第45話 その時歴史がどんがらがっしゃーん
「つまり、あなたは本当に闇の女神で、あの卒塔婆で封印されていたと」
「は、はい……あの板が『ソトバ』と言う物なら、そうです……」
怯える小動物系少女を回収した俺達は、馬車に戻って詳しく話を聞いた。
彼女を『無限バスルーム』に入れて話を聞く事にしたが、ルリトラにも話を聞いてもらいたいため、彼は玄関の所に待機してもらっている。そこなら湿気も気にならないらしい。
ちなみに彼女はずっと体育座りで、上目遣いでちらちらとこちらを見ている。本当に怯えている様だ。
話を聞いてみたところ彼女は本当に闇の女神であり、あの場所には元々儀式場があったそうだ。勇者召喚もあの場所で行っていたらしい。
今は彼女自身が召喚された様な状態で、死者の魂に新たな身体を与える様に彼女にも実体の身体が出来ているそうだ。
では、何故彼女は封印されていたのか。
その辺りを詳しく聞いてみたところ、魔王アマン・ナーガが何かしらの儀式を行おうとしている所に初代聖王が乗り込んで来たらしい。
しかし魔王を封印するべく放たれた卒塔婆が儀式場の魔法陣に突き刺さり、その結果魔法陣の力の源である彼女が封印されてしまったそうだ。
「あれには魔王が眠るって書いてあったんですよね? それなのにどうして女神様が?」
「……さぁ?」
ロニの問い掛けに小さく首を傾げる女神。それが故意だったのか何かしらのミスだったのかは本当に分からない様だ。
次に闇の女神がおずおずと小声で問い掛けてきた。
「あ、あの……なんだか砂ばっかりですけど……ハデス・ポリスは今、どうなっているのですか?」
「それは……」
俺がクレナの方を見ると、彼女も察してくれた様で初代聖王と魔王の戦いから今までの歴史をかいつまんで彼女に説明してくれた。
と言っても、ハデス・ポリスに関しては初代聖王と魔王の戦いで『空白地帯』になり、それ以降は歴史から抹消された事ぐらいしか話す事は無い様だ。
「や、やっぱり……私のせいです……」
話を聞き終えた闇の女神は、か細い声でそう言うやいなや、膝に顔を埋めてしくしくと泣き始めてしまった。
「ど、どうしたんですか!?」
ロニが慌てふためき、リウムちゃんが慰める様に無言で肩を叩くが、全く効果が無い。
「お、おい、クレナ」
「多分だけど……」
クレナは神妙な面持ちで闇の女神に顔を近付けると、ハッキリした声で確かめる様に問い掛ける。
「『空白地帯』が生まれた原因は……あなたが封印されたからですね?」
膝に埋めたままの女神の頭が微かに動く。今彼女は確かに頷いた。
つまり、この砂漠と荒地しかない『空白地帯』が生まれたのは、闇の女神が封印されてしまったのが原因と言う事か。
「……ん?」
ここで俺は疑問を抱いた。本当にそうだろうか。
卒塔婆の文字から察するに、初代聖王は元々魔王を倒すためにこれを作ったと思われる。
しかし、封印されていたのは魔王ではなく女神。これは何故なのか。
女神の話によると、魔王が何かの儀式を行おうとしている時に初代聖王が現れて封印されたらしい。
「一つ聞きたいんだが、あの卒塔婆を使えば魔王を倒せるのか?」
「それは……可能だと思います。神である私は封印されるだけで済みましたが、魔族だったらおそらく……」
「これが魔王を倒すために作られたのは間違いなさそうですな」
玄関からルリトラの声が聞こえてきた。
ちなみに抜いた卒塔婆は玄関の横に立て掛けている。
彼の言葉を聞きながら、俺の内心は厄介な事実が浮かび上がって来そうな予感で一杯になっていた。
順を追って考えてみよう。
初代聖王は魔王を倒すためにあの卒塔婆を作り、魔王に戦いを挑んだ。
魔王は初代聖王に敗北、眠りについて魔将の手でハデス・ポリスから脱出させられた。
その過程で闇の女神が封印され、『空白地帯』が生まれてハデス・ポリスは滅び、その名は歴史から抹消されてしまった。
当事者であった女神の話によると、魔王が何かしらの儀式を行おうとしている所に初代聖王が現れたと言う話だが、思うに初代聖王は奇襲を仕掛けようとしたのではないだろうか。
しかし魔王を狙った卒塔婆は外れ、代わりに闇の女神が封印されてしまった。
