表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界混浴物語  作者: 日々花長春
混迷の岩盤浴
64/206

第56話 こちらでも歴史がどんがらがっしゃーん

 さて、妙な事になった。

 パルドーさんの屋敷に入った俺は、前を歩くヘパイストス十四世の大きな背中を見ながら心の中でぼやいた。

 ヘパイストス王家と言うのは、三百年程の歴史を持つ王家だ。

 成立した時期は、丁度アテナ・ポリスが乗っ取られた時期に近い。おそらく聖王家と光の女神の神殿が関わっているのだろう。

 しかし、王家の冠がケトルトの耳を模しているなど、亜人であるケトルトとの仲はそれなりに良好である様だ。

 これに関しては聞かなくても予想が付いた。この国は鍛冶師の聖地であり、腕の良い鍛冶師がいてこそ成り立つ国だ。

 平均的な人間の鍛冶師の腕ではケトルトの鍛冶師達に遠く及ばない以上、彼等を追い出す訳にはいかなかったのだろう。

 今の炎の神殿と光の神殿の力関係を見ると、ヘパイストス乗っ取りの企みがどう言う結果になったのかは一目瞭然である。

 ヘパイストス十四世自身も、炎の女神の信徒だそうだ。

「お前達の事は弟から聞いておるぞ」

「弟?」

 ヘパイストス十四世が振り返り話し掛けて来たが、心当たりのない俺は首を傾げる。

「神殿長だ。弟は、炎の女神の神殿の神殿長をしておる」

 その言葉を聞いて、俺は目を丸くして驚く。クレナ達も皆、驚きを隠せない様子だ。

 しかし、言われてみれば確かに似ていた。目の前のヘパイストス十四世から髭を除けば、あの神殿長にそっくりになるだろう。

 そうか、王弟だったのか、あの神殿長。


「ところで、黒い鎧はどうした? それを見に来たのだが」

「仕舞ってあります。流石に暑いですから」

「ああ……まぁ、無理もあるまい。余も馬車の中は暑かった。風の神官がおれば少しは涼しく出来るのだろうがな」

 扇風機代わりか、風の神官魔法は。

 でも、言われてみれば確かにヘパイストスの暑さは空調が欲しいところである。


 魔法の鎧『魔力喰い』を見に来たヘパイストス十四世だったが、神殿の修練場に行った俺達と行き違いになってしまい、鑑定中の骨董品を見学していたそうだ。

 そこに俺達が帰ってきたと言う報せが届き、居ても立っても居られず玄関まで出迎えに来たらしい。王様の割にはフットワークの軽い人である。

 鑑定してもらっている物は骨董品以外は見られておらず、量的には特に疑われていない様なので一安心と言ったところか。

 そのまま俺達は応接間――ではなく、パルドーさんの作業部屋に連れて行かれた。

 例の軽装の護衛二人が扉の横に立ち、一人がヘパイストス十四世と共に中に入る。

 作業部屋はそれなりに広い部屋だが、今は鑑定品が机や棚の上だけでなく床の上にも布を敷いて並べられ、足の踏み場が扉から机への通路のみになっていた。

 俺の方も俺とクレナの二人だけで入る事にする。本当は一人だけの方が良いのかも知れないが、会話の中で俺だけでは判断出来ない事があれば彼女が命綱だ。

 俺、クレナ、ヘパイストス十四世、そして護衛が一人の四人で作業部屋に入ってみると、パルドーさんはこちらを一瞥しただけで黙々と鑑定作業を続けた。

 王が来たと言うのに豪気な猫――いや、人だ。単に最初に来た時に挨拶は済ませたと言う事かも知れないが。

「そう言えば、ポール師が鑑定している品が皆、魔王城――ハデス・ポリスから持ち出した物だと言うのは真か?」

 パルドーさんはヘパイストス十四世から「ポール師」と呼ばれているらしい。流石家名を持つだけはあると言う事だろうか。

「はい、確かに。ハデス・ポリスは『空白地帯』の中央、その地下にありました」

