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異世界混浴物語  作者: 日々花長春
混迷の岩盤浴
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第57話 デンジャラス・ハイキング

「せいやァッ!」

 気合い一閃、俺が振り下ろした一撃がレッドリザードの胴体を真っ二つに斬り裂いた。

 その姿を説明するならばトゲの様な大きな背びれを持った真っ赤なイグアナと言ったところか。体長が一ストゥートを超えるため、見た目の迫力はかなりの物がある。

 そして俺の手に握られているのは、新しい武器だ。

 魔王城で手に入れた魔法の武器の一つ。片手持ちの両刃のバトルアックス――らしいが、その形状はかなり変わっている。

 見た目は黄金に似て美しいが、金よりも遥かに強度がある金属でずっしりとしている。

 左右で多少の差違はあるが、カーブを描いて上向きに伸びるような刃、見ようによっては欠けた円弧のようにも見えるだろう。

 刃側の弧に沿って装飾が施されているが、それは飾りではなく職人魔法が水晶術によって刻まれているらしい。

 リウムちゃんによると『錆止め』を始めとするいくつかの魔法が掛けられているそうだ。文字を刻む事で魔法を込めるため、大きい分複数の魔法が掛けられるらしい。

 両刃の間に魔法の発動体が仕込まれていて、持ちながらでも魔法が使える事が決め手となって俺はこの三日月形の斧を選んだ。

 銘は分からなかったため、俺はそれに金色の円弧と言うことで『三日月(クレセントムーン)』と名を付ける事にした。そのままとか言わないで欲しい。

 その名を皆に発表した時、ラクティはおおいに感動していた。

 話を聞いてみると闇の女神は「夜の女神」と呼ばれる事もあるらしく、俺が夜に付き物である月の名を付けた事が嬉しかったそうだ。

 こんな形状の斧がハデス・ポリスにあったのも、その辺りが理由なのだろう。

 その日の晩、夢の中に出て来た光の女神が不機嫌だったのは言うまでもない。


 渾身の力を込めて振り下ろした『三日月』が、また一匹レッドリザードの首を刎ねた。

 倒した後、祈りを捧げるのを忘れない。こうして相手の力を少し分けてもらう事で、俺達はレベルを上げる事が出来るのだから。

 ルリトラ達も皆、並んで祈りを捧げている。ふと思ったが、この光景は傍から見るとRPGにおける戦闘終了後の勝利ポーズみたいかも知れない。

 ふと隣を見ると、ラクティが両手を合わせて一生懸命に拝んでいた。

 それはハデス・ポリスのやり方と言う訳ではなく、今まで祈られる事はあっても自分が祈る事など無かったため、単に俺の真似をしているだけらしい。

 まぁ、大事なのは祈る気持ちなので、やり方は自由で良いのだろう。


 俺達は今、レムノス火山に来ていた。もちろん魔将の隠れ家を捜索するためだ。

 むせかえる様な熱気に真っ赤な山肌。言うまでもなく暑い。

 暑いが、毒ガス地帯ではないためまだ『水のヴェール』は使っていない。

 女神であるラクティも仮初めの身体は人間と変わらないらしく、この暑さに参ってしまっている様子だ。

 俺は身に着けている『魔力喰い』が暑さもダメージとしてMPと引き替えに防いでくれているはずなのだが、それでもまだ暑い。

 兜を通して見る狭い視界の光景が暑苦しいが、それだけではないだろう。

 クレナ達も『空白地帯』の一件で学習したらしく、今回は薄着の上に革製の上衣と防具を身に着けていた。熱を防ぐと言うレッドリザードの革製だ。

 女性陣は更に薄手のヴェールも被っている。特に髪がもっさりしていて多いロニは、ヴェールも大きめだ。

 レムノス火山は噴火こそしないものの常に火口から煙が出ているため、火山に近付くと灰が降ってくるのだ。上衣とヴェールはそれを防ぐための物だ。

 こんな中を平然として歩けるのはルリトラぐらいだろう。彼はいつも通りの装備である。

 暑さにやられたのか、ふらついたリウムちゃんが俺の背中にぴとりとひっついてきた。俺のMPと引き替えに熱を防いでいる鎧がひんやりとして気持ち良いらしい。

 こう言う煙や火の粉に溢れた場所では『飛翔盤』は使えないらしく、ここまでずっと歩いて来た影響もあると思われる。



 この捜索については、もちろん神殿を通してヘパイストス王家にも話を通している。

