第39話 魔王城の洗礼
あれから俺の声に気付いて起きてきたクレナとリウムちゃんも合わせて皆でキンギョを探し回ってみたが、結局あの自称・賢者を見付ける事は出来なかった。
一番怪しいのが中庭の濁った池なのだが、棒を見付けて来て腐臭に耐えながら掻き回してみても、ゴツゴツした底だと思われる手応えがあるばかりで反応が無い。
「大量の水で、この水を押し流してみるか?」
「それで見付けられるの?」
クレナの指摘に、俺は腕を組んで考え込む。
ヒレが大きいとは言え、金魚サイズ。
そんなに大きな池では無いにしろ、棒で掻き回した感触によると底はごつごつとしている様だ。物陰に隠れられたら水が透き通っていても見付けられるかは疑問である。
何より水と一緒に流れ出てしまったら、それこそどこに行くか分かったものではない。
だからと言って、水を流している間、ここにいてこの腐った様な水が流れ出るのに耐えると言うのも勘弁して欲しい。
そこで俺は一計を案じてみた。
「よし、塞ごう」
「えっ?」
「この池に蓋をしてしまおう」
どうして昨日思い付かなかったんだ。上手く行けば文字通り「臭い物に蓋」、臭いもシャットアウト出来るじゃないか。
と言う訳で、俺は早速大地の精霊を召喚して池を覆うドームを造った。
みるみる内に池を覆っていく半円形の土の山。高さは俺の膝ぐらいまでだ。
こう言うのを「土饅頭」と言うのだろうか。池の中にキンギョがいたとすれば、文字通り「キンギョのはか」である。点を付けてやりたい。
「それにしても、結局何だったのかしらね、あいつ」
「自称・賢者って、伝承だと初代聖王を魔王城に導いたって話だったよな?」
「それは有名な話。賢者は初代聖王の味方」
「その割には魔王様、魔王様と言っていましたな」
今にして思えばあいつの態度はどうにもちぐはぐだった。
昨日魔王像を前にした時の態度も、今なら違和感を感じる。
像とは言え数百年振りに魔王の姿を見れば、もう少しリアクションがあっても良かったんじゃないだろうか。
そんな事を考えても後の祭り、キンギョは俺達の前から姿を消してしまった。
実際のところ、この池の中にいると言う確信は無いのだ。どこかに潜んでいる可能性も考えて、警戒しながら探索して行くしかあるまい。
「ロニ、朝食は手軽に頼む。その後一通りここを調べたら、すぐに魔王城に向かおう」
「分かりました。パンケーキにしますね」
一言で言えば甘くなく薄いホットケーキだ。ホットケーキがおやつだとすれば、パンケーキは朝食用と言ったところだろうか。
材料の関係でそのままと言う訳ではないが。
この世界では、材料さえ揃っていれば旅先でもフライパンで気軽に作れるパンの代用品として旅人御用達料理の一つとなっている。
ソーセージを巻いて食べたり、厚切りにしたハムを挟んで食べたりするのだ。保存食である漬け物にした野菜も一緒に挟んで食べる事もある。
今朝はハムとチーズでピザの様にしてくれた。二つに折り畳んでいただくとしよう。
手早く朝食を終えて一通り教会を調べてみると、クレナがある事に気付いた。
「この神殿……闇の女神以外の力を排除する様に造られてるわ」
「どう言う事だ?」
「他の女神の力を弱める様になってるのよ。ほら、見て」
そう言ってクレナが指差したのは神殿の柱。見事なレリーフが施されている。
「って、もしかしてこれが……?」
「ええ、このレリーフ自体にそう言う効果があるのよ」
思わずクレナの顔を見た俺に対し、彼女は神妙な面持ちで頷いた。
昨日はただの装飾だと思って見逃していたが、これが闇の女神以外の力を抑え込んでいるらしい。
「他の神官魔法が使えるから効果は弱まってると思うけど」
「それでも弱める事ぐらいは出来る、か」
「多分水の魔力もそれで……」
言葉を濁すクレナ。おそらく、神殿内に置いていたため、水に含まれる俺の魔力が予定よりも早く消耗してしまったのだろう。
そして、水の魔力が無くなった隙を突いてキンギョは魔法を使って脱出した。
もしかしたら神殿に案内したのも最初からそれを狙っていたからかも知れないが、今となっては後の祭りだ。
「あの蓋、もう少し頑丈にしとこうか」
「……そうね」
少し不安になった俺は、神殿を出る前に池を塞ぐ蓋を更に分厚く強化しておく事にした。
そして俺の膝ぐらいまでしかなかった土饅頭は、周りの土や壁も巻き込み、俺の背丈ぐらいまで雨後のタケノコもびっくりの急成長を遂げるのだった。
