば、知っていても不自然ではない。
まさか異世界のこんな僻地に日本庭園を造っているとは思わなかったが。
「砂が水なら……石は陸?」
「そんな感じだろうな」
意外と理解を示したのはリウムちゃんであった。
彼女の言葉を聞くと、他の面々もなるほどと何やら納得した様子になる。
特にパルドーさん達ケトルト三人の目の色が明らかに変わっていた。「異界の技法」と言うものに興味を抱いたのかも知れない。
そんな中、一人どこか怯えたような表情になっているのはラクティ。左側はリウムちゃんがいるので、右側に回って俺の腰にしがみ付いてくる。
「あの、そうなると、ここに住んでいるのはやはり……」
「魔将だろうな。『五大魔将』の誰か」
上目遣いで俺を見詰めるラクティの瞳に怯えの色が見えた。
彼等『五大魔将』と魔王アマン・ナーガこと織田信長は、闇の女神の神官である『仮面の神官』ことキンギョによって召喚され、闇の祝福を授かった者達だ。
魔王の封印はまだ解けていないそうなので、この枯山水の隠れ家を造ったのは『五大魔将』の内の誰かだと考えられる。
キンギョが勝手にやった事で彼女は直接関わってないのだが、それでも思うところはあるのだろう。闇の女神として。
正直その件に関しては、悪いのはキンギョであってラクティではないと思う。彼女が召喚しろと命じた訳ではないのだから。
俺は彼女を安心させようと、腰にしがみつくラクティの頭を撫でる。
無骨なガントレットに包まれた手だったが、それでも彼女は喜んでくれているようだ。
それから俺達は二つの建物へと近付いて行った。枯山水の庭は迂回する事にした。何となく踏み荒らすのは気が咎めたのだ。
皆で建物に近付いてみるが、建物の方からは何の反応も無い。
ルリトラとロニに尋ねてみたが、こちらを探るような視線も感じないそうだ。もしかして魔将は不在なのだろうか。
小屋の向こう側に青々とした木々の枝葉が見える。岩棚の端辺りではまだ毒ガスが僅かに漂っていたが、この辺りまでは届かないようだ。
クレナに伝えると、彼女は『水のヴェール』を解除した。
「煙突……」
パルドーさんが小屋の向こうに見える建物を見上げて何やら考え込んでいた。どうやら屋根の上に生えている煙突が気になるようだ。
「パルドーさん?」
「いや、あの奥の建物の煙突。厨房の煙突にしては形が……。
もしかしたら、あっちは工房かも知れにゃいにゃ」
「つまり、あそこで何か作っていた?」
それにリウムちゃんが食い付いてきた。
水晶術師であるリウムちゃんによると、パルドーさんの屋敷にあった鍛冶師の工房と比べると小さいとは言え、水晶術師の工房だと考えると十分な広さがあるとの事。
もしあれが工房だとすれば、ここで魔将は何を作っていたのかが問題になるだろう。
俺達はまず小さい小屋の方から調べる事にする。
あちらが工房だとすれば、普段から生活しているのはこちら――すなわち魔将がいるならこちらの可能性が高いと考えたからだ。
枯山水を作るような魔将ならば、和風の屋敷である可能性も考えていたが、流石にヘパイストス・ポリスでも見掛ける様な白い壁の家だ。
「罠は無いみたいです。トウヤさま」
罠の有無を調べるのはロニ。子供の頃からクレナが屋敷を抜け出すのを手伝っている内にこの手の技術が身に付いてしまったらしい。
「それじゃロニは、正面に立たないようにして扉を開けてくれ。正面には俺が立つ」
鍵も罠も掛かっていないようなので、横からロニに扉を開けてもらう事にする。
ルリトラが何か言いたげだったが、『魔力喰い』を装備した俺以上の適任者はいない。
「誰もいないな……」
『三日月』を手に身構えて扉を開けてもらうが、中はもぬけの殻だった。
ロニに罠の有無も含めて調べてもらうが、何も見付からない。
それはそうだろう。小屋の中は廃墟としか言いようがない。テーブルも椅子も、家具も敷物も、何もかもが朽ち果ててしまっている。
「ねぇ、トウヤ。こっち来て」
クレナに呼ばれて奥の部屋に行ってみると、その部屋の壁に一枚の布が貼り付けられているのが見付かった。やはりその布も色あせてボロボロになっている。
「多分、旗だと思うんだけど……」
「魔将のか?」
俺が尋ねると、クレナはコクリと頷いた。
「誰のか分かる?」
「ゴメン、この旗だけじゃちょっと……」
