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異世界混浴物語  作者: 日々花長春
熱情の砂風呂
43/206

第40話 魔王城に眠るもの

「こいつでトドメだ!」

 俺のブロードアックス――ではなく、アックスの刃の部分に砂を固めた簡易ハンマーの一撃で騎士のゴーレムは胴体を砕かれ、砂まみれの絨毯の上に倒れ込んだ。

 既に何体ものゴーレムと戦っているが、硬い身体を持つ連中は文字通り刃が立たない。鈍器で殴り壊した方が楽なのである。


 城内に突入した俺達は、まず真っ直ぐに謁見の間に行った。一度見ておきたかったのだ。

 そこには激戦の跡を物語る瓦礫の山しか無かったが、そこまではゴーレムに会う事なく進む事が出来た。

 廊下に並ぶ騎士の像に紛れた騎士像型ゴーレムが、手にした剣で襲い掛かって来る様になったのは、それ以外の場所を調べ始めてからだ。

 どうやらここに攻め込んだ初代聖王のパーティは、脇目も振らずに魔王の下に向かったらしい。それだけ余裕が無かったのかも知れない。

 何にせよ、俺達にとっては幸運だったと言えるだろう。城内のお宝が手付かずに残っている可能性が高まったのだから。


「厳重な警備ねぇ……」

 俺が砕いた騎士像型ゴーレムの残骸から無事な魔水晶を回収するリウムちゃんの横でクレナがぼやく。

 今のところ五体に一体ぐらいの割合で像の中にゴーレムが混じっているが、それが厳重なのかどうか比較対象を知らない俺には判断が付かなかった。

「城って言うのは、こう言う物じゃないのか?」

「そりゃお城とかは厳重な警備をしてるのは確かだけどね。でも、こんなにゴーレムばっかりって事は無いわ」

「ああ、城の兵士もいたと考えたら厳重過ぎるって事か?」

「ゴーレムの本来の用途は、侵入者の発見と足止め」

 魔水晶を回収し終えて立ち上がったリウムちゃんが言う。つまり、ゴーレム単体で侵入者を倒せるだけの強さは必要とされてないと言う事だ。

 侵入者が近付けば勝手に襲い掛かると言うのは、俺達の世界で言うところの「警報機」の役割を担っているとも考えられる。だとすれば二人の言葉も納得出来ると言うものだ。

 何故そこまで厳重だったのかと言う疑問もあるが、そこはそれだけ貴重な物があるからだと考えた方が前向きであろう。

 本能寺の変で命を落とした信長が、それだけ夜襲・奇襲を警戒していたのかも知れないが、俺達に真相を知る術は無い。


 今のところ見付かったのは、調度品の類がいくつか。

 荒らされてはいないのだが、やはり五百年と言う時の流れはあらゆる物に風化と言うダメージを与えていた。

 欲張り過ぎるつもりはないが、苦労してここまで来たからには、もう少し大きな戦果が欲しいところだ。



「トウヤさまー! おっきな扉がありますよー!」

 その時、身軽さを活かして曲がり角の向こうを偵察に行っていたロニが、慌てた様子で戻って来た。

「像は?」

「左右に五体ずつ、十体です!」

「その内何体がゴーレムかしらね?」

「重要な場所なら全部でも驚かない」

「よし、近付く前に壊そう」

 破壊音を気にしなければこう言う事も可能だ。いくら音を立てようとも警備兵が駆け付ける事は無いのだから。

 リウムちゃんによると、ここ十年ほどは逆転の発想だと襲い掛かるゴーレムではなく、侵入者が近付くと破裂するゴーレムも作られているらしい。

 それはもうゴーレムではなく地雷の類だと思う。


 曲がり角から四人で鈴なりになって顔を覗かせてみると、両側に壁際に並ぶ十体の騎士の像と、その奥の大きな扉が見えた。

 騎士の像は、先程壊したゴーレムと同じ型だ。

「それじゃ、右側は私がやるわ」

「左側は私が」

 そう言ってクレナは剣を構え、リウムちゃんは銀の串を取り出す。

 クレナは剣で攻撃するのではなく、魔法を使うつもりなのだろう。リウムちゃんが使おうとしているのは、サンドウォームを串刺しにしたあの魔法だ。

「じゃあ、取りこぼしは俺とロニが」

 俺の言葉に二人は頷き、それぞれ魔法の詠唱を始める。

「斬り裂け、『風刃』!」

 クレナが剣を振るい放った風の刃が右の壁際に並んだ像をまとめて斬り裂く。

「……『槍よ、貫け』」

 そしてリウムちゃんは左の壁際に移動して銀の串をダーツの様に投げた。

 手から離れた時点では串サイズだった物が、瞬く間に大きな槍となって像の頭部をまとめて串刺しにして砕く。

 切断面に合わせて上部が滑り落ち、轟音を立てる右側の像。左側の像は頭部を失い沈黙したままだ。

 不味い、右側一番奥の像は頭部の上半分しか切断されていない。左側も一番奥の像まで槍が貫通しきっておらず、ヒビが入りながらも健在だ。

「ロニ、左側を!」

「分かりました!」

 言うやいなや俺はブロードアックスに砂を固めながら駆け出す。

 すると奥の二体の像だけ剣を構えて動き出し、右側の一つ手前の像が動きだそうとしてバランスを崩して倒れた。そちらも切断するのが少し上過ぎた様だ。

