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異世界混浴物語  作者: 日々花長春
熱情の砂風呂
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第44話 うずくまる闇

「……大丈夫か?」

 俺は『無限バスルーム』の外に出て昼食の準備をしているクレナの背中に声を掛けた。

 心なしか肩を落としている様に見えるのは気のせいだろうか。

「大丈夫よ。ほら、お昼ご飯もうすぐ出来るから」

 振り返ったクレナはそう言って微笑むが、無理をしているのが丸分かりだ。

 そもそもこのパーティでは、料理はロニの担当であり主にそれを手伝うのが俺だ。クレナが率先して料理している時点でいつもとは違う。

 俺はクレナの前に回り、鍋を挟んで彼女と向かい合う形で座る。

 やはり、彼女の表情は暗い。

「何言いたいか大体察しが付くけど、トウヤこそ大丈夫なの?」

「何が?」

「何がって、自覚ないの? 今のあんた、人間辞めるかどうかの瀬戸際なのよ?」

「ああ、その事か……」

 人間が闇の女神の祝福を受ければ魔族となる。確証は無いが、キンギョが俺に掛けた呪いと言うのは祝福だった可能性が高い。

 それを「呪い」と言ったのは、奴なりの皮肉だろうか。

 光の女神に召喚された勇者が魔族になったとなれば立場が悪くなるのは確実だろう。キンギョはその辺りの事も含めて「呪い」と表現したのかも知れない。

 もっとも煮魚となって消えた今となってはその真意を確かめる術は無いが。


 ただ今のところ『無限バスルーム』以外は変化が無いため、俺自身そこまで深刻に捉えておらず、むしろ父親が魔族かも知れないクレナの方が心配と言うのは正直なところだ。

 なにせ彼女は父親の手掛かりを求めて『砂漠の王国』ハデス・ポリスまで来たと言うのに、結局何の手掛かりも得られなかったのだから。

「私の事は良いの。ここがダメでも探し続けるだけなんだから。それよりトウヤがどうするかでしょ?」

「他の女神の祝福を授かりに行く。クレナの親父の手掛かりを探す。こっちはやる事はハッキリしているからな」

 俺の方には自覚が無いとは言え、俺もクレナも魔族絡みで問題を抱えている身と言える。彼女の方は、今のところ疑惑の段階だが。

「とにかく、これからも一緒に旅して協力するって事で良いんじゃないか?」

「……そうね」

 微かにだが、やっと笑ってくれた。そしてクレナは視線を鍋に戻して料理を続ける。

「それ貸せ」

「え?」

「手付きが危なっかしい」

 とりあえず俺が今やるべき事は、クレナの料理を手伝う事だろう。



 そう言えば、リウムちゃんがセーラさんと通信するための神具を持って来ていた。

 その時は一刻も早くサンドウォームから逃げ出さねばならずそれどころではなかったため、夜が明けてから無事に合流し、手紙は嬉しかったとだけ通信しておいた。

 ちなみに手紙の内容については――彼女の名誉のために秘密と言う事にしておく。

 彼女の想いは十分に伝わったが、何と言うか普段の彼女からは想像も出来ない様な大胆な内容だったのだ。いや、すごく嬉しかったけど。


 その後、春乃さんからは「落ち着いたら、また連絡をください」と返事があった。

 キンギョを警戒し外にも仲間がいる事を知られたくなくて連絡を控えていたが、奴を倒した今ならば問題ないだろう。せっかくなので魔将の一人を倒した事も報せよう。

 春乃さんは喜んでくれるだろうか。それとも魔将と戦った俺達を心配するだろうか。

 闇の女神の祝福であろう呪いの件については、今は伏せておく事にする。確信がある訳ではないので、余計な心配を掛けたくない。

 当然の事だが、クレナの件についても秘密だ。



 昼食を食べ終わった後、俺達はまず倉庫の中の調査から始める事にした。

 いくつかの武具が残っている。キンギョは魔法の掛かった武具は扱えないと言う話だったので、ここに残っているのは全て何かしらの魔法が掛かっているのだろう。

「そうそう、鎧が一組残ってたわ」

「ん? 三体とも出て来てなかったか?」

「キンギョが隠れるのに棚に退けていた分よ」

「……ああ」

 そう言えば黒い鎧に潜んでいたキンギョは、三つ並んでいた全身鎧の一つをバラして棚に置き、その空いたスペースにただの鎧のフリをして隠れていた。

 その後倉庫から出て来た鎧は三つだったと言う事は、バラした一つは魔法が掛かっていたため操る事が出来なかったのだろう。

「……操れなかったのは確実だな、これは」

 残されていた鎧はキンギョが使っていた物と同じく黒一色だった。同じ金属なのかは素人目では判断が付かない。

 ただ、額に二本の角を生やした鬼を彷彿とさせる兜を筆頭に、見るからに恐怖感を煽るようなデザインをしている。

