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異世界混浴物語  作者: 日々花長春
混迷の岩盤浴
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第58話 霧の向こう側

 丘を降り、ガス溜まりの盆地に侵入してからはや三日が経過していた。

 探索してみていくつか分かった事がある。

 まず、この黄色い毒ガスは生物だけでなく植物にも影響があるものらしく、ここでは通常の植物は全く育たないらしいと言う事。

 この三日間の探索で見付ける事が出来たのは、地面や岩に蔓延るカビかコケか分からない植物と「やけに柄の部分が長い巨大なエノキタケ」としか言い様がないキノコだ。

 巨大長エノキが傘を大きく広げて黄色い霧の様なものをばらまいている姿を見れば、この毒ガス盆地における役割も推し量る事が出来ると言うものである。

 最初は胞子かと思ったが、それならばこんな風にいつまでもガス状で漂っていたりはしないだろう。この巨大長エノキは、本当に毒ガスをばらまいている様だ。

 『水のヴェール』はガスを防いでくれるが、物理的な攻撃は基本的に素通りする。

 巨大長エノキの頭がヴェールの中に入ってしまわないよう、気を付けなければならないだろう。中で胞子をばらまかれては防ぎようがない。

 実際初日に一度やってしまい、光の神官魔法『解毒』で毒の胞子ごと消し去った事があるのはここだけの話である。


 ガスが霧の様に視界を遮るが、俺達はガスの向こうに薄らと見える太陽の光と岩棚の影を頼りに進んでいる。

 毒ガスを防いでくれるクレナの『水のヴェール』が使えるのは、水の補給を兼ねた休憩を挟んでもせいぜい半日だ。それ以上はクレナのMPが保たない。

 そのため一日の半分以上を休息に回し、ゆっくりと、しかし着実に歩を進めている。


 パルドーさん達ケトルトにとっては、『無限バスルーム』内の炎の祭壇を使う時間が確保出来るのが有難いそうだ。

 ルリトラがお風呂を避けて庭にテントを張って寝泊まりしているため、彼等も出来るだけ炎の祭壇を使う時間を増やすべく、ここではルリトラと一緒に過ごしている。

 そしてマークはこの数日、休息時間は例の古い武具の打ち直しを、シャコバさんの指導を受けながら続けていた。

 このガス溜まりの盆地、流石に現地のモンスターも生きられない環境らしく、『水のヴェール』を使い続けるクレナ以外はただ歩き続けるだけなので、体力に余裕があるのだ。

 ガスのおかげで日差しが遮られ、外より涼しくなっていたりする。


 意外と困ったのがトイレの問題だ。

 『無限バスルーム』内にはトイレがないため、今までの旅では基本的に外で済ませる様にしていたのだが、今は『水のヴェール』の外には毒ガスが充満している。

 こればかりはどうしようもないので、外で『無限バスルーム』の扉を開く時に視界を遮るために用意していた陣幕を利用する事にしていた。陣ではないけど。

 クレナは、そのためだけに『水のヴェール』の範囲を広げているが、それは仕方のない事だろう。その気持ちはよく分かる。


 と言う訳で、この三日間における俺の専らの役割は、ギリギリまでMPを消費してくたくたになったクレナを癒す事になっていた。

 三日目の探索を終えた俺達は、まず汗を流すため湯着着用で一緒にお風呂に入る。

 ルリトラとケトルト三人はお湯のお風呂を嫌がるが、やはり汗臭くなってしまうため水浴びだけはさせる様にしている。

 お風呂嫌いのパルドーさんは嫌がっていたが、探索中は俺の指示に従うと言う事になっていたので渋々汗を流している。

 シャコバさん曰く久しぶりに白くなってきたとの事だ。今までどれだけ水浴びしていなかったのか。クリッサの苦労が偲ばれる。



 そして俺はと言うと、お風呂でクレナの頭を洗っていた。

「あ~……生き返る~♪」

 彼女の気持ち良さそうな声がお風呂場の中に響く。

 毎日しているおかげか、最近ますます上手くなってきた気がする。もちろん頭皮のマッサージも忘れない。

 ちなみに身体を洗うのはロニの役目だ。俺に洗ってもらうのはイヤではないが、やはり落ち着かないらしい。

 背中を流すだけなら俺でも大歓迎、むしろ嬉しいそうだが、クレナの背中を流すのはロニも好きらしいので彼女に譲っている。

「トウヤに頭洗ってもらうとさ~……気持ち良くって眠くなるのよねぇ~……」

 間延びした声で呟くクレナ。うつらうつらとまどろんでいる。

 俺も経験した事があるので分かるのだが、MPを使い過ぎると、気疲れからかぼうっとしてしまう事があるのだ。彼女もそんな状態なのだろう。

