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異世界混浴物語  作者: 日々花長春
混迷の岩盤浴
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第49話 彼はドワーフですか? いいえ、ネコです

 直立するネコの姿をした鍛冶師。詳しく話を聞いてみると、彼等は『ケトルト』と呼ばれる亜人だそうだ。

 そんなに筋肉質と言う訳ではなく、むしろ腰から下の方がどっしりしているかも知れない。

 しかし、それでも大きなハンマーを軽々と担いでいる。見た目よりも力強い様だ。

 考えて見ればロニも見た目より力があるし、ルリトラは言わずもがなだ。亜人とはそう言うものなのかも知れない。


 案内された工房に入ってみると、外側の白亜の壁とは裏腹に煤けた光景が俺達を出迎えた。

 ユピテルの工房と違って受け付けと工房が壁で隔たれてはおらず、扉を潜ってすぐの所にカウンターがあり、その向こうに炉や鍛冶で使うであろう道具類が見える。

「ほ~、こりゃまた若いお客さんにゃ」

 小首を傾げ、上目遣いで俺の顔を覗き込んでくるケトルトの鍛冶師。白い毛並みの猫だが、鍛冶の仕事のせいか所々汚れている。

 茶色の革製ベストにズボンを身に着け、爪先を金属で補強したブーツを履いている。

 ズボンに穴を空けて尻尾が出ている。元は白かったのだろうが、やはり汚れた尻尾だ。

 見た目は可愛らしいが、ここまで案内してくれた神官によると、これでも彼はもうすぐ四十歳のおっさんらしい。

 なんと言うかいなせだ。これがある種の「大人の男らしさ」と言うヤツなのだろうか。

 彼の名前はパルドー・ポールと言うそうだ。

 神官の話によると、パルドーはヘパイストス・ポリスでも指折りの腕を持つ鍛冶師らしい。魔法の武具も扱えるとなると彼も含めて五人もいないとか。

 「ポール」と言う家名の存在は、それだけの腕を持っていると言う証明でもあるそうだ。

「まぁまぁ、立ち(ばにゃし)もにゃんですから、こちらへどうぞ~」

 そこへやって来たのは、正真正銘真っ白なケトルト。こちらはスカートを履き、エプロンを身に着けている。尻尾はスカートの裾から顔を覗かせていた。

 彼女の名前はクリッサ・ポール。パルドーの娘らしい。なるほど、女性にもしっかりヒゲがある。猫のヒゲが。

 ちなみにクリッサはご近所でも評判の気立ての良い美少女らしく、何故あんな厳つい親父にこんな良い娘がと噂されているそうだ。

 ルリトラとドクトラぐらいに差があれば分かるかも知れないが、体格が近いとほとんど区別が付かない。分かるのはパルドーの方が大きいと言う事ぐらいだ。


 俺と神官、それにクレナの三人は、クリッサに案内されてテーブルに着いた。

 ちなみにルリトラ、ロニ、リウムちゃん、ラクティには外の馬車で待ってもらっているのでここにはいない。

 腕を組んでどっしりと座るパルドーに対し、俺は仕事の話を切り出した。

「実は魔法の掛かった鎧を手に入れたんだが、どんな魔法が掛けられているかの鑑定と、危険な物でなければ、俺が装備出来る様に調整をお願いしたい」

「フム……確かにそれだけの激戦を潜り抜けて来た様だにゃ」

 俺の身に着けているブリガンダインを見ながらパルドーが呟く。キンギョによる無数の剣の攻撃に晒されたので、俺の防具はどこもかしこも傷だらけだ。

 各地の遺跡も探索されてしまっている昨今では、魔法の武具を手に入れようとするならば、それぐらいはしなければならないと言う事だろう。

 その激戦を潜り抜けたブリガンダインを修繕するならば新しい鎧を使った方が良いと判断したのだが、パルドーの方もそれを察してくれたらしく、納得した様子でうんうんと頷く。

「他にはにゃにか見付けたのかにゃ?」

 身を乗り出して聞いて来るパルドー。興味があるのか目が輝いている。

「あ~……他にもあるが、まずはその鎧を頼む。まずは防具を万全にしたい」

「にゃ~、それじゃ後の楽しみにとっておくにゃ。それで、鎧はどこにゃ?」

「表の馬車に積んである。おーい、ルリトラー!」

 鎧は事前に『無限バスルーム』から出してあるので、表のルリトラに聞こえる様に大声で呼び掛ける。するとルリトラは全身鎧一式を担いで工房の中に入ってきた。

 パルドーとクリッサは、ルリトラの巨躯を見て目を丸くしている。と言うかクリッサは怯えてパルドーの陰に隠れてしまっていた。

 流石と言うか、パルドーはすぐに我に返り、ルリトラの下ろした鎧を調べ始めた。

 金色のルーペの様な物や、魔法陣が描かれた羊皮紙に薄らと紅い水晶球。見知らぬ様々な道具を使っている。おそらく鎧に掛けられた魔法を調べる物だろう。

 相手が四十過ぎのおっさんだと言うのは理解しているのだが、体格が人間で言うところの子供程度なため、その姿はどうしてもおもちゃを前にした子供の様な印象を受けてしまう。

