外伝 春乃、アテナ・ポリスの秘密に迫る!
冬夜が神官魔法の修行をしている間に春乃の外伝です。
皆さん、おはようございます。『女神の勇者』、正確には『光の女神の神殿の勇者』である東雲春乃です。
最近、こう名乗って良いのか少し疑問を抱いています。
切っ掛けは少し前に冬夜君から送られてきたメッセージでした。
魔将を倒した。それは勇者として大きな功績です。セーラさんも巡礼団団長のルビアさんも我が事の様に喜んでくれました。
しかし、同時に送られて来たハデス・ポリスと第六の女神・闇の女神さまの存在、そして初代聖王と魔王の戦いの真相は私達に大きな衝撃を与えました。
仕方のない事でしょう。セーラさんもルビアさんを始めとする巡礼団の皆さんも光の女神を信じているのですから。
それが初代聖王が間違って闇の女神さまを封印してしまったせいで『空白地帯』が生まれ、しかもそれを女神の存在と共に隠してしまったとか。
魔王は過去に私達の世界から召喚された人間で、しかもあの織田信長だったとか。
闇の女神さまは亜人の神で、魔族も亜人の一種だとか。
闇の女神さまが封印されてから五百年の間に亜人の国を乗っ取ってしまったとか。
しかも、これらの話を保護した闇の女神さまから直接聞いたとか。
今まで聞いていた初代聖王と魔王の戦いに関する話とはかけ離れた内容ばかりです。
異世界人である私には理解しにくい部分もあるのですが、どれもこれも彼女達の今までの常識を吹き飛ばしてしまうものだと言う事は理解出来ました。
もしかしたらアイデンティティの崩壊とか、そう言うレベルの話なのかも知れません。
それからと言うもの、セーラさんは見る影もなく元気がなくなってしまいました。余程ショックだったのでしょう。
セーラさんの意見もあり、巡礼団の皆さんには冬夜君が魔将の一人を倒したと言う事だけを伝え、ハデス・ポリスについて伏せる事にしました。
そのセーラさんは、体調を崩したと言う事にして休んでもらう事にしました。実際顔色も悪くなっていましたし、部屋に籠もりがちになっていましたので。
ウソをつくのは気が引けますが、巡礼団の皆さんは光の女神の信徒ですので、そこから神殿の方に話が漏れた場合冬夜君に迷惑が掛かるかも知れません。
冬夜君は今まで聖王家と光の神殿がひた隠しにしてきた事を暴いたのですから。
幸い、少し前に『聖王の勇者』である神南さんも魔将を倒したと言う報せが届いたばかりなので、冬夜君の報せを一部隠している事は特に怪しまれる事はありませんでした。
「ままなりませんね……」
「どうかされましたか?」
「い、いえ、何でもないです」
近隣の村に出没したモンスターを討伐した帰り道、馬上で思わず漏れてしまった呟きを聞かれてしまい、私は慌てて誤魔化しました。
セーラさんがお休みしていますが、『女神の勇者』としての活動は順調です。
巡礼団の皆さんも本当に頑張ってくれています。個人的に仲の良い人も増えて来ました。
おかげで先日ステータスカードを更新したところ、レベル19に到達していました。
20を越えると一流の仲間入りと言う話ですから、一流まであと一歩と言う所ですね。
自分でもこんなに短期間で一流とか言って良いのかと思いますが、この辺りは光の女神の祝福のおかげみたいですね。
『無限リフレクション』も、実戦を経験してみると非常に強力なギフトである事が分かって来ました。
このギフト、意識的に受け容れようとしない限り魔法全般を受け付けません。
モンスターが火を噴いたりするのもMPを使用する魔法扱いらしく、その手の攻撃が私には一切効かないのです。
逆に言えば回復魔法も意識して受け容れないといけないのですが、その分不意打ちでも無意識の内に防いでくれます。
年頃の女の子としてはSTRとかVITとか戦闘向けの能力ばかり上がっていくのが少し気になりますね。言葉を変えれば「にくたいっ!」って感じでしょうか。