 あちらも「見える所にあるのに手が出せない」と言う問題に長年頭を痛めていたらしく、可能であればすぐにでもと諸手を挙げて賛成してくれた。

「さ~、剥ぎ取りにゃ!」

「マーク、やってみるにゃ!」

「ハイハイ……」

 俺の後ろからわらわらと出てくる(ケトルト)達。パルドーさん、シャコバさん、そしてマークの三人だ。今回は彼等三人が俺達の探索に同行していた。

 国でも問題視している場所だけに、俺達だけで調べるのは問題があったらしく、『無限バスルーム』の事を知る彼等が名乗りを上げてくれたのだ。

 マークは例の古い剣を打ち直す仕事があるはずだが、何故かこの探索に参加している。

 多分、活躍してクリッサに良いところを見せたいんじゃないだろうかと思う。


 魔将がいるかも知れない所に行くのに大丈夫なのかと思ったが、マークによればレムノス火山の鉱山に行っていればモンスターと遭遇する事も珍しくないとの事。

 胸当てを身に着けた小さな身体で大きな戦槌(ウォーハンマー)を担ぐ姿が頼もしい。彼等は灰を防ぐために傘を差している。

 ちなみに、火山に入るための武器と防具を自分で作る事が出来て、ケトルトの鍛冶師は初めて一人前になれるそうだ。

 本当の下っ端は師匠から借りるが、すぐに練習作を作るのが常識らしい。

 基本的に皆戦槌と胸当て、場合によって小手を身に着けるそうだ。特に胸当てを見れば鍛冶師としての腕、作風、果ては人となりまで分かるらしい。

 パルドーさんの胸当ては「質実剛健」と言う言葉をそのまま形にした様なシンプルながらも頑丈そうな装備。

 シャコバさんのは、華やかながらも実用性は失っていないと言うハイレベルでバランスの取れた物だった。

 装備としてはパルドーさんの方が上っぽいが、彼の腕の良さが見て取れる。

 最後にマークの物だが、やはり二人に比べると未熟なのが何となく伝わってくる。俺は鑑定眼や審美眼がある訳ではないが、クレナ曰く「中途半端」との事だ。

 質実剛健を目指しているっぽいが、華やかさを捨て切れていないそうだ。クリッサに相応しい鍛冶師になりたいのだろうか。

 なるほど、確かに胸当てから彼の人となりまで窺えてしまっている。



 ちなみに、現在マークが処理してくれているレッドリザードは、ヘパイストス・ポリスの人達にとって欠かせない獲物だ。「捨てるところがない」なんて言われている。

 知っての通り皮は火に強い素材となり、鍛冶師必須の手袋など様々な商品に加工される。肉も大事な食料となり、牙や骨は加工して様々な道具にするそうだ。

 そしてもう一つ、大事な物がある。

 トカゲと言うと細い舌をチロチロと覗かせているイメージがあるが、レッドリザードは舌の代わりに口から炎を噴き出している。

 実はこれ、口の中にある物が滲み出る器官があり、それを燃料にして彼等は火を燃やしているのだが、実はそのある物と言うのがレッドリザードの血液なのだ。

 そう、その可燃性の血液は見た目も本当に油の様で、ヘパイストス・ポリスでは実際に油代わりに使われている。

 もし傷などから流れ出た血が燃えてしまっても平気な身体をしていると言うのだから、流石はモンスターとしか言い様がない。

 それどころか、彼等は炎の精霊力や炎そのものをエサにして生きているらしい。

 そんなレッドリザードの肉は、焼く事が出来ないため煮込んで食べるらしい。

 俺もヘパイストス・ポリスに滞在中しょっちゅう食べたが、淡泊で柔らかいササミの様な肉だ。ピリッとした香辛料を利かせて調理した物が美味しい。


 レッドリザードの血液はすぐに抜かないと固まってしまうが、火山灰に触れると発火してしまう事があるため、専用の道具もあるらしい。

 俺が倒した直後に出て来て手際よく解体を進めたのは、そう言う理由があったのだろう。

 灰が掛からない様にマークの隣で傘を差したシャコバさん。よく見ると傘の位置が自分よりも息子を守る位置になっている。

 シャコバさんは基本的には見守りながら、時々指示をして血抜きをさせている。マークも慣れているはずだが、ベテランにしか分からないコツと言うのがあるのかも知れない。

 こう言うのも親から子へと脈々と受け継がれる技術の一つなのだろう。

 パルドーさんは、そんな二人の姿を少し離れて見守っていた。