「寝てても良いが、触るぞ?」

 実際眠ってしまったら、俺が彼女を支えてやらなければならないし。

「別に良いけど……寝るのは上がってからにするわ」

「じゃあ、もう少し頑張れ」

 と言うか、良いのか触っても。

「上がったら膝枕してよねぇ」

 最近の彼女はよく膝枕を求めてくる。俺も普段はしっかり者の彼女が無防備に甘えてくるその姿と、寝ている彼女の銀色の髪を撫でてやるのが好きだった。

「大歓迎だ」

「約束よ~……」

 俺の返事を聞き、にへらと力の抜けた笑みを浮かべてそう言っていた彼女。

 しかし、その後ロニに身体を洗ってもらっている最中は頑張って起きていたが、結局湯船につかっている最中に限界が来たのか船を漕ぎ始めてしまった。

 やはりこの三日間の探索で疲れが溜まっているのだろう。

 お湯に顔を付けてしまいそうになったところで俺が支えに入る。

 十分暖まった頃合いだったので、彼女を背負ってお風呂の外に出る。豊満な胸が押し付けられる背中で、むっちりしたふとももを支える腕で彼女を感じる。役得である。

 この時、俺と一緒にロニもお風呂を出た。こうなる事が分かっていたのか、俺がクレナの頭を洗っている間に自分の事はさっさと済ませていた様だ。


 俺が眠る彼女の身体を拭き、着替えさせるのは流石に不味いだろう。それはロニに任せ、俺は踵を返してお風呂に戻る。

 すると身体を洗っている途中だったリウムちゃんとラクティの二人が、泡だらけのまま駆け寄り、そのまま俺に抱き着いて来た。

 クレナが一番疲れているのは分かっているため、俺が彼女のお世話をしている間は遠慮していたらしく、彼女が先に上がったのを見計らってここぞとばかりにやって来た様だ。

 他人に対しては人見知りな部分があるリウムちゃんだが、その分心を許した相手にはとことん無防備だ。

 クレナなら身体を洗ってもらうのを恥ずかしがるが、リウムちゃんは俺ならば全く問題がないと言うか、俺が一番なのだとか。

 リウムちゃんにとっては祖母も同然だと言う師匠のナーサさんが二番目、セーラさんと春乃さんが三番目、四番目と続くらしい。

 師匠より上に見られているのが嬉しいやら恥ずかしいやらである。

 セーラさんと春乃さんの差は「お母さん」タイプと、「お姉さん」タイプの違いにあるとの事。なんとなく分かる気がする。


 逆にラクティは全く人見知りせず、しかも世間知らずの天然ドジっ子タイプなので、見ていて危なっかしい。俺もこの世界では世間知らずだと思うが、彼女はそれ以上なのだ。

 それに素直に俺の事を慕ってくれている彼女の笑顔を見ていると、放っておけなくなる、自分が面倒を見てあげねばと思ってしまうのだ。

 この気持ちは女神への信仰心とはまた別の何かだと思うのだが、実際そう思ってしまうのだから仕方がない。なんと言うか、ラクティはもう「うちの子」である。

 せっかくなので、このまま二人まとめて洗ってやる事にしよう。



 三人で寄り添いゆっくり湯につかってからお風呂を上がると、板の間にはクレナとロニの姿が見えない。

 耳を澄ませてみると、金属を叩く鋭い音が聞こえてくる。マークが剣の打ち直しを始めているのだろう。

 おそらくルリトラも一緒だ。ハデス・ポリスで見付けた武器はどれもこれも軽過ぎると言う結果になった彼は、パルドーさんに新しい武器を作ってもらえないかと交渉している。

 姿の見えないロニは、パジャマに着替えさせたクレナを和室に寝かせ、自分はいつも通りキッチンに行き、夕食の準備を始めているのだろう。

 振りとは言え労働レイバーに登録しているラクティは、ロニから家事全般を習っているのでエプロンを着けて彼女の手伝いに行こうとする。

「あ、あれ? あれ?」

「ラクティ、手を貸せ」

 しかしエプロンの紐を背中で結ぶのに四苦八苦していたので、手を添えて教えながら紐を結ぶのを手伝ってあげる。こう言うところが放っておけないのだ、この子は。

「よし、ちゃんと結べたぞ。えらいえらい」

「ありがとうございますっ!」

 無事に紐を結べたラクティが嬉しそうに抱き着いて来て、頬にキスをした。

 俺もお返しにと彼女の頬にキスをすると、彼女は喜色満面の笑みを浮かべてぶんぶんと手を振りながらキッチンに駆け込んで行く。


 それを見送った俺は、リウムちゃんと一緒に和室に入ろうとするが、彼女はその場から動こうとしない。

 振り返ってみると、じっと上目遣いで何か言いたげな顔のリウムちゃん。一見平然としている様にも見えるが、実は涙を堪えている様な顔。これは仲間外れにされて寂しい時の顔だ。

