外伝 怪傑春乃、アテナ・ポリスを斬る!
東雲春乃です。
レイバー市場に行くためセーラさんの手を引いてアテナ・ポリスに戻って来ました。
街の門を潜るとどこかユピテル・ポリスに似た西洋風の街並みが広がっています。
この街が人間に乗っ取られたと知った今では、ユピテルに似ているのも乗っ取った人達が似せたのではないかと思えてきます。
かつては翼を持つ亜人が住んでいたと言うアテナ・ポリス。その頃のアテナは一体どんな姿だったのでしょうか。
道を歩いていると街の人達が気さくに声を掛けて来ます。『女神の勇者』としてモンスター討伐をしてきた成果ですね。
私は話し掛けて来たおばさんにレイバー市場の場所を聞きました。
レイバーが欲しいなんてもしかしたら変な顔をされるかもと思いましたが、おばさんは普通に道を教えてくれます。
冬夜君から「レイバーを雇う事が中流以上のステータス」と聞いていましたが、それを改めて実感しました。むしろ良い事だと思われている節もあります。
やっぱりこの世界ではレイバーはあって当然の存在。普通に人を雇う事と大して変わらないのでしょう。
おばさんに手を振って別れを告げると、私はセーラさんの手を引いて歩き出しました。
道行く人達を見て私は考えます。この国の人はほとんどが光の女神の信徒です。
光の女神の神殿がこの国を乗っ取ったと言う話もありますが、それも数百年前の話。彼等にとってはほとんど関わりのない話です。
正直なところ色々と思うところはあるのですが、だからと言って彼等を色眼鏡で見てしまう様な事は避けたいですね。
笑顔で話し掛けてくる彼等に返す笑みが、ぎこちないものになっていないか心配です。
いけませんね。もっと良い事を考えましょう。
足早に歩きながら私はもっと前向きな事を考えてみる事にしました。
ここは冬夜君の事を――いえ、ダメですね。それでは顔がにやけてしまいます。
ふと私は手を繋ぎっぱなしのセーラさんの方を見ました。
心なしか元気になった様に見えます。光の神殿が何をしてきたかを知ってショックを受けていた彼女ですが、どうやら暗闇から抜け出す事が出来た様ですね。
「光の女神様は正義と公平を司る神。亜人を攻めろなんて教えは無い」、先程言っていましたが、それが彼女の出した結論なのでしょう。
つまり、かつての神殿の行いをどう思うかと、自分が光の女神を信じ続ける事は別問題だと言う事でしょうね。
私はそれで良いと思います。私だって光の女神の祝福が無ければセーラさん達とお話しする事も出来ないのですから、光の女神そのものを否定しようとは思いません。
と言うか過去の歴史を知る現代日本人としては、そう言う争いは神じゃなくて人間が起こすものだと思いますし。
正直なところ「勇者と魔王の戦い」なんて言われるよりも「国家同士の戦争」と言われる方が現実的で、ストンと腑に落ちる気がしていたりするのも事実です。
何と言うか、私思ったんです。「どこに行っても、やる事は変わりませんね」と。
……私、冷めてるのでしょうか。
そんな事を考えている内に私達はレイバー市場に到着しました。
冬夜君達が行ったユピテル・ポリスのレイバー市場は円形のドームの様な建物だったそうですが、ここのレイバー市場は凝ったデザインの建物でした。
たとえるならばコンサートホールでしょうか。中に入ってみると、奥の方に大きなステージもありました。そこで話に聞いていたオークションが行われているのでしょう。
私が『女神の勇者』春乃だと名乗ると、このレイバー市場の支配人だと言う老紳士が自ら案内役を買って出てくれました。
何度もモンスター討伐をしてきたおかげか、それなりに名が知られている様ですね。
スラッと背が高く、スマートな人で、身嗜みも整っています。高貴そうな服装から察するにこの人も貴族でしょうか。
何と言うか、この人のどこかわざとらしい笑顔は……いえ、止めて置きましょう。
とにかく私達もレイバー市場は初めてで案内してくれる人が欲しかったので、素直にご厚意に甘える事にします。
まず私達が案内されたのは、玄関ホール正面にあるステージの客席に通じる扉の前。左右に大きな部屋があります。