「……これは『炎の魔神』」
「えっ?」
突如割り込んで来た声の方に視線を向けると、そこには俺の腰にひしっとしがみついたままのリウムちゃんの姿があった。
改めて旗を見てみると、確かに描かれている模様は炎のようにも見える。
「リウムちゃん、知ってるのか?」
「『炎の魔神』は、アテナ・ポリスと戦った事がある……。
天使と魔神が戦う絵があって、そこにこれと同じ旗が描かれてた……」
天使か。春乃さんからの手紙の内容を踏まえて考えると、それは天使ではなく翼を持つ亜人・グラウピスの事なのだろう。
その旗がここにあると言う事は、この隠れ家の主は『炎の魔神』だと考えられる。
ロニが厨房にあるカゴを覗き込んで顔をしかめた。俺もリウムちゃんとラクティを連れて覗き込んでみたが、そこには乾燥し切ったと思われるカピカピのカビの塊が。
元が何であったのか想像も付かない。いや、こんな場所に住んでいるのだから、カビを食べていた可能性も否定は出来ないが。
一つハッキリと言える事は、ここに誰かが住んでいるとは、とてもじゃないが信じられないと言う事だ。
「お、奥の建物も調べてみるにゃ。工房に住んじゃってるのかも知れにゃいし……」
「そうそう、作業に夢中ににゃって、一ヶ月ぐらい工房から出て来にゃかったり……」
「経験あるよにゃ、どっちも」
ちょっと視線を逸らしながら言うパルドーさんとシャコバさんに、ジト目でツっこみを入れるマーク。二人とも工房にこもって出て来なくなった経験はあるらしい。
一ヶ月程度でここまで朽ち果てるとは思えないが、魔族ならば集中するスパンがやたらと長い可能性も考えられなくもない。
油断はしないよう気を引き締めて、俺達はもう一つの工房らしき建物へと向かった。
「トウヤさん、トウヤさん。あっちにも建物がありますよ」
「なに?」
小屋の裏手に回ったところでラクティに手を引っ張られる。
どうかしたのかと彼女が指差す先を見てみると、先程見えた木々の間に人工物だと思わしき何かの影が見える。
大した大きさではなさそうなので、そちらから先に調査する事にした。
「あれ? この石……」
「気付いたか、マーク。これは石を並べて道にしているにゃ」
「自然と道が融合しているにゃ……」
パルドーさん達は、小さな建物に続くルート上に並べられた平たい石が道になっている事に気付き、興味深げに眺めていた。
日本庭園でよく見掛ける石の道だ。確か「飛石」とか言う名前だったと思う。
確かにこれも異世界では見掛けないものである。
「フム……地味だけど、これはこれで味があるにゃ」
派手好きのシャコバさんも、自然に溶け込んだそれに感心した様子である。
そして俺達はロニを先頭に建物の前まで辿り着いた。
その建物は、小屋よりも酷い有様だ。小屋は中身が朽ちていたのに対し、こちらは建物そのものが朽ちている。どうやらこちらは土壁だったらしい。
もしかしてこの隠れ家、とっくの昔に放棄されているのではないだろうか。そんな疑問を抱きつつ、俺は建物の調査を進める。
その建物は窓と言うか壁に穴が空いているので中を覗き込む事は出来るが、中に入るための扉が見付からない。
「これ、ドアはどこなの?」
「ここにあるにゃ」
「……小さ過ぎない?」
皆で一回りして見付ける事が出来たのは、ケトルトでも屈まねば入れない小さな窓のような入り口だった。
ルリトラはもちろんの事、俺も『魔力喰い』を装備した状態では四つん這いになっても入れなさそうだ。
なんと言うかこれ、知っている気がするぞ。
とにかく罠はなさそうだったので、ロニに中を調べてもらう事にする。
するとロニに続いてパルドーさんとシャコバさんの二人も、興味津々な様子でしっぽをふりふりしながら建物の中に入って行った。
そんな二人を眺めながら溜め息をつくマーク。彼も苦労してる。
とは言え、俺も興味があったので、彼等に続いて中を覗き込んでみた。
「あ、トウヤさま。この床見てください」
「やっぱりか……」
そこにあったのは、ある意味予想通りの物だった。
「これ、タタミ……ですよね?」
そう、その小さな建物の中には畳が敷き詰められていたのだ。
もっとも、かなりボロボロになっているため、見た目では畳であると判別するのが難しい有様になっているが。
「他には何かあるか?」
「にゃ~んもにゃいにゃ」
