第41話 ハデス十六魔将の力
「下がれ!」
武器庫に足を踏み入れてすぐの所で立ち止まっていた俺達は、一旦下がって廊下に出るとすぐさま扉を閉めた。
更に少し下がって『無限バスルーム』の扉を開く。俺の水が奴の弱点である事は分かっているのだ。
「ロニ、ホースの用意を!」
「は、はい!」
ロニは身を翻して『無限バスルーム』に飛び込もうとするが、扉のすぐ隣にある物を目にしてピタリと足を止めてしまった。
「ト、トウヤさま……」
「どうした……!?」
振り返った俺は、ロニの視線の先にある物を見て驚きに目を見開いた。
剣だ。騎士の像が持っていた鉄剣だ。
それだけならば驚く様な物ではない。問題は、その剣が『無限バスルーム』の扉の横で宙に浮かんでいた事だ。
「ロニ!」
「きゃっ!」
浮いた剣の切っ先がピクリと動いた瞬間、俺は咄嗟にロニを抱き寄せた。
そんな俺達に向かって飛んでくる剣。俺はそれを裏拳で打ち払った。ガントレットを着けていなければ今の攻撃が腕に突き刺さっていたかも知れない。
「何なんだこいつらは!?」
思わず叫んでしまったが、それに答えたのは背後から聞こえて来た破壊音だった。
振り返ると何かが扉を突き破っていた。舞う埃の向こうに見えるシルエットは――ガントレットだ。
「奔れ、稲妻!」
すぐさまクレナが剣を突き出し、その切っ先から電光が奔ってガントレットの拳に命中。バチバチと大きな音と閃光を放った。
「水槽と金属鎧の中にいるなら、これは効いたはず……」
「待って……あれ、黒くない」
「えっ?」
「そう言えば……」
リウムちゃんの言葉を聞いて俺も気付いた。
クレナの魔法が焼き払ったのだろう。埃が晴れて姿を現したガントレットはキンギョの黒ではなく銀色だったのだ。
「脆弱……まったくもって脆弱よ……」
今度は足が飛び出してきて扉を蹴破った。
倒れた扉の向こうに立っていたのは銀色の全身鎧。キンギョの隣にあった鎧だ。
「扉を吹き飛ばしてくれれば、壊す手間が省けたものを」
武器庫から出て来たのは二つの銀色と一つの漆黒、計三つのフルプレートアーマーだ。あいつ自分の鎧以外も操れるのか。
この距離ではホースの準備が間に合わない。そう判断した俺は『無限バスルーム』の扉を消し、ブロードアックスを構える。
「ククク……無駄だ、無駄だ」
キンギョが笑うと俺の腕に妙な力が加わった。
キンギョに向けていたはずが、いつの間にかクレナの方に向いているブロードアックス。
違う、俺の腕じゃない。ブロードアックスが勝手にクレナの方に刃を向けているんだ。
まさか、このキンギョは……。
「うぉりゃァ!」
このままではやばい。そう判断するやいなや、俺は渾身の力を込めてブロードアックスを床に叩き付けた。
更に大地の精霊を召喚し、床に突き立てたブロードアックスの刃を砕いた床材で飲み込んで固める。
「ちょっと何やってんのよ!」
「気を付けろ! 武器を操られるぞ!」
「あっ、鎧と同じ様に……!」
浮いて襲い掛かってきた鉄剣にキンギョの周りを取り囲む二つの銀色鎧。そして勝手にクレナを攻撃しようとしたブロードアックス。
これらの事から判断するに、キンギョは周囲の武器を操れると見て間違いないだろう。
「私のナイフも!」
ロニの腰に差していたナイフが、独りでに鞘から抜けだそうとしている。ロニはすぐさまナイフを抜き、俺と同じ様に床に突き立てた。
「トウヤさま!」
「任せろ! ロニ、手を離せ!」
斧と違って下手な埋め方ではそのまま引き抜けてしまいそうなので、柄の頭を踏んでロニに手を離させると、俺はナイフ全体を床材の中に埋め込んだ。
「クレナ!」
次はクレナが危ない。そう思って彼女の方に目を向けると、彼女は平然とした様子で剣を構えていた。
「大丈夫よトウヤ、この剣は」
「チッ! その剣、魔法が掛かっているのか」
舌打ちするキンギョ。どうやら操れるのは魔法が掛かっていない武具だけらしい。
「だが、こう言う事も出来るぞ?」
「なっ! 引っ張られ……!?」
「クレナさまっ!」
キンギョがガントレットの指をクイッと動かすと、クレナの身体がキンギョに引き寄せられそうになった。咄嗟にロニが彼女の腰にしがみ付いてそれを食い止める。