 実際、魔法の武具について話した時の様子は子供の様にも見えた。


 それはともかく、額に二本の角を生やした鬼の様な黒い全身鎧。

 魔法が掛かっている事はラクティにも確認してもらったのだが、彼女にはどんな魔法が掛かっているかまでは分からなかった。

 正直呪われていても不思議ではないデザインだと思う。

「時間が掛かるのか?」

「いえ、調べるだけならすぐのはずですよ。そのための道具がある訳ですし」

 小声で案内の神官に問い掛けると、彼も手を口元に添えて小声で答えてくれた。

 鑑定そのものは、道具さえあればさほど時間は掛からないそうだ。と言うか道具がなければ出来ないものらしい。

 一応、その道具を作るための魔法を使って直接鑑定する方法もあるのだが、それでは時間が掛かり過ぎる上に術者に掛かる負担が大きいとか。

 ちなみに神官魔法ではなく「職人魔法」と呼ばれる系統との事である。


「う~みゅ……」

 パルドーが鎧を見ながら頭を抱えている。

「何か問題でも?」

「問題と言うか……ある意味呪いの防具?」

「呪われているかも知れないとは思っていたが、ある意味と言うのはどう言う事だ?」

「いや、呪いが掛かっている訳じゃにゃくて、れっきとした魔法の鎧にゃんだけど」

「何か問題があると? 一体どんな魔法が……」

 パルドーは俺達の方へと振り返りながら、鎧に掛けられた魔法について説明してくれる。

「この鎧は、あらゆる攻撃を防ぐ魔法が掛けられているにゃ」

「凄いじゃない! 伝説の鎧レベルよ、それ!」

 パルドーの話を聞いて隣に座っていたクレナが腰を浮かせて驚きの声を上げた。

 俺でも凄い鎧だと言う事が分かる。ゲームで言えば全属性に対して耐性を持つ鎧。それこそ終盤にしか出て来ないレベルだろう。

「その代わり、その攻撃に応じて着用者からMPを吸いとるにゃ」

「……それは、攻撃を受ける度に?」

「威力に応じて吸い取る量も変わってくる……この鎧に銘を付けるにゃら『魔力喰い』と言ったところかにゃあ……」

「……物騒な鎧だと言う事はよく分かった」

 パルドーが言った「ある意味呪い」と言う言葉の意味が良く分かった。

 使われずに倉庫に残っていた理由が分かった様な気がする。なにせMPの消費を自分で制御出来ないのだから。

「正直こんにゃのを着ていたら、いつ倒れるか分からんにゃ。他の鎧にした方が……時間が掛かるけど、新たに作ると言う方法もあるし」

 心配そうに声を掛けて来るパルドー。しかし、俺はそんな彼に対して自らのステータスカードを突き付けた。

「……いや、構わん。やってくれ」

 パルドーとクリッサは顔を並べてカードを覗き込み、尻尾をぶわっと膨らませた。立ち上がった尻尾がクリッサのスカートを持ち上げている。

 何事かと神官も覗き込んで来たが、こちらも目を丸くして顎を落としていた。

 まぁ、ステータスカードからはみ出たステータスを見れば、こう言う反応になるのも無理はないだろう。

「…………にゃ、にゃるほど。分かったにゃ。この鎧が使える様にサイズを調整すれば良いんだにゃ?」

 俺は魔法の鎧のサイズ調整など出来るのかと思っていたが、パルドーは戸惑いながらも気負った様子は無い。そこはプロと言う事か。

「これはシャコバも呼ばにゃいといかんにゃ」

「シャコバ?」

 初めて聞く名だ。

「シャコバ・リーマス。魔法の鎧をいじるにゃら、あいつ以上のヤツはいにゃいにゃ」

 パルドーの説明によると、彼もまた家名を持ったケトルトの鍛冶師らしい。

 鑑定を始めとする魔法の扱いに関してはパルドーの方が上だが、鍛冶師の技術はシャコバの方が上回っているそうだ。

「分かった、それで頼む」

「それじゃお値段の方は――」

 俺が承諾するとパルドーに代わりクリッサが手に何かを持って前に出て来た。よく見るとそれは石の珠を使った算盤の様な道具だった。

 お金の話は彼女が担当するらしい。しっかり者である。と言うか、パルドーの方がこの手の職人にありがちなどんぶり勘定の職人バカなのかも知れない。

 それはともかく物が魔法の鎧なためか、かなりの額になった。調整だけだと言うのにユピテル・ポリスで買ったブリガンダインの十倍以上だ。

 もう一人の鍛冶師・シャコバへの助っ人代も合わせてこの値段になるらしい。技術料も込みと言ったところだろうか。

 念のためにクレナの方にも視線を向けてみたが、彼女はそれに気付くと俺の方を見ながらコクリと頷いた。高過ぎる値段と言う訳ではないらしい。