 彼女の前で腰を屈め、右、左と両方の頬にキスをすると、リウムちゃんは微かな笑みを浮かべてお返しのキスをしてきた。

 むふんと満足気な彼女の手を引くと、今度は素直に付いて来る。俺はそのまま彼女と一緒に和室に入った。



「……遅いわよ」

 中に入ると、敷物代わりの毛布の上に寝転がっていたクレナが、俺達に気付いて目を覚ました。唇を尖らせ拗ねた様子だ。上がった後に一度目を覚ましていたのかも知れない。

「すまなかったな」

「ほら、早く膝枕しなさい」

 素直に謝って彼女の側に腰を下ろすと、クレナはのろのろとした動きで足の上にあごを乗せ、そのまま寝返りを打――とうとしたところで俺のお腹に鼻をぶつけてしまった。

 距離が近過ぎた様だ。クレナは位置をずらして、改めて寝返りし直す。


 MPを回復させるには心を落ち着かせて休む事が必要なのだが、今のクレナはこれが一番落ち着くらしい。

 ロニに膝枕をしてもらう場合は、自分が重過ぎるんじゃないかと思ってしまうそうだ。

 その話を聞いた時、冗談混じりに「俺は良いのか?」と尋ねてみたところ、彼女は笑いながら「重みの一部が胸とお尻だと思えば平気でしょ」と答えた。

 対する俺は「一部に限定すると思うな。まとめて受け止めてやるわ」と返してやったが。

 それが切っ掛けになったかどうかは分からないが、最近は以前にも増して彼女と仲良くなれた気がする。

 クレナによると「自分の居場所」を見付けたのだそうだ。

 人間と魔族のハーフかも知れないと言う疑惑を抱き、生まれ育った家も故郷も飛び出した身の上だけあって思うところがあったのかも知れない。

 俺に感謝しているとの事だったが、俺自身もクレナ達がいてこそと思っている面があるのでお互い様である。


 リウムちゃんも腰を下ろして俺の身体にもたれ掛かり、和室においていた本を開いた。水晶術の技術書らしい。

 一度見せてもらった事があるのだが、さっぱり内容が理解出来なかった。子供っぽい彼女が難解な本を読んでいる姿は、なかなかにシュールである。

 俺も神官魔法の教本で勉強をしよう。

 もちろんクレナも構わないと拗ねるので、本は毛布の上に置いて、空いた手で彼女の髪をいじりながらである。

「最近、更にきれいになってきたよな」

「トウヤの石鹸のおかげよ」

 そう考えると、本当に誇らしい気分になる。俺のMP製石鹸が彼女を、彼女達をきれいにしているのだと。

「ハデス・ポリスで色々宝石とかアクセサリーとか見付けたけどさ」

「見付けたわね」

「クレナの髪が一番きれいだと思う」

 皆の髪もきれいになっているが、クレナの髪はその中でも特にきれいだ。こんな艶やかに輝く銀色は他にないと思う。

「……あんた、時々すごい事言うわね」

「言っとくが本気だぞ。向こうじゃ銀髪とかいなかったから珍しいってのも否定しないが」

「…………ありがと」

 クレナはそう言って寝返りを打って俺のお腹に顔を埋める。そして俺のパジャマを掴んだまま動かなくなってしまった。

 どうやら照れている様だ。恥ずかしくて紅くなった顔を見せられないのだろう。

 俺はそんな彼女の頭を優しく撫で続けた。

