外伝 春乃、新たなる旅立ち!
東雲春乃です。
身長三ストゥート程の巨人と、身長三分の一ストゥート程の小人を連れています。
「半ストゥートはあるよ!」
「それ、尻尾も入れた『全長』ですよね?」
巨人のプラエちゃんはキュクロプスと言う種族ですが、身体の大きさと肌が青い以外は普通の女の子と変わりません。ちょっと髪がボサボサになっているくらいです。
そして小人のデイジィはインプと言う種族で、黒いコウモリの様な羽と黒い先端が膨らんだ尻尾を持つ女の子です。
既にアテナ・ポリスを出ているのでデイジィは既に鳥かごから出ていますが、彼女はこのまま私達と一緒に来るそうです。
元老院議員の密談を目撃してしまい、覚えのない濡れ衣を着せられて犯罪者レイバーにされかかった彼女は、こうして解放された今でも身の危険を感じているのかも知れません。
と言うか、犯罪者レイバーと言うのは過酷な労働に従事すると聞いていますが、身体の小さなインプを犯罪者レイバーにして何をさせるつもりだったのでしょうか。
ただ単に口封じが目的だったと言われた方が納得出来ます。
そう考えると、今も身の危険を感じていると言うのも間違いとは言い切れません。
私としてもアテナの元老院に好き勝手させるのは面白くありませんので、ここはデイジィを守らせてもらいましょう。
アテナ・ポリスを出てナーサさんの屋敷に戻った私は、そのまま庭先でプラエちゃんから話を聞く事にしました。彼女の大きな身体では屋敷の中に入れないからです。
セーラさんは、ナーサさんに報告しに行きました。冬夜君にもすぐに連絡するそうです。
デイジィは私の肩の上です。私から離れたくないみたいですね。周りが光の女神の信徒ばかりなので当然かも知れません。インプは魔族の一種だそうですから。
巡礼団のほとんどは遠巻きにしてプラエちゃんを見ています。その辺のモンスターよりも大きな身体を持つ彼女に対し、どう接すれば良いのか分からないみたいですね。
ただ一人だけ、プラエちゃんを恐れずに世話役を買って出てくれた人がいました。
神殿騎士であるその人に話を聞いてみたところ、彼女の故郷は昔から人間と亜人が一緒に暮らしているらしく、彼女自身も亜人の友人が大勢いたとの事です。
彼女はプラエちゃんの夕食を狩ってきますと、神殿騎士の制服に身を包んだ二人を連れて、勇ましく出掛けて行きました。
同僚と言うより友人同士でしょうか、仲が良さそうですね。
後に残った私は、まずプラエちゃんが言っていた風の女神が呼んでいると言うのは一体どう言う事なのかを尋ねてみます。
「ん~……よく分かんな~い」
しかし、プラエちゃんは詳細な理由を全く知らない様子でした。
「勇者を呼んで来て欲しい」としか言われていないらしく、その指示と言うのも、「森の中で休んでいる三人組がいるから付いて行けば良い」と言う極めて大雑把なものだったとか。
そう言えばディランさん達が言ってましたね、起きたら隣にプラエちゃんがいたって。
しかし、こうして実際に『女神の勇者』である私に会えているのですから、その指示も正しかったと言えますね。
では、どこに行けば風の女神に会えるのか。
「んっとね~、テーバイ!」
「テーバイ?」
「確か、森の名前じゃなかったか? 場所はよく覚えてねーけど」
初めて聞く名でしたが、デイジィが地名であると教えてくれます。
「そのテーバイの森に風の神殿があるの?」
「そうだよ~」
「と言う事は……グラウピスの人達もそこに?」
「いるよ~」
