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異世界混浴物語  作者: 日々花長春
混迷の岩盤浴
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第54話 踊る黒鬼

 その姿は、たとえるならば「スマートな黒鬼」だろうか。

 あれから更に半月ほどが経った『無限バスルーム』内の庭で、サイズ調整が完了した魔法の鎧『魔力喰い』を見た俺は、そんな感想を抱いた。

 パルドーさんとシャコバさんにサイズを調整してもらった『魔力喰い』は、俺のサイズに合わせたため一回り小さくなってしまっている。

 パルドーさん曰く、これは実際に小さくなっているのではなく、俺に合わせて擬似的に縮んでいる状態らしい。


 夢も希望もない現実的な話なのだが、魔法の武具と言うのは非常に高価な物だ。

 特に全身金属鎧(フルプレートメイル)の様な物となると、サイズが小さくなったからと言ってあっさり買い換えたりは出来ない。

 そのために開発されたのが擬似的に縮める事で使用者のサイズに合わせると言う魔法。これは職人魔法の中で最上級に位置する魔法だ。

 その名も『調節(アジャスタブル)』、希少な魔法の品を使う上で必須とも言える魔法である。

 と言っても重さは変わらないので、サイズを変えて使用するのにも限度があるが。

 五百年以上前に作られた『魔力喰い』には、その魔法が掛けられていなかった。

 『調節』がどれほど凄い魔法かと言うと、鍛冶師の聖地であるヘパイストス・ポリス。その中でトップクラスの鍛冶師であるパルドーさんでも使えない程と言えば伝わるだろうか。