 多分、今の俺の顔はすごくにやけていると思う。


「…………」

 ふと視線を感じてリウムちゃんの方を見ると、彼女は俺にもたれ掛かったまま顔を上に向けて、自分も構えと言いたげな視線を俺に向けていた。

 位置的に頭を撫でるのは難しいので、彼女の肩に腕を回して抱き寄せる。

 するとリウムちゃんは本を置いて身体を預けてきたので、俺は丁度良い位置に来た彼女のココア色の髪に顔を埋めて頬ずりする。すると彼女も負けじと俺の胸に頬ずりしてきた。

「もう、私も混ぜなさいよ」

 そんな風にじゃれ合っていると、今度はクレナが身を起こして抱き着いて来た。

 普段の彼女は、恥ずかしがって自分からこう言う事はなかなかしないのだが、今は「心安らかに疲れを癒す」と言う名分があるせいか、いつもよりも大胆な気がする。


 クレナに抱き着かれた俺達は、毛布の上に倒れ込んでしまった。そのまま三人でじゃれ合っていたが、やがてそのまま眠ってしまう事になる。

 結局ロニとラクティが夕食の準備を終えて報せに来てくれる時まで俺達は眠ったままで、その時の俺の目覚ましは、クレナ達を羨ましがったラクティのフライングボディプレスだった。

 意外とダメージを受けなかったが、ラクティが軽いのか、俺が丈夫になったのかは微妙なところである。




 翌日、俺達は再び『無限バスルーム』の外に出て、薄らと見える太陽の光と岩棚の影を頼りに進んで行った。

 昼に差し掛かる少し前に水の補給を兼ねた休息を取り、それから更に一時間程進んだところで、俺達は岩棚とは別の影を発見する。

「何だあれは?」

(にゃに)か聞こえる……地響きかにゃ?」

 確かに『水のヴェール』の向こう側から重低音が響いている。

 普段ならばルリトラに偵察を頼んでいるところだが、ヴェールの外は毒ガスが充満している現状ではそれも叶わない。

 仕方がないので、全員で警戒しながらこっそり近付く事にする。


 近くにあった岩の陰に身を隠しながら近付いて行くと、その影の輪郭が少しずつハッキリとしてきた。かなり大きい。動物で言えば象ぐらいだろうか。

「あ、あれってもしかして……!」

 その影が何であるかに真っ先に気付いたのはロニ。

 彼女は剣を構えてクレナを庇う様に立つ。その手に持つ剣は、ハデス・ポリスで手に入れた数々の武器の内、普段はダガーを使っている彼女が選んだ武器、魔法のショートソードだ。

 ハンマーを手に身構えて警戒を続けているパルドーさん達も、膨らんだ尻尾を見れば皆驚いている事が分かる。

 そうなってしまうのも仕方がない事だ。もし俺に尻尾があれば、きっと彼等と同じ様な反応をしていただろう。

 ラクティだけが唯一物珍しそうに目を輝かせている。


「まさか……ドラゴン……!?」

 そう、そこにいたのはドラゴンらしきモンスター。

 ウロコに覆われた巨大な身体。その姿は恐竜の様にも見えるが、思わずファンタジーな言葉が口から漏れた。

 ずんぐりむっくりした大きな胴体に、短い首と共に付いた大きめの頭。手足は太く短め。鈍重そうなそのフォルムはカバの様にも見えるが、体表は苔むしたウロコに覆われている。