 倒れたゴーレムは後回しにし、俺はゴーレムの剣の一撃をラウンドシールドで受け止める。

 金属同士がぶつかり合う耳障りな音が鳴り響いた瞬間、ロニの跳び蹴りが左側のゴーレムの側頭部を捉えた。

 ヒビが入っていた頭部にはそれが致命傷となり、ゴーレムは倒れて頭部は粉々に砕け散る。

 あちらは片付いた。残りは目の前のゴーレムだ。

 俺は盾を使って押し返し、ゴーレムが体勢を崩したところでまず剣を持った腕を叩き折る。

 負けじともう片方の手で殴り掛かってくるのを盾で払って受け流し、次に即席ハンマーを振り下ろして足を叩く。

 がっしりした太股部分は、流石に一撃で粉々とは行かないが、ヒビが入ってしまうともうその体重を支える事が出来なくなる。

 足を踏ん張り、体勢を立て直そうとしたところで叩いた足が砕け、ゴーレムはそのまま前のめりに倒れた。無論、俺はそれに巻き込まれない様に身を退いてサッと避ける。

 こうなればこちらのものだ。片手片足ではもう起き上がる事も出来ない。俺は倒れているもう一体のゴーレムも一緒に即席ハンマーを振り下ろしてトドメを刺した。



 リウムちゃんが魔水晶を回収している間、俺達は周囲を警戒していた。

 クレナが『風刃』で斬ったゴーレムの内、二体は魔水晶ごと切断してしまっていたが、それ以外は無事に回収出来そうだ。

 と言うか、やはり十体全てがゴーレムだったらしい。

「ゴメン、ちょっと角度間違っちゃった」

「気にすんな。被害を出さずに倒す方が重要だ」

 ゴーレムのセンサーは基本的に頭部に集中している。そして動力源である魔水晶は、その力を全体に力を満遍なく届けるために胴体の中心に収められている。

 これは脳と心臓に合わせている――のではなく、センサーは目の位置に、動力源は全体の中心に合わせているためらしい。

 逆に言えば、どんな形状でも必ずセンサーとなる目が存在するそうだ。それでゴーレムかどうかを見極めると言う方法もあるらしい。


「あれ? トウヤさま、カギ開いてますよ?」

「えっ?」

 一足先に奥の扉を調べていたロニが驚きの声を上げ、つられて俺も素っ頓狂な声を漏らしてしまった。

「ロニ、本当に開いてるの?」

「それはおかしい」

 クレナも顔を向けて確認し、魔水晶を回収し終えたリウムちゃんも振り返って訝しげな声を上げる。

 二人の言う通りおかしい。廊下には十体のゴーレムをずらっと並べて警備していると言うのに、肝心の扉の鍵を閉めていなければ片手落ちである。

「で、でも、ホントに開いてるんですよぅ」

「罠は?」

「それっぽいのはなさそうです! ホントです!」

 皆に一斉に見られて涙目のロニ。思わずその頭を撫でてやりたくなったが、ガントレットなので我慢してクレナに任せる。

 そして俺はリウムちゃんと並んで扉の前に立った。

「ゴーレムを動かさずにここから何か持ち出すって出来るのか?」

「ゴーレムを制御出来るマスター、元から許可がある人なら可能」

「つまり、可能なヤツはいたって事か」

 これは五百年前に宝を持ち出されている可能性もある。

 罠は無い様なので、俺は扉を開けて確かめようとし――そして気付いた。

「ロニ……」

 手招きで呼び寄せ、耳打ちをする。

 一瞬驚きで目を丸くしたロニだったが、すぐに気を取り直し、真剣な面持ちでコクリと頷いた。

 扉を開き、部屋の中を見回してみる。

 かなり広い部屋だ。正面上方に小さな窓があるだけで中はかなり薄暗い。俺は光の精霊を放って部屋を照らした。

 左右両側に棚があり、一番下には大きな宝箱が並び、上の棚には小さな箱や様々な武具が並んでいる。

 そして奥の壁には三つの全身鎧が並んでいた。騎士の像ではない。光の精霊に照らされたそれらは金属の光沢を放っている。どうやらここは武器庫の様だ。

「トウヤさま……」

 ロニが側に来て耳打ちしてくる。

「なるほど……そこにいるのか、キンギョ」

 そう言って俺は三つ並んだ全身鎧の内、左端にある黒い鎧に斧を向ける。

 しかし鎧は何の反応も示さない。黙っていればばれないとでも考えているのだろうか。

 だが、その考えは甘い。扉を少し開いていた瞬間、わずかにだが鼻についたのだ。

「隠れるなら、その臭いをどうにかしてからにするんだな」

 そう、あの神殿の池の臭い――腐った水の臭いが。

 よく見れば、左隣の棚に兜や部分鎧が並んでいる。おそらく奴は元々あった全身鎧をバラして棚の上に並べ、空いた場所に自分が立っていたのだろう。


「ククク……苔は落としたつもりだったのだがな」

 キンギョの声が聞こえて来た。やはり黒い鎧の方からだ。

「苔? その鎧、池の中に隠していたか?」

「隠していた? 元よりあの池が我が住み処よ」

「やはり神殿関係者だったか」

 魔王様、魔王様と言いつつ、魔王よりも闇の女神への忠誠心の方が厚いと思われる言動。薄々そうではないかと思っていた。

 漆黒の全身鎧は左のガントレットを動かし兜の面頬を上げる。静かな部屋に金属音が響く。すると、兜の中に水槽の様な物があり、ヒレの大きなキンギョがその中にいるのが見えた。