その後、荷物をまとめた俺達は馬車に乗り込んで一路魔王城へと向かった。
それにしても静かな街だ。
薄暗いと言うのもあるが、どこもかしこも灰色で色が感じられない。唯一の彩りが砂と言う有様である。
砂の色を「金色」と表現すれば派手な様にも思えてくるが、実際のところはそう言う雰囲気にはなれない。
廃墟なのだから当然なのだが、人気がなく、ドームの天井から降って来る流砂の音だけを聞きながら歩いていると、「死の街」と言う言葉が頭に浮かんでくる。
俺達も黙っていると気が滅入ってくるばかりだ。皆で意図的に他愛ない話をしながら進んで行く。無論、警戒は怠らない様にしながら。
群れを成すスケルトンが現れる事もあったが、一体一体は敵ではないのでルリトラを中心に戦えば蹴散らすのは難しくなかった。
キンギョの道案内は無くなってしまったが、魔王城に向かう分には全く問題がない。
なにせ、このドーム状の地下都市を維持する支柱となっているのが魔王城なのだ。少し開けた場所に行けばいつでもその姿を確認する事が出来るのである。
途中、大きな屋敷を見付けてそこの庭を借りて昼食にする。
当時は色取り取りの花が咲き乱れていたのではないかと思われる花壇跡があったが、今は土くればかりの殺風景な光景になっていた。
柵はあるが視界は開けており、ゆっくり休める場所ではなかったので昼食も軽く済ませてすぐに出発。
魔王城の前に到着したのは、それから一時間程経った後だった。
「意外と普通」
最初に口を開いたのはリウムちゃん。身も蓋もない一言である。
彼女の言う通り俺達の目の前にそびえ立つ城は、「魔王城」と言う言葉の持つイメージとは程遠いごく普通の城――だった物だ。
外から眺めているだけでも所々が壊れている事が分かる。
件のドームを形作る倒れた塔が押し潰してしまったのか、それとも初代聖王と魔王の戦いでこうなったかのは分からないが、ここもまた神殿と同じく「見る影もない」状態であった。
「堀の中に立ってたんですね、魔王城って」
しゃがんで堀を覗き込みながら呟くロニ。
過去形なのは、堀が既にその役割を果たしていないからだ。
上から落ちてくる流砂のせいだろう。堀が埋まってしまっている。
「これはもう堀としての役割は果たしてないわね」
「サンド・リザードマンには無力だな」
「堀のままでも沼種のリザードマンには無力ですよ」
実際にいるかどうかはともかく、日本の城も河童には無力なのだろうか。
とにかく跳ね橋も下ろされたままになっているので、馬車で堀を越える事は出来そうだ。俺達は慎重に橋を渡って魔王城の中へと侵入した。
門を潜った俺達を出迎えたのは、やはり殺風景になってしまった庭園。砂まみれでボロボロになった石畳が、辛うじて城への道を示している。
庭園を飾るのは細い流砂の滝ばかり。この辺りは流砂が多い様だ。
その分上の光も入って来ていて、砂がきらめいて本当に金色に見えてくる気がする。
「さて、どこから調べようか?」
「書庫を調べるべき」
「魔王について調べるなら、やっぱりそこでしょうか」
リウムちゃんとロニが提案してくる。
資料の類を探すなら、やはりそこだろう。神殿よりは保存が良いと思いたい。
そちらも大事なのだが、実はもう一つ大事な事がある。
「現実問題、ここで何か見付けないと赤字だしな」
ここまでの旅に掛かった旅費が結構な額になっているのだ。ここで何かしらの収入を得なければ、今後の旅が苦しくなってくる。
魔王について調べるのは勿論のこと、トレジャーハンターとしても頑張らなければならないだろう。
「武器庫、宝物庫辺り……何か残ってますかな?」
「魔王はここにいないって話だし、時間の許す限り片っ端から調べて行きましょう」
「そうだな。でもただでさえ馬車の見張りも必要だし二手に分かれるとかは無しで」
流石に馬車は入らないため、ここに繋いでおくしかない。
相談の結果、馬車はルリトラが一人で守ってくれる事になった。戦力的にバランスを取ろうとすると、ルリトラとそれ以外になってしまうのだ。
大きな城とは言っても全て見て回るのに一週間は掛からないだろう。
問題はここに何が残っていて、どれだけ探し出せるかである。
最低限の荷物だけを持ち、完全武装で城内に入ろうとすると、リウムちゃんが俺の袖を引っ張ってきた。
「トウヤ」
「どうした?」
「こう言う所だとゴーレムがいたりする。そいつらは五百年くらいじゃ朽ちない」
「なるほど、宝物庫の番人か」
リウムちゃんはこくりと頷いた。