 これを操る事が出来るなら、俺達を恐れさせるためにこの鎧を使っていただろう。

「問題は、どう言う魔法が掛かってるかだな」

「それは専門の人に見てもらわないとどうしようもないわね」

「とりあえず、無限バスルームに運び込もう」

 どんな魔法が掛かっているにせよ、このまま放置する手はない。

 他にも剣や槍や斧、果ては弓まで様々な武具が残っていた。流石に弓の弦は残っていなかったが。それらも全て『無限バスルーム』の中に運び込む事にした。

「ルリトラ、こっちを手伝ってくれ」

「見張りはどうしますか?」

「俺が塞ぐ」

 ルリトラには中に入ってもらい、彼が空けた穴は大地の精霊召喚で塞ぐ。斬った壁が残っているので楽勝だ。


「全身鎧って結構高価ですよね。トウヤさま、外の三つはどうしますか?」

 小首をかしげながらロニが問い掛けてきた。

 確かに、これらが俺のブリガンダインより高価なのは容易に予想が付く。

 キンギョの掛けた魔法については俺の水で文字通り「洗い流せる」し、『無限バスルーム』内に入れれば重量も問題にならない。

 それが三つも転がっているのだ。これを放っておくのは勿体ないだろう。

「床に埋めた武器も含めて、可能な限り持って行くとしようか」

「ざっと見た感じ結構安物も混じってたみたいですよ?」

 キンギョが操っていたのは、魔法の掛かっていない武具だ。

 中には名剣の類も混じっていただろうが、大半は単に古い武具であろう。

 スペースには限りがあるので、そう言う物は『無限バスルーム』内の建物周辺に新たに現れた一ストゥート程度の隙間に仕舞って行けば良い。

 無論、ぞんざいに扱うつもりは無いが。


 それから俺達は一晩掛けて倉庫とその前の廊下に散らばった武具を整理。

 俺には善し悪しを判断する目は無いため、クレナの知識だよりで良さそうな物から奥に仕舞い込んで行った。

 ルリトラの力を借りる事が出来れば楽だったのだろうが、残念ながら彼の身体では一ストゥートの隙間に入り込む事は不可能だった。

 と言う訳で、力仕事は俺とリュカオンであるロニの仕事だ。うん、男としてロニには負けてられない。


 翌朝から俺達は、二日掛けて城内の捜索を開始した。

 書庫を見付けたが、ほとんどの本は虫食いでボロボロになっていた。

 奥に二つだけ無事な本棚を発見。どうも中の本を守る魔法が掛けられているらしいので、本棚ごと『無限バスルーム』に運び込んだ。

 そして宝物庫では金貨の詰まった宝箱が五つ。それに数十の貴金属や宝石の装飾を見付ける事が出来た。無論、これらも残らず回収した。

 金貨は場合によっては使えないのではないかと思ったが、調べてみたところ昔からオリュンポス連合で共通して使われているコインだった。

 これだけでも十分に『砂漠の王国』探索の収支はプラスだと言えるだろう。

 その他には、城内で見付けた「劣化していない家具」をいくつか回収している。

 リウムちゃん曰く五百年の歳月を経ても劣化していないと言う事は、何かしらの魔法が掛かっている可能性が高いとの事だ。

 これらは全て魔法の武具と同じく『無限バスルーム』の建物内に持ち込んでいる。


「なんだこれは?」

 そして城内を探索していた俺達は、異様な部屋――いや、空間に出た。天井も壁も無く、既に部屋の形を成していない。

 床も剥き出しの地面になっており、残っているのは周囲の瓦礫のみ。丁度直径百ストゥートの円を描いていた。

「これは元々何かあったけど、吹き飛んだと見るべき」

 リウムちゃんが円周上にあった瓦礫の一つを撫でながら言う。

「……一度溶けた物が冷えて固まっている」

「マジ?」

「マジ」

 言われてみれば、その瓦礫は円の内側に向いた面だけがやけに滑らかだ。

 ここで一体何があったのか。考えられるのは初代聖王と魔王の戦いだ。

 俺達は、こんな真似をしでかせる相手と戦わなければならないのだろうか。


 その時、ルリトラが何かに気付いたのか円の中心辺りを指差した。

「トウヤ様、あれを見てください」

「ん、どれだ?」

 彼の指差す先を見てみると、円の中央に何か黒い棒状の物が見える。

 近付いてみると、そこには一枚の黒い板が突き刺さっていた。黒い板に赤い文字が書かれていて、側面は鋭利なギザギザだ。

 斜めになって地面に突き刺さっており、真っ直ぐに立てれば地面から俺の胸辺りまでの長さだと思われる。

 表面は光沢があって黒光りしている。どうやら何かしらの金属で出来ている様だ。

 クレナが裏に回って文字を覗き込む。文字は両面に同じ物が彫り込まれている様だ。

「ハデスの文字……じゃないわね」

「草書体の漢字……だな。多分だが下の部分は『六天魔王』――地面の下に埋まってる分も合わせて『第六天魔王』って書いていると思う。逆さまにな」

「『ダイロクテン』?」