 今のガントレットの動きを見た感じ、どうやらキンギョはあの全身鎧を自分の肉体の様に操る事が出来るらしい。

 どうやら昨夜の内に池の中の鎧に戻り、とうに神殿を抜け出していた様だ。

 そして俺達の狙いが魔王城である事は知っていたので、こうして武具庫の中に紛れて隠れていたのだろう。

 キンギョは脇に立てかけてあった広刃長身の両手剣、クレイモアを手に取る。

 生かして帰すつもりは無いと言う事か。俺達も身構えてキンギョの攻撃に備えた。


 もう一つ、このキンギョの行動で分からない事がある。

「一つ答えろ。お前、なんで初代聖王をハデス・ポリスに導いた?」

「と言うと?」

「お前が魔王より闇の女神に忠誠を誓っているってのは何となく分かる。だが、初代聖王と魔王の戦いは、ユピテル・ポリスとハデス・ポリスの戦いでもあったはずだ」

「正確にはハデス・ポリスとユピテル・ポリスを中心とする他のポリス連合だな」

「それなら初代聖王を闇の女神信仰の総本山であるここに呼び込むのは女神に対する裏切りじゃないのか?」

「……誤算があった事は認めよう」

「誤算だと?」

 面頬に隠れて姿は見えないが、少し俯き加減になっているであろう姿は嘘はついていない様に見える気がする。

「貴様は疑問には思わなかったのか? 異世界から召喚された闇の勇者こそが魔王。ならば魔王が召喚される以前は誰が王だったのだ?」

 その言葉に俺は思わずクレナ達と顔を見合わせた。彼女達も知らないらしく、無言で首を横に振る。

 この俺達の態度に優越感を感じたのか、キンギョの口が段々と軽くなっていく。この辺の性格は素だったらしい。

「……まさかお前とか言わんよな?」

「それであれば良かったのだがな、それはポリス市民が認めん。それ以前には存在したのだ。ハデス王家と言うものがな」

「ハデス王家……」

 つまり、魔王を召喚した時は何らかの理由で王家の人間はいなかった。いや、断絶していたと考えるべきか。

「闇の女神の祝福を受けた勇者ならば、新たな王に出来るって事か」

「その通りだ。そして、あの男は有能だった。次々に聞いた事もない様な政策を打ち出し、ハデス・ポリスを発展させた……そこまでは良かった」

 そこでキンギョは勢い良く剣を床に突き立てた。そこにあるのは怒りだ。溢れださんばかりの怒りが見える。

「だが奴は増長した! 闇の女神様のお力で新たな命を得たと言うのに、自分こそが神であるかの様に振る舞い、神殿を蔑ろにし始めたのだ!!」

 織田信長と言えば、石山本願寺を始めとする一向一揆相手に色々と苦労していたはず。

 女神がどうこうと言うより、単に神殿と言うか宗教関係が嫌いだったんじゃないかとも思うが、今は空気を読んで黙って話を聞く事にしよう。


「そこで私は考えた。あの魔王が死ねば新しい闇の勇者を新たに召喚する事が出来るとな」

 それを聞いて隣のクレナが声を張り上げた。

「ちょっと待ってよ! それならあんたは魔王を討つためにわざと敵を招き入れたって事!? 国に被害が出るじゃない! やるなら自分でやりなさいよ!!」

「落ち着け、クレナ」

 俺は今にも飛び掛かろうとするクレナを手で制する。

 自分で魔王を討たなかったのは、その後権力を握るのに不都合があったのだろう。『本能寺の変』で信長を討ったが、味方を増やせずに三日天下で終わってしまった明智光秀の様に。

 単に実力では勝てなかった可能性も考えられる。