「……もしかして、初代聖王は間違えて闇の女神を封印してしまったのか?」
間の抜けた話だが、だとすれば辻褄が合う。
魔王を倒せる力を持つ卒塔婆を用意しながら、倒し切れずに封印しただけで逃がしてしまった初代聖王。
おそらく間違えて闇の女神を封印してしまったため、卒塔婆が使えなくなっていたのだ。
そして闇の女神を封印した結果『空白地帯』が生まれてハデス・ポリスは滅亡した。
「え~っと……つまりはこう言う事? ハデス・ポリスを滅ぼして『空白地帯』が生まれたのは初代聖王が間違えて女神を封印したから?」
「状況証拠を考えると、そう言う事になるな」
俺とクレナは顔を見合わせる。彼女の顔には呆れの色があった。おそらく俺も同じ様な表情をしているだろう。
要するに初代聖王は臭い物に蓋をして、自分のミスを隠したのだ。
「歴史から抹消するのも仕方がない」
納得した様子でうんうんと頷くリウムちゃん。
確かに納得出来るが、本当に間の抜けた話である。
「ほ、ほら! トウヤさま達も言ってますよ! 女神さまが悪いんじゃないですよ!」
そして何とか闇の女神を励まそうと頑張るロニ。良い子だ。
おかげで女神も少しは復活した様で、おずおずと顔を上げて俺達の方を見る。
その縋る様な目を見ていると、捨てられた子犬を置いて帰れなくなってしまった小学生の頃を思い出してしまう。
それはともかく、彼女が闇の女神だと言うならば、こちらからも色々と聞かねばならない事がある。
「ところで『仮面の神官』に呪いを掛けられたんだが、これはあなたの祝福なのか?」
「えっ……ちょ、ちょっと待ってください」
四つん這いで近付いて来た彼女は俺の顔をぺたぺたと触りながら、俺の顔をじっと見詰めてきた。ひんやりとした手だ。
何をしているのかはよく分からないが、女神の目には見えるものがあるのだろうか。
しかし、こうして間近で見てみると本当に可愛らしい少女だ。人間の年齢で言うと俺より少し下ぐらいに見える。
地味だけど、よく見ると可愛いタイプと言ったところか。高校でこんな後輩がいたら可愛がってしまいそうだ。
「あなた……光のお姉様の祝福も授かっているのですね」
「と言うか、光の女神の神殿で召喚されたんだ。聖王家に」
六柱の女神は姉妹だと聞いていたが、「お姉様」と呼んでいるのか。
「はい……呪いと言うのは私の祝福で間違いないと思います。その……封印されまいと抵抗したせいで……」
「したせいで?」
「……光のお姉様の祝福と私の祝福、両方がないと封印が解けない様になっちゃって……」
そう言って泣き始めてしまう闇の女神。五百年放置されていた訳だ。
とりあえず、何故封印が解けたのかは判明したので、俺は話題を変える事にした。
「その、なんだ、それじゃ俺は魔族になるのか?」
「いえ、今の状態では……私と光のお姉様の祝福が反発し合っているのを、大地のお姉様の祝福が抑えてくれています」
ひとまず今すぐ魔族になると言う事はなさそうで、一安心である。
クレナもロニもリウムちゃんも、そしてルリトラもほっと胸を撫で下ろしている。
ただ、闇の女神の祝福を授かってしまった事は確からしい。ここは前向きに安全に闇の女神の祝福を授かる事が出来たと見るべきか。
「トウヤは、すぐには魔族にはならないって事ね。それじゃ私はどうかしら? 私は父親が魔族かも知れないんだけど」
「お父様が? じっとしててくださいね」
続けて闇の女神はクレナの顔をぺたぺたと触り始める。
「……確かに魔族の血が流れてますね。お母様が人間ならば、お父様は魔族で間違いないと思います」
「……そう」
ぽつりと呟くクレナ。やはりショックなのだろう。
その様子を見て、今度は闇の女神の方がおろおろとしだした。
「そのっ、あのっ、どうかしたんですか? やっぱり魔族はばっちいですか?」
「いや、そう言う訳じゃないけど……」
「でも、リュカオンやサンド・リザードマンも一緒なんですから、魔族の血くらい……」
「え? 私ですか?」
いきなり話を振られて目を丸くするロニ。ルリトラもこちらを見ながら首を傾げている。
「え? えっと……トウヤさん、でしたよね?」
「あ、ああ」
「人以外の血は穢れているとお思いですか?」