「ふむ……」

 俺の答えを聞いて何やら考え込んでいたヘパイストス十四世は、床に並べられていた盾と鞘に収められたままの剣を手に取った。

 盾はウロコ型のナイトシールド、剣は細身のレイピアだろう。どちらも華美ではないが、見事な装飾が施されている。

「あっ……」

 それを見て隣のクレナが小さく声が上げた。

「気付いたか、娘よ」

「は、はい」

 俺は何の事か分からずにチラリとクレナに視線を向けると、彼女とバッチリ目が合った。彼女も俺の様子を窺っていたらしい。

 クレナは視線をヘパイストス十四世の方へと戻し言葉を続ける。おそらく分かっていない俺へのフォローだろう。

「盾の模様も、レイピアの柄も、どちらも、その……」

 そこで言葉を詰まらせる。何か不味い事なのだろうか。

「ヘパイストス王家の紋章だな」

「はいっ!?」

 クレナに代わって続きを言ったのはヘパイストス十四世だった。それを聞いた俺は思わず驚きの声を上げて彼の顔を見てしまう。

「え? ハデス・ポリスが滅亡したのは五百年前の話で……えっ?」

 ヘパイストス王家が成立したのは三百年前、ハデス・ポリスが滅亡した後の話だ。五百年前のハデス・ポリスに王家の紋章入りの物があるのはおかしい。

 これは不味い物を見られたか。

 偽物だと疑われるならまだしも、本物だと思われたならばこれはハデス・ポリス――魔王とヘパイストス王家の間に親交があった証拠になる。何故二百年の差があるか分からないが。

 自分の顔から血の気が引くのを感じた。

「ああ、落ち着け。剣を持っているからと言って口封じするつもりなどはないぞ?

 やるつもりなら、こんななまくらではなく素手でやっている」

 俺の顔色が変わったのを察したのか、ヘパイストス十四世が宥める様に声を掛けて来た。

 言っている内容は物騒だが、確かに彼の太い腕で細身のレイピアを振り回しても、すぐにポキリと折れてしまいそうだ。

「まず、何故五百年前にヘパイストス王家の紋章が存在しているかだが……実は、ヘパイストス王家の歴史は聖王家よりも長い」

「…………はい?」

「三百年前に成立したヘパイストス王家は『人間の王家』だが、実はそれ以前から王家は存在していた。『ケトルトの王家』がな」

「……ケトルトの?」

 俺がパルドーさんの方に視線を向けると、彼はコクリと頷いた。

「昔の王家は『旧王家』、今の王家は『新王家』と言われてるにゃ」

 特に気負った様子もなく平然とした様子で説明するパルドーさん。どうやら秘密にしていると言う訳でもないらしい。

「初めて聞いた……」

 クレナも目を丸くして呆然としている。彼女も知らなかった様だ。

「あまり大っぴらに話す事でもないからな。我が国の民にも知らぬ者は多いと思うぞ」

 そう言ってがっはっはっと豪快に笑うヘパイストス十四世。確かに醜聞の類だと思うが、当事者とも言って良い立場の彼は、あまり気にしていない様子。

 見るとパルドーさんも一緒になって笑っている。

 何なんだ、この状況は。この国ではハデス・ポリスの件は、王家乗っ取りの件は醜聞ではないと言うのか。


 状況が理解出来ずに頭を抱えていると、ヘパイストス十四世が俺に声を掛けて来た。

「アテナ・ポリスの件は聞いておる。しかし、我が国とアテナには大きな違いがあってな」

「違い?」

「ヘパイストスでは、国の乗っ取りが失敗したと言う事だ」

「……それを陛下が言いますか?」

「笑い話にしかならんからなぁ」

 詳しく話を聞いてみると、こう言う事らしい。


 当時の新王家が、王の座を奪取したは良いもののケトルト達の技術力故に、彼らを追い出すことが出来なかったのは事実だそうだ。

「それならどうして、今も新王家は存在しているのですか?