「自分はあの泉に避難して難を逃れてたって訳か」

「そうだ」

「で、お前の誤算は魔王が完全に倒されなかった事だな」

 俺がそう言うと無言になるキンギョ。図星の様だ。奴に表情と言うものがあれば、さも悔しそうな表情をしていただろう。

 これで大体の事は分かった。キンギョは初代聖王を導いたが味方と言う訳ではなかった。

 そして魔王を裏切った訳でもなかった。こいつはあくまで闇の女神の味方なのだ。


 だが結果としてキンギョの企みは上手く行かなかった。

 魔王が倒されずに封印されたため新たな魔王を召喚する事が出来ず、ハデス・ポリスは地中に沈み、外の泉に逃れていたキンギョは戻る事が出来なくなってしまった。

 まぁ、初代聖王も召喚された異世界人だったと言う話だ。

 実は魔王を倒すと次が召喚されてしまう事を知っていたとしても不思議ではない。


 ここまで話を聞いて、こいつの正体が何となく分かった気がした。

「敬虔な信徒が聞いて呆れるな」

「何だと?」

 キンギョが突き立てていた剣を引き抜き、切っ先を俺に向ける。

 だが、俺は怯まない。

「だったら何でお前は初代聖王が攻めて来た時、神殿を守らなかった? その身体があったら十分戦えただろうに」

「私が死んではならんのだ。万が一にもな!」

「そこだよ、そこ!」

 そう、そこにこいつの正体を知る手掛かりがある。

 俺自身がそうだったのだ。

 俺は光の女神の神殿で、聖王家の王女と神官長によって召喚された。

 魔王を、闇の勇者を召喚したのは一体誰なのか。

「お前なんだな。俺達の世界から魔王を召喚したのは」

 しかしキンギョは無言のまま何も答えない。

 しらばっくれると言うより、どこか面白がっている様な雰囲気を感じる。

「お前が魔王を討つために初代聖王を導いたのも、自分だけは死ぬ訳にはいかないと泉に避難したのも、お前自身が次の魔王を召喚するからだろう」

「ほぅ……それで?」

 キンギョは、否定はしなかった。やはり面白がっている。

 ここまで来たらとことん言ってやろう。

 俺は最後の推理を直接本人にぶつけてみる事にした。

「お前の話の中にあったよな。ハデス十六魔将の生き残り――『仮面の神官』って」

 その言葉を聞いてある事に気付いたクレナは、驚きの表情でキンギョの方を見た。

 そう、キンギョの入った水槽を覆うフルフェイスの兜を。

「それも仮面の一種、だよな?」

「ククク……ハーッハッハッハッ!」

 途端にキンギョは大笑いを始める。

「いや、見事だ! よくぞそこまで辿り着いた! ハデスの民にも、よく『守護騎士(ガーディアン)』と間違えられたと言うのにな!」

 俺もそちらの可能性は考えた。並んでいる鎧の中に金色の物があれば『黄金の鎧』の可能性も考えただろう。

 だが、考えてみればこの世界の神殿には「神殿騎士」と言う者達が存在するのだ。彼等ならば、こんな重装備をしていても違和感は無い。


「フフフ……それだけに惜しいな。私が召喚していれば立派な魔王になっていただろうに」

 俺に向けていた切っ先を一旦退き、隙の無い構えで身構えるキンギョ。話は終わりと言う事だろう。

 ハデス十六魔将の生き残り『仮面の神官』。

 魔王軍の幹部が俺達の前に立ち塞がったのである。

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