「真ん中に穴が空いてて凹んでますけど、中には何もありませんね」
そちらも予想通りだ。俺はこの建物が何であるかおおよそ理解した。
ロニ達に外に出てもらい、すぐに工房へと向かう。
「やっぱり陶芸工房かっ!!」
そして工房の中を見た俺は、思わず大声を張り上げてしまった。
そうだ。廃墟となった工房の奥に鎮座しているのは、焼き物の窯だ。周囲には割れた器らしき物の破片が散乱している。
「と、陶芸? まさかここ、食器を作ってたの?」
そう問い掛けてくるクレナは「信じられない」と言わんばかりの表情をしていた。
それはそうだろう。毒ガス地帯を抜け、ドラゴンを倒し、ようやく魔将が潜むと言う隠れ家に辿り着いてみれば、そこはこじんまりした陶芸工房だったのだから。
パルドーさんによると、金属を扱う設備もあったのではないかとの事。鋳物を作っていたのではないかと思われる形跡があるそうだ。
焼き物は茶器、鋳物は茶釜だと考えれば納得が行く。
あの小さな建物も、おそらく「茶室」だったのだろう。俺自身茶道の経験は無いが、屈まねば入れない入り口と言うのをテレビで見た覚えがある。
おそらく戦国時代から召喚された『炎の魔神』は、いわゆる「茶人」だったのだろう。
そしてこの世界でも茶の湯を楽しむために、自分のための茶室、そして茶器を作るための工房を自分で造ってしまったのではないだろうか。
他に作れる者がいなかったのだろうが、わざわざ茶釜まで自作しようと言うのだから、相当な趣味人である。
これでハッキリした。ここは隠れ家は隠れ家でも、ヘパイストス・ポリスを狙って何かを企むための隠れ家ではない。趣味のための隠れ家だ。
しかも全体の朽ちっぷりを見るに、おそらく長い間ここは使われていない。
ヘパイストス・ポリスはこんな趣味の隠れ家、しかもとうに放棄された物を長年に渡って警戒し続けていたと考えると、何とも言えなくなってしまう。
ヘパイストス・ポリスからギリギリ見えるが、辿り着く事の出来ない場所に隠れ家を建て、警戒し続けるであろう事を承知の上でそのままにしてどこかに行ってしまった。
もしそうだとすれば、『炎の魔神』は相当性格が悪いと思われる。
こんな事をする『炎の魔神』とは一体何者なのか。
工房を調査した俺達は、一冊の書物を発見した。テレビで見る「歴史資料」のような紙の本で、紙の質が悪いのかボロボロになっている。
文字は日本語、しかも昔の字と言う普通ならば日本人である俺にも読めないような代物だった。
しかし、召喚された俺達でもこの世界の言葉を理解出来るようにしてくれている光の女神の祝福のおかげで、俺はそれを解読して読む事が出来た。
一部しか読めない状態だったが、読める部分を解読していくと、『炎の魔神』が、ここで作っていた茶器や茶釜について記録した日記である事が分かる。
どうやら『炎の魔神』は、この工房で長年茶器・茶釜作りについて試行錯誤を繰り返していたようだ。
「なんだこれは!?」
「ど、どうしたんですか!?」
「ここに書いてあるぞ。『炎の魔神』がここにいない理由が」
皆の視線を一身に受けながら、俺はそこに書かれていた事を読んで聞かせた。
日記にはこう書かれていたのだ。番犬代わりに連れて来たドラゴンのガスが庭木を枯らし、風景が雅でなくなってしまったので別の場所に移ると。
それを聞いた皆は絶句し、大きな口をポカンと開けている。無理もない。俺だってそんな気分だ。まさかあのドラゴンが放置されていたものだったとは。
まさか、ここに辿り着いた者への嫌がらせのためにわざとこの日記を残して行ったのだろうか。だとすれば効果絶大である。
更にページをめくった俺は、ここを去る直前に書いたであろう一文を発見した。
「『いまだ平蜘蛛には及ばず』か……」
なるほど、「平蜘蛛」というのは茶器か何かか。おそらくそれを目標に、ここで茶器・茶釜を作っていたのだろう。
『炎の魔神』、何者か知らないが、やはり相当な趣味人だったと思われる。
『古天明平蜘蛛』は、茶釜であって茶器ではありません。
「枯山水」と言う言葉は、平安時代に書かれた日本最古の庭園書『作庭記』(江戸時代中期までは『前栽秘抄』と呼ばれていた)に書かれているそうです。
『五大魔将』は魔王信長と同時代の人ですので、「枯山水」を知っています。