 その話が本当だとすれば、国の乗っ取りは事実上の失敗じゃないですか」

「余の祖先もそのつもりだったらしいが……」

「旧王家の方から断ったらしいにゃ」

「……何故?」

 パルドーさんの意外な言葉に、俺よりも先にクレナが驚きの声を上げた。

 口をパクパクさせながら護衛の方に視線を向けると、彼もどこか沈痛そうな面持ちでコクリと頷く。それなりに知られた本当の話の様だ。

「旧王家は十二の家の集まりで、皆親戚同士だったにゃ。

 全部鍛冶師の家系で、最も腕の良い家が代表者として王ににゃっていたにゃ」

 ちなみに、ポール家もリーマス家もその十二家の一つらしい。

「旧王家の一族だったんですか?」

「家名のある鍛冶師は(みんにゃ)そうにゃ?」

 この国では常識的過ぎて話題に上がらない話らしい。

 改めて考えてみれば、偏見と言う訳ではないのだが「鍛冶師」と言う職業からはちょっとイメージ出来ないぐらいにポール家の屋敷は大きい。

 本当に腕の良い鍛冶師と言うのはこんなにも儲かるのかぐらいに考えていたが、旧王家の末裔と言う名家、貴族の様な扱いだとすれば納得出来ると言うものだ。

「でも、それなら何故? 話を聞いてると、ケトルトの鍛冶師がいなければ国が成り立たないし、いつでも取り戻せそうな気がするんですけど」


「そりゃあ……王の仕事って面倒臭いし?」


「…………はい?」

「昔の事だからワシもよく知らにゃいけど、当時は新王家を追い出しても、聖王家が次の手を打って来るかも知れにゃかったそうにゃ」

「らしいですね。アテナの話とかは春乃さんからも聞いてます」

「だったら王の仕事だけ押し付けていれば良いんじゃね? って(はにゃし)ににゃったにゃ」

「あー……」

 そこまで聞いて俺は理解した。

 おそらく、当時の王や十二家は気付いてしまったのだろう。

 王の仕事を新王家に押し付けて鍛冶仕事だけに打ち込める気楽さを。

 ヘパイストスを運営していく上で、新王家はどうやってもケトルトの鍛冶師達を切り捨てる事が出来ない事を。

 そう言えば仕事によっては、社長よりも熟練の一職人の方が替えが利かないみたいな話を誰かから聞いた事があった様な気がするが、似た様なものだろうか。

 なるほど、確かにその状況ならば新王家は放置と言う選択も無くはない。

「旧王家が新王家に出して来た条件は、新王家が炎の女神を信仰する事だったそうだ。

 それからずっと王家は炎の女神を信仰しているが、特に不満は無いな」

 そう言って大きく広げた両手を曲げて力こぶを見せびらかすヘパイストス十四世。厚い胸板もピクピクしている。

 それはそうだろう、明らかに染まり切っている。これはこれで幸せそうだが。

 ともかく旧王家と同じ紋章を使っているのは、そう言う理由があった様だ。

 猫耳王冠は新王家がケトルト達に気を使って作った物らしいが、当のケトルト達は「何もそこまでしなくても」と呆れたらしい。


 聞けば当時この国を乗っ取りに来たのは聖王家から派遣された貴族と、光の神殿から派遣された司祭だったとか。

 しかし、新王家となった貴族が炎の女神信仰に鞍替えしてしまったため、逆に追い出される形となった司祭はほうほうの体でユピテルに逃げ帰ったと言うのが事の真相らしい。

 その後も無くならずに辛うじて残ったのが今の光の神殿と言う事か。

 一般の信徒達には罪は無いと思うが、今のヘパイストス・ポリスで光の女神を信じ続ける者達はある意味滑稽であり、ある意味憐れだ。

 そう言えばラクティも、魔王の召喚は闇の神官・キンギョの暴走だったと言っていた。

 魔王討伐後の聖王家と光の神殿の暴走も、セーラさんによると女神の教えにそぐわない暴走としか言い様がないものらしい。

 そう考えると、光の女神自身も被害者なのだろうか。今晩夢の中で光の女神に会った時は、いつもより優しい気持ちになれそうな気がする。


 おそらく新王家も、おとなしく十二家に従うしかなかったのだろう。主要産業、言い換えれば経済を押さえられているのだ。

 十二家の機嫌を損なえば、王家と言えどもいつ追い出されてもおかしくない。彼等が鍛冶仕事をストップするだけで国が傾くのだ。冗談抜きでそれだけの力が彼等にはあった。

 逆に言えば炎の女神信仰を受け容れ、聖王家や光の神殿に対する防波堤となってケトルト達の仕事を邪魔しなければ、新王家の立場は安泰と言う事になる。

 そんなある種の諦めと開き直りで三百年間この国を運営し、守ってきたのだろう。

 その集大成が俺の目の前で筋肉を誇示してポージングしているヘパイストス十四世だとすれば、呆れれば良いのか笑えば良いのか迷うところである。

