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異世界混浴物語  作者: 日々花長春
混迷の岩盤浴
51/206

第48話 お出迎え

今回から『第2章 混迷の岩盤浴』となります。

 旅の商人コパンと出会った翌日の昼過ぎ、俺達一行はヘパイストス・ポリスに辿り着いた。

 御者台に座るロニを除くクレナ、リウムちゃん、ラクティの女性陣は、ラクティがコパン達を怖がったので馬車の中だ。どうも俺達以外の人間が怖いらしい。

 俺とルリトラは武装して馬車の外だ。

 おしゃべりではあるが人の好さそうなコパンを疑う訳ではないが、馬車の中に宝物の類もいくらか出しているので、無防備だとかえって不審に見えてしまうだろう。


 周りを見回してみると、赤みがかった山肌ばかりが目に入る。まばらに木が生えているが、まだ夏の終わり頃だと言うのに、まるで紅葉の様に赤く染まっていた。

 おかげで視界は赤一色。空もあいにくの曇り空なので青みもない。遠目に見て赤い山肌が目立つと思っていたが、山肌だけではない様だ。

 コパン曰く、この辺りの草木は一年中こんな感じらしい。日本の落葉植物の様に季節の変化で色づいているのではなく、火の精霊力の影響で元々こんな色をしているそうだ。

 要約するとこれだけだと言うのに随分と長々と喋っていたものだ、コパンは。ここまで引き延ばせるのは、ある種の才能ではないだろうか。

 そして日差しが強くない分『空白地帯』よりマシだが、やはり暑い。

 俺達も、コパンと彼のレイバー達も皆薄着だ。特にコパンは汗っかきらしく頻繁に高級そうなハンカチで汗を拭っている。平然とした顔をしているのはルリトラぐらいだろう。


 そんなヘパイストス・ポリスは、そんな暑い赤い山の裾野にある。

 緩やかに傾斜している裾野に街があるため、ポリスの入り口から見上げてみると白い建物が連なっている光景が見えた。

 上の方の街から、いくつもの煙が立ち上っている。

「あれは? 火事じゃないよな?」

「あれは工房ですよ。街を越えた向こうに鉱山があるんで、そこから産出される鉱石を使う工房は皆街の上側にあるんです。そもそもこのヘパイストス・ポリスは炎の女神信仰の総本山であり、火の石を扱う鍛冶師にとっても聖地と言える場所で――」

 延々と喋り続けるコパンの話を聞き流しながら俺は再び赤い山を見上げた。

 ヘパイストス・ポリス。炎の女神信仰の総本山にして鍛冶師の聖地。

 この赤い風景の中にくっきりと浮かび上がって映える白の街だ。


 斜面に連なる白い、四角い建物を見て、豆腐を思い出してしまったのは余談である。

 