 こう言う「ごく当たり前の光景」を見ているとなんだかしんみりした気分になってしまうのは、俺が異世界の人間だからだろうか。

 ああ、彼等はこの世界で生きていると、ある種の感動を覚えてしまう。

 そして思うのだ。この光景を当たり前だと感じず感動している自分は、やはりこの世界では異邦人に過ぎないのだろうかと。

 急に春乃さんの顔が見たくなった。今は遠く離れているためすぐに会いに行く訳にはいかないが、後で手紙を送ろう。



 そんな事を考えている内にレッドリザードの解体が終わった様だ。

 全て『無限バスルーム』に仕舞って俺達一行は先に進む。

 少し歩くと再び姿を現す新たなレッドリザード。レムノス火山はヘパイストス・ポリスの近くにある割にはモンスターが多い。

「ここは任せるにゃ!」

「行くぞ、マーク!」

「言われにゃくても!」

 俺が動くよりも先にパルドーさん達がハンマーを手に駆け出した。

 鍛冶仕事で鍛えられた腕が繰り出す一撃が、火を吹こうとしていたレッドリザードの上顎を砕く。彼等の戦士としての力はモンスターに負けていない。


 敵の増援が現れる可能性も考えて、周囲を警戒しながら彼等の戦いを見守る。

 それにしても、割と牧歌的な田園風景が広がるケレス・ポリスの近郊とは大違いだ。

 定期的に兵が巡回しているあちらと違い、レムノス火山は非常に環境が厳しい。

 しかも、ここに棲息しているモンスター達は火そのものや炎の精霊力をエサにするものばかりで、彼等にとっては楽園とも言える。

 言うなればここは、モンスター優勢。人間ではなくモンスターの生存圏なのだ。

 そんな環境の中で、レムノス火山の鉱山と共に生きる『鍛冶師の聖地』ヘパイストスの人達は、本当に逞しいと思う。


 危うい場面もなくパルドーさん達はレッドリザード達を倒した。

 解体も済ませて更に先に進むと、急にシャコバさんが足を止めて火口から湧き出る煙でどんより曇った空を指差す。

「む……! レムノス鳥が来るにゃ!」

「レムノス鳥?」

 そちらに視線を向けてみると、濃いグレーの背景の中に一際大きな火がいくつか舞っているのが見える。

 空気中に舞った可燃物質が一瞬激しい火を熾す。この辺りでは珍しくもない光景だ。

「……まさか、あれが鳥なの?」

「どっちかと言うと、精霊に近い感じが……」

 クレナとラクティの会話を聞きながら改めて大きな火を見てみる。

 ゆらゆらと動いている火はいっこうに消えずに燃え続けている。よく見るとそれは羽ばたいている真っ赤な鳥だった。

 数は五羽。向こうもこちらに気付いたらしく、レムノス鳥が翼を広げて近付いて来る。

 距離が縮まると、レムノス鳥の正体がハッキリと分かった。

 なんと、レムノス鳥は羽毛の代わりに炎に包まれた火の鳥だったのだ。なるほど、炎と見間違える訳だ。

 レムノス火山にしか棲息していない、火を食べる珍しい鳥らしい。こちらもかなり大きく、翼を広げた姿は鷲よりも大きそうだ。

 鋭い目付きで気性は非常に荒く、人間だろうがケトルトだろうがレッドリザードだろうが構わずに襲い掛かるとの事。こちらに近付いて来ているのもそのつもりなのだろう。

「早く岩陰に隠れるにゃ!」

「岩を背にして正面から近付いて来たところを叩き落とすにゃ!」

「近くにありませんよ!」

「それなら背中合わせににゃるにゃ!」

 そう言ってパルドーさん、シャコバさん、マークの三人は互いの死角を補う様に背中合わせで円陣を組む。

 矢ぐらいでは羽毛代わりの炎を突破出来ないらしく、それが一番の対処方法らしい。

 こちらもリウムちゃんとラクティを中に入れて守る様に俺、クレナ、ロニの三人で円陣を組む。レムノス鳥と真正面から向き合うのは俺だ。こう言う時こそ魔法の出番である。

「ルリトラ、お前もこっちに!」

 一人円陣に加わっていなかったルリトラに声を掛ける。

「いえ……ここは自分が!」

 しかしルリトラは円陣に加わって守りを固めるのではなく、逆にグレイブを構えてレムノス鳥に向かって虎縞の尻尾を真っ直ぐ伸ばした前傾姿勢で駆け出した。

 止める間もなくレムノス鳥に肉薄すると、ルリトラは雄叫びと共に跳躍して躍り掛かる。

 真っ直ぐにグレイブを構えて襲い掛かる姿はまるで矢の様だ。ただの矢ではない。バリスタから放たれる巨大な矢だ。

 グレイブの刃が狙いを違えず一羽のレムノス鳥に突き刺さり、更にルリトラは空中で体勢を変えながらグレイブの柄部分と尻尾を振り回して二羽叩き落とした。