人工的に作られたモンスター。水晶術は魔法の道具を作るので、その手の物にも縁があるのだろう。
「見分けは付くか?」
「動かす魔力が感じられれば」
「動いてなかったら?」
「それで分かれば意味がない」
身も蓋もない事を言うリウムちゃん。調度品の彫像だと思ったら、実はモンスターだったと言った感じだろうか。
それらしい物があれば、警戒しながら進むしかあるまい。
庭園を進んでいくと、やがて壁が俺達の前に立ちふさがった。
俺の視線の先にあるのは大きな扉。重厚な金属製の扉だ。
闇の女神の祝福で人間を辞めている者もいたらしいので、人間サイズに合わせた造りではないのかも知れない。
俺達だけで開ける事が出来るのか。少し疑問に思いながら近付き、扉に触れると――
「トウヤさま、危ないっ!」
――突然ロニに後ろから引きずり倒された。
驚きに目を見開いた瞬間、俺の視界を影が覆う。
一瞬何なのか理解出来なかったが、すぐにその影は引っ込む。仰向けになったまま視線をそちらに向けた俺は、その正体を知る事が出来た。
「と、扉……?」
そう扉だ。扉のくせに縦ではなく横に開いている。
横一文字に開いた部分がまるで粘土の様に柔らかくグニャグニャと変形し、笑みの様な形を浮かべている。
おそらく先程の影は、扉が口を伸ばして俺に噛み付こうとしていたのだろう。ロニが助けてくれなければ、あの大口に噛み付かれていたかも知れない。
「トウヤ様!」
ルリトラが駆け寄って来て腕を伸ばし、倒れたままの俺とロニを引っ張って扉から離してくれる。
起き上がるとクレナはリウムちゃんを抱えて扉から離れているのが見えた。あちらも大丈夫な様だ。
「助かった。ありがとうルリトラ」
「いえ、御無事で何よりです」
「ロニも大丈夫か?」
「へっちゃらです!」
ロニは腕を押さえていたので、もしや噛み付かれたのかと思ったが、単に俺を倒した際に擦りむいただけらしい。
幸い扉のモンスターは、取り付けられた場所から離れる事が出来ない様だ。
「何なんだ、ありゃ」
「ドア・ゴーレム。カギが無い代わりに特定の護符を持っていると扉が開く」
「持ってなかったら、ああやって襲い掛かるのか」
俺の言葉にリウムちゃんはコクンと頷く。
なるほど、中に入るためには扉を通らねばならないのだから、城に侵入しようとする者に対するトラップとしては効果的だろう。
うっかり護符とやらを忘れてしまったらどうなるのかは分からないが。
「ここは自分が!」
そう言うやいなや、ルリトラが頭上で振り回したグレイブをドア・ゴーレムに向けて一閃。けたたましい金属音を響かせる。
グニャグニャ変形して笑っている割に、金属の硬度は保っているらしい。
リウムちゃんもシャーペンサイズの串を巨大な槍にして使う。水晶術自体がそう言う技術なのだろう。
幾度となく鳴り響く剣戟の音。ルリトラは、ドア・ゴーレムの攻撃を往なしながら攻撃を続けるが、相手が硬すぎるため有効打とはいかない様だ。
とは言え、ルリトラだからあれで済んでいるのだ。俺ならばあの様に押さえ込む事も厳しいだろう。
「あれ、大地の精霊で干渉出来るか?」
「物による」
リウムちゃんに尋ねてみたが、要領を得ない。おそらく水晶術師の腕次第なのだろう。
効くかどうか確かめるために近付くのは少々リスクが高い。そこで俺は別の手段を講じる事にした。
「ルリトラ、巻き込まれるなよ!」
「ハッ! ……は?」
疑問の声を上げるルリトラを他所に、その脇を通り抜けた俺は、ドア・ゴーレムの方へ――正確にはそのすぐ右側へと近付いて行く。
「精霊召喚!」
そして手を当て大地の精霊を召喚。
無論、効くかどうか分からないドア・ゴーレムではない。
触れたのは門を囲む枠、城の壁だ。
枠を拡げる様に変形する壁。しかし、ドア・ゴーレムは枠に合わせて大きくはなれない。
「そう言う事か!」
グレイブで牙を弾いて身を退くルリトラ。
追撃を掛けようとしたドア・ゴーレムは、壁の支えを失ってしまいそのまま轟音と共に前のめりに倒れ込んだ。
あんなグニャグニャと変形しながら攻撃を繰り返す物が、自力でバランスが取れるはずがないのだ。
流石に建物内、つまり背中側に向けては攻撃する事は出来ないらしく、倒れ込んだドア・ゴーレムは水揚げされた魚のようにビタンビタンと跳ねている。
重厚な金属の扉が激しく動く様は物凄く不気味だ。ファンタジー世界に来て言うのも何なのだが、こう言うファンタジーは見たくなかった。