 これが上手く行けば他の武具についてもお世話になると言う事で、俺は値切りせずにその金額で承諾。一部を前金として支払う。

 クレナに言われてハデス・ポリスで手に入れた金貨の内箱一つ分を表に出していたが、それもあながち間違いでは無かった様だ。

 考えてみればクレナの剣も魔法の武器なので、彼女は大体の相場が分かっていたのだろう。

 その後、俺はパルドーに身体のサイズを計ってもらう。小さな体格でどうするのかと思ったが、やはり脚立を持ってきた。

 中身はおっさんだと分かっていても、ぴこぴこと揺れる尻尾を見て思わず頬が緩んでしまうのは仕方がない事だと思いたい。



 『魔力喰い』の鎧をパルドーに預け、俺達は炎の女神の神殿に戻った。

 祝福を授かる儀式は明日なので、俺達は神殿長に挨拶を済ませるとそのまま高貴な身分の巡礼者用であるリビングとベッドルームが別々にあるVIPルームに通される。

 ちなみに神殿長は日に焼けた肌をした筋骨隆々の豪快に笑う男性だった。

 他の神官達も見た感じ似たり寄ったりで、炎の女神の神官は多かれ少なかれ豪放磊落な傾向がある様だ。なんと言うか、非常に暑苦しい神殿である。

 もちろんラクティも一緒に神殿に入ったが、彼女が闇の女神である事に気付く者はいなかった。ラクティに尋ねてみたところ、誤魔化すぐらいの事なら簡単に出来るそうだ。

 部屋の造り自体は大地の女神の神殿で借りた部屋とさほど変わらない。

「やっぱり、これはあるんだな」

 リビングにある暖炉の上に伸びる柱に飾られた五柱――正確には六柱から一柱削られた女神のレリーフの前に立ち、俺は呟いた。

 本来ならこの下に闇の女神、すなわちラクティのレリーフもあったはずなのだが、削り取られてしまっている。

 ラクティは俺の隣に立ち、複雑そうな表情でレリーフを見詰めていた。

「しかし、改めて見てみるとアレだな」

「どうしたの?」

 背後からクレナが声を掛けてくる。

 俺は振り返らずにレリーフを見詰めたまま、ハッキリとした口調でこう言った。


「女神、全然似てねぇ」


 隣のラクティもこくこくと頷いている。やはり彼女から見ても女神のレリーフは本人とは似てないらしい。

 俺が夢で見たのは一番上の光の女神と一番下の大地の女神だけなのだが、光の女神はもっとゴージャスで性格がキツそうだったし、大地の女神はもっと優しげなお姉さんだった。

「と言うか、これって上から姉妹の順に並んでるんだよな?」

「そのはずだけど」

「光、炎、風、水、大地の順だっけ?」

「そうそう。よく覚えてたわね」

 光から熱が発生して炎、炎で温められた空気が対流を起こして風、風が波を生んで水を動かし、水が大地を運ぶ。そう覚えると覚えやすい。

「大地の女神って、あれで下から二番目なのか」

「そうなるわね。ラクティのすぐ上のお姉さん」

「トウヤさんが驚くのも無理はないですね。大地のお姉様は、大人っぽいですから」

 しみじみとした様子で言うラクティ。夢の中で光の女神がラクティを責めていた時も宥め役を買って出ていた様だし、母性愛に溢れるタイプなのではないだろうか。

「……これを創った彫刻家は女神なんて見た事なかったんでしょ」

 そんな俺達を見ながら呆れた声を漏らすクレナ。

 今までは女神のレリーフを見て、本人と似てるかどうかを気にする者なんていなかった。いや、それを比較出来る者がいなかったのだろう。

「六柱揃ってるのなら『無限バスルーム』の中に欲しいところなんだけどなぁ」

「そんなのハデスの神殿にも無かったじゃない」

「すいません。あそこ、私だけのレリーフ飾ってたはずです」

 何故かぺこぺこ謝るラクティ。

 ハデスの闇の女神の神殿は闇の女神のレリーフだけが飾られていたそうだ。キンギョよりずっと前の神殿長の方針らしい。

「ちなみに似てたのか?」

「いえ、全然でした」

 やっぱりそれもラクティには似ても似つかない物だったそうだ。

 「ケトルト」は、猫妖精(ケット・シー)+コボルトです。

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John : Is he a dwarf ? Tom : No, he is a cat.
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