 いや、カバにしては下アゴが大きいだろうか。その大きな頭の中でもアゴは特に重そうで、ドラゴンはアゴを地面に付けている。

 なるほど、巨大長エノキを食べる時の動きがのっそりしている訳だ。むしろ、あの頭を持ち上げられる力に驚くべきかも知れない。

 岩陰に身を隠しながら様子を窺ってみると、そのドラゴンはのっそりした動きで岩に生えた巨大長エノキをむしり取ってムシャムシャと食べている。

「……岩の表面ごとむしってませんか?」

「やっぱりそう見えるか?」

 ルリトラの言う通り、ドラゴンがキノコをむしり取った後の岩は抉れている様に見える。

「明らかにそう言う音がしてるにゃ」

 ドラゴンがキノコを岩ごと咀嚼する音も凄い。あの大きな顎は岩をも容易く砕く強大な力がある様だ。きっと歯も相当頑丈なのだろう。


「……トウヤ、あれ見て」

 リウムちゃんが指差す先は、ドラゴンの背。背骨に沿って六本の突起物が生えている。

 一見角の様に見えるが、よく見ると先端から黄色い煙が湧き上がっていた。どうやらあの突起物は煙突の様な構造をしているらしい。

「まさかあれも毒ガスか?」

「……多分、胞子」

「胞子? 巨大長エノキの? まさか、あのドラゴンはキノコなのか?」

 ドラゴンに見せかけて、実は植物。モンスターなら有り得るかと思ってリウムちゃんに問い掛けてみたが、彼女は小さくふるふると首を横に振った。

「本で読んだ事がある……。

 自分が棲みやすい様に周囲の環境を変えてしまうモンスターがいるって……」

「……なるほど」

 あのドラゴンもその類、胞子をばらまいて巨大長エノキを繁茂させ、ここを毒ガス溜まりの盆地にした張本人と言う事か。

 リウムちゃんによると、この世界における『ドラゴン』と言うのは、そう言う周囲の環境にも影響を及ぼしてしまう様な強大なモンスターの総称なのだそうだ。

 もしあれが植物系のモンスターだったとしても、周囲を毒ガス盆地に変える力があるのならば、無意識に言ってしまった『ドラゴン』と言う呼び名も正しかったと言う事になる。


 しかし、そう考えると色々と納得が行く事がある。

 たとえば魔将の隠れ家の立地条件。

 まるであつらえられたかの様な天然の要害。こんな都合の良い場所をよく見付けたものだと思っていたが、実際にそうあつらえた誰かがいるとすれば話は別だ。

 あのドラゴンに環境を変える様な力があるとすれば、隠れ家の主はあれを盆地に放つだけで良いのだ。ドラゴンはせっせと胞子をばらまき、毒ガス盆地を造り上げる。

 せいぜい堅牢な山城に過ぎなかった隠れ家が、難攻不落の要害に早変わりだ。

 問題はドラゴンを連れて来る事が出来るのかどうかだが、魔王軍、それも魔将と呼ばれる者達なのだから、それぐらいは出来るんじゃないだろうかと思う。


 そんな事を考えていると、ドラゴンの動きがふと止まった。

 そしてのっそりとした動きで辺りを見回し、ある一点を見詰めて再び動きを止める。

 不味い、こっちを見ている。

 いつでも逃げられる様に身構えた次の瞬間、大きな爆砕音と共に俺達が隠れていた岩の上半分が粉々に砕け散った。

「な、何が起きた!?」

「岩です! 口から岩を吐き出して来ました!」

「エノキごと食べてたアレか!?」

 ルリトラの目には見えたらしい。こちらを見詰めて動きを止めたドラゴンは、口の中から咀嚼して砕いた無数の小さな岩をこちらに向かって勢い良く吐き出したそうだ。

 その威力はご覧の通り、大きな岩の上半分を粉砕している。散弾銃も目ではない。

 油断した。あののっそりした動きを見て、いつでも逃げられると思っていた。

 『水のヴェール』は毒ガスは防いでくれるが、物理的な攻撃には無力。岩の散弾銃が直撃したら俺達もただでは済まない。

「退くぞ!」

「分かったわ!」

 幸い、身を隠していた岩の下半分は残っている。ドラゴンが咀嚼していた岩も、今吐き出したところなので口の中には残っていないはずだ。

 岩を盾にして退き、少し離れた所で『無限バスルーム』に避難すれば逃げ切れる。

 そう考えて逃げ出そうとしたが、その直後に下半分残っていた岩も粉々に砕け散った。

 今度は咄嗟に身体が動き、『魔力喰い』で皆の盾となる事が出来た。岩が当たってもダメージは受けないが、代わりにMPが削られて行くのを感じる。


「今度は何を吐き出して来た!?」

「先程と同じです!」