そこにリウムちゃんがノミと金槌を持って倒れたドアの上に乗る。
「後は任せて」
そしてドアの上に乗り中央付近にしゃがみ込んだが、ドアが未練がましく動いているためそのまま尻餅をついてしまう。
「ルリトラ、俺達も乗って押さえるぞ」
「了解です」
『癒しの光』でロニの傷を治してから彼女の側に駆け寄る。
全身金属鎧装備の俺と、巨体のルリトラ。二人掛かりで上に乗ると、流石のドア・ゴーレムも跳ねる事も出来なくなる。これで完全に勝負有りである。
リウムちゃんは何をしようとしているのか。興味を持って覗き込んでみると、彼女はノミを使って門の裏側に嵌め込まれていた宝石の様な物を取り外そうとしていた。
「それは?」
「ゴーレムの動力源」
そう言いながらリウムちゃんが金槌を振り下ろすと、軽い音と共に宝石らしき物が扉から外れ、それと同時に俺達の乗っていたドア・ゴーレムは身動き一つしなくなる。
同じ様にしてもう一つのドアの宝石も外すと、そちらの扉も動きを止めた。
なるほど、この宝石が水晶術師が使うと言う特殊な水晶か。
後で聞いてみたところ、水晶術師は「魔力を込める水晶」と言う事で「魔水晶」と呼んでいるそうだ。
上手く外せば再利用出来る物らしく、かなり高価な代物らしい。
ちなみにドア・ゴーレムの二つは上手く取り外す事が出来たらしく、リウムちゃんは胸を張って得意気だ。
その微笑ましい姿に、俺は思わず頭を撫でてやった。
「それにしても、初っ端からこれか」
「城なんだから、これぐらいは当然でしょ」
「中の物が貴重であれば、それだけ守りを固めるもの」
「だと良いんですけど……」
「自分も付いて行った方が良いでしょうか?」
期待半分、不安半分と言った感じの俺達に対し、馬車を守るためにこの場に残るルリトラは不安九割と言った感じだ。
「いや、馬がやられたら、ここで何を見付けても持ち帰る事が出来んと言うか、俺達も帰れなくなるぞ」
「むむむ……」
そうなのだ。いかに『無限バスルーム』があるとは言え、馬車の助けを無くしてしまっては『空白地帯』を超えられるとは思えない。
馬車、そして馬の守りは必須なのである。
「ルリトラさんこそ大丈夫ですか? ここで待ってる間も何か来るかも知れませんよ? 私も残りましょうか?」
「いや、私一人で十分だ」
逆にロニがルリトラを心配して気遣うが、彼はそれをやんわり断った。
彼にしてみれば城に侵入する俺達の戦力を減らすのは余計に心配なのだろう。
それにしても馬車は便利な物なのだが、こう言う時は不便だ。何か対処方法を考えた方が良いかも知れない。
まぁ、それは今考えても仕方がない。今はこの城を探索する事に集中しよう。
「何かあったらお互いに知らせ合う。これだけ静かなんだ。大声を出せば聞こえるだろう」
「まぁ、それしかないでしょうな」
「一人で無茶しないで、ちゃんと知らせろよ?」
「トウヤ様こそ、無理はしないでください」
「安心しろ。俺がピンチの時はクレナ達もピンチだ。無理はしないよ」
「それならば良いですが……」
それでもルリトラは不安気だ。俺がクレナ達を危険に晒してまで無茶をすると思っているのだろうか。
この件についてはいくら話し合っても、それだけでは解決しないだろう。
慎重に行動し、無事に探索を終わらせて初めて解決する話だ。
「まぁ、この状況で無茶はしないよ。待ってる間に馬車で行ける範囲で休めそうな所が無いか探していてくれ。厩とかも残ってるかも知れないし」
「承知しました」
まだ納得していない様子だったが、これ以上話し合っても無駄だと言う事はルリトラの方も同意の様だ。
改めて武装を確認し、ブロードアックスを手に取る。
「皆、準備は出来たか?」
「ええ、いいわよ」
「大丈夫」
「荷物がないからラクチンです!」
笑顔のロニが言う通り、何か見付けても『無限バスルーム』の中に仕舞えば良いので、荷物が増えずに済むのは大きな利点と言えるだろう。
「それじゃ行ってくる」
「トウヤ様、お気を付けて」
そして俺達はルリトラに見送られながら城内へと入って行く。
鬼が出るか蛇が出るか。そう言えば五大魔将の中に『白面鬼』って言うのがいるって話だったな。
やっぱり鬼はいらない。そんな事を考えながら、俺達は魔王城の探索に乗り出すのだった。
本来パンケーキやホットケーキは卵・牛乳を使う物ですが、それらを使わないレシピもあります。
旅の途中で新鮮の卵・牛乳を手に入れるのは難しいでしょうから、そう言う作り方になっているんでしょうね。