何と言うか……最近軽いんですよ、剣が。腕は太くなってないと思うのですが……。
それはともかく、何度もモンスター討伐をしている内にモンスターとの戦いにも慣れて来ました。
旅を始めた頃は命のやり取りと言うのが怖くてセーラさんの膝枕で一晩中泣いた事もありますが、今はもう大丈夫です。
あの時お世話になった分、今悩んでいるセーラさんの力になりたいのですが、何と言えば良いのか分からず、話を聞くくらいしか出来ないのがもどかしいです。
……ままなりませんね、本当に。
モンスター討伐をアテナ・ポリスの神殿に報告し、郊外のナーサさんの屋敷に戻るとローブ姿のセーラさんが出迎えてくれました。
ナーサさんはリウムちゃんのお師匠さまなのですが、リウムちゃんが冬夜君の所に行った後もご厚意に甘えて拠点として使わせてもらっています。
神官のローブではなく、薄手のゆったりとしたローブで寝巻きにも使えるタイプです。こうして見るとまるで深窓の令嬢の様です。
「ハルノ様、トウヤ様からメッセージが届きましたよ」
「ホント!?」
新しいメッセージが届いたと聞いて、思わず馬を下りて駆け寄っちゃいました。
ハッと気付いて後ろを見てみると、皆くすくすと笑っています。私の馬は巡礼団の人が苦笑しながら手綱を引いてくれていました。
思わず顔を伏せてしまいました。きっと今、私の顔は真っ赤になっています。
巡礼団の皆には休んでもらい、私はセーラさんの部屋へ移動しました。
ベッドと机と洋服棚が並ぶシックな雰囲気の落ち着いた部屋で、通信用の神具はその机の上にあります。
どんな内容のメッセージか分からないため、まずは二人だけで内容チェックです。
きっと皆は、冬夜君からのメッセージだから私が恥ずかしがっていると思っているでしょうね。それもあるのは否定しません。
それはともかく、メッセージの内容はヘパイストス・ポリスに到着した冬夜君が炎の女神の祝福を授かったと言うものでした。
魔将との戦いで傷付いた装備を修繕したり新調したりしながら、魔法の勉強と文献調査のためにしばらく滞在する事になるそうです。
それにしても猫の姿をしたケトルトですか、私も会ってみたいです。
「特に問題なのは……なさそうな気がしますけど」
「そうですね……人によっては問題になるかも知れませんが」
「え、どこがですか?」
「他の女神の祝福を授かったと言う点です。初代聖王の仲間に五柱の女神の祝福を授かった大神官がいたのは確かですが、あまり一般的な事ではありませんので……」
セーラさんが何やら言い淀んで視線を逸らしました。
なるほど。人によっては冬夜君の行いは光の女神に対する裏切りだと思われてしまうと言う事ですか。
大地の女神の祝福を授かったと聞いた時はセーラさんも何も言いませんでした。総本山である事に何か意味があるのでしょう。
「メッセージにある成長した『無限バスルーム』の様子を知れば、光の女神の祝福が失われた訳ではない事は分かるはずなんですけどね」
「それを知らなければ光の女神の祝福を捨てたと勘違いしてしまう人もいると……」
私の言葉にセーラさんはコクリと頷いた。
「実は、私の方でも調べてみたんです」
「何をですか?」
「この五百年の間に行われた、人間による亜人の国の乗っ取りについてです」
「……あったんですか?」
私が問い掛けると、セーラさんは沈痛そうな表情で瞳を伏せました。
その表情から察するに、亜人の国の乗っ取りは本当にあった――すなわち、闇の女神さまの話が本当だと言う裏付けが取れてしまったのでしょう。
「一体どこの国が……」
「それが……ここアテナ・ポリスなのです」
「……えっ?」
「ですから、このアテナ・ポリスは、かつては亜人の国だったのです」
その言葉を聞いて、私の目が驚きに見開かれました。
まさか、この国も亜人の国を乗っ取ったものだったとは。
今のアテナ・ポリスは元老院によって統治されているのですが、セーラさんが調べたところによると、三百年程前までは亜人の国だったそうです。