「鎧か!」
ドレスの様なサーコートを身に着けているため見た目では分かりにくいが、彼女はサーコートの下に金属製の胸当てを装備している。
武具は武器だけではないと言う事だ。
「次は俺か!」
「ご名答、そぉれ!」
「グッ……!」
俺はクレナと違い、金属で補強しているラウンドシールド、胴体のブリガンダイン、腕のヴァンブレイスとガントレット、そして足のグリーブと全身金属だらけだ。
その全てを操られて、全身が引っ張られている。リウムちゃんが俺の腰にしがみ付いて引っ張ろうとしてくれているが、それぐらいではどうにもならない力だ。
二体のフルプレートが剣を構えて待ち構えている。このまま引きずり込まれたらあいつらに叩き斬られてしまうだろう。
俺は咄嗟に足を踏み込み精霊召喚を発動させ、床材を天井まで伸ばして即席の壁を作った。
バランスを崩して身体が宙に浮き、勢い良く自分で作った壁に激突して背中から痛みが突き抜けるが、斬られるよりはマシだ。
しかも、壁の一部が崩れて俺の頭に石が落ちてきた。不安定な体勢で魔法を使ったので、上手く固める事が出来なかったらしい。
穴だらけでもフルプレートが通れるほど大きくはないので、柵の代わりにはなるだろう。
リウムちゃんを庇って彼女だけはダメージを受けない様に守れた自分を誉めてやりたい。
「トウヤ、大丈夫?」
「何とかな」
心配そうに声を掛けてくるリウムちゃんに笑って返事をしてみる。今も身体は引っ張られ続けているので、上手く笑えたかは分からない。
防具を外せば良いのだろうが、元々装備するのにも手間が掛かる物。この状況では現実的とは言えない。
不幸中の幸いは床材の柱を壊して引き寄せる程の力は無いと言う事だ。しかし、この状態ではまともに戦う事も出来ない。
魔法の掛かった物なら操れないとは言え、そんな物がそう簡単に手に入るならユピテルで装備を揃えている時に用意してもらっている。
非金属の武器を持ってくれば良いが、今は手持ちが無く床か壁から即席ハンマーを造るぐらいしか手は無い。それでもこちらに防具が無く、相手が刃物だらけでは分が悪いだろう。
俺はほとんど腕を動かせない状態なため、防具を外すために留め具のベルトを切ってもらう事にした。普通に外すよりもそちらの方が早い。
「リウムちゃん、ベルトを切ってくれ」
「分かった」
小声でそう言うとリウムちゃんはすぐにナイフを取り出してまずはガントレットのベルトから切り始めた。
俺が庇う様に隠しているため、キンギョからは見えていないはずだ。
ちらりとクレナ達の方に視線を向けると、彼女も胸当てを外そうと悪戦苦闘していた。
「初歩的な魔法でそこまで出来るとは……やはり洗脳してやるべきだったか」
「そういや今は使わんな。やはり水か?」
問い掛けてみたが、キンギョは答えなかった。水を飲ませて洗脳と言う話だったので、ほぼ間違いないだろう。おそらくキンギョはあの泉でしか洗脳が出来ない。
正直、この状況で洗脳まで使われたら手が付けられなかっただろう。
ハデス十六魔将の一人『仮面の神官』、キンギョが本気で魔法を使うとここまで厄介な相手になるのか。
「全く、厄介じゃのう……」
フルプレートの一体が近付いて来て壁を数回叩く。
自分では近付いて来ないか、慎重な奴め。来ても現状打つ手は無いが。
「ウム、よくMPを練り込んである。まったく惜しいの、貴様は闇の女神様に召喚されるべきだった」
「それ、俺死んでるだろ」
闇の女神が召喚するのは死人だ。
話している間にリウムちゃんがガントレットに続けてヴァンブレイスのベルトを切る。少し腕も切ってしまったが、今はそんな事を気にしている場合ではない。
「良いではないか、私が召喚すれば王になれるのだぞ? そもそも闇の女神様は――」
余裕の表れなのか魔王について語り始めるキンギョ。
どうやらこいつの話好きは素だったらしい。今の状況では有難い事だ。
その間にリウムちゃんは、グリーブのベルトを切ってくれた。
後はブリガンダインだが、これは腰のベルトに胸が二箇所と三つの留め具がある。
リウムちゃんは一番上の小さな留め具のベルトから取り掛かった。