どうやらアテナ・ポリスから去った翼を持つ亜人・グラウピスの人達は、そのテーバイの森に逃れてキュクロプスの人達と一緒に暮らしているみたいですね。
後でナーサさんに詳しい場所を尋ねてみたところ、詳しい場所が分かりました。
私達が召喚されたユピテル・ポリス。そこから街道沿いに西に真っ直ぐ進むとアテナ・ポリスがあります。
ユピテル・ポリスから南へ進んだ先にある『空白地帯』の中央にハデス・ポリス。そのハデス・ポリスの西方に、冬夜君が行った農業が盛んだと言うケレス・ポリスがあります。
四つのポリスの位置関係は、ちょっと歪な四角形を描く様になっていると言う事ですね。
ちなみに冬夜君が今いるヘパイストス・ポリスは、ケレス・ポリスから『空白地帯』とハデス・ポリスを挟んで反対側の東側にあります。
そして問題のテーバイの森がどこにあるかですが、アテナとケレスの丁度中間辺りから西方に進んだ先に広がっているそうです。
残念ながら、街道は繋がっていないみたいですね。
「行くのか?」
肩の上のデイジィが身を乗り出して私の顔を覗き込み、尋ねてきました。
そうですね。それが元々の目的ですし、グラウピスの居場所が分かったのなら行かねばならないでしょう。
「デイジィは付いて来てくれますか?」
「どうしようかねぇ……」
私の肩の上であぐらをかく彼女は、あまり乗り気ではない様ですね。
「今晩、皆を集めて色々とお話をしますから、それを聞いて考えてみてください。準備する時間もありますから」
「準備?」
「その格好では旅立つ事も出来ないでしょう?」
「あ~……」
かく言う彼女は、布切れをバスタオルの様に身体に巻いただけの格好をしていました。
「とりあえず、私のハンカチを使って下さい。それは汚れてますし」
「ありがと、そうさせてもらうわ」
縁にレースが付いた物とか可愛いかも知れませんね。
それから部屋に戻って大きめのハンカチを選んで巻いてあげると、デイジィは跳びはねて喜んでいました。
まず端を少しズラして半分に折り、レースが二段になる様にしたのがポイントです。
彼女達インプは元々服装に関しては無頓着らしく、こんなオシャレをした事が今までなかったとか。確かに彼女、下着も身に着けていませんでした。
コウモリの羽をパタパタとさせながら踊るように飛び回るデイジィを眺めていると、ナーサさんへの報告を済ませたセーラさんが来ましたので、彼女と今後の事について話し合います。
「トウヤさんに連絡したところ、彼女を保護した事以外については全て公表しても構わないとの事でした」
「……それ、冬夜君にご迷惑をお掛けする事になりませんか?」
「事情を知らない者がハルノ様と一緒にいる方が問題との事でした」
なるほど。行き詰まった状態で公表したり、こちらから公表する前に何かしらの原因でバレてしまうよりかは、何でもない今の段階で話しておいた方が良いと言う事ですか。
巡礼団との関係が悪くなる事も考えられますが、逆に言えば悪くなっても今ならば問題にまで発展しないでしょう。
そう考えると、今公表すると言う冬夜君の考えは間違いではないと感じられます。
それにしても冬夜君は、こんな時でも私の心配をしてくれているのですね。
ちょっと恥ずかしいです。頬に両手を添えてみると、少し熱くなっていました。
「ハルノ、赤くなってるぞ~。なぁ、セーラ。トウヤって誰だ?」
デイジィが私の肩に降り立ち、頬に添えた手をつつきながらからかってきます。
「もう一人の『女神の勇者』、ハルノ様の好い人ですよ♪」
「へぇ~、お堅いヤツかと思ってたけど、なかなか……」
「セーラさんも嬉しそうに話さないでください!