 彼が『魔力喰い』を調整するにあたってシャコバさんをわざわざ呼んだのは、シャコバさんこそがその最上級魔法『調節』の使い手だからなのだ。

 流石に小さい物を大きくしようとすると、リウムちゃんがサンドウォームと戦う際に使った銀の槍の様に元のサイズに戻れず原形を留める事が出来なくなってしまうだろう。

 だが『魔力喰い』は元々俺が着るには少し大きいサイズなので、問題は無い。

 鎧のパーツひとつひとつを炎の女神の祝福と、俺の膨大なMPから生まれた「神の火」とも言えるもので熱し、ハンマーで魔法を叩き込んでいく。

 サイズ調整に一ヶ月掛かった原因は、その工程の難解さにあった。


「角とか手のクローとか大きくないか?」

「そこは発動体だからサイズが変えられにゃいにゃ」

 本来魔法と言うものは、どんな魔法であれ人体から発動するものだ。

 敵に向かって突きだした手の平から魔法を放つ姿をイメージすれば分かりやすいだろう。

 その気になれば額からとか全身の至る所から魔法を発動出来るらしいが。

 それに対して「発動体」と言う物は、身に着けたり手に持ったりして身体と繋がっている状態にする事で、そこからも魔法が発動出来る様にする物である。

 たとえば杖を持った魔法使いが、杖の先端に付いた宝玉から魔法を放つ姿をイメージすれば分かりやすいだろう。

 この世界の魔法の場合、発動体である先端の宝玉とシャフト部分を魔法的に繋げる事で、シャフトを握ると先端から魔法を放てる様になるのだ。

 パルドーさん達が使うハンマーもれっきとした発動体だったりする。

 こう言う物を作るのはリウムちゃんの様な『水晶術師』の仕事だ。

 『魔力喰い』の場合、ガントレットの手の平と手の甲から伸びる短くも鋭い鉤爪、アーメットと呼ばれる兜――正確には面頬の額から伸びる二本の角に発動体が仕込まれていた。

 更に俺から頼んで、グリーブの靴底にも発動体を仕込んでもらっている。

 発動体には擬似的に縮める魔法が効かないため、それらの部分だけ他の部分より一回り大きく見えるが、元々そこまで大きい物ではなかったのでデザインの範疇だろう。


 元々恐怖感を煽るデザインの鎧だったが、サイズ調整された『魔力喰い』はおどろおどろした部分が鳴りを潜めて洗練された印象を受ける。

 パルドーさんによると、魔法を叩き込む際に少しデザインが変わってしまったとの事。

 シャコバさんはここぞとばかりに派手にしようとしたが、パルドーさんが質実剛健な方向に軌道修正してくれたそうだ。

 パルドーさんはデザインが変わってしまった事を謝っていたが、俺としてはおどろおどろしいのも派手過ぎるのも好みではないので、むしろお礼が言いたいぐらいである。

 シャコバさんはデザイン面で少し不満があるそうだが、パルドーさんと並んで一ヶ月に渡る激務で少しやつれた印象があるが、その目はキラキラとしていて満足気だ。

 今回は助手として手伝っていただけのマークもどこか誇らしげである。

 そしてクリッサは感動の涙を流しているのか、ハンカチを手に目元を拭っていた。


「さぁ、着てみるにゃ」

「手伝いましょう」

「私もお手伝いします」

 ルリトラとロニに手伝ってもらいながら『魔力喰い』を身に着けて行く。これまで身に着けていたブリガンダインに比べてかなり重いが、動けない程ではない。

 アーメットを被ると視界が狭まるが、こればかりは仕方がないだろう。

「トウヤさぁーん! 格好良いですよー!」

 全てのパーツを身に着けると、まずラクティが嬉しそうに黄色い声を上げた。元々ハデス・ポリスで手に入れた鎧なので、彼女好みのデザインなのかも知れない。

 その隣ではリウムちゃんが目を輝かせながら俺に向かってぐっとサムズアップしている。

 実際威圧感がある見た目なので、こうして全て身に着けた姿は歴戦の勇士に見えるのではないだろうか。

「どうかにゃ? 動かしにくい箇所とかにゃいかにゃ?」

「ちょっと待って……ロニ、ルリトラ、少し離れてくれ」

 二人に離れてもらった俺は、身体を動かしながら鎧の調子を確認して行く。

 動きに合わせてガシャガシャと音が鳴るが、動きを阻害されている感覚は無い。これなら実戦の動きにも耐えられそうだ。

「……で、何の踊りなの? それ」

「ラジオ体操」

 この時、俺の頭の中では例の音楽が流れていた。

 威圧感のある黒い全身鎧がラジオ体操をする姿は、周りから見ればさぞかしシュールな光景として映った事だろう。


 次に確認するのは発動体だ。

 庭の土に両手を付けて、まずは手の平で大地の精霊を召喚し、皆からも少し離れた所に二本の土くれの柱を生み出す。

 立ち上がった俺は、それぞれの柱に握り拳を向け、手甲に付いた鉤爪から召喚した炎の精霊を放って二つの柱を打ち崩した。

 ガントレットに仕込まれた発動体は、どれも問題が無さそうだ。

 炎の精霊召喚を鉤爪の発動体から放てば、熱によるダメージは少なそうだ。鉤爪のサイズが縮んでいないのは丁度良かったのかも知れない。

 続けて兜の角から光の精霊を召喚すると、二本の角の先端から光球が生まれる。こちらの発動体も大丈夫な様だ。

 それにしても手以外の場所から魔法を使うと言うのは、それを意識せねばならない分、ワンテンポ遅れてしまう。実戦でスムーズに使うためには、要練習だろう。


 最後に靴底の発動体なのだが、これは俺が頼んで仕込んでもらった物だ。

 わざわざそうしてもらったのは、ある考えがあったからである。

 実際に身に着けてみると予想通りだったのだが、全身金属鎧と言うのは重い。

 無論、これから鍛えて行くつもりではあるが、これを着て走り回ると疲労が激しいのは変わりないだろう。

 そこで俺が考えた解決案と言うのがこれだ。

 まず少し腰を落とし、足を肩幅の広さまで広げてバランスを崩さない様に身構える。

 そしてこの状態で足下から大地の精霊を召喚し、操るのだ。

「よし、成功だ!」

 次の瞬間、俺は『魔力喰い』を着たまま猛スピードで移動していた。発動体のチェックとしては、この時点で大成功である。

 周りからは全身鎧を身に着け身構えた俺が、足も動かさず地面を滑って移動している様に見えているだろう。

 そう、俺が大地の精霊召喚で足下の地面を操り、動かしているのだ。そのスライドする地面に乗って俺は高速移動している。

 実際に滑ってみると、動き自体は自分の魔法で制御しているおかげか平面を移動するだけならスケートやスキーよりも簡単な印象だ。上下に揺れないためか歩くよりも音が少ない。