 ただまぁ、ポージングして笑うヘパイストス十四世と、それを呆れた様な目で見るパルドーさんを見ていると、これも人間と亜人の共存の一つの形なのかなと思わなくもない。



「ああ、ところでこの紋章入りの剣と盾なのだがな。余に譲ってくれんか?」

「ヘパイストス王家に返還しろと?」

「無論、買い取り……いや、そなたらが献上し、余が褒賞を与えると言う形になるな」

「表向きはって事ですね」

「ウム」

 俺が今の王家から授かった物ではないし、王家の紋章を悪用されたら不味いと言う意味もあるのだろう。

 チラリとクレナの方も見ると、彼女も小さく頷いている。問題なさそうだ。

「何か手続きとかは必要ですか?」

「ああ、構わん構わん。褒賞を渡す時は、流石に式典に参加してもらうがな」

「それは流石に略せないでしょうね。分かりました」

 ヘパイストス十四世の後ろで護衛がお腹――胃の辺りを手で押さえているが、触れてもどうしようもなさそうなので触れないでおく。

 とにかく王家の紋章入りの二つの品は、歴史的価値は計り知れないが、俺が持っていても特に使い道が無い物だ。

 それならヘパイストス王家に献上して現金なり、もっと実用的な物なりに交換してもらった方が今後のためにも良いだろう。

「何か望みはあるかね?」

「これこれこうだと具体名は挙げられないですけど……こう言う時にしか手に入りそうにない物が欲しいですね」

「ある意味贅沢な要求だな」

「だと思います」

「まぁ、良かろう。何か良いのが無いか探しておこう」

「よろしくお願いします。紋章入りの剣と盾は、そのままお持ち下さい」

「ウム!」

 対価も聞かずにそのまま渡しても良いのかとふと思ったりもしたが、何せ相手は王様だ。事を荒立てないに越したことはない。

 最悪、勲章とか名誉的な物で支払われる可能性もあるが、ただ同然で手に入れた物で王家とのコネを手に入れたと考えれば収支はプラスと考えて良いだろう。

 何より目の前に立つ巨漢の王は、そう言う肩透かしな事をするイメージが湧かなかった。

 そう、どちらかと言うと想像の斜め上を突き抜けるタイプだ。間違いなく。

 と言う訳で、何が貰えるか期待して待つとしよう。良くも悪くも。

「あ、魔法の鎧もお見せしましょうか?」

「う~ん、いや、ここは狭い。応接間の方で見せてもらうとしよう!」

「では、ルリトラに運ばせましょう」

 ヘパイストス十四世が作業部屋に来たのは剣と盾が目的で、他の骨董品には興味が無いらしく、それから俺達は再び彼に連れられて応接間の方へと移った。

 ルリトラに頼み、一足先に応接間に『魔力喰い』を運び込んでもらい、五月人形の様に鎧が座る形で飾ってもらっておく。

 ヘパイストス十四世も護衛に命じ、例の二つの品を先に馬車に積み込ませていた。

 そして通された応接間の中は、ケトルト以外の種族の客が来る事も多いのか、椅子やテーブルは皆人間が使っても問題が無いサイズだった。

 ヘパイストス十四世と向かい合う形でテーブルを囲んで座る。彼の後ろには護衛が二人。

 こちらは俺、クレナ、リウムちゃんの三人がソファに座り、ルリトラ、ロニ、ラクティが後ろに立った。三人ともレイバーの立場なので、この様な配置になる。

 「闇の女神を立たせたままなんて畏れ多い」と感じるよりも先に「立たせたままなんて可哀想」と感じてしまうのは、ラクティのラクティたる所以であろう。


 飲み物の準備をしにクリッサが退室すると、ヘパイストス十四世はすぐに立ち上がって飾られた『魔力喰い』を見始める。楽しそうに目を輝かせながら。

 暑いヘパイストスでは、この手の全身金属鎧を見掛けるのは珍しいそうなので、物珍しさもあるのだろう。

 ヘパイストス十四世がしばらくそのまま様々な角度から鎧を眺めていると、エプロン姿のクリッサが銀色のトレイに飲み物を乗せて戻って来た。

 トレイに乗っているのは「ラッシー」と呼ばれる飲み物だ。「泡立てた飲むヨーグルト」と言う説明が一番分かりやすいのではないだろうか。

 好みによって砂糖や塩、果物や香辛料を混ぜて飲む物で、作り方によってヨーグルト状の濃い物やさらっとしたのどごしの物もある。

 クリッサが作って来てくれたのは、すり潰した果物が混ぜられた俺好みの物だった。コップの縁に果物が一切れ飾られている。

 しっかり冷やされていて、修練帰りにはこの冷たさが有難い。

 皆に飲み物を配膳されたところでヘパイストス十四世は席に戻り、冷えたラッシーを一口飲んで、おもむろに話を切り出した。

「ところで、そなたに一つ聞きたいのだが」

「なんでしょう?」

「魔将を倒したそうだが……どんなヤツだった?」