 そのまま街の入り口まで近付いて行くと、何やら人だかりが見えた。最初に気付いたのは一番目が良いルリトラだ。

「トウヤ様。街の入り口に人が集まっています」

「人が? 武装しているのか?」

「この距離ではハッキリとは見えませんが、何も持っていないかと……」

「この街はいつもこんな感じなんですか?」

 俺は何度もこの街に来ているであろう、隣を歩くコパンのレイバーに問い掛けた。

「いや、いつもはこんな事は……商人以外が訪れる事は少ないぞ」

 ヒゲ面のレイバーが、あごヒゲを撫でながら答えてくれる。ここまでの間のやり取りで分かったが、四人のレイバーの中では彼が一番年長者でリーダー格らしい。

 その話を聞いた俺は、炎の女神信仰の総本山なら観光客ぐらい集まりそうだと一瞬考えたが、よくよく考えて見るとそれは俺達の世界の様な平和な世界の話だ。

 モンスターや賊の類に襲われる可能性があるとなると、旅が出来る人は限られるのだろう。


「ん? あれは……」

 更に近付いてみると、人だかりを注視していたルリトラが声を上げた。

「どうした?」

「いえ……あの集団の先頭にいる者達、神官の様です」

「何? 神官のローブか?」

「はい。細部は違いますが、ユピテルやケレスの神殿で見たのと同じ様な物を」

 神官のローブは基本的に白を基調とした物だが、信仰する神によって袖口等の装飾の色が異なる。光の神官は金糸の刺繍で、大地の神官は植物で染めたらしい緑だ。

 更に近付いてみると、俺達にもその人だかりの様子が見えてきた。

 どうやら街に入る人達ではなさそうだ。街に入るなら、こちらに背を向けて入り口の方を見ているはず。その人だかりは街の外、つまりこちら側を見ている。

 向こうも俺達に気付いたのか、先頭の数人がこちらに走って来た。

「赤が三人、金色が一人ですな」

 こちらに近付いて来るのは四人。全員神官の様だ。赤はおそらく炎の女神の神殿に仕える神官だろう。

 コパン達は首を傾げているが心当たりはある。魔将『仮面の神官』を倒した事を春乃さんに連絡した事だ。それと、次はヘパイストス・ポリスに向かう事も伝えてある。

 春乃さん達は『巡礼団』と一緒にいるので、彼女達から神殿に伝わったのだろう。

 しかし、何故俺がその勇者だと分かったのか。

「屈強なサンド・リザードマンの戦士を連れている……。貴方様が『女神の勇者』トウヤ様でしょうか?」

 神官の言葉を聞き、俺は隣のルリトラの顔を見上げた。なるほど、彼が目印になったのか。

「そうだが、この街の神官か?」

「光の女神の神殿を代表し――」

「炎の女神の神殿を代表してお迎えに上がりました!」

 息を切らせながらも一番に俺の下に辿り着いた光の神官。しかし、後から来た三人の炎の神官に押しのけられてしまう。

 と言うか、年代も炎の神官が三人揃って暑苦しい中年男三人なのに対して、光の神官は随分と若く、少し線の細い頼りなさそうな男だ。

 この四人を見ているだけで、この街における神殿同士の力関係が透けて見える気がした。

 魔将の事を報せたのは、元々名を上げるためでもあったのだ。隠す意味はないので、俺はステータスカードを見せて『女神の勇者』である事を証明する。

 彼等は俺の頭抜けたMPとMENの値に目を見開いていたが、それがかえって勇者である事の信憑性を増した様だ。


「ヘパイストス・ポリスには、炎の女神の祝福を授かりに来た。まずは炎の神殿に行かせてもらうよ」

「おぉっ!」

「そんな……! 光の女神への信仰を捨てると仰るのですか!?」

 俺の言葉に喜びの声を上げる三人。それに対し光の神官は悲鳴の様な声を漏らした。

「違う違う」

 俺は彼の言葉を否定する。

 そもそも、そこまで信心深い訳でもない。

「総本山ではないが、大地の女神の祝福も授かっている。最終的には風と水、二柱の女神の祝福も授かるつもりだ」

「……!」

 その言葉に驚き、言葉を失う四人。

 彼等の脳裏に浮かんでいるのは初代聖王の仲間だったと言う、五柱の女神の祝福を授かった大神官だろう。

 俺はそれにプラスして闇の女神の祝福も授かっているのだが、それについては伏せておく。

「そ、そう言う事でしたら……」

 その話を聞くと、光の神官の彼は引き下がってくれた。邪魔をしてはいけないと判断したのだろう。

 ラクティの件で色々と思うところもあるが、光の神殿関係者をわざわざ邪険にしても何のメリットも無いため、少しフォローしておく事にする。

「ああ、ユピテルの神殿に伝言を頼んでも良いか?」

「えっ……あ、はい! 何でしょうか!」

 一瞬呆気に取られた神官だったが、食い付く様に身を乗り出してきた。

「その前に聞いておきたいんだが、魔将『百獣将軍』が倒されたと言うのは本当なのか?」

「はい、連絡が来ました。その様に聞いております」

「じゃあ、ユピテルの神殿長に伝えてくれないか。魔将はあと五人。五大魔将が生き残ってるらしいってな」

「……まさか、その五人にも遭遇したのですか?」

「いや、『仮面の神官』から聞いただけだ。本当かどうかは分からん」

「な、なるほど、魔将から……」

 戸惑った様子の光の神官。にわかに信じられないのだろう。まぁ、一般人の感覚ではそんなものかも知れない。

 それはともかく、これで彼の面目も立つだろう。

 光の神官は大急ぎで神殿へと戻って行き、俺達は炎の神官を伴って街に入った。

 コパン達は商売のために工房へ行くそうなので、ここでお別れだ。

「いやぁ、まさか勇者様だったとは! これは良い土産話が出来ました。土産と言えば、この前、街道を歩いている時に――」

「……旦那、早く行かないと」

 調子を取り戻したコパンがまた長々と喋り出そうとしたが、ヒゲ面のレイバーがそれを止めてくれた。

 俺が勇者だった事を気にしたのか、三人の炎の神官の目を気にしたのかは分からないが、彼が話し出すと長いので有難い話だ。