「――だから惜しいと言っている……ここで殺しても召喚は出来んからな!」
ガシャガシャと音が鳴り何事かとキンギョの方を見てみると、奴の周りに剣、槍、斧と無数の武器が浮かんでいた。
ダメだ、ブリガンダインのベルトは間に合わない。
「リウムちゃん、逃げろ!」
一番上のベルトを切ったところだったが彼女を離し、俺は両手のガントレットを壁の穴に突っ込む。
ベルトの固定が無くなり、壁と言う邪魔者から解放されたガントレットは引き寄せられる力に従い勢い良く飛んで行く。
「ぐぉっ!?」
ガントレットは弧を描いてキンギョの入った黒の兜に命中し、耳障りな金属音を響かせる。即席ロケットパンチである。
途端繰糸が切れたかの様に床に落ちる三つのフルプレートと無数の武器。キンギョ、お前も崩れるのか。
しかし頑丈な水槽らしく、すぐに三つのフルプレートを立ち上がらせようとしてくる。
その隙に俺はリウムちゃんからナイフを受け取り、ブリガンダインのベルトを全て切る。そしてヴァンブレイスもグリーブも外した。
「まったく、本気出したキンギョがこんなに厄介とはね……」
胸当てを外したクレナが俺の横に立った。結局、サーコートの方は破いたらしい。
ロニと二人で外した防具を持って来て俺の外したグリーブの隣に置いたので、まとめて床材の中に埋め込む。大地の神殿の神官長には感謝しなければならないな。
俺は武器も防具も無しで使えるのは神官魔法のみ。
クレナも防具は無く、武器はフルプレートを相手にするには少々心許ない細身の剣のみ。
ロニはハードレザーの防具があるが、武器が無い。
そしてリウムちゃんだけが金属製の重い防具は身に着けておらず、持っている金属の全てが水晶術で使う道具であるため全く影響が無かった。
この状況では勝ち目は少ない。それでも諦める訳にはいかない。
体勢を立て直したので、完全に壁で遮断してしまうと言う方法もあるが、キンギョが見えない状況になると言うのが怖かった。
俺は、ここから勝ち筋を探し出すべく思考を巡らせる。
「リウムちゃん、『銀の槍』であれ貫けるか?」
「無理。距離が足りない」
彼女の使う『銀の槍』は、手から離れてから大きくなる。ここまで距離が近いと、十分な威力が出せる大きさになる前に命中してしまうのだろう。
「……リウムちゃん、『飛翔盤』を使ってルリトラを呼んで来てくれ」
やはりここはルリトラを連れて来るしかない。そう判断した俺は、リウムちゃんに彼を呼びに行ってもらう事にした。
ここに来るまでのルートのゴーレムは破壊してきたので、『飛翔盤』を使えば一番早く安全に呼びに行けるはずだ。
「……分かった」
リウムちゃんは理由を問う事もなく、すぐさま背中に背負っていた『飛翔盤』に乗ると、勢い良く飛び立って行った。
この間にキンギョは三つのフルプレートを立ち上がらせ、無数の武器を再び宙に浮かべていた。その中に俺のガントレットも混じっている。
「逃がさん!」
「させません!」
リウムちゃんが飛び去ったのを見たキンギョが壁の穴を通して剣を放つが、ロニが手刀でそれを叩き落とした。
リュカオンの身体能力が優れていると言う話は聞いていたが、これには驚きである。
俺は落ちた剣を埋めながら考えた、これならば彼女も十分戦力になると。
「そろそろ埋める所が無くなりそうだ。少し下がろう」
「分かったわ」
ここは騎士型ゴーレムの残骸があるため落とした武器を埋め込みにくい。
俺達は少し下がってキンギョの攻撃に備えた。
「フム……」
そんな俺達の姿を見て、キンギョは顎に手を当てて何やら考えている様子だ。
二体のフルプレートは、斧を手に壁を壊そうとしている。
「これは時間が掛かりそうだな……ならば少しの間、狩りを楽しむとするか」
キンギョがそう言って左手を振るうと、宙に浮いた武器が壁の穴を通ってこちらに移動してきた。
「そちらに行くまで死んでくれるなよ?」
どこか粘着質なキンギョの声。きっと表情が見えていたらにやけていたに違いない。
その声と共に俺達目掛けて無数の武器が降り注いで来た。
今回のサブタイトル「キンギョ注意報」にしようかとも思いましたが、流石に雰囲気に合わないので止めましたw