こう言う場所は慣れていないのかセーラさんは黙って私の後を付いてきていますので、私が前に出て支配人の話を聞きます。
「え~、右手の部屋で戦闘レイバーを、左手の部屋で労働レイバーを扱っております」
「私達はユピテル・ポリスのレイバー市場の話を聞いた事があるだけなのですが、何か違いはあるのですか?」
「いえ、特にありませんね。ああ、この街では護衛が求められていますので、戦闘レイバーの需要はユピテルより高いかと」
「護衛と言うのは誰が?」
「主に元老院議員の方達ですね。このレイバー市場も元老院が運営していますので」
「なるほど……」
戦闘レイバー、護衛の需要が高いと言うのは、この国が王ではなく元老院議員によって動かされているからでしょう。
議員の一人一人はユピテルで言うところの貴族なのでしょうが、その重要性はただの貴族よりも王家に近いのだと思います。
そしてこれは推測ですが、議員同士も決して一枚岩ではないのでしょう。
つまり、議員一人一人が周りを警戒して、普通の貴族よりも厳重に守りを固めている。それだけ大勢の護衛が必要となると言う事です。
推論に推論を重ねたものですが、私はこう推理しました。私自身が知るアテナ・ポリスの治安状況も踏まえて考えると、そう大きくは外れていないと思います。
しかし、こうなると戦闘レイバーの質はあまり望めませんね。良い人がいれば元老院議員の皆さんで取り合いになっているでしょうから。
戦闘レイバーを求めて来た訳ではありませんが、ルリトラさんみたいに強そうな人がいればと内心思っていたのでちょっとがっかりです。
「あっ……」
そこで私はある事に気付きました。
「そうだ、亜人のレイバーはいますか?」
「亜人、ですか?」
その瞬間、支配人さんの顔から笑顔が無くなりました。よくみると目元がぴくぴくとしています。どうやらこの人は亜人に思うところがあるみたいですね。
「申し訳ありませんが、亜人レイバーには……」
「会わせていただく事は?」
「……勇者様と言えど、一般人に会わせる事は出来ません」
急に態度が余所余所しくなった気がします。
これも冬夜君から聞いた話ですが、犯罪者レイバーと言うのは過酷な労働に従事するものだそうで、基本的に一般人が雇う事は出来ないそうです。
そう、この人は亜人レイバーを犯罪者レイバーと同じ様に扱っているのです。
「……仕方ありませんね。今はオークションは?」
「今はまだ、オークションは基本的に夜に行われるものですので。今夜も開催されますよ」
「流石に、それまで待ってる訳にはいきませんね」
「残念ですねぇ、オークションは私自ら司会をするんですよ!」
私が話題を変えると、支配人さんはあからさまにホッとした様子で笑顔が戻りました。前の話題を忘れさせたいのか聞いてない事まで捲し立てる様に喋ってくれます。
語るに落ちるとはこの事ですね。「怪しさ大爆発」と言うのでしょうか、こう言う場合。
そう言えばルリトラさんは亜人だと言う理由だけで売れ残っていたそうですが、ここまで嫌われるものなのでしょうか。
もしかしたらアテナ・ポリスでは亜人の犯罪者レイバーが多いのかも知れません。
しかし、ルリトラさんは故郷を救うために自らを売りに来た立派な人だと知っているだけに、亜人と言うだけで一括りに犯罪者扱いされているのはちょっとムカムカします。
個人の主義主張を否定するつもりはありませんよ。
しかし、それに付き合う理由もありません。ルリトラさんは冬夜君の大切な仲間。私にとっても大切なお友達なのですから。
「分かりました。では、後は受け付けの方でお話を聞く事にします」
「それでは御案内を――」
「そんな、わざわざ案内してもらう必要ありませんよ。すぐそこなんですから」
にっこり微笑み返しつつも案内はピシャリと断り、私とセーラさんは足早に戦闘レイバー用の受け付けがある部屋へと入りました。
支配人さんは呆気に取られた様子でしたが、こちらも間違った事は言って無いし特に問題はないでしょう。
支配人さん。冬夜君なら良い事も悪い事も、誤魔化したり隠したりはしませんでしたよ。