「どんな人達だったのですか?」
「すいません、そこまでは……」
セーラさんの答えは、ある意味予想通りのものでした。
亜人の国を乗っ取った事は隠されていたのですから、元々住んでいた彼等に関する資料が残っているはずがありません。
これは自分で調べるしかなさそうですね。
「この事は、巡礼団の皆さんには……」
「……まだ言うべきではないでしょう」
「不味いですか?」
「いえ、それによって春乃様を取り巻く環境が大きく変わりかねませんし、場合によっては冬夜様の方にもご迷惑をお掛けする事になります。
ですから、まずは冬夜様に相談するべきでしょうし、春乃様自身が今後どうしたいのかを決めるべきかと」
なるほど、確かにセーラさんの言う通りです。
かつてアテナ・ポリスに住んでいたと言う亜人の事も気になりますが、どこに行ったのかも分からなければ私も身動きが取れません。
巡礼団の皆さんにお話しするのは、それらの準備を整えてからと言う事ですね。
私とセーラさんはこのメッセージの内容についてはしばらく隠しておく事にして、かつてアテナ・ポリスに住んでいたと言う亜人についての調査を開始する事にしました。
もちろん、冬夜君に返事は送ります。話したい事はたくさんありますから。
その翌日、再び冬夜君からメッセージが送られてきました。滞在中なため、まめにメッセージを送る事が出来るみたいです。
昨日の返事に私のこれからの予定についても触れていたのですが、その件についての助言もメッセージの中に入っていました。
冬夜君が、闇の女神さまに尋ねてみてくれたみたいですね。
彼女の話によると、この地には元々翼を持つ亜人が住んでいたそうです。天使みたいな人達でしょうか。
そしてこの地には風の女神の神殿、その総本山があったそうです。
「そう言えば、アテナ・ポリスに風の神殿ってありましたよね」
「ええ、小さい神殿ですが。そちらで文献調査をしてみるのも良いかも知れませんね」
結論から言ってしまうと、その文献調査は失敗に終わりました。
アテナ・ポリスにある風の女神の神殿は本当に小さい神殿で、書庫にある資料も小ささに比例した量しかなかったため、私が求めていた情報はさっぱり手に入りませんでした。
総本山だと聞いていたのにどうしてなのかと尋ねてみたところ、今では風の女神信仰自体がマイナーになっていて、信徒がほとんどいないのだとか。
これを聞いて私はピンと来ました。
この風の女神の神殿は「ニセモノ」だと。
おそらくこの地に住んでいた翼を持つ亜人と言うのが、風の女神の信徒なのでしょう。
しかし、彼等はアテナ・ポリスから去ってしまった。だから風の女神の信徒がいない。
いえ、実際にはその後もいたのかも知れません。
しかし、彼等が去って数百年の内に光の神殿の勢力が増して、風の女神の信徒達は数を減らしていったのでしょう。三百年掛けて。
そうして衰退して行ったのが、今の風の神殿の姿なのでしょう。
問題は元々アテナ・ポリスにいた亜人達がどこに行ってしまったのか分からない事ですね。
正直手掛かりが全く無いため、どう探せば良いのかも分かりません。手詰まりです。
私達は仕方なく、一旦ナーサさんの家に帰る事にしました。
「やはり、光の神殿は……」
アテナ・ポリスを出て郊外にあるナーサさんの家へと続く道を歩いていると、セーラさんが俯きながら小さく呟きました。
その顔色は青を通り越して白くなっています。やはり光の女神に仕える神官としてショックが大きいのでしょう。
「セーラさん……」
「すいません、ハルノ様。私達が貴女達を召喚してしまったと言うのに……」
セーラさんは口元を手で押さえながらぽろぽろと涙をこぼし、そこから先の言葉は続きませんでした。しかし、何を言いたいのかは察する事が出来ました。
元々私達は魔王復活を阻止、或いは復活した魔王を倒す勇者として聖王家と光の女神の神殿によって召喚されました。