「……獣人の事か? 別にそうは思わんが」
それが魔族とのハーフである事に何が関係しているのか。
「ほら、大丈夫ですよ」
しかし闇の女神は、俺の答えを聞いて我が意を得たりと言わんばかりに小さく笑みを浮かべる。こんな時も控えめだ。
この反応はクレナ達も理解出来ない様で訝しげな表情で顔を見合わせてる。
どこかにズレがある。そう感じた俺はもう少し闇の女神から詳しく話を聞いてみた。
すると妙な事が分かった。本来魔族と言うのはリュカオンやサンド・リザードマンの様な亜人の一種だと言うのだ。
考えてみれば俺は、光の女神の祝福のおかげでこの世界の言葉を理解しているが、実は「魔族」と言う呼び名自体も先入観から歪めて理解してしまっているのかも知れない。
「じゃあ、ハデス・ポリスと言うのは……」
「え? えっと……オリュンポス大陸に住む亜人国家の代表ですけど?」
「あ、亜人国家? そんなのがあるのか?」
クレナ達の方に視線を向けてみるが、クレナとロニは揃ってブンブンと首を横に振った。
「亜人の住んでる国もあるけど、亜人が治める国なんてオリュンポス連合には無いわよ」
「あぅ……私が封印されてハデス・ポリスが滅んだから……」
また涙目になる闇の女神。妙な話になってきた。
その時、リウムちゃんが俺の服を引っ張りながら口を開く。
「……アテナ・ポリスには昔、王がいたと聞いた事がある」
「今はいないのか?」
「今のアテナは元老院が治めている」
すると闇の女神が涙を溜めた目を手でぐじぐじと擦りながら顔を上げる。
無言でタオルを手渡してやると、涙を拭き――そして目を丸くしていた。
タオルの肌触りの良さに驚いたのだろう。あれほどの物はこの世界の技術では作れない。
「あ……ありがとうございまふ……その、アテナ・ポリスは亜人国家の一つです。……今は違うのですか?」
「今は違いますよ。今のオリュンポス連合に、亜人の国はないです」
闇の女神の問い掛けにロニが亜人国家は無いと答える。
現在のオリュンポス連合において王がいるのはユピテル・ポリスを含む四つだけだが、それ以外の国も含めて全ての国の支配者層にいるのは基本的に人間のみらしい。
「トウヤ様、ハデス・ポリスが滅亡してから五百年の内に亜人国家は全て無くなってしまったのではないでしょうか?」
玄関の方からルリトラが声を掛けて来た。確かにそれは考えられる。
卒塔婆の墓碑銘から闇の女神が封印されてしまったのは恐らく初代聖王のミスだろう。魔法陣に卒塔婆が突き刺さった事で闇の女神が封印されるとは思わなかったのではないだろうか。
しかし、ハデス・ポリス滅亡と言う状況を逃さずに亜人勢力を駆逐したと言うのは十分有り得るだろう。
「すごい話を聞いてしまった気が……」
呆然とした俺の呟きに皆が揃って頷く。
これが歴史の流れだと言ってしまえばそれまでかも知れないが、当初抱いていたイメージである「勇者と魔王の戦い」とは明らかに異なる何かを突き付けられてしまった気分だ。
亜人国家を駆逐したのが初代聖王ではなく二代目以降だとすれば、「勇者と魔王の戦いのその後」と言えるかも知れない。
闇の女神から一通り話を聞き終え、俺とクレナはルリトラを伴って『無限バスルーム』の外に出て今後について話し合う事にした。
当然の事だが、この廃墟のハデス・ポリスに彼女を置いて行く訳にはいかない。俺達が連れて行くしかないだろう。
「て言うかこんな話を聞いちゃって、これからどうするの?」
「正直頭の中で整理し切れてないから、今答えを求められても困る」
クレナの問い掛けに俺は答える事が出来なかった。
とにかく今は考える時間が欲しい。
ロニとリウムちゃんには、闇の女神の事を任せている。
『無限バスルーム』の中を見てみると、闇の女神が両手でカップを持って水を飲んでいた。どうやら人間と同じ様に飲食はするらしい。
残りの食料にも限りがあるので、これは早めにハデス・ポリスを出た方が良いだろう。ひとまず今考えるべき事はこれだ。
俺は『無限バスルーム』の中に戻って闇の女神に問い掛ける。
「あ~……闇の女神様?」
考えてみれば相手は女神なので、今更ながらに敬語を使ってみる。