戦闘レイバーの受け付けに入ると、そこは横に長いカウンターがあり、その向こうには机が並んで数人の人が書類と戦っていました。
痴漢されそうになって姉と一緒に行った警察署を思い出しますね。その、姉がちょっと痴漢しようとした人にやり過ぎてしまったので。
「いらっしゃいませ。どの様なレイバーをお探しでしょうか」
「亜人レイバーを」
にっこり笑顔でそう言うと、受け付けのお姉さんはピシリと固まりました。
奥にいた人達もこちらをチラチラ見ながらひそひそと何やら話しています。
どうやら亜人レイバーを犯罪者扱いするのは、支配人さん個人だけではなさそうですね。支配人さんの方針に逆らえないだけかも知れませんが。
「あ、あの、ハルノ様」
セーラさんがおろおろしながら私の袖を引っ張ってきます。そんな彼女に私は大丈夫だと微笑み掛けました。
「恐れ入りますが、亜人レイバーは一般人の方には……」
「私の――知人である勇者は、ユピテルのレイバー市場でサンド・リザードマンの戦闘レイバーを雇いました。もちろん犯罪者レイバーではありません」
別の言葉を使おうかと思いましたが、この場には相応しくない気がしたので「知人」と言いました。ごめんなさい、冬夜君。
「そ、それは……」
「一般人が雇えないと言うのは犯罪者レイバーの事ですよね? 私は普通の亜人レイバーを見せて欲しいだけなのですが」
「……分かりました」
実を言うと、この質問には確かめる意図がありました。
亜人レイバーを犯罪者レイバーとして扱うのが支配人さん個人のものなのか、このレイバー市場全体の決まりなのか。
そして、彼の亜人嫌いが他の人にもどれくらい影響しているのかです。
受け付けのお姉さんとのやり取りを見たところ、犯罪者レイバーの様に扱うのは支配人さん個人のものの様です。
そして一応市場全体をそれに従わせようとしているけど、そこまで頑なに拒む程ではないと言うところでしょうね。
「しかし、少々お時間をいただく事になりますが……」
「ああ、今はいないのですか? 戦闘レイバーですし」
「え? ええ、そうなんです!」
嘘の反応ですね、これは。
「……まさか、罪もない亜人を犯罪者レイバーにしたりしてないでしょうね?」
「そ、そんな事する訳ないじゃないですかッ!」
「なら良いです。それでは明日また伺わせていただきます」
その焦りようは正直かなり怪しいです。
しかし、こちらも準備不足。ひとまずはここまでにしましょう。
私とセーラさんは大急ぎでナーサさんの屋敷に戻り、ルビアさんと三十人の巡礼団を引き連れてレイバー市場へと取って返しました。
かなり強引な手段ではありますが、ここで時間を与えてしまうと証拠を隠滅される恐れがあるので『光の女神巡礼団』の権威を使わせてもらう事にしたのです。
「あ、あの、ハルノ様。よろしいのですか?」
「構いません。レイバー市場で不正が行われている疑いがありますので」
不安気な様子で尋ねてくるルビアさんに、私は毅然とした声で答えます。
そう言えば私達召喚された勇者が最初に解決した事件と言うのも、ユピテルのレイバー市場で暗躍していた悪徳高利貸しを捕まえたと言うものでしたね。
勇者コスモスが解決したはずですが、冬夜君も少しだけ関わっていたはずです。
再びレイバー市場に到着したのは日が暮れてから。
今夜はオークションがあるらしく、周りには馬車が多く、既に始まっているのか建物からは声と明々とした窓の灯りが漏れています。
証拠隠滅が行われるとすれば市場が閉まってから。オークションをしているならまだ手を付けていないはずです。
今夜オークションが開催されると聞いていなければ、こんな手は使えなかったでしょう。その為にわざわざ「明日伺います」などと念を押したのですから。
「では、調査を開始しましょう」
入り口の案内人に巡礼団として犯罪者レイバーはどこにいるのか尋ねると、彼は素直に答えてくれました。裏手の建物に閉じ込められているそうです。
私達は急いで裏に向かうと建物に突入します。巡礼団の皆さんは私を信じてくれているのか迷う事なく私に付いてきてくれます。