私も納得していたと胸を張って言い切る事は出来ませんが、そう言う状況であり、この世界の危機だと言う事は信じていました。
しかし、冬夜君がハデス・ポリスで闇の女神の封印を解いた事で状況は一変しました。
魔王、そして魔族と言うのは話し合いの余地もなく戦うしかない怪物などではなく、ルリトラさんの様な亜人だったのです。
種族の違いについては、私にもよく分かっていない部分はあるでしょう。
それを踏まえた上で、私はこれを「ただの勢力争い」だと判断します。
魔族の国であるハデスがユピテルを攻めて、ユピテルが反撃。
その際に誤って闇の女神を封印してしまい、ハデス・ポリスと周辺一帯が滅亡。
ユピテルはそれを隠し、魔族以外の亜人の国・アテナを乗っ取った。
その手段は分かりません。もしかしたら戦争をしたのかも知れません。
風の神殿が小さいながらも今も残っているのは、信徒がいたからでしょうか。或いは表面上は取り繕おうとしたのか……。
そこまで考えて、私は小さくため息をつきました。
「はぁ……」
「ど、どうしたのですか、ハルノ様っ!」
「いえ……ここまで理解出来てしまう自分に、ちょっと嫌気が……」
冬夜君、こんな私に引いたりしないでしょうか……。
「あ、あの、ハルノ様」
「は、はい、どうしたんですか?」
物思いに耽っている最中に声を掛けられ、思わず私は顔を上げてセーラさんを見ました。
彼女は私に顔を近付け、真剣な面持ちで私の目を見ています。
「一つだけ信じて下さい。光の女神様は正義と公平を司る神です。亜人を攻めろなんて教えはありません!」
「え、え~っと……」
一瞬呆気に取られてしまいましたが、彼女が言いたいのは翼を持つ亜人を追い出してアテナ・ポリスを乗っ取ったのは光の女神の教えに適うものではないと言う事なのでしょう。
「……信じて、いただけますか?」
「もちろん信じますよ、セーラさん」
小さな声でおずおずと尋ねてくるセーラさんに、私は彼女の手を両手で包み込む様に握って答えました。
「ハルノさまぁ……」
するとセーラさんは大粒の涙を流して泣き始めてしまいました。号泣です。
「ちょっ、泣かないでくださいよ、セーラさん!」
「だって……あんな話を聞いて……私、嫌われるんじゃないかと……うぅ」
「そんな事ある訳ないじゃないですか! セーラさんを見ていれば、亜人を差別する様な人じゃない事くらいは分かります!」
実際セーラさんは、ルリトラさん相手にもそんな態度は取ってませんでした。これでも人を見る目には自信があるつもりです。
でもセーラさんはずっとその事を気にしていた様で、私はセーラさんをぎゅっと抱き締めながら彼女の事を慰め続けました。
これではどちらが年上か分からないじゃないですか、セーラさん。
そもそもアテナ・ポリスを乗っ取ったと言うのも昔の話です。
仮に今もどこかで暗躍しているとしても、ほとんどの人はその事を知らないと思います。
思えばユピテルの神殿長もそうでした。勇者のお供としてルリトラさんの事を本当に頼りにしていました。
ルリトラさんは他の神殿の皆さんにも好かれていたと思います。
「あっ……」
そこまで考えて私は気付きました。
そうです、ルリトラさんです。
「セーラさん、セーラさん!」
「は、はい、何でしょうか」
「レイバー市場に行きましょう」
「……えっ?」
呆気に取られた様な顔で私を見るセーラさん。
それでも私は彼女の肩を掴みながら言いました。
「亜人の事は亜人に聞く。きっと私達より詳しいはずです!」
翼を持つ亜人が見付かる可能性は低いと思いますが、それでもルリトラさんの様に他の亜人がいるかも知れません。
そして、亜人ならば人間よりも他の亜人について知っている可能性が高いでしょう。
そう考えた私はその場で踵を返し、アテナ・ポリスに向かってセーラさんの手を引いて歩き始めるのでした。