「織田信長――魔王アマン・ナーガの……二つ名って言えば良いのか? この場合は。とにかく俺達の世界ではそう呼ばれてたんだよ」

「そっちの世界でも魔王だったのね」

「ちょっと意味が違うけどな」

 信長は比叡山を焼き討ちした辺りからその様に呼ばれる様になったと言われている。

 手紙で自らそう名乗った事もあるそうだが、本人もまさか死後異世界に召喚されて本当に魔王になるとは思っていなかったんじゃないだろうか。


 とにかく、『第六天魔王』と言う名前が書かれていると言う事は、俺達の世界から召喚された誰かが関わっているに違いない。

「しかし、これじゃまるで墓碑銘みたいだな」

 その内容から考えるに、初代聖王が関わっていると考えるのが自然だろう。

「でもトウヤさま、魔王は魔将が逃がしたんですよね?」

 俺の後ろからロニが声を掛けて来た。確かにキンギョの情報が正しければ魔王は魔将の手によってハデス・ポリスから逃れているはずだ。

 ならばこれが墓だとすれば誰の墓なのか。

 と言うか本当に墓なのかと言うのも疑問だが、その可能性があると思うと流石に掘り返して調べてみようと言う気にはならない。


「この辺の物を吹っ飛ばしたのは、これが原因だよな? 一体何が……」

 そう言いながら俺は金属板の文字になぞる様に触れる。

 赤い文字が塗料なのかが気になってそうしたのだが、次の瞬間文字が輝きだして俺は思わずラウンドシールドを装備した腕で目を庇う。

 光は段々と強くなり、文字だけでなく金属板全体が光り始める。腕で庇っても目を開く事が出来ないぐらいに強烈になっていた。

 ルリトラが大声で俺の名を呼ぶのにダメージはないので大丈夫だと返すが、口に出してから本当に大丈夫なのか疑問に思ってしまう。

 俺は少し立ち位置を移動して、クレナ達三人を庇える場所に立った。

「ちょっ、トウヤ何したのよ!」

「触っただけだ!」


 そのまま警戒しながら耐えていると、やがて強烈な光が弱まってきた。

 そっと盾を下げて黒の金属板を見てみると、なんと板が地面から抜けて宙に浮かんでいる。

 そして今も弱まっているが板全体が光を放っている。

「あ……」

 板の全体像を見て俺は気付いた。上下が逆さまになっているが、この形は墓地で見かける「卒塔婆」だ。

 木製ではなく金属製で、色も黒だったため気付かなかったが、地面から抜けた先端も含めて全体を見る事で初めて気付く事が出来た。

「何で卒塔婆が……?」

 俺は自分のガントレットを身に着けた手の平を見て、金属板は鋭利だが力を込めて握らなければ大丈夫だろうと判断し、黒い卒塔婆を掴む。

 すると卒塔婆の光は収まり、すっと俺の手に収まった。ずっしりと重い。

「だ、大丈夫ですか?」

「大丈夫……っぽい」

 持っていても何も反応も無いので大丈夫だと思う。

 あの光は何だったのだろうか。


 その時、リウムちゃんが俺の腕に手を掛けて引っ張ってきた。

「トウヤ、トウヤ」

「どうした?」

「変な人がいる」

「……は?」

 リウムちゃんの方に視線を向け、彼女が見ている方に視線を移していくと、なんとそこには真っ黒な塊がうずくまっていた。

 咄嗟に黒い金属板を手放し、斧は持ってきてなかったので腰に差していたダガーを抜く。

 次に動いたのはロニ。彼女も身構えて俺の隣に立つ。

 そしてクレナが剣の柄に手をかけたところで、俺が手放した金属板が地面に倒れてけたたましい音を立てた。

「ひっ……!」

 その瞬間、真っ黒な塊が小さく悲鳴を上げてビクッと身震いした。

 その声に俺は思わず拍子抜けしてしまう。隣のロニも呆けた顔をしていた。

 よく見ると真っ黒な塊は大量の長い髪だった。しかも黒のドレスを身に着けて体育座りをしている様だ。膝を抱える白い小さな手が見える。

 髪の隙間から怯えの色を宿した瞳がこちらを見ている事を気付いた俺は、ダガーを収めて黒い髪に近付く。

 塊はビクッと身を震わせたが、それでも髪をかき分けてみると叱られた子犬を思わせる様な潤んだ瞳がこちらを見詰めていた。

 黒髪の向こう側から見えたのは、人形でもこれ程の物はそうそうお目に掛かれないだろうと思える美しい端正な顔立ちの少女だった。年の頃は俺より少し下と言ったところだろうか。

 その表情はひどく臆病そうで、色白を通り越して青白い顔になっている。

 俺はその顔を見て言葉を失った。

 その少女に見覚えがあったのだ。

「まさか……闇の女神!?」

 そう、その少女は夢で見た闇の女神らしき少女と同じ顔をしていた。


「い……いぢめる?」

「……いや、いじめないから」


 今にも泣き出しそうな震える声に、俺は脱力して肩を落とす。

 どうやら性格の方も夢と同じらしい。

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