 そのまま着地したルリトラは、地に落ちた二羽にトドメを刺す。

 その隙を狙って残りの二羽が彼の背中目掛けて襲い掛かるが、ルリトラは振り向き様にグレイブを握った右腕を振るった。

 分厚い刃が一羽のレムノス鳥を叩き潰す様に真っ二つにするが、残りの一羽が辛うじてその一撃を潜り抜ける。

 そのままルリトラの懐に飛び込もうとしたレムノス鳥だったが、それは叶わない。

 次の瞬間、グレイブを振るった右腕を追い掛ける様に繰り出された左手が、そのレムノス鳥を見事に掴んでいた。

 そのまま高く掲げられたレムノス鳥の首に、ルリトラの太い指が、鋭い爪が、炎をものともせずに食い込む。

 しばらくもがいていたレムノス鳥だったが、やがてぐったりと動かなくなり、同時に羽毛代わりに燃え上がっていた炎が消える。

 刺々しいジャイアントスコーピオンの甲殻で作った鎧を身に纏う後ろ姿。『魔力喰い』を身に着けた俺の姿も相当だと思うが、彼も決して負けてはいないと思う。

 俺もそれなりに強くなってきたつもりだが、いまだに彼には勝てる気がしない。


「……って、燃えてるヤツを握ったのか!」

 その事に気付いた俺は慌ててルリトラに駆け寄った。

「ルリトラ、手は大丈夫か?」

「は? ああ、大丈夫ですよ、これぐらいは」

「ちょっと見せてみろ」

 そう言ってレムノス鳥を握った彼の手を見せてもらうと、琥珀色のウロコに覆われた手は少し煤けている程度で、本当に火傷をした様子はなかった。

「……凄いな」

「『空白地帯』の大地の方が熱いですよ」

 そう言って大声で笑うルリトラ。

 彼等サンド・リザードマンもまた、熱に強い種族であった。



 何度かモンスターの襲撃を受けながらしばらく進んでいたが、やがて目に見えてモンスターの数が減ってきた。

「トウヤさま、変な臭いがします」

「俺は気付かないが……ロニが言うならそうなんだろうな」

 最初に臭いに気付いたのはロニだった。おそらく毒ガス地帯が近付いて来たのだろう。俺達の中でも鼻が良いロニがそれに気付いた。

「クレナ、そろそろ始めるか」

「そうね。少しでも吸いたくないし」

 彼女の言う通りだ。ロニ以外は臭いも感じない、まだ影響がないレベルなのだろうが、毒ガスと分かっていて吸いたくはない。

「皆、集まって!」

 『無限バスルーム』の扉を開き、水を一杯に溜めた大きな樽を用意して、それをルリトラに背負ってもらう。

 この樽の中の水を使い、クレナに『水のヴェール』を使ってもらう。そのために今まで積極的には戦いに参加させずに彼女を温存してきたのだ。ロニを護衛に付けて。

 樽を背負ったルリトラにしゃがんでもらい、クレナは『闇の王子(ダークプリンス)』の物だったと言う剣を抜いて切っ先を樽の中に入れる。

 そして彼女が『水のヴェール』を発動させると、樽から霧の様なものが吹きだし、俺達の周りに薄い水の膜を作った。

 その防護膜はほとんど透明で、目を凝らさないとそこにある事が分からない。しかし手を伸ばしてみるとガントレットの指先が膜を突き抜け、そこから波が生まれる。

 確かに水のヴェールがそこに存在していた。

「ヴェールは私を中心に張ってあるから、あんまり私から離れないでね。

 特にトウヤ! あんたその装備だとヴェールに触れても気付かないだろうから、絶対に私から離れちゃだめよ!」

 まったくもって彼女の言う通りだ。

 今も波が生まれた事で「目に見えたから」気付く事が出来たが、ヴェールに触れている感覚は全くなかった。

 毒ガス地帯はモンスターも近付かない様だし、おとなしくクレナの隣を歩く事にしよう。


「私はここ……」

 ふと気が付くと、リウムちゃんがルリトラの背によじ登っていた。樽を支えるための台座の端にちょこんと座っている。

 暑さにまいっていたので、少しでも涼しそうな水の側が良いだろう。

 ヴェールを張ってる間、樽の中の水は少しずつ水が減っていき、水が無くなるとヴェールが張れなくなってしまう。

 水が無くなった事に気付かずに毒ガスの中でヴェールが途切れてしまったら俺達は一巻の終りだ。やはり見張りは必要だろう。

「樽の中の水が無くなりかけたら教えてくれ」

「……分かった」

 下ろして歩かせるのも酷なため彼女に水の見張りを頼む事にしたが、彼女の返事には元気がない。やはり疲れている様だ。