 そのままコパンはにこやかな笑みを浮かべ、そして四人のレイバー達は恐縮した様子でぺこりと頭を下げて去って行った。



 そして俺達は、炎の神官三人と神殿騎士、それに神殿のレイバー達に囲まれながら炎の女神の神殿へと向かった。

 流石にこの集団だと目立つため、周りは何事かと目を向けてきた。こうなる事は分かっていたので、御者は俺が代わってロニも中に入ってもらっている。

「あちらが炎の神殿になります」

 一番年長者であろう炎の神官が指差す先には、白亜の神殿があった。真っ赤な神殿だったら目に痛そうだと思っていたが、そこは大丈夫だったらしい。

 俺は御者台の上から神官に話し掛けた。

「祝福の儀式はすぐに出来るのか?」

「いえ、準備に一日ほど必要ですので早くても明日になるかと」

「それなら先に装備を修繕したい。腕の良い鍛冶師を紹介してもらえないか?」

「なるほど、そう言う事でしたら……」

 ここで神官は言葉を止め、他の二人と顔を見合わせた。

「どうかしたのか?」

「いえ、その……」

 神官達はルリトラを、更に馬車の方を見る。振り返ると、すぐそこにロニの姿があった。おそらく彼女を見ているのだろう。

「……勇者様は、その鍛冶師が亜人でも構いませんか?」

「は?」

「ですから、人間の鍛冶師より亜人の鍛冶師の方が腕の良い者が多いので……」

 何故か言い淀む神官達に俺は首を傾げた。

「知ってるだろうが、俺は異世界から召喚された身だ。お前達が何を問題視して心配しているのかが分からん」

 再び顔を見合わせる神官達。一体何だと言うのか。

「まぁ……気にされないのであれば、特に問題は」

「ない?」

「ええ、客側の問題ですので」

「……ああ」

 何となく分かった。

 亜人の鍛冶師だから問題がある訳ではなく、それを利用する客が亜人を嫌がるかどうかか。

 俺は『女神の勇者』だが、これは『光の女神の神殿の勇者』を略している。

 ラクティが封印されてから亜人勢力が駆逐されたらしい歴史を考えると、光の女神自体が亜人排斥の傾向があるのだろう。

 ユピテルの神殿長はルリトラに対しても普通に接していた。こればかりはその人次第。人によっては嫌がると言ったところか。

 彼等は俺がルリトラ達を連れていなかったら、最初からそんな質問せずに人間の鍛冶師を紹介していたのだろう。

「ルリトラ達を見れば分かると思うが、俺は気にしないから腕が良いのを紹介してくれ」

 俺がそう言うと、神殿騎士やレイバー達から「おお……」と声が上がる。それはどっちの意味での反応なのだろうか。

「ああ、一つ注文がある。魔法の武具を扱える鍛冶師、もしくは鑑定とか出来る人を紹介して欲しい」

 ハデス・ポリスで色々と手に入れたので、これを忘れてはならない。

「それは……腕の良い鍛冶師とは別の人でも構いませんか?」

「ああ、もちろん構わない」

 そう答えると、神官はほっと胸を撫で下ろした様子だった。

 俺だって流石に何でも出来る超人は求めたりはしないので安心して欲しい。

 と言うか、彼等の中で「勇者」と言うのはどう言うイメージなのだろうか。

 それはともかく、この集団で紹介してもらう人の所まで行く訳にはいかないので、一旦神殿に寄って余分な荷物を下ろし、神殿騎士やレイバー達とは別れてから行くとしよう。



「あ~、やっと馬車の外に顔を出せるわね」

 大勢の連れがいなくなると周りの注目度も下がった。

 今もルリトラをチラチラと見ている人がいるが、それはもう仕方がないだろう。人里ではサンド・リザードマンは珍しいのだ。

 今はロニが再び御者台に座り、リウムちゃんはルリトラに肩車をされている。そしてクレナも馬車を出て俺の隣を歩いている。

 連れは若い神官一人と神殿騎士二人のみになった。神官が先導し、前後に一人ずつ神殿騎士が付いている。

 街の外に大勢で迎えに来たのは光の神殿と対抗して権威を見せるためであったらしく、本来この街ではあんな仰々しい護衛は必要ないらしい。


 俺は、先導する神官に声を掛けた。

「ところで、これから紹介してもらう亜人はどう言う種族なんだ?」

「ああ、身体が小さいからと言って侮らないでくださいね。彼等はそう言うのを嫌がる人が多いですから」

「背が低いのか?」

「ええ、まぁ。ですが見た目よりも力強いですよ」

 鍛冶師で身体は小さく、そして力強い。なるほど、イメージ出来る。

 俺達の世界のファンタジー作品においても有名な種族だ。

「ヒゲが生えていたり?」

「もちろん、生えてますよ」

「もしかして男女問わず?」

「トウヤ、知ってるの?」

「まぁ、そんなとこ?」

 問い掛けるクレナに曖昧に答える。

 神官から聞いた特徴、それに鍛冶が得意となると、どうしても「ドワーフ」と言う妖精の名が浮かび上がってくる。

 多くのファンタジー作品に登場する有名な種族だ。そう言えば勇者コスモスの仲間になった同じく有名な種であるエルフもいた。

 あの有名な種族に会えると思うと、思わずわくわくしてくる。俺は少しスピードを上げて鍛冶師の工房へと向かった。



「ようこそ、ワシの工房へ」

 思わず大声でツっこみかけたが、何とか口には出さず耐える事が出来た。

 身悶える俺をクレナ達が訝しげそうな表情で見ている。

 確かに背丈が低い。俺の腰ぐらいまでだ。

 大きなハンマーを肩に担いでいるところから見て力強いのも確かだろう。

 そしてヒゲも生えている。目の前にいるのは男性だが、きっと女性にも生えているだろう。顔を見れば分かる。


「それで、何か用かにゃ?」


 俺をにこやかに出迎えてくれたのは、猫の顔。

 そう、紹介された鍛冶師はドワーフではなく、直立する猫だった。

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