「岩? まだ口の中に残ってたのか?」

「トウヤ、アゴ……!」

「まさか!?」

 リウムちゃんの言葉に俺ははたと気付いた。

 あの鈍重なドラゴンにとって、岩の散弾は速く、威力もある強力無比な武器だ。

 そしてあの大きくて重そうな下アゴ。あいつはいつでも岩の散弾を撃てる様に、巨大長エノキと一緒に咀嚼した岩をあの下アゴに溜め込む習性を持っているのだろう。

 逆にそう言うアゴの構造をしているから、岩の散弾を武器にする様になったのかも知れないが、それは「鶏が先か、卵が先か」である。


「チッ! 精霊召喚!!」

 再び散弾を吐き出しそうな気配がしたため、俺は右足を踏み込んで靴底から『大地の精霊召喚』を発動、黒くなるまで圧縮して硬度を上げた土壁を俺達の前に出現させる。

 直後に響く、壁に岩が連続してぶつかる音。圧縮しているだけあって一度は防げた様だが何度も保たせるのは難しそうだ。

 不味い、こんな風に連射されたら逃げ切れない。

 俺達に取れる手立ては二つ。この場でドラゴンを倒すか、今の内に『無限バスルーム』に逃げ込むかだ。

 臭いなのか気配なのか、どう言う理由で見つけたのかは分からないが、あいつは岩陰に隠れた俺達を見つけ出す事が出来るらしい。

 そして縄張り意識からか、何もしていない俺達に攻撃を仕掛けて来た。

 敵として認識されてしまった以上、ここで『無限バスルーム』に避難する事が出来ても、外に出たら追い掛けて来る事も考えられる。

 そうなったら、ガスに遮られた視界の向こうから飛来する岩の散弾を、延々と警戒し続けなければいけなくなってしまう。

 やはりここで倒すしかない。

 倒すと言っても周りに毒ガスが充満している状況では出来る事も限られるが、何とかするしかないだろう。

 俺はまず『大地の精霊召喚』でドラゴンがいるであろう方向に向けて無数の黒い槍を地面から突き出させた。

 するとドラゴンの苦悶の咆吼が辺りに響き渡る。命中した様だ。

 そしてハッキリとした。奴には物理攻撃が通用する。

 ドラゴンは怒ったのか、散弾の攻撃が更に激しくなる。壁が砕かれそうだったので、俺は再び黒い壁を出現させて守りを固めた。

 物凄い破壊力だ。新しい壁もみるみる内に削られ、すぐに砕かれそうになってしまう。

 やばい、攻撃スピードは相手の方が上だ。このまま魔法を撃ち続けていても、こちらは攻撃と魔法を一人で賄わなければならない以上、いずれ押し負けてしまう。

 ルリトラ達に盾を用意する事も考えたが、黒い土壁でも防ぎきれない物を盾程度でどうにか出来るとは思えない。


 やはり、ここはやるしかない。

 俺はもう一枚の土壁を出現させた後、炎の神官魔法『火球』をあらぬ方向に放って爆発を起こしドラゴンの気を引く。

 案の定、一瞬散弾の音が止んだ。壁のせいで見えないが、おそらくドラゴンはそちらに顔を向けたのだろう。

 ここが勝負所だ。

「クレナ、ここは頼んだぞ!」

「え? ちょっと!」

 返事を待たずに俺は火球を放った方向とは反対側へと飛び出した。『水のヴェール』を抜けて、充満する毒ガスの中へと。

 自棄になった訳ではない。俺は毒ガスをものともせずに走って行く。

 兜に生えた一対の角から放たれる白い光が毒ガスの霧を消し飛ばす。そう、毒の胞子も消し飛ばした光の神官魔法『解毒』だ。

 そう、俺は兜の角から全力で『解毒』を発動し続け、周囲の毒ガスを消し去りながら走っているのだ。傍から見ると、角から白い炎を噴き出している様に見えるんじゃないだろうか。

 黒い土壁に攻撃を続けられないように大きく回り込みながらドラゴンへと接近して行く。

 ドラゴンは近付いて来る俺の存在に気付いて岩の散弾を放ってきたが、『魔力喰い』のおかげで岩がぶつかった衝撃さえも感じない。代わりにMPがゴリゴリと削られるのを感じる。

 ドラゴンに接近すると、黒い槍が腹に突き刺さっているのが分かった。既に槍は折られているが、腹からどくどくと血を流している。

 こうなったら俺のMPが尽きるのが先か、ドラゴンの命が尽きるのが先かの勝負だ。

 ここまで近付けば、素早さでは俺の方が上だ。

 俺は『三日月』の柄をぐっと握り締めてドラゴンの側面に回り、ドラゴンがこちらに顔を向けるよりも先にその脇腹目掛けて躍り掛かった。

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