セーラさんだって、私が混浴する時は一緒にって話になってるじゃないですか!」
「そ、それは……」
「おっ、今度はセーラが赤くなった」
私の肩から飛び立ったデイジィが、次はセーラさんの頭に乗ってふわふわした髪をぺしぺしと叩いています。
いけませんね。この件に関しては私とセーラさんがからかわれる一方です。
「その話はいいですから、今後の事をお話ししましょう」
「そ、そうですね……」
「ちぇっ、つまんねえなぁ」
「大事な話なんですよ」
そう言って私は、セーラさんの頭の上にいるデイジィをお人形を扱う様に抱き上げ、胸元に抱き寄せます。
デイジィはちょっと窮屈そうですが、羽を折り畳んでされるがままになっていました。
「ちょっと緩めて。苦しい」
「あ、すいません……」
私が手を緩めると、胸に埋もれたデイジィがプハッと顔を上げました。
すいません、ちょっとどころではなかった様です。
とにかく、風の女神の神殿を目指して旅立つとなると、当然巡礼団の皆さんはどうするのかと言う問題が浮上してきます。
そろそろ皆に話さねばならないでしょう。初代聖王と魔王の戦いの真実を。
「私は……ハルノ様に付いて行く事が光の女神様のお心に適うと信じていますが、同時に神殿に背く事でもあると思います。
正直なところ、ルビアさんを始めとする巡礼団の皆さんが今まで通りに付いて来てくれる可能性は低いんじゃないでしょうか」
「私は彼女達を、神殿内での立身出世よりも光の女神への信仰を選んだ人達だと思っていたのですが、誤りでしたか?」
「いえ、それは正しいと思います。ですが、そこが問題なんです」
「と言うと?」
私とデイジィが揃って首を傾げると、セーラさんは神妙な面持ちで答えてくれました。
「トウヤ様が他の女神様の祝福を授かっていると言うのも問題と言えば問題ですが、ハルノ様が風の女神様に会いに行こうと言うのは……」
「……なるほど」
私が本来の名前通りに『光の女神の神殿の勇者』として行動するならともかく、他の女神にも積極的に関わる様にすると問題になると言う事でしょう。
「それじゃあさ、セーラが一緒に来るのも問題なんじゃないの?」
私の腕の中からデイジィが問い掛けました。ジト目でセーラさんを見ています。
「私は巡礼団ではないので、個人として動く事が出来るんです。
別に光の女神の信徒だからと言って、それ以外の人達と行動を共にしてはいけないと言う訳ではありませんし」
「ふ~ん」
そう言って私の胸にもたれ掛かるデイジィは、どこか面白くなさそうな様子でした。
インプは魔族の一種だと言う話ですし、その辺りが関係しているのかも知れません。
セーラさんに関しては問題ないでしょう。私も彼女を信じていますから。
それよりも問題は巡礼団の人達です。
私が風の女神に会いに行くのが問題になるとして、それに対してどう動くのか。
私とセーラさんは考え得る可能性、その対処方法についてしばらく話し合いました。時々デイジィの鋭いツっこみを受けながら。
その日の晩、篝火を焚いた屋敷の庭に巡礼団の皆を集め、私は冬夜君がハデス・ポリスで得た情報、そして私とセーラさんがアテナ・ポリスで得た情報について話しました。
『空白地帯』のハデス・ポリスと、第六の女神・闇の女神の存在。
初代聖王が間違って闇の女神さまを封印してしまったせいで『空白地帯』が生まれ、しかもそれを女神の存在と共に隠してしまった事。
魔王も過去に私達の世界から召喚された人間である事。
闇の女神さまは亜人の神で、魔族も亜人の一種である事。
闇の女神さまが封印されてから五百年の間に亜人の国が乗っ取られている事。
アテナ・ポリスもその一つで、それにかつての光の神殿も関わっていると言う事。
そして、アテナ・ポリスにある風の神殿はダミーであると言う事を。
闇の女神であるラクティ・ロアの存在と、魔王の正体が有名な戦国武将・織田信長である事以外は全て話しました。
「かつての光の神殿」が間違っていたと言っており、今の光の神殿の在り方まで否定している訳ではないので、ギリギリ大丈夫だと思います。
ルビアさん達は皆、唖然として言葉を失っています。この話を聞いた時のセーラさんと同じ反応ですね。
セーラさんの肩の上にいたデイジィも目を丸くしていました。
唯一にこにこしているのは私の隣に座っているプラエちゃんですね。もしかしたら話が難しくて理解出来ていないのかも知れません。
ルビアさん達に対してセーラさんが語り掛けました。
光の女神の教えに亜人の排斥などは無く、亜人の国を乗っ取るかつての光の神殿の行いは光の女神の司る正義と公平に背くものであると言う事を。