 ただ、急旋回や急停止するとバランスを崩し掛けてしまう。これは足を始めとする全身の力が物を言いそうだ。こちらも要練習、そして要訓練である。


 魔法の鎧『魔力喰い』自体には全く問題が無いだろう。調整作業はこれでお終いである。

 これを身に着けて戦場に出るためにはマント、可能であれば肩当ても用意した方が良いらしいが、鎧と同じ材質の金属を探すのは物理的に難しい。

 これについては後でパルドーさん達に相談するとしよう。肩当ては装飾品としての側面も持っているので、シャコバさんに相談すると良いかもしれない。



 最後にもう一つ、パルドーさん達に頼んでいた物がある。

「こっちもちゃ~んと出来てるにゃ」

 俺達が買い物に行っていた時の様な合間の時間を縫っての作業だったが、きっちり仕上げてくれたらしい。

 それは一振りの剣だった。刃渡りは一ストゥートと少しの幅広で長身な大剣だ。両手で持たねば扱えないだろう。

 刃が鋭利なギザギザになっている様は「フランベルジュ」を彷彿とさせる。

 本来フランベルジュと言うのは、波打つ刃の加工によって強度が犠牲になるものだ。

 しかし、この剣は板のように分厚く、そして刀身は幅広く、正しく「グレートソード」と呼ぶに相応しい重厚さを誇っていた。

 刀身の色は黒。そこには真っ赤な草書体の漢字で「第六天魔王」と書かれている。

 ラクティは怖いのか、リウムちゃんの背に隠れている。しかし、隠れ切れていない。リウムちゃんの肩にしがみ付いてぷるぷるしていた。

 そう、これは初代聖王が魔王を封印するために用意したと言う、闇の女神ラクティ・ロアを封印していた卒塔婆を使って作ってもらった剣。

 どう扱うべきか悩んでいたが、魔族に対して絶対的な力を持つ物である事は確かなので、パルドーさん達に頼んで大剣に仕立ててもらったのだ。


 両手で構えると、ずっしりとした重みが感じられる。

 皆が無言で見守る中、剣道の様に素振りをしてみると風切り音――と言うにはいささか鈍い音だけが辺りに響いた。

 剣術も剣道も習っていないので、やはりお世辞にも上手いとは言えなさそうだ。実戦で扱うならばこれも要訓練だろう。

 名付けるならば「ソトバの剣」だろうか。「ストゥーパの剣」は少し違う気がする。

 漢字で「卒塔婆の剣」と書くと現代日本人の感覚では変に感じるが、異世界の人間ならば変に感じる事は無いだろう。

 春乃さんなら理解してくれて、きっと笑う事はない。そう信じたい。

 でも、念のため提案する形で一度連絡を取っておこう。


 問題があるとすれば、この剣は闇の女神すら封印してしまう対魔族用の決戦兵器とも言える剣なのだが、魔族以外に対しては「頑丈な魔法のグレートソード」でしかないと言う事だ。

 まぁ、魔法のグレートソードと言うだけでも武器としての利点があるとも言えるのだが。

 もう一つの問題として考えられるのは、誰か――具体的には魔族がこの卒塔婆を知っていないかどうかである。

 もし知っている者がいれば闇の女神復活についても知られるかもしれない。その可能性を考えると、このソトバの剣は普段は切り札として温存した方が良いだろう。

 幸い、ハデス・ポリスで見付けた武器が幾つもある。パルドーさん達に鑑定してもらえれば良い物も見付かるだろう。



「さぁ、鎧の調整は終わったにゃ!」

「約束通り、あっちのお宝の山を鑑定させるにゃ!」

「……休む気はないんですか?」

 パルドーさんとシャコバさんは、他の武具の鑑定は鎧の調整が終わってからと言う約束をしっかり覚えているらしく、疲れているはずなのに鼻息を荒くしていた。

 もちろん俺も、その約束はちゃんと覚えている。と言うか、俺自身も庭の隅に移動させている武具の山は気になっていた。

 クリッサの方を見てみると、彼女は諦めた様子で先程とは別の意味でハンカチで涙を拭っていた。彼等のこのノリは止められないと言う事だろう。

 しかし、その前にやってもらわねばならない事がある。

「食事は忘れないでくださいよ。それに汚れてますからお風呂も――」

「断るにゃ!」

「――ですよね」

 この一ヶ月彼等と共に過ごしている内に知った事なのだが、ケトルトと言う種族は外見が猫なだけあってお風呂を非常に嫌っている。

 いや、人間とは異なる清潔さを保つための独自の文化を持っていると言うべきか。

 そう、「グルーミング」とも呼ばれる毛繕いである。他人に施す場合は親愛の情を示し、社交的な意味も持つ、彼等ケトルトにとっては非常に重要な文化なのだそうだ。

 鍛冶仕事で汚れた後に舐めて毛繕いをすると煤まで舐め取ってしまうので、流石に水浴びなどをするらしいが、これも嫌う人はとことん嫌うとか。

 特にパルドーさんの水嫌いは仲間内でも有名だそうだ。普段は鍛冶仕事の汚れは誇りだと豪語しているらしい。

 こう言う人のために毛繕い用のブラシなんて物まであったりする。

 同じ白猫だと言うのに薄汚れているパルドーさんと、純白のクリッサ。二人にここまでの差があるのは、きっと彼女が水嫌いの父を反面教師にしているからに違いない。

 逆にシャコバさんはきれい好きだ。作業姿からはそうは見えないが、マークによるとお洒落を好んでいるらしい。

 一日の仕事が終わったら必ず水浴びをして汚れを落としてから毛繕いをする。

 そんな彼でもお湯のお風呂にだけは絶対に近付かないと言うのだから、ケトルトの風呂嫌いがいかほどなのかは推して知るべしである。

「でも、せめて水浴びはしてくださいね。

 じゃないと鑑定はシャコバさんだけにお願いする事になりますよ」

「にゃ~~~!」

 流石にそろそろ黒猫になってしまいそうなパルドーさんをそのままと言う訳にはいかないので、水浴びしないと鑑定させない事にした。

 鑑定してもらう物の中には布製品もあるので、実際汚れた状態では困るのである。

 パルドーさんは悲鳴を上げるが、クリッサは嬉しそうなので問題はないだろう。


 ちなみにマークは、子供の頃は父親が反面教師になったのか水浴びを嫌っていたが、クリッサがきれい好きなのを知り、いつしか毎日水浴びする様になったらしい。青春である。

 「ストゥーパ」は、サンスクリット語で「仏塔」の事です。

 これを日本語に音写したものが「卒塔婆」になります。


 細くて高い建築物全般を「塔」と呼ぶのも、これが語源だと言われていますね。

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