「どんなって……姿ですか?」

「ウム」

 何が気になるのか分からないが、特に隠す事でもないので素直に話す事にする。

「キンギョ……ああ、この世界にはいないか。小さな魚の姿をした魔族でしたよ。

 闇の神官で、魔王を召喚した張本人。

 周囲の金属製の武器を魔法で操る事が出来るって奴でした」

 俺の倒した魔将は大した事がなかったと思われたくないので、誇張にならない程度に正当と思われる評価で説明をする。

 しかし、それを聞いたヘパイストス十四世は、何やら浮かない顔をしていた。

「ふむ……それは違うな」

「違う? 何がですか?」

「実はだな、レムノス火山の近くには昔から魔将が住んでいると言われている」

「……魔将の生き残りが?」

「そなたの倒した魔将かと思ったが、あそこは魚に似た生物が生きられる環境ではない」

 煮殺したからな、キンギョは。暑い場所は厳しいだろう。

「どんな場所なのですか?」

「まず、暑い。火山の近くなのだから当然なのだが。

 それに三方を断崖絶壁に囲まれ。有毒の火山性ガスが噴き出し続ける地帯を抜けた先にあるのだ。火山に棲むモンスターも近付く事が出来ん」

「それは、また……」

「しかも、そのガスは引火すると激しく燃え上がる性質があるため、その近辺はしょっちゅう火柱が上がっている」

「近付くなって事ですね」

 安全性と言う面では満点と言える環境だ。居住性と言う面では零点だが。

「見えているのに近付く事も出来ない。あそこに住んでいるのが本当に魔将であれ何であれ、相当性格が悪いと言うのは確かだろうな」

「それについては同感です」

 ヘパイストス十四世は、握り締めた拳を震わせている。

 昔から住んでいると言われている魔将の隠れ家、見えているのに手が出せないその存在に苛立つものがあるのだろう。 

「まぁ、そなたも近付かん様にな」

 それからヘパイストス十四世は、ハデス・ポリスの様子や褒賞にはどんな物が欲しいか等を尋ねてきた。

 ハデス・ポリスが砂の滝が降り注ぐ廃墟だったと話すと、わびしい亡国の姿に思うところがあるのか、流石の彼もしんみりした様子だった。


 それからしばらく話した後、ヘパイストス十四世は護衛を引き連れて帰る事になるのだが、去って行く馬車を見送りながら隣に立つクレナがふとこんな事を口にする。

「ねぇ、トウヤ」

「ん? どうかしたのか?」

「さっきの魔将のアジトの話なんだけど」

「ああ、流石に有毒ガスはなぁ……。

 風の女神の加護があればガスを吹き散らすとか出来たりするのか?」

 俺に考え付く方法はそれぐらいだ。

 ガスそのものがなければ火も噴かないんじゃないかと思う。

「私と、私とトウヤなら、そのガス地帯越えられるかも」

「……何?」

 しかし、クレナはそれ以上の事を考えていた。

「精霊魔法にね『水のヴェール』って言うのがあるの。水の防護膜を作る魔法よ。

 それに包まれて水中に入れば、防護膜の中の空気で息が出来るって言うのが本来の用途なんだけど、その気になれば火やガスも防ぐ事が出来るわ」

 なるほど、水の壁を作る魔法か。

 水ならば火を防げるのは当然だし、ガスも水の壁に遮られてしまうだろう。

 しかし、彼女の精霊魔法は、たとえば炎の精霊魔法を使う時には、近くに火がなければならないと言う使用条件がある。

 『水のヴェール』を使うには、当然大量の水が必要になるだろう。

 そして火山と言う場所に水があるとは思えない。


 しかし――


「あなたの『無限バスルーム』から水を供給して、私が『水のヴェール』を使う。

 それでガス地帯を突破する事が出来ないかしら?」


――俺には、その問題をクリアする力があった。


 何度も水を供給する必要があるが、確かに不可能ではないだろう。

「やるか? 暑そうだが」

「あら、知らないの? 『水のヴェール』の中って結構涼しいのよ?」

 そう言ってクレナは、悪戯っぽい笑みを浮かべて微笑んだ。

 断崖絶壁と火を噴く有毒ガスに囲まれた魔将の隠れ家、それが俺達の次の目標である。

 王弟である炎の神殿長と言うのは、実は皇族だった天台座主・大塔宮護良親王がモデルだったりします。後醍醐天皇の皇子ですね。

 この方も、実は身体を鍛えるのが好きだったと言う話があるそうです。


 ちなみに皇弟で天台座主と言うと、信長が比叡山を焼き討ちした時の天台座主・覚恕法親王がいますので、王弟の神殿長と言うのはそう不自然な話ではないと思います。



 それと、「ラッシー」と言うのはインドの飲み物です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