巡礼団の皆さんは互いに顔を見合わせてざわざわしています。
「私は、風の女神の招きに応じて近く旅立つつもりです。
付いて来て下さいとは言いません。
皆さんがどうするのか、それは皆さん一人一人が考えてください」
最後に私は、皆に向かって声を掛けました。
勇者の立場で命じる事なんて出来ません。お願いも出来ません。勇者としての立場を考えると、ただのお願いでは済まないでしょうから。
ですから私は、ただ皆に考えてもらいます。
彼女達がどう反応するか、後は待つしかないでしょう。
それぞれ考えてもらうためその場は解散し、皆には部屋に戻ってもらいました。
私は……そうですね、プラエちゃんともう少しお話しする事にしましょうか。
その日の内に私に付いて行くと宣言してくれたのはデイジィでした。
彼女達インプにとっては、自分達には神がいないと言うのが常識だったらしく、闇の女神の存在に興味を持った様です。
冬夜君が保護したラクティについては皆の去就が決まってから、アテナ・ポリスを旅立ってから教えてあげる事にしましょう。
翌日、巡礼団の中ではルビアさんが一番に私の所に来てくれました。
「申し訳ありませんが……」
「そうですか……残念です」
彼女の答えは、私と一緒に行く事は出来ないと言うもの。
私が間違っているとも思わないけど、巡礼団の団長としての責任があるため、一緒には行けないとの事です。
彼女も責任のある立場なのです。こればかりは仕方がないでしょう。
正直なところ、こうなるのではないかと言う予感はありました。
と言うか、皆に話した事自体が、付いて来てくれる人とそれが出来ない人を区別するためだとも言えます。
ルビアさんはこれからも巡礼団として活動していくつもりらしく、支援していただいた分も含めた活動資金は半々にすると言う事で話が付きました。
馬も私とセーラさんの分はそのまま使わせてもらう事になり、私に付いて行くと言う者が現れれば、その人達の分も用意してくれるとの事。
そして旅立ちの準備ができるまでは私達を手伝ってくれるそうです。せっかくなのでお世話になる事にしましょう。
しかし、皆がそう考える訳ではなく、その日の内に十二人の人達が屋敷から出て行くと言い出しました。
中には憎々しげな視線を私に向けてくる人もいました。
「貴女には騙されました」
「私達は聖王家と光の神殿に騙されてました」
吐き捨てる様にそう罵ってきた人に対し、私は毅然とした態度で言い返します。
そんな事を言われる覚悟も無しにあの事を打ち明けたと思われていたのだとすれば、私もなめられたものですね。
結局その人は口惜しそうな顔をしましたが何も言い返さず、そのまま荷物をまとめて逃げる様に去って行きました。
その日は、それ以外に何か言ってくる人は現れませんでした。
ルビアさんと同意見――と言う訳ではなく、まだ決まっていないのでしょうね。
とりあえず、決めるまではルビアさんと同じく手伝ってくれる様ですので、私達は次の日から旅の準備を始めました。
まず揃えねばならないのが荷物を奪われてしまったプラエちゃんとデイジィの旅支度です。服から揃えて行かねばなりません。
どちらも人間離れしたサイズですので少し心配でしたが、フィークスブランドの人達は一週間で揃えてみせると張り切っていました。
「大丈夫なんですか? 我ながら無理を言っているのではないかと思うのですが……」
「ご安心下さい! 光の女神様が『正義と公平』を掲げるならば、我々が掲げるのは『下着は公平』! 必ずやお客様にピッタリの下着を御用意させていただきます!」
「そ、そうですか……よろしくお願いします」
「バカなんだかすげぇんだか分かんねえな、こいつら……」
何故か興奮気味に鼻息を荒くした女性店員にスリーサイズを計られながら呟くデイジィは、呆れ果てた表情をしていました。
あと、プラエちゃん用のリュックサックも用意してもらいます。
彼女の加入で荷物が増えるでしょうが、それもこれで解決するでしょう。
防具に関しては、ほとんど選択の余地がありません。
デイジィの方は、服やブーツを出来るだけ丈夫な物に。
プラエちゃんの方は、レッサーボアと言う大きなイノシシ型モンスターの毛皮を使った胸当て、小手、サンダルを作ってもらいました。
ブーツは本人が嫌がったので無しです。窮屈なのが苦手みたいですね。服も全体的に肌の露出が多めで、おへそが見えています。
それと大きな盾を用意してもらったのですが、人間の身体がすっぽり隠れるサイズのタワーシールドと言う物を軽々と振り回しました。
店員が倉庫から出して来た、その工房で一番大きくて使い手がいないと言うタワーシールドでも平気そうだったので、それを購入する事にします。
こう言う物は大きさに比例して値段も上がるものですが、使える者がいなくなる程に大きくなり過ぎるとかえって安くなるのですね。一つ勉強になりました。
そして武器の方はと言うとデイジィは針を剣代わりにするくらいしか出来ませんでした。
ぬいぐるみ用だと言う長くて丈夫な縫い針を剣の様に仕立ててもらい、その重さによたよたしながらも本人は御満悦な様子でした。普段は背中に背負ってもらう事にしましょう。
店員さんが言うには、「エストック」と言う刃がない突剣に似せて作った物だそうです。
プラエちゃんの方ですが、こちらも選択の余地はありませんでした。
どうも彼女は力任せに武器を振り回すくらいしか出来ないらしく、棍棒やメイスと言った鈍器の類しか使えそうになかったのです。
そこで太い木の枝を削って握りやすく加工した物の先端部分に薄い鉄板を巻き付けた棍棒を作ってもらう事にしました。トゲトゲなどはなくて見た目はシンプルです。
私では抱え上げるのも難しそうなそれを、プラエちゃんは楽々と持ち上げます。凄いのですね、キュクロプスって。
でも、一番苦労したのは毛布でしょうね。
プラエちゃんサイズとなると、普通の毛布では足りません。
本人は無くても平気、今までも使ってなかったと言っていましたが、だからと言って何も用意しない訳にはいきません。
結局、その問題を解決してくれたのもフィークスブランドでした。
旅人にとって毛布と言うのは丸めて背負うと大きな荷物になります。
私は巡礼団の人達と荷馬車がある状態で旅をしていたため実感が湧きませんが、徒歩で旅をする人達にとっては馬鹿に出来ない問題なのだそうです。
それならばマントにして羽織ってしまえば良いじゃないと開発されたのが、毛布にもなる兼用マント。防寒具としても役に立つ人気商品だそうです。
プラエちゃんは特注サイズになりますが、それでも店員さん達は快諾してくれました。これくらいなら楽な仕事なのだとか。
私とセーラさんの分は既製品で済みそうだったので、せっかくですから私達の分も買わせていただく事にしました。
デイジィもマントを作るとなると特注になっていたでしょうが、彼女はタオルサイズの毛布を購入しました。
このサイズだと可愛らしい刺繍を施した物もあって、本人は気に入った様子です。
更に食料なども用意して、旅の準備には一週間ほど掛かりました。
その間にアテナ・ポリスでは元老院、光の神殿、そして監査員が不正問題を解決しようと慌ただしく動き回っていました。
街の人達は、その不正事件、初代聖王と魔王の戦いの話、そしてハデス・ポリスと第六の女神・闇の女神の噂で持ちきりです。巡礼団の人達から漏れたのでしょうね。
きっと隠してしまおうと考えた人もいたのでしょうが、不正問題に関しては私が重要な証拠を押さえていました。
そしてハデス・ポリスの件については……恐らくですが、私が光の女神の勇者だというので遠慮が働いたのでしょう。
最悪私を口封じに来る可能性も考えていました。ルビアさんも同じ様に考えて出発まで手伝うと言ってくれたのでしょう。
しかし彼等は、流石にそこまでの踏ん切りはつかなかった様です。
だから彼等に残された道は、不正を行った者達をしっかり罰するしかなかったのです。
「多くの元老院議員は、不正を行った議員とは違う」
「光の神殿は不正を許さず、かつての乗っ取りを行った頃とは違う」
「監査員は真っ当に仕事をしている」
それぞれが、こう主張するために。
実を言うと、ここまでのおおまかな流れは予想していました。彼等が保身に走るために出来る事は限られていましたから。
もしレイバー市場で不正を見付けたあの時、衛視や監査員を無視して私が主導して事件を解決していれば、面子を潰された彼等は黙っていなかったでしょうね。
私が監査員に被害者への弁償を要求したのも、あれなら通ると思ったからです。
被害者を救済する事で今回の不正を決して許さないと行動で示す事が出来ると言うあちら側のメリットがありますから。
そして調査開始から五日目に逮捕された元老院議員は、案の定デイジィが密談を目撃した人物でした。そう言うつながりが無いと、彼女を犯罪者レイバーとして放り込めませんよね。
その時密談していたのが共犯者である司祭と、賄賂を受け取り便宜を図っていた別の大物議員だったそうです。もちろん彼等もまとめて逮捕されています。
事が事だけに彼等には『誓約紋』の魔法が使われて洗いざらい罪を白状したそうです。
おかげで被害の全容も判明し、被害者の救済も始まりました。
これはまだまだ時間が掛かるでしょうが、一度公表して始めた以上はちゃんとやり遂げてくれるでしょう。
旅立ちの前日、私に賞金と勲章が授与される事になりました。今回の一件で私の功績が大きかったからだそうです。
賞金の方は、活動資金と同じくルビアさんと山分けにしましょう。
もらえる勲章の名は『オリーブムーン勲章』、三枚のオリーブの葉の上に小さな三日月を乗せたデザインの純金製の勲章です。
これはアテナの平和を守るために功績があった者に贈られる名誉ある勲章なのだとか。
勲章は一つですが、名誉な事なので仲間も参列して良いと言われましたので、せっかくですからセーラさんだけでなくデイジィとプラエちゃんにも参列してもらいましょう。
式典が行われるのは扉も大きな大ホールなので、プラエちゃんでもちょっと身を屈めれば入る事が出来ます。
こうする事で、デイジィが屋敷に潜入したのも、それに限っては事件解決のための調査の一環と言う事に出来るでしょう。
私と一緒に来る以上、次はありません。やらせはしません。
プラエちゃんはドレスの様な礼服の用意が出来ませんでしたが、きれいな刺繍を施した貫頭衣を用意しました。
かつてユピテル・ポリスに訪れたエルフがその貫頭衣姿で王の前に出て、それが認められたと言う事があったらしく、その前例のおかげで亜人用に礼服として認められているそうです。
ちなみにデイジィに着てもらったのは、アンティークドール用のドレスだったりします。
そして更に三人、私達と一緒に式典に参加した人達がいました。
その人達はプラエちゃんのお世話役を買って出てくれた人と、その友達らしい二人。あの仲良し三人組です。
三人揃って真っ白な神殿騎士の制服を着ています。神殿騎士の制服は、礼服としても認められている物です。
そう、彼女達は巡礼団を離脱してでも私に付いて来てくれると言ってくれたのです。
今日まで屋敷から去らなかった人達も、ほとんどがルビアさんに付いて行くと言っていた中で、私に付いて来てくれると言ってくれたのは彼女達だけでした。
特に故郷では亜人が友達だったと言う一番小柄な彼女は、私と一緒に行くのが認められないのであれば神殿騎士を辞めるとまで言ってくれました。
ルビアさんは巡礼団ではなく一人の神殿騎士として行くと良いと、苦笑しながら送り出してくれたそうです。
ルビアさんとはここで別れる事になるとは言え、私と彼女は決して仲違いした訳ではありません。彼女も神殿よりも女神への信仰を取る人、その考え方はセーラさんに近いです。
もしルビアさんが巡礼団の団長と言う立場でなかったら、きっと私に付いて来てくれていたのではないかと思います。
そんな彼女だからこそ、神殿騎士を辞めてでもと言える無鉄砲さがある意味羨ましい。彼女の苦笑にはそんな意味が込められていたのではないでしょうか。
式典が進み、私が前に出ると、元老院議員の方が感状を読み上げました。
それが終わると議員の後ろに控えていた女官が恭しく前に出て、オリーブムーン勲章を私の胸に付けてくれます。
それと同時にわっと巻き上がる歓声と共に、大音響の拍手がホール内に響き渡りました。
あ、観覧者の中にルビアさんの姿もあります。笑顔で力強く拍手してくれています。
議員に一礼してホールから退出する際に、彼女の方に向けて小さく手を振ってみました。
すると彼女もそれに気付き、辺りをきょろきょろと見回してから少し恥ずかしそうに手を振り返してくれました。
「それじゃ、行きましょうか」
ホールを出て、セーラさん達の方を振り返ってそう言うと、皆力強く頷いてくれます。
私も含めて七人の仲間。ユピテル・ポリスから旅立った時は巡礼団を率いて三十人以上いたと言うのに随分と減ってしまいました。
しかし、あの頃の私は冬夜君に囮になってもらい、ルビアさん達に守られていた、言うなれば保護者付きで旅をしていた様なもの。
各地でモンスター討伐していた時も、巡礼団の人達が中心になり、彼女達に助けられながら戦っていました。
もしかしたらレイバー市場で不正を暴いた時こそが、初めて私自身が中心になった戦いだったのかも知れません。
先程よりも誇らしく感じられるオリーブムーン勲章を胸に、私は仲間達の先頭に立って歩き出しました。
ここからが私自身の旅の始まりです。
と言う訳で、今回で春乃の外伝は一旦終わりとさせていただきます。
春乃と共に行く事を選んだ三人の神殿騎士については、またいずれ春乃パーティのエピソードの時に。