「……ルリトラ、もう一人ぐらい大丈夫か?」

「問題ありません」

「ラクティも乗って水の見張りを頼む」

「分かりました! 任せてください!」

 今の疲れ切ったリウムちゃん一人に任せるのは危ない気がしたので、ラクティと二人掛かりで見張ってもらう事にする。

 頼られたのが嬉しいのか、ラクティは目を輝かせて大張り切りだ。

 一方リウムちゃんも何も言わない。自分が疲れている事を分かっているのだろう。

「リウムちゃんは休んでいれば良い」

 せっかくなので彼女には休んでもらう。彼女の出番は魔将の隠れ家に着いてから。隠れ家の調査に水晶術師としての知識が求められているのだから。

 彼女の頬を撫でながらそう言うと、彼女は心地好さそうな表情で小さく頷いた。


 『水のヴェール』に包まれたまましばらく進んでいくと、俺達は小高い丘の上に出た。

 そこから見下ろすと、魔将の隠れ家がどの様な場所にあるのかが分かって来た。

 丘を降って行くと盆地になっていて、そこがガス溜まりになっている様だ。

 既に周囲には黄色いもやが掛かっているが、盆地のガス溜まりは更に色が濃い。どうやら毒ガスは空気より重く、かつ不燃性のガスの様だ。

 色はともかく、雲より高い場所に来た様な錯覚を覚える光景だが、ここは周囲と比べると一番「マシ」な所だ。ここからならば盆地に侵入する事が出来る。

 ここ以外の三方は、全て切り立った岩山に囲まれているのだ。なるほど、三方の断崖絶壁とはあれの事か。

 魔将の隠れ家らしき建物はと言うと、ガス溜まりの中にいくつか島の様に岩棚が顔を覗かせており、今いる丘から一番離れた所にその建物らしき影があった。

 ガス溜まりの上に顔を出しているためここから見る事は出来るが、丘を降りて実際にあそこまで行くとなると一日以上は掛かりそうだ。

 毒ガスを魔法でどうにかする事が出来たとしても、途中で力尽きてしまうだろう。

 見えるけど行く事が出来ない。これが魔将の嫌がらせだとすれば絶妙な位置である。


 長い間、誰も辿り着く事が出来なかったと言うのも無理は無い。

 これは毒が効かない身体か、この環境下でも空を飛ぶ術、或いは毒ガスを防ぐ方法が無ければ無理な問題である。

 その上で力尽きる前に隠れ家まで辿り着かねばならない。

「水はどうだ?」

「半分……?」

「……もう少し減ってる」

 俺が尋ねると、背伸びしたラクティと、樽の縁にしがみついて足が付いていないリウムちゃんが答えてくれた。無理をするな、リウムちゃん。

「クレナ、MPは?」

「まだ余裕あるわよ」

 こちらはまだ大丈夫な様だ。表情にも余裕が感じられる。

 『無限バスルーム』を開き、皆で中に入って扉を閉じる。

 魔法は外に届かないため、扉を閉じた時点で『水のヴェール』も途切れるが、閉じると扉自体が外からは消えてしまうため、毒ガスが入ってくる事もない。

 こうする事で俺達は毒ガスの中でも安全を確保する事が出来る。

 樽に水を補給し、休息を取ってから再び出発するとしよう。

 クレナに『水のヴェール』を唱えてもらい、防護膜で入り口を塞ぎながら扉を開けば、毒ガスが中に入る事はない。


 俺のギフト『無限バスルーム』だけでは隠れ家に辿り着く事は出来ないだろう。

 クレナの『水のヴェール』だけでも無理だ。

 だが、俺達二人が力を合わせれば、この毒ガス地帯を突破する事が出来る。

 『水のヴェール』で毒ガスを防ぎ、『無限バスルーム』で安全に休息を取る事で力尽きる事なく進む事が出来るのだから。

 食料は余裕を持って用意してある。

 無理をせず、慎重に魔将の隠れ家を目指して進むとしよう。

 冬夜の新しい武器『三日月(クレセントムーン)』ですが、名前のモデルは十四世紀頃のイタリアで作られたと言う「クレセントアックス」です。

 

 ただしモデルになったのは名前だけで、形状は本文中にある通り全く異なります。



 ちなみに、鶏ササミの様な高タンパク低カロリーな食品は筋肉を付けるのに効率が良いと言われています。

 きっと、ササミの様なレッドリザードの肉も高タンパク低カロリーなのでしょう。


 ヘパイストスの人達は、普段からこれを食べているのです。

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