支配人の方にも連絡が行くでしょうから時間との勝負ですね。
建物の中に入ると、ここで働いているであろう人が五人立ち尽くしていました。突然の事で何が起きているのか理解出来ないのでしょう。呆然としています。
部屋の造りは戦闘レイバーの受け付けと同じですね。
私が亜人レイバーの居場所を聞くと、一番手前にいたおじさんが震える手で奥にある階段を指差しました。地下ですか。
「牢屋があるのでしょう? 鍵は? あとレイバーを管理している書類も出してください」
「そ、それは……」
おじさんは目を泳がせながら口籠もります。何かある様ですね。
「……ルビアさん」
「は……ハッ!」
呆けていたルビアさんでしたが、すぐにハッと我に返ってテキパキと巡礼団の皆さんに指示をし始めました。
まず書類が見付かり、私はそれを受け取り中身をチェックします。
枚数は五枚。過酷な労働に従事させると言うレイバーですから引く手数多なのでしょう。ここにいるのは最近捕まったばかりの犯罪者レイバーだと思われます。
「…………はぁ~」
そして大きなため息を吐きました。
犯罪者レイバーを管理する書類に書かれていなければならない情報は何か。
色々とありますが、私はそこに「罪状」が含まれていると考えていました。
例えば「泥棒」と「殺人犯」だと前者の方が比較的怖くないでしょうし、もし女性もいる様な場で使うのであれば「痴漢」などは雇う側も避けたいでしょう。
確かに書類にはその項目がありました。しかし、全員が「山賊」になっていました。
「こちらに五人の犯罪者レイバーの罪状は『山賊』と書かれていますが、これは一つの山賊団が捕まったと言う事ですか?」
「え? さぁ? 警備隊から送られて来たので、私は詳しい事は……」
「それは何時のことですか?」
「え~っと、確か四日……いえ、五日前です!」
困った表情をしたおじさんは首を傾げながら答えました。
それを聞いて巡礼団の皆さんは顔を見合わせてひそひそと話し始めます。その様子を見ておじさん達もまた不安気に顔を見合わせていました。
「証拠が見付かりましたね……ルビアさん、説明をお願いします」
「は、はい……。現在我々はアテナ・ポリスの警備隊とも協力してモンスター討伐を行っている。それ故に、その手の事件の情報は全て把握しているのだ。
そして……亜人の山賊団が出没したと言う情報は無い。無論、捕らえたと言う情報もな」
そう言う事です。それらの情報は巡礼団の皆さんも知っているので、彼女達もおかしいと分かったのでしょう。
この世界を旅する人達は、多かれ少なかれ武装しているものです。
そしてこの街には亜人がほとんど住んでいないのですから、ここで亜人を見掛ける事があれば旅人だと思ってまず間違いありません。
「武器を持っていたら山賊、と言ったところでしょうか」
「そうやって濡れ衣を……」
後ろでルビアさんとセーラさんが話しています。
無実の亜人を犯罪者レイバーにするカラクリは、おそらくそんなところでしょうね。
「ルビアさん!」
「は、はい!」
「証拠の保全と囚われている無実の亜人の保護、何人必要ですか?」
「十人……いえ、彼等を縛り終えれば五人いれば!」
「ではその様にして、残りは私に付いて来てください!」
そう言うやいなや私は駆け出しました。後ろからルビアさんが慌てて五人の団員に指示する声が聞こえてきます。
しかし私はそれを待たずに走り続けました。
現状の証拠だけで五人の無実の亜人を助け出す事は可能です。
しかしそれでは今まで犯罪者レイバーにされて連れて行かれた人達や、これから濡れ衣を着せられて犯罪者レイバーにされてしまう人達が救えないでしょう。
勇者である私が、亜人レイバーについて尋ねた。結果論ではありますが、これが導火線に火を付けてしまいました。
今夜の内に実行犯まで辿り着かねばなりません。
私はレイバー市場の中を駆け抜け、支配人室に辿り着きました。亜人嫌いと言う事もあり、一番怪しい人物です。
「ゆ、勇者様!」
扉に鍵の掛かっているのを確認し、力尽くで開けようかと考えていると、そこに支配人が慌てた様子で戻ってきました。