俺が声を掛けると、彼女は顔を上げて儚げな笑みを浮かべた。
「あ……私、ラクティ・ロアと言います。ラクティと呼んでください」
「……あなたがそう言うなら」
軽いな、女神。
「それじゃラクティ様」
「さ、様なんてとんでもない! ご迷惑をお掛けしたみたいですし……」
慌てた様子で訂正してくる闇の女神。
『闇の女神の祝福』とは言え、迷惑を掛けたのはキンギョであって彼女が何かした訳ではないのだが、何故か彼女はどこか期待している様な眼差しで俺の事を見ている。
その隣ではロニも同じ様な目をしていた。その後ろにいるリウムちゃんも、あまり顔には出していないが何か言いたげな顔で俺の方をじっと見ている。
これは二人と同じ様に呼べと言う事だろうか。
クレナとルリトラに視線で助けを求めてみるが、二人も困った様な表情をするばかりだ。
「え~っと、ラクティ……?」
畏れ多い様な気もするが、本人が求めているのだから多分大丈夫だろうと「様」を抜いて呼んでみると、途端に彼女の表情がパァッと輝き出した。嬉しい様だ。
なんと言うか本当に、捨てられた子犬を彷彿とさせる少女だ。黒髪や黒いドレスが砂埃で薄汚れてしまっているのがいかにもそれっぽい。
内心ぐらっと来ながらも、ここはぐっとこらえて話を進める。
「俺達はケレス・ポリスから地下道を通ってここに来たのですが……それ以外に地下道はあったりするのか?」
ですます口調で話し掛けると、また闇の女神――ラクティが泣きそうな顔になったので途中で切り替えた。
寂しがりやなのかラクティは途端ににこにこ顔になり、笑顔で答えてくれる。
「東西南北にあったはずですよ」
周辺の位置関係は西にケレス・ポリス、北にユピテル・ポリスがある。
「一番早く人里に行けるのは?」
「東ですね。ヘパイストス・ポリスがあります」
ケレスに向かうより早く到着出来るのなら、ケレスではなくそちらに向かうのも有りかも知れない。俺は確認の意味を込めてクレナとルリトラの方に視線を向けてみた。
「確かに『空白地帯』の東にはヘパイストス・ポリスがあるわ」
「あちら側は一番荒地が広がっていますね。地下道が無事かどうかの問題がありますが……」
「入り口まで行けば、私が風の精霊に頼んで確認する事が出来るわ」
「大体の場所が分かれば行けそうだな……ラクティ、場所は分かるか?」
「は、はぃ……大丈夫……です」
ラクティの方に視線を向けて問い掛けると、彼女は少し怯えながら答えてくれた。
三人で一斉に視線を向けたので、ルリトラの顔が怖かったせいだと思う。多分。
とにかく、城内の探索はラクティが封印されていた儀式場で最後だった。
もう昼を過ぎているが、この廃墟となったハデス・ポリス内では壁さえあればどこで休んでも一緒だ。今から馬車を東へ向けて進め、夜は適当な所で休むとしよう。
「よし、出発するぞ」
「了解です」
元々ほとんどの荷物を『無限バスルーム』の中に仕舞い込んでいるので、出発の準備はほとんど無い。
わずかに出していた荷物を武器と一緒に馬車に積み込み、クレナ達も乗り込ませる。
ラクティの方を見てみると、何故か馬車の後ろで立ち尽くしていた。
もしかして、馬車に乗った事が無いのだろうか。
彼女の立場を考えれば有り得る。そう思った俺は、ラクティの前に手を差し出した。
「あっ……」
「ほら、手を貸して。そこに足を掛ければ良いから」
「は、はい!」
「手伝いましょう」
ルリトラに手伝ってもらいながら俺の手を取ったラクティを引き上げ、馬車に乗せてやる。
勢い余ってラクティが転びそうになるが、すかさずクレナとロニが彼女を支えてくれた。
「ラクティ、大丈夫ですか?」
「ほら、気を付けなさい」
「はい……」
恥ずかしそうに顔を伏せるラクティ。そこにリウムちゃんが寄ってきてその手を取る。
「ラクティ、こっち」
リウムちゃんはそのまま彼女の手を引き、毛布を折り畳んでクッション代わりにした一角に連れて行った。一緒に座ろうと言う事だろう。
「その……ありがとうございます」
毛布の上を腰を下ろし、俺達を見渡してお礼を言うラクティ。
女神らしさに欠けているかも知れないが、その笑顔は愛らしさに溢れたものだった。