おそらくオークションから手を離せる様になってすぐにここに駆け付けたのでしょう。息も絶え絶えです。
どうやら間にあったようですね。
貴方が言ったのですよ、オークションは自ら司会をすると。
「丁度良いところに。無実の人に濡れ衣を着せて犯罪者レイバーにすると言う不正が行われていましたので、その事についてお話ししに来ました」
「そ、そうでしたか! いやぁ、流石は勇者様! 感服しましたぞ!」
私を賞賛する支配人ですが、その態度はしどろもどろです。
「とりあえず中でお話を」
「い、いえ、ここで結構ですよ!」
「ダメです。廊下で話す様な内容ではありませんので」
「……分かりました」
観念したのか、支配人は扉の鍵を開けました。
いえ、この顔はまだ諦めていませんね。
おそらく部屋に中に何かしらの証拠があります。支配人はそれを確保、或いは処分するためにここに来たのでしょう。
そうでなければ裏の建物にいる私達の所に抗議しに来ていたでしょうから。
そして抵抗を止めて素直に鍵を開けたのは、こう考えているのでしょう。「隠しているのが見付からなければ大丈夫だ」と。
セーラさんとルビアさん、それに二人の団員を選び、残りの団員はレイバー市場の各所を押さえに行ってもらっていました。
そしてセーラさん達と一緒に中に入った私は、まず部屋を見回します。
豪華な調度品が並んでいますね。
奥の壁に大きな絵が飾っており、その前に重厚な色合いの机。
左右の奥には本棚があり、こちらも使い込まれた味わい深さが感じられます。
部屋の中央にはテーブルがあって、左右に長いソファが置かれています。ソファは革張りの高級そうな物ですが新しそうですね。
そして右の壁際には白亜の台座とその上に乗った花瓶と花。左の壁際には小さめの額縁に飾られた絵が三枚並んでいます。
「良いお部屋ですね」
「ありがとうございます」
私は左側の絵から順番に見て行き、続けて奥の壁の大きな絵の前に立ちました。
「絵画、お好きなのですか?」
「え、ええ……」
懐からハンカチを取り出し、せわしなく汗を拭いながら答える支配人。きっと聞かれたくないのでしょうね。
私は「ある物」の前に移動し、彼の方に振り返ってこう言いました。
「ここに隠してますね」
「なッ! 何故それを!?」
支配人は自分が何を口走ったのかに気付いて慌てて口を押さえましたが、もう遅いです。
その場所は左側に並んだ三枚の絵の内、一番奥の絵の前。ここが彼の隠し場所です。
「素直に鍵を出してくれますか?」
「…………」
口惜しそうに唇を噛む支配人は、無言のまま動こうとしません。
そこで私が腰に差した剣の柄に手を掛けると、彼は大慌てで懐から小さな鍵を取り出し、そして落としました。
セーラさんがチラチラと支配人の顔を窺いながらそれを拾い、私の所に持って来ます。
それを受け取って額縁を調べると、装飾の一部が蓋の様になっていてその下に鍵穴があるのを見付けました。鍵を開けると額縁が扉の様に開きます。
どうやら額縁が扉になった金庫の様な物が壁に埋め込んである様ですね。
「これは……」
中に入っているのは書類の束、そして手紙でした。
内容は読まねば分かりませんが、おそらく証拠となる物と彼の保身に繋がる物でしょう。
「あ、あの、ハルノ様」
「何ですか?」
「どうしてここに証拠があると分かったんですか?」
「そうですね……この絵だけ出来が悪いんですよ」
私は額になっている金庫の扉に飾られた静物画を指差してそう言いました。
「この金庫を使う度に動かす場所ですから、絵が傷付く可能性が高いんですよ。だから高価な絵は飾りたくなかったんでしょうね」
更にそう続けると、支配人は糸が切れたマリオネットの様にその場に崩れ落ちてしまいました。どうやら図星だった様です。
「……本当に、どこに行っても、やる事は変わりませんね」
縄を掛けられ団員達に連行される支配人の小さくなった背中を見送り、私は小さくため息を吐きつつ呟きました。
支配人、あなた隠し場所も一緒なんですよ。
心の中でそうぼやく私の脳裏には、思い出したくもない父の顔が浮